イナの真実
10月22日 シュンギョウ大陸の南西 イナ王国 首都アシワラ 王宮・離宮
その日の夜、一先ずイナ王国での滞在を許された「むつ」の乗組員たちは、機関科と補給科、航海科に属する一部の隊員を艦に残して、イナ王国の首都アシワラの王宮へと招かれていた。彼らは離宮へと通され、ある人物と顔を合わせる。
「アサカベ・ナガハチロウ・ヨシフミ、貴方方の案内役を仰せつかりました」
黒装束と手甲を身につけ、頭に赤いバンダナを巻き付けたコスプレ忍者らしき人物が、握手をしようと三好一佐に右手を差し出した。三好はその手を握り返す。
「日本国海軍大佐、三好義彦です。宜しく・・・」
互いに自己紹介を終えたナガハチロウと三好は、テーブルを間に挟んで向かい合う様に設置されたソファに座る。その周りを、「むつ」の隊員たちが取り囲む恰好となった。
「王より・・・貴方方に我々の真実、そして貴方方の国を襲った円盤が何なのかを伝える様に仰せつかっております。この事を国外へ漏らすのは、この1500年で初めてですが、被害を受けた貴方方にはこれを知る権利がある」
先に口を開いたのはナガハチロウだった。彼は王であるヒタカミ・イツセヒコより、この国の真実を教える様に命じられていた。九十九里浜を襲ったあの円盤に関連するかも知れない情報ということもあって、三好一佐は神妙な面持ちで彼の話に耳を傾ける。
「貴方は・・・夜空に浮かぶあの星を、何と呼んでいますか?」
「?」
ナガハチロウはそう言うと、部屋を薄明るく照らす“月”を指差した。三好一佐は首を傾げながらも、彼の問いかけに素直に答える。
「一般的には“月”、天文学者は“アレクサンドリア”と呼称しています」
かつて、ペルシャを破って大帝国を築き上げたマケドニアのアレクサンドロス大王(別読:イスカンダル大王)は、征服地の各地に自身の名に因んだ都市を建設した。その都市の名が「アレクサンドリア」であり、天文学者たちは一種の遊び心から、テラルスの連星にその名を与えて呼称していたのである。
「成る程・・・この世界の人々はそう呼ぶのですね」
ナガハチロウはそう述べると、何処か哀愁を帯びた表情を浮かべていた。その後、彼は話を続ける。
「あの星の名は『エルメランド』、かつて爛熟の極みを迎えた魔法文明が栄えていた星です。ですが今から1500年前、最終戦争が勃発して星そのものが滅び、わずかな人々は4つの“箱船”に乗ってあの星を脱出しました」
「・・・!?」
突拍子も無いSFチックな話が始まり、三好一佐は眉間にしわを寄せた。他の隊員たちも動揺しながら顔を見合わせている。
「・・・その4つの箱船は、二重惑星であるこのテラルスへと舞い降りたのです。2隻は上陸に失敗して海に墜落してしまいましたが、他の2隻は地上へ降り立ちました。その内の1つが不時着した場所こそが此処『イナ列島』なのです。
・・・もう、此処までお話すればお分かりでしょう。我々『イナ王国』は、1500年前にテラルス星に降り立ったエルメランド人の末裔なのです」
「!!」
ナガハチロウの発言に、その場に居た全員が驚きの表情を浮かべた。謎の鎖国国家「イナ王国」の正体とは、太古にこの星へ到達した“宇宙人”が作り上げた国だったのである。
「じゃあ、あの円盤は?」
「古びた写真しか資料が残っていないので、絶対の確証はありませんが・・・恐らく箱船に搭載されていた“戦闘用艦載機”かと思われます」
この時、ついに九十九里浜を襲った円盤群の正体が明らかになった。それは1500年前に滅びた文明の残渣だったのである。
「貴方は今、エルメランドを魔法文明の栄えた星だと仰った。だが、我が国の魔法研究員は、あの円盤を魔力で動かすのは無理だと言っていた!」
日本国内の国立魔法研究所では、円盤について独自の調査・解析を行っていた。結果として、彼らはあの円盤を人の魔力で動かすのは無理だという結論に至っていた。それ故、日本政府内では、あの円盤はこの世界のものではなく、何処か科学が発達した別の星、ないし別の世界から送り込まれたものではないかという仮説まで囁かれていたのである。
「確かに・・・人間個人が持つ魔力の内包量そのものでは、あまり大したことは出来ません。魔法機序を如何に効率化しても、魔法を基軸とする文明の発達にはある時に限界が訪れるのです。この世界の“信念貝”は本当に素晴らしい発明なのですよ。ですが、今から3000年以上前のエルメランドで、その前提を覆す発明が生まれました。それが『魔力増幅装置』、その名の通り生物が持つ魔力を増幅させることが出来る“魔法道具”で、これによりエルメランドの文明は一気に発達しました」
太古の昔、エルメランド人は“魔力増幅装置”によって、魔力の供給限界という問題を克服した。それならば、あくまでテラルスの技術観から見て、人の魔力で動かすのは無理だと言われていたあの円盤も動かすことが出来るのだろう。あれらが隣接惑星のエルメランドで作られたものということならば、前述の仮説は部分的に当たっていたことになる。
「・・・ですが増幅と言っても、無限に増やし続けられる訳ではない。にも関わらず、文明の発達が進めば進むほど魔力の需要は上がり続けました。そして我々の祖先は文明の発展を維持する為、恐ろしいことを考えついた。・・・人を生きる電池として魔力を延々と搾取し、大量の魔力を供給し、文明を営む糧とすることを」
限りない文明の発達を求めた太古のエルメランド人は、ついに人間としての外道に堕ちることになる。ナガハチロウは悲痛な表情を浮かべながら、その詳細について語る。
「その為、人の自由意思を操る魔法である“暗視魔法”が生まれました。その名の通り、人の中身を丸裸にして、人間の精神と肉体を完全に操る魔法です。この魔法で操られた者は、自らの意思で命を失うまで魔力を捧げ続けるという訳です。ちょうど蚕が絹糸を作る為だけに存在する様な・・・そんな状態に。そして我々の祖先は被差別の対象となっていた“亜人”に、文明を支える“電池”の役目を負って貰うことにしました。そして亜人から魔力を効率よく搾取する為の施設が数多く建設されました」
「・・・!」
太古に滅びた星の話とは言え、その様な非人道的な行為が許容された文明が存在していたということに、「むつ」の隊員たちは不快感をあらわにする。
「何故そんな回りくどいことを・・・魔力を持つのは人間だけじゃないんだろう? 動物や家畜を使えば良いじゃないか。暗視魔法とやらの必要性も良く分からない」
魔力とは人間や亜人だけでなく、この世界の全ての動植物に宿る生命エネルギーである。故に三好一佐は、そんな外道に堕ちずとも、動物や植物から魔力を吸収すれば良かったのではないかと疑問を呈した。
「ごく一部の例外を除き、植物の魔力内包量はかなり少ない。故にいくら増幅したところで十分な供給は出来ません。動物は・・・特に魔獣は本能的に魔力を使うことを知ってはいますが、魔力という存在を認知している訳ではない。故に暗視魔法を掛けたところで、“魔力を捧げろ”という命令は通じにくいんですよ。それに“魔力”というものは、供出を拒む者からはどうやっても無理矢理搾取することは出来ない仕組みになっているんです。その問題をクリアする為に“暗視魔法”が生まれました」
ナガハチロウは文明を支える糧として亜人が選ばれた訳を説明する。他にも、亜人は普通の人間より魔力の内包量が多い為、“生きた電池”としては最高の素材だったのだ。
「こうして・・・亜人とは言えども、人の命を電池として扱うことを許した結果、1500年前にはエルメランドの文明は爛熟の極みに達したのです。『ティルフィングの剣』もその為に作られた魔法道具の1つでした」
人の命を対価にした文明は、いずれ21世紀の地球をも大きく凌駕する程に発展した。だがその栄華も永遠には続かず、エルメランド星は最終戦争によって滅びてしまうのだ。
「高度に発達した魔法文明というのは即ち、人道に反することを是とする文明でした。だが、ある者たちは亜人を電池として消耗し、使い捨てにするそんな文明を恥じたのです。それが我々イナ王国の直接の祖先・・・『神聖ラ皇国』。そして最終戦争が起こった後、この島に降り立った我々の祖先はその過ちを心に刻み、その末裔である我々は、わずかに残った魔力増幅装置を元手に、細々と生活を続けています。もちろん、誰かの命を犠牲にすることなどせずに」
ナガハチロウはイナ王国の成り立ち、そしてこの世界に隠された真実についての説明を終える。だが、三好一佐にはもう1つだけ大きな懸念があった。
「先程貴方は、この惑星に着地した箱船が2隻あると言った。もう1つは何処に・・・?」
エルメランドからテラルスへ飛来した4つの箱船、即ち移民船の内、2つは海に墜落・大破して500万近い乗員は全て死んでしまったが、1つは此処イナ王国に不時着し、そしてもう1つは地上の別地点に降り立っているという。恐らくあの円盤を日本へ差し向けたのは、その箱船を発見した者たちなのだろう。
「それは私たちも知りません・・・ですが、その箱船を発見した者が何らかの手段で艦載機を起動し、貴方方の国を襲ったのは恐らく確かでしょう」
三好たちの期待に反して、ナガハチロウは首を左右に振った。隊員たちは残念そうな表情を浮かべる。
「・・・ナガハチロウさん、今日は大変重要な情報を提供して頂き、ありがとうございました。『むつ』の総意として貴方方、そして国王陛下に感謝の意を送ります」
三好一佐はナガハチロウ、そして国王ヒタカミ・イツセヒコに対して謝意を述べる。今日ここで彼から提供された情報は自衛隊、そして日本にとってとても貴重なものだった。彼はこの情報を、何とかして日本政府に伝えることを決意する。




