朝廷直属隠密部隊「犬陣忍」
10月24日 イナ王国 首都アシワラ 港
イズミインが反乱したという知らせが「アシワラ朝廷」に届けられた翌日、中央政府より派遣される兵士たちが“魔法動力船”に乗り込んでいた。その中には護衛艦「むつ」より派遣された30名の海上自衛隊員も混じっている。彼らは艦の武器庫に保管してあったシグ・ザウエルP220(9mm拳銃)や89式小銃を携えていた。
「・・・チントウ島の西海岸、ヒムカイ国へ向けて出帆!」
朝廷水軍の大将であるヤマモト・カンベエ・イソハチは各艦へ出港の指示を出す。その後、900の兵を乗せた派遣軍はチントウ島へと向かって南東に舵を取った。
(はぁ・・・まさか俺たちがあの古い映画の様な状況になるとは思わなかったよ。いや・・・異世界ならばこういうこともあり得るのか)
派遣軍に参加した30名の海上自衛隊員を束ねる航海長の瀬名拓哉二佐は、甲冑や槍を携えた足軽や派手な鎧兜に身を包む武者たちに囲まれながら、航海への不安と戦への緊張感を抱えていた。
・・・
チントウ島南部 主都サツナン シマナミ家居城「ツルタ城」
その頃、反乱の真っ直中にあったチントウ島の主都サツナンの人々は、何時もと変わらない暮らしを続けていた。反乱が起こったヒムカイはこの城下町からかなり離れた場所であった為、サツナンの人々はイズミイン家の反乱を自分たちとは関わりの無いこととして捉えていたのである。
それは民衆だけでは無く、この島を治めるシマナミ家の当主、シマナミ・ジガンノカミ・タダヒサも同じであった。彼は自身の居城である「ツルタ城」の天守にて、見目麗しい1人の女性を侍らせ、その女性に言い寄っていた。
「我の側室となり・・・子を産んでくれぬか?」
「・・・」
ニタニタとした笑みを浮かべるタダヒサとは対照的に女性の表情は固い。それもその筈である。彼女は元々首都アシワラに住んでいたところを、ほとんど無理矢理このサツナンへ連れて来られていたからだ。
彼女の名はモノウエ・コマ、首都アシワラに住まう下級貴族の一門である「モノウエ家」の息女だ。2ヶ月程前、上洛していたジガンノカミ・タダヒサの目に止まったことでこの地へ連れて来られていた。彼女の父親は勿論彼女を遠き南東の地へ送ることを拒んだが、身分上、シマナミ家当主の申し出を拒絶することは出来なかったのだ。
「・・・」
コマは無言の拒絶を続ける。だが、ジガンノカミ・タダヒサは彼女の心情を余所に言い寄り続けた。その時、1人の若い武士が天守の中へ入って来る。
「ご、ご報告申し上げます! ヒムカイに向かわせた討伐隊がイズミイン・ゲンジロウ様の支城へ到着しました!」
その武士の名はホウシュウ・トウジロウ・ヒサカツと言った。彼は謀反を起こしたイズミイン・ゲンジロウ・サネマツを討伐する為の軍勢が、敵地に到着したことを伝える。
「・・・お前はそれだけのことを言う為に、我の邪魔をしたのか?」
知らせを伝えに来た部下に対して、タダヒサは一際凶悪な形相を浮かべる。主君の機嫌を損ねてしまったことを知ったトウジロウ・ヒサカツは、動揺しながらも弁明を図った。
「え、あっ・・・いえ、加えて『アシワラ朝廷』より我が方へ援軍が派遣されたとの報告が、現地の会館より入っております」
「フン・・・お節介な若造の王が、我が領内での戦に首を突っ込んで来たか」
トウジロウは中央政府から自軍への援軍が派遣されたことを伝える。タダヒサは鼻で笑いながら立ち上がると、跪いている家臣を見下ろしながら指示を出した。
「ヒタカミの力を借りるなど恥だ。多少の犠牲は構わん、奴らが来る前にイズミインを沈めてしまえ」
「御意!」
主の指示を受けたトウジロウは、階段を駆け下りて天守を後にする。コマ姫はその後ろ姿を得も言われぬ感情を以て見つめていた。
〜〜〜〜〜
10月26日・深夜 チントウ島西部の沖合
出港から2日後、アシワラを出発した朝廷水軍はチントウ島から西へおよそ180kmのところまで接近していた。風力発生装置から送られる風は、自然の風に惑わされることなく、水軍の帆船を目的地へと進めている。このまま進めば同日の正午には、目的地であるヒムカイ市に到着することが出来るだろう。
そんな中、派遣軍のうちの1隻にて6人の“別働隊”が出動の準備を進めていた。彼らはこの国の王家であるヒムカイ家直属の隠密集団「犬陣忍」の忍者たちである。
「我々『犬陣忍』は一足先にチントウ島へ向かう。“鳳凰飛行隊”の準備を」
その中の1人であるナガハチロウは、近くに立っていた兵士に指示を出す。その後、船内に設けられていた家畜運搬用のスペースから、“色鮮やかな鳥”が甲板へ引き出された。その大きさは人1人を乗せられる程に大きい。
「よし・・・私たち3人はサツナンのツルタ城へ向かう、ハヤトたちはキリサツのクニワケ城に向かってくれ」
「御意!」
別働隊の隊長を務めるナガハチロウは、鳳凰に跨がった部下たちに指示を出す。その後、6匹の鳥は夜明け前の闇夜の中へ飛び立って行った。
(忍は影、影に己は要らぬ・・・只、主君を護る刃たれ)
ナガハチロウは“忍”としての掟を胸に刻みながら、シマナミ家の主城であるサツナンのツルタ城へ向かう。彼らの目的はモノウエ家の息女であるコマ姫を救い出すことだ。
「我々ももうじきヒムカイへ到着する・・・総員気を引き締めよ!」
水軍大将のヤマモト・カンベエ・イソハチは別働隊を見送った後、甲板に立つ兵士たちに緊張感を持つ様に伝達した。
・・・
チントウ島南部 主都サツナン シマナミ家居城 ツルタ城
朝廷水軍から別働隊が出動してからおよそ3時間後、チントウ島南部の湾に面する主都サツナンは未だ丑三つ時の闇の中であった。シマナミ家の居城であるツルタ城も、幾つかのたいまつが朧気に光り、夜警の兵士たちが数十名巡回しているのみである。
そんな城に朝廷の密偵を乗せる鳳凰が近づいていた。兵士たちは音も無く近づくそれらに気づきもしない。そして鳳凰たちが天守の屋根を掠めたところで、黒装束に身を包む密偵たちは城の屋根へ一斉に飛び移った。
「・・・よし、行くぞ」
ナガハチロウは己の配下である2人の部下と共に城内へと侵入する。
シマナミ家居城 ツルタ城 内部
ツルタ城の屋根に着地した3人の密偵は、最上階である天守に侵入した。天守はおよそ16畳ほどの畳が敷き詰められた居住区となっており、壁には色鮮やかな絵画が描かれている。3人は階段で下へ降りると、静寂に包まれた廊下を足音も立てずに進んでいく。
(地方都市とは言えども流石はシマナミの本城、王宮に負けず劣らず広大な敷地だな・・・コマ様は一体何処にいらっしゃるのだろうか?)
ナガハチロウは囚われの姫の身柄を案じながら城の中を進む。屏風に描かれた猛虎や龍、そして暗闇の中にきらりと光る金箔が彼らの視界にちらついていた。城の内装については事前に調査済みであり、彼らの手元には大雑把な城内図が配布されている。
(これによると・・・主城の内部は1階から5階まで吹き抜けになっているのか)
階段を下りて少し先に進むと、図面通りに吹き抜けが現れた。吹き抜けの周りを回廊が囲っている他、渡り廊下で向こう側へ行ける様になっている。彼らが今居るのは3階で、上を見ると天井に風神と雷神の絵が描かれていた。
(派手な城だな・・・)
本来、城というものは防衛拠点として築かれるものだが、イナ王国の城は日本の城と外見は似通っていれども、その内部は完全に居住や行政、デザイン性に重きを置いた造りになっているのだ。
「・・・」
回廊の手すりから下を覗いてみると、1階に2人の兵士の姿がある。城内巡回の兵士だろうか、顔を寄せ合って何やら会話をしている。ナガハチロウは部下2人にアイコンタクトを取ると、彼らと共に手すりを乗り越えて1階へ飛び降りた。
「な・・・!?」
「・・・っ!?」
2人の兵士は突如上から飛び降りてきた黒装束の姿に驚く。彼らはすぐさま大声を上げようとしたが、瞬く間に口元を押さえつけられてしまった。2人はめい一杯に抵抗するものの、朝廷が誇る精鋭の腕力には敵わない。そうこうしている内に1人の兵士が鳩尾に強烈な拳を食らい、気を失ってしまう。力無く床の上に倒れ込む仲間を見て、もう1人の兵士はブルブルと震えだした。
「これ以上動くと殺す、声を上げようとすれば殺す、問われた以外のことを口にすれば殺す・・・分かったか?」
ナガハチロウは突き刺さる様な殺気を放ちながら、もう1人の兵士の首元に短刀の刃を突きつけた。兵士は頭を激しく前後に揺らし、頷く。
「良し・・・モノウエ・コマは何処にいる?」
ナガハチロウは兵士の口元を覆っていた手を放すと、ジガンノカミ・タダヒサの一方的な愛を受ける囚われの姫の居場所を尋ねた。
「み・・・南小天守の最上階に!」
「分かった、ありがと・・・よ!」
「ふげっ・・・!!」
目標の居場所を問い糾した直後、ナガハチロウはその兵士の首を一気に締め上げた。兵士は声を上げる間も無く意識を闇に擲つ。
「敵同士じゃないんだ、何も命まで取りはしないさ・・・行くぞ」
彼は気絶した兵士の身体を床に横たえると、側に立っていた2人の部下と共に再び進み始める。行き先は南の小天守だ。
(いずれ騒ぎが起きるな、その前に姫をさっさと連れ出さなくては)
気絶させた2人の兵士が他の者に見つかれば、侵入者が居ることがいずれ明るみになってしまう。ナガハチロウらはそうなる前に任務を終わらせようと、歩みを早める。そして天守と小天守を繋ぐ渡り廊下の屋根裏を抜け、彼らは南の小天守へと辿り着く。
(南小天守の高さは地上4階・・・その最上階となると、あそこか)
屋根裏から床の上に降り立ったナガハチロウは、格子窓から南小天守の様子を覗く。
「・・・此処から先は俺1人で行く。2人は鳳凰を呼び寄せてくれ」
「はっ!!」
ナガハチロウの指示を受けて、2人の密偵は別の場所へ消えて行った。その後、彼は再び小天守を見上げ、最上階までのおおよその高さを測る。地上から天守の屋根瓦まではおよそ17mと言ったところであり、4階の格子窓までは13mくらいだ。
「・・・」
彼は深呼吸をすると身体を大きく伸ばす。その直後、彼は小天守の外を覆う白壁に向かって走り出した。ナガハチロウは壁にぶつかる直前に地面を強く蹴ると、格子窓の冊子を足がかりにしてさらに跳躍する。両手で1階の屋根の縁を掴むと、跳躍の勢いを利用して一気に屋根の上へ身体を持ち上げた。
彼は息つく間もなく、格子窓の冊子を足がかりに2階の屋根へ身体を持ち上げた。その様子はとても身軽で、まるで空から糸で吊っている様に思えるほどである。そして登頂開始からわずか5分足らずで最上階に辿り着いた。
「・・・フゥ」
ナガハチロウは軽いため息をつくと、欄干を飛び越えて廻縁に脚を付ける。外界と室内を隔てる襖の取っ手に手を伸ばした。
ツルタ城 南小天守4F
朧気な月光が格子の隙間から差し込み、小さな空間を儚く照らしている。城の一画に位置する小さな天守の中に、1人の少女の姿があった。扉の向こうには2人の兵が見張りとして立っており、逃げ出すことは出来ない。眠れぬ夜を過ごしていた彼女は、自身の身に降りかかった理不尽に耐えながら月の光を眺めていた。
「・・・!?」
その時、縁側の襖が開く音が聞こえて来た。縁側から人影が入って来る。開いた襖から差し込む月光が逆光となって、侵入者の顔はよく見えない。
「・・・誰?」
中央貴族のモノウエ家息女であるコマは、影に隠れて顔が見えない侵入者に細々とした声で問いかけた。
「・・・“忍”です。ヒタカミ家の命を受けて参上しました・・・ナガハチロウと申す者です。お迎えに上がりましたよ」
月の光が雲に隠れ、部屋の中に点る行灯の火が強くなる。その光はナガハチロウの顔を朧気に照らし出した。
「・・・ハチロウさん!」
「・・・お久しぶりですね、姫。大きくなられた」
朝廷の隠密であるアサカベ・ナガハチロウと下級貴族の息女であるモノウエ・コマ、2人はコマ姫がまだ幼かった頃からの知り合いであった。故郷から遠く離れた地で懐かしい顔に出会えたことで、コマは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。
「貴方は全く変わりませんね・・・出会った時のまま!」
コマは過去の思い出に浸りながらナガハチロウの顔を眺めていた。
「早速ですが時間があまり無い故、此処から早急に脱出します。今、私の部下が鳳凰を呼び寄せています。あれに乗るのは随分久しぶりでしょうが、大丈夫ですね?」
「は、はい!」
少しばかり呆然としていたコマは、気を取り直して返事をする。
「では・・・少々失敬!」
ナガハチロウはそう言うと、絢爛な衣装に身を包んだコマの身体を抱きかかえて縁側へと向かう。だがその時、事態は唐突に急変した。
カン カン カン カン・・・!
異常事態を伝える鐘の音が城内に響き渡り、城内のかがり火が一斉に灯る。宿舎にて就寝していた兵士たちは叩き起こされ、次々と武器を手に取っていた。
「不味い、見つかったか・・・思ったよりも早かったな」
ナガハチロウは苦笑いを浮かべる。恐らくは先程気絶させておいた2人の兵士が発見されたのだろう。彼がそんな事を考えていた時、コマの見張りに付いていた兵士たちが部屋の外から飛び込んで来た。
「く、曲者! 曲者が居たぞ!!」
今正に、コマの身柄を外へ連れ出そうとしていた瞬間を発見されてしまったナガハチロウは、薙刀を持って此方に迫る兵士の足下に煙幕弾を投げつけた。膨大な量の白煙が立ち上り、コマとナガハチロウの姿を隠してしまう。
彼は兵士たちが視界を失っている隙に、コマの身体を抱きかかえながら、縁側から小天守の屋根の上へ飛び乗った。
ツルタ城 上空
「居た! あそこだ!」
既に鳳凰に跨がっていたナガハチロウの部下たちは、上空から南小天守の屋根に登った彼の姿を確認する。どうやら任務は成功した様だ。だが、地上では緊急事態発生の知らせを受けたシマナミ兵たちが槍や刀を持って集まっており、時間的余裕は全く無い。
「降下!」
部下2人が乗っているものとナガハチロウが乗って来たもの、合計3匹の鳳凰が南小天守の屋根に向かって急速接近する。シマナミ兵たちは此方へ飛んでくる怪鳥に驚き、次々に矢を放った。だが、強固な鱗に覆われた鳳凰の体躯に矢が突き刺さることは無く、3匹は何事も無いかの様に南小天守への接近を続けていた。
鳳凰の急速接近に備え、ナガハチロウは跳躍の体勢に入る。
「コマ姫・・・! しっかり掴まって下さい!」
「はいっ!」
コマはか細い両腕で力一杯ナガハチロウの身体にしがみつく。その直後、ナガハチロウは3匹の鳳凰が小天守の屋根をフライパスする瞬間に鳳凰の右脚を見事キャッチし、大空へ脱出したのだ。
「見ろ! あれを!」
兵士たちは姫君を連れ去った3匹の怪鳥を、ただ見ていることしか出来なかった。それらはたちまち天高く昇り、東の空へ消えて行く。
ツルタ城 御殿
一連の騒動は寝所にて深い眠りに就いていたシマナミ・ジガンノカミ・タダヒサの耳にも届いていた。彼は寝間着のまま御殿の外へ飛び出し、姫と曲者たちが飛び去って行った東の空を眺めていた。
「・・・お、おのれ! 良くも! この役立たず共が!」
タダヒサは目を血走らせていた。彼は沸き上がる怒りを発散する様に、周りに居た家臣たちに向かって当たり散らす。頬を殴られ、腹を蹴られた家臣たちは、くぐもった悲鳴を上げながら地面の上に倒れ込んだ。
「・・・」
理不尽な暴力を振るって一先ず落ち着いたタダヒサは、再び東の空を見上げる。そこには既に怪鳥の姿は無く、夜明けを告げる日の光がうっすらと現れていた。




