鎖国国家「夷倭王国」
本編と同時進行でサブエピソードを進めて行きます。今後更新の順が変則的になるので注意してください。
10月22日 大西洋 シュンギョウ大陸の南西 イナ王国の海岸
数日前、嵐の中で「おが」と「ましゅう」の2隻と離れてしまったイージス艦「むつ」は、シュンギョウ大陸の南西にある島国の海岸付近で座礁していた。浸水は無かったものの、船を全く動かせないでいたのだ。
「駄目です! 完全に海底と艦底が接触しています」
「くそ・・・」
海面から顔を出した潜水員の報告を聞いて、甲板に立っていた機関長の杯禄次郎三佐はため息をついた。船が動かない以上、乗組員たちは何もすることが出来ない。そのもどかしさに、彼らは苛まされていた。
この「むつ」を2番艦とする「ながと型ミサイル護衛艦」は、日本で初めて巡航ミサイルの発射能力を備えた護衛艦であり、「あかぎ型航空母艦」に並んで「日中尖閣諸島沖軍事衝突」の影響を受けて建造された兵器の1つである。“巡航ミサイルの装備”によって、それまでのミサイル護衛艦から命名基準が変更され、20世紀に“ビッグ7”と呼ばれた伝説の戦艦の名を冠されたのだ。因みに名前の元になった長門型超弩級戦艦の2番艦「陸奥」は、大日本帝国海軍でも屈指の不幸艦でもある。
これら2隻の艦は、就役後の東亜戦争時には日本を護る矛として、南西諸島への上陸を謀る人民解放軍海軍への対艦攻撃を行ったり、また“先制的自衛権”に基づき、日本本土を攻撃しうる武力攻撃予測事態への対処を行う為、在日米軍と共に日本海及び東シナ海に展開していた。
イナ王国 砂浜
艦から降りていた艦長の三好義彦一等海佐/大佐と船務長の風田七介二等海佐/中佐は、砂浜から座礁した「むつ」の姿を眺めていた。
「これじゃあ、只の固定砲台にしかならんぞ」
三好一佐がぽつりとつぶやく。彼の言うとおり、移動能力を失った今の「むつ」の状態は、正に即席の海上要塞とでも言ったところだろうか。
「衛星通信の修理はどれくらいかかりそうだ?」
「通常の無線通信に問題はありませんでしたが、衛星通信の回復は難しいかと思われます」
風田二佐の報告を聞いた三好一佐は、途端に難しい表情を浮かべた。
実はあの嵐の日、「むつ」は落雷を受けていた。その影響で一時的に艦内は停電し、「おが」との無線が絶たれてしまった。すぐに電源は回復し、艦内の乗組員に影響は無かったが、雷の多大なエネルギーは衛星通信装置を含むいくつかの機器を壊してしまったのである。
「寄りによってこの世界じゃ役に立たないAN/USC-42とNORC-4が無事とはなぁ・・・。最悪、燃料と食糧を除く全ての積荷を投棄し、艦体を軽くして満潮を待ってみよう」
艦長の三好一佐は自力で脱出する方法として、ミサイルや砲弾を全て捨ててしまい、艦の重さを軽くすることを考えていた。それで実際に効果が出るのかどうかは不明だが、何もしないよりは大分良いだろう。
「お主ら・・・一体何者だ!?」
「・・・!?」
脱出方法について話しあっていた最中、突如背後から声が聞こえて来た。三好一佐と風田二佐、そして他の隊員たちが振り返って見たところ、軽装な甲冑に槍を携えた兵士たちに囲まれていることに気付く。
「な・・・この国の住民か!」
隊員たちは身につけていた自動拳銃に手を伸ばす。だが、現れた兵士たちの数は多く、多勢に無勢であることは目に見えていた。そして此方を向いているその中の1人、特に華美な甲冑と着物らしき服装に身を包む男が、三好一佐たちに向かって話しかける。
「私は『アシワラ検非違使庁』の大志、ヤナギハラ・サモンダユウ・トシミツ。付近の漁民から、妙な船が浜に打ち上がっているという通報があった。お前たちは何処から来た? シュンギョウ大陸では無いな・・・」
その男は首都の治安機関から来た警吏だった。武装する兵士たちが此方を睨みつけている中、艦長の三好が前に出る。
「日本国海軍大佐、三好義彦・・・あの艦の艦長は私だ。我々は世界の東端に位置する日本国から来た。だが、この国には漂着しただけだ。艦を動かすことが出来ない今、この浜に滞在することを許して欲しい」
三好は包み隠す事無く、この国に来てしまった経緯を説明した。ヤナギハラは三好の顔を一瞥すると、一呼吸置いて口を開く。
「代表者は貴殿か、貴殿には王宮へ来て貰おう。そこで王の判断を扇ぐのだ」
「・・・分かった!」
突如として王への謁見を命じられた三好は、臆することなくその命令に応じる。
「か、艦長・・・!」
「風田二佐、留守を頼みますよ」
彼は船務長の風田二佐に留守を託すと、イナ王国の兵士たちが集まる方へ歩き出した。まるで連行される様な恰好となった三好一佐は、彼らに導かれるがまま、イナ王国の首都であるアシワラへと入城したのである。
・・・
イナ王国 首都アシワラ 王宮
「イナ王国」とはシュンギョウ大陸の南西、“世界の西端”に位置する島国であり、その起源は一切の謎に包まれている。かつてはシュンギョウ大陸の国々と貿易関係を持っていたが、数百年前から鎖国政策を執り、その内部は誰も脚を踏み入れたことの無い暗黒世界と化していた。
2年程前、日本政府はイスラフェア帝国が保管していた古い記録からこの国の名を知った。日本列島を鏡に映した様な姿をしているこの国に興味を持つ者は多かったが、所詮は辺境国家ということで使節団を派遣するなどの話も上がらず、放置されていた。それ以降もこの国が日本政府の意識に上がることは無かったのである。
そして今、代表者として名乗りを挙げた「むつ」艦長の三好義彦一等海佐/大佐は、民衆が住まう市街地を抜け、この国の王が住むという王宮へ案内されていた。そこは和洋中の文化が混じった様な絢爛な宮殿で、日本国の天守閣を彷彿とさせる構造と装飾をしている。だが髷の文化は無い様で、兵士や文官たちは一般的な現代日本人の様な髪型をしていた。
「太政官中納言、フジワラ・ジョウノシン・カネツグと申す・・・。遠き国“ニホン国”の使者よ、此方へ参れ」
2人の兵士たちに連れられて城内の廊下を進む三好の前に、身長が190cmはあろうかという偉丈夫が現れた。王家の臣下を名乗る彼は、三好を宮中のさらに奥へと導く。程なくして、彼らの前に巨大な扉が現れた。向かい合う虎と龍がでかでかと描かれている。
ジョウノシンの目配せに反応し、扉の前に立っていた2人の近衛兵が扉を開いた。徐々に開いていく絢爛な扉の向こうに、玉座に座る1人の男が現れる。
「我は“イナ国王”ヒタカミ・イツセヒコ。貴様がニホン国とやらの住人か・・・検非違使庁には元々、船長を連れて来いと命じていたのだ。もっと近くに寄るが良い」
イナ国王と名乗るその男は一見、紋付き袴をベースとした服飾を身に纏っている様に見えたが、脚には草履では無く黒いブーツをはき、膝まで伸びているロングコートを着用していた。コートには菊菱模様があしらわれているが、それ自体は17世紀西洋のコートであるジュストコールの様な形をしている。
(トンデモ戦国時代だな・・・)
派手な衣装を身に纏うイナ国王の姿を見て、三好は苦笑いを浮かべていた。そんな異国の民を玉座から見下ろすイツセヒコは、威厳のある声で口を開く。
「世界の東端に位置する国から来たと言っていたな。もしやとは思うが、あの“大海”を超えて来たのか・・・?」
「・・・大海!?」
三好はイツセヒコが何気無く発した“大海”という言葉に驚く。それが指す物は間違い無く、日本国の東側、そしてシュンギョウ大陸の西側に広がる“新太平洋”のことだったからだ。しかし、それはテラルス人がまだ発見していない海の筈だった。
「フフ・・・何を驚いている。まさか“世界が丸いこと”を知っているのが、自分たちだけだとでも思っていたのか? そんなものは常識だ、我々にとってはね」
「・・・え」
この世界は信念貝の発明によって“時差”の存在が明らかにされているが、地球より広大である為か、世界一周は未だ達成されていない。故に天文学者や一部の知識人を除く一般人は、世界が平らであると考えている。にも関わらず、数百年に渡って外界との交流を絶って来たこの国では、世界が球形であることは“常識”であるらしい。
「まあ・・・そんな事はどうでも良い。お前たちは何故、何を求めて西方世界へ来た? この国へは漂着しただけだと聞いた」
呆気に取られている三好に、イツセヒコは彼らがイナ王国へ来た理由を尋ねる。大まかな話は既に検非違使庁から通っている様だ。
「1ヶ月ほど前・・・我が国は謎の飛行物体による襲撃を受けました。政府はその基地を潰す為、我々をシュンギョウ大陸に発見しました。我々は基地に用があったんです」
2037年9月11日、千葉県九十九里浜沖に21機の黒い円盤が襲来した。航空自衛隊のF−35AとF−2によってそのほとんどが撃退されたが、此方にも数機の被撃墜を出していた。多数の民間人犠牲者を出した野生龍の激突事件も相まって、事態を重く見た日本政府は、JAXAが発見した円盤の基地と思しき建物があるシュンギョウ大陸へ彼らを派遣したのである。
「これがその円盤を捉えた写真です」
三好一佐は胸のポケットから戦闘機のカメラが捉えた写真を取り出す。そして側に控えていた侍女を介して、その写真をイツセヒコに渡した。
「・・・!」
写真に写っているそれを見た瞬間、彼は目の色を変える。三好は王の表情が変化するのを見て首を傾げた。イツセヒコは写真を隣に立っていたジョウノシンに渡すと、大きなため息をついた。
「どうやら・・・我々と同じ場所で生まれた太古の亡霊が、この世界で蘇った様だな」
「・・・成る程」
写真を見た途端、ジョウノシンも表情を変えた。彼は会話に置いていかれて困惑している様子の三好を見ると、神妙な目つきで話しかける。
「貴方には・・・この国の全てを話そう。復活した遺物の被害を受けた貴方方には、全てを知る権利がある」
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エザニア亜大陸 スレフェン連合王国 首都ローディム
三好一佐がイナ王国の真実に迫ろうとしていた頃、そこから遠く離れたエザニア亜大陸に位置するスレフェン連合王国の首都ローディムの郊外にある研究所にて、2人の男が話をしていた。国王直属の魔法研究機関「密伝衆」のメンバーであるその2人は、日本国を標的にした円盤の性能実験と暗視魔法の実証実験に並行して行っていた、ある計画について話し合う。
「『イナ王国』南部のチントウ島に潜伏していた部隊より、良き報告が入って来ております。イズミイン家の当主イズミイン・ゲンジロウ・サネマツから、“シマナミ家に対する謀反に軍事的支援を行う代わりに、謀反が成功した暁には我が国へ領民を差し出す”という約束を取り付けたとのことです」
一方の男が、イナ王国に潜伏中の部隊から届けられた報告の内容を述べる。因みに彼が述べたシマナミ家とは、イナ王国の南部を治める地方領主の一族だ。イナ王国は王家たる「ヒタカミ家」を頂点として、10の一族がそれぞれの領地を治めており、その内訳は北部から「ダテナ家」「ホンジョウ家」「ノリカワ家」「タケバタ家」「ウエマツ家」「オリダ家」「アサカガ家」「マンリ家」「ソガブ家」「シマナミ家」となっている。
「『イナ王国』は“世界の西端”に位置する島国で、余所者を受け付けない鎖国国家と言われています。『サムライ』と呼ばれる“妖術”を操る剣士たちの力によって外敵を退けており、我々の助力の下、大ソウ帝国を制圧したスレフェン王でさえも、手を出すことを避けていました」
30年前、大ソウ帝国を破ってシュンギョウ大陸を制圧した当時のスレフェン王は、極西世界の最後の標的としてイナ王国へ進軍したことがあった。列強の一角を倒した彼らは、辺境の島国を征服することなど赤子の手を捻る様に簡単だと考えていたのである。
だが結果は惨憺たる敗北であり、数多の帆走軍艦を沈められ、上陸することすらままならなかった。この一件以降、スレフェン連合王国はイナ王国を手に入れることを諦め、イスラフェア帝国との対峙へと舵を切ることになる。
「ですが・・・あの国の民は一般的なテラルス人を大きく凌駕する魔力量を有している。あれほど良質な“素材”は存在しません」
「ああ・・・分かっている。その為にも失敗は許されないからな」
彼ら「密伝衆」は30年前、スレフェン軍に捕らえられたイナ王国の捕虜を調査・解析していた。その結果、イナ人は他のテラルス人と比べて多量の魔力を有していることが分かっていた。
そして今、彼らはイナ人そのものを手に入れる為、ある計画を始動させていたのだ。イージス艦「むつ」とその乗組員たちは、その計画によって引き起こされる“ある事件”に巻き込まれることになる。




