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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第2章 西方世界の危機
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スレフェンの非道と真の敵

11月30日 日本国 首都東京 千代田区 首相官邸


 スレフェン連合王国による宣戦布告からわずか1週間後、日本国は西方世界の友好国を救う為の集団的自衛権行使、そして在留邦人の保護という名目で2つの戦いを終えた。首相官邸の会議室では18人の大臣たちが集まり、「臨時閣議」が開かれている。首相である伊那波孝徳を初めとして、皆の顔は一様に険しかった。


「・・・アラバンヌ帝国ではスレフェン連合王国の魔の手を退けることに成功しました。ですが、イスラフェア帝国のロッドピースでは邦人救出艦隊の到着が間に合わず、137人の民間人犠牲者を出し、自衛隊には201名の殉職者を出す結果となってしまいました。その他、行方不明者としてカウントされた12名を除くと、ロッドピースで保護された生存者は158名です。

尚、同国内のカナール市における邦人保護は滞りなく進み、同都市に在留する日本人411名は皆無事に収容しました。現在、同国に滞在する日本国民は、首都エスラレムの大使館職員9名のみとなっています」


 防衛大臣の倉場健剛は、資料をめくりながら戦果報告を行う。ロッドピースでの戦いで出した死者は合わせて338名に登っており、これはテラルスに転移して以降、最悪の数値となっていた。


「・・・さらに、現地で保護された水梨副領事の証言に依ると、あの“野生龍激突事件”には、やはりスレフェンが関与していた模様です。スレフェン軍の指揮官があの事件の黒幕は自国だと暴露したと」


 外務大臣の来栖礼悟は捕捉を述べる。敵の指揮官の暴露によって、あの謎に包まれていた野生龍激突事件の真相が遂に明らかになったのだ。「9月11日事件」の犠牲者を含めると、スレフェンの攻撃によって既に570名の日本人が命を落としていることになる。


「首相! 龍の事件と言い今回の虐殺事件と言い、彼らは明らかに我々を標的とした攻撃を繰り返しています! これは宣戦布告以外の何者でもありません、即刻『個別的自衛権』に基づいて『防衛出動』を発令し、スレフェン本国に打撃を加えるべきです!」


 文部科学大臣の国富繁は、強い口調でスレフェンへの報復を進言する。“野生龍激突事件”の真相、そしてロッドピースで行われた“日本人虐殺事件”は、報道によって既に国民の知るところとなっており、世論はスレフェンへの復讐を求める声で溢れかえっていた。メディアには、スレフェンの首都ローディムに核兵器を打ち込むべきと述べる評論家も現れていたのである。


「それは・・・無論です。今期『臨時国会』にて防衛出動の採択を行います」


 伊那波首相の腹は決まっていた。スレフェンとの全面戦争を辞さない考えだ。


「・・・懸念としてはあの“空飛ぶ円盤”ですが、今までの戦いにおいてその出現は確認されていないんですよね。これについてはスレフェンと無関係だったと考えるのが妥当と思いますが、それはそれで問題ですよね」


 経済産業大臣の宇佐野洋はそう言うと、頭をポリポリと掻いた。

 野生龍が「常盤橋セントラルタワービルB棟」に激突したあの日、九十九里浜に多数の円盤群が襲来したのは記憶に新しい。だが、スレフェン政府はそれへの関与を否定しており、スレフェンが戦いを始めた後もその存在は確認されていなかった。

 もしあれがスレフェンが発動させた兵器ならば、F−2戦闘機やF−35A戦闘機に被撃墜を出したあれらの円盤を出動させない道理がない。アドラスジペでの戦いもロッドピースへの上陸作戦も、あの円盤が出ていれば日本側はかなりの苦戦を強いられたことだろう。にも関わらず、ついに円盤は現れないまま、2つのスレフェン艦隊は殲滅されてしまった。確証はまだ無いが、あの円盤とスレフェンに関わりが無いことを示す有力な状況証拠と言えるだろう。

 だが、それはそれで問題である。あの強力な航空戦力を利用するスレフェン以外の敵が、この世界の何処かに存在するということに他ならないからだ。


「あの円盤を掌握している敵は一体何処の誰なのか、謎が謎を呼ぶ・・・とは、正にこの事ですね。ですが・・・此処は一先ず対スレフェンに集中するべきです」


 国土交通大臣の泉川耕次郎は、目の前の敵に集中すべきだと告げる。他の大臣たちもその言葉に頷いた。


(先代の由神党首が仰られていた危惧が、現実のものとなってしまったな)


 自由国民党の連立与党である皇民党党首を務め、厚生労働大臣でもある杉田蔵之介は、先代の党首である由神洋宣が述べていた懸念を思い出す。由神は党首の座にあった頃、規模に見合わない海外派遣を行っていた自衛隊の実態と魔法の脅威性を憂慮し、“自衛隊の更なる増員・増強”と“魔法への対策事業”の重要性を常々説いていた。それから6年後、彼の懸念は最悪の形で現実となってしまったのである。


〜〜〜〜〜


12月2日 アラバンヌ帝国 港街タリリスク


 それから2日後、ロッドピースから邦人を救出した6隻の「邦人救出艦隊」は、アラバンヌ帝国の港街であるタリリスクに帰港していた。此処は自衛隊の駐留地では無いが、日本の艦船が出入港出来る様に港の設備を強化してある。故に、満載で4万トンを超える排水量を誇る強襲揚陸艦の「おが」でも、接岸出来る埠頭が存在していた。

 その「おが」から、ロッドピースで救出された158名、そしてカナール市で収容された411名、合計569名の邦人が港に降りて来る。陰鬱な表情を浮かべる者、生き延びた喜びに浸る者、家族を失った悲しみで涙する者、その表情は様々である。本来であれば此処から150kmほど離れた「サグロア基地」に勤務する隊員たちが、彼らを出迎えた。


『此方に宿泊設備と入浴設備、そしてご飯をご用意しています!』


 隊員たちの誘導を受けながら、569名の邦人たちは脚を進めて行く。地に足が付いたことでほっとしたのか、腰が砕ける者もちらほらと居た。2日後、彼らは補給を終えた「おが」と共に、故郷である日本国へ帰国する手筈になっている。この国に住んでいた700人の日本人は、既に「しまばら」と共に日本へ帰還していた。

 サグロア基地司令の仲代一佐は、傷ましげな表情を浮かべながら、彼らの様子を眺めていた。そんな彼の下に、1人の隊員が血相を変えて駆け寄る。


「へ、変死体が・・・! 海岸に大量の変死体が打ち上げられてます!」


「・・・? スレフェン兵じゃないのか」


 6日前の「アドラスジペ防衛戦」にて、200隻以上のスレフェン艦隊を撃滅したことにより、アラバンヌ帝国の海岸には多数の瓦礫が打ち上げられている。その中には当然、スレフェン兵の死体もあり、仲代一佐はそれがまとめて海に打ち上がっただけだと考えていた。


「いえ・・・それが、どうも様子がおかしくて・・・、とにかく来て頂けますか?」


「わ、分かった!」


 事態の深刻さを悟った仲代一佐は、部下と共に変死体が打ち上げられたという海岸へ急ぐ。10分後、彼はとんでもない光景を目の当たりにした。


「な、何だ・・・これは!?」


 そこには大量の瓦礫に混じって、“全裸の死体”があちこちに打ち上がっていた。タリリスクの漁民たちも不審がり、様子を見に来ている。仲代一佐は部下と共に浜へ駆け降りると、その変死体の下へ近づいた。


「これは・・・日本人? というより、アジア人みたいだな」


 浜に打ち上がっていた全裸の死体は全て、地球で言うところのヨーロッパ系民族の様な外見をしているスレフェン人とは違い、東アジア人、あるいは東南アジア人に良く似通った顔立ちをしていた。


「あ、ナカダイの旦那!」


 1人の漁民が仲代一佐の姿を見つけ、此方へ駆け寄って来る。彼ら2人は1年前に起きた“とある災害”での支援事業で知り合いになっていた。


「こりゃあ・・・酷いでしょう、こいつらは恐らく“ソウ人”ですよ」


「ソウ・・・!?」


 仲代はその国名に聞き覚えが無かった。その漁民は怪訝な表情を浮かべる彼に説明をする。


「極西の大陸『シュンギョウ大陸』の住民たちです。旦那が知らないの無理はねェ・・・かつてはソウ帝国の商人たちがこの街にも出入りしていたんだが、ここ20年近くは俺たちもソウ人の姿を見た事は1度も無ェですから」


 極西、「シュンギョウ大陸」の大国「大ソウ帝国」。かつては七龍の一角に位置づけられていたが、22年前にスレフェンとの戦に敗れて以来は自主的な外交権・通商権を奪われ、スレフェンの経済圏に組み込まれていた。故に大ソウ帝国との交易が途絶えたジュペリア大陸の人々にとって、ソウ人の存在は遠い過去の記憶になっていたのである。


「なんで・・・こんなところにそのソウ人の死体が、大量に流れ着いて来たんだ?」


 仲代一佐は深まる謎に困惑し、唯々首を傾げる。だが、浜辺をこのままの状態にしておく訳にもいかず、サグロア基地の自衛隊員たちは現地民と協力して、瓦礫と死体の撤収作業に入るのだった。


 その後、スレフェン艦の能力を解析する為に、日本本土の国立魔法研究所から研究員が派遣される。彼らは浅瀬に座礁していた1隻のスレフェン艦を調査することで、スレフェン軍が“熱線砲”、“魔法防壁”、そして“風力発生装置”などの維持に必要な大量の魔力を確保していた手段を探った。その結果、恐るべき真実が明らかになったのである。


〜〜〜〜〜


12月2日 スレフェン連合王国 首都ローディム


 西方世界への宣戦布告から9日後、スレフェン連合王国の首都ローディムに位置するグストリー・ウォルスター宮殿では、会議室にて国王のジョーンリー=テュダーノヴ4世が憤慨していた。


「・・・軍を強くする為、“奴ら”が求めるままに金を出した。事実・・・イスラフェア艦隊は一寸の内に敗れ去り、ロッドピースへの進出を果たした。だが・・・ニホン軍に連敗するとは、一体どういうことだ!」


 国王の怒号が室内に響き渡る。政府の閣僚や軍の指揮官たちは、一様に身体をびくつかせた。


「奴らは・・・『密伝衆』はニホン軍ですら敵でないと太鼓判を押していた。だから処刑の指示を出した! なのに・・・フランシタめ、いい加減な事を言いおって!」


 ジョーンリー4世はフランシタ、即ち「密伝衆」の事実上のリーダーであるミャウダーの名を口にする。スレフェン艦隊の改造を行い、それらにあらゆる魔法兵器を取り付けたのは、他でも無い彼ら「密伝衆」だった。

 彼らは国家予算の大半を使い込み、スレフェン海軍に属する3つの艦隊を改造した。そしてそれらの内の1つである第1艦隊がイスラフェア、もう1つの第2艦隊がアラバンヌに派遣されたのだが、それらのどちらとも、サグロアに駐留していた日本軍に、ほぼ壊滅させられてしまったのである。


「げ、現在・・・密伝衆のフランシタ=ラディアスを宮殿へ呼び出しています・・・が、魔法研究所とは連絡が付かない状況が続いており・・・その為、早馬を向かわせました」


 密伝衆を統括・監視する役目を追っていた「技術庁」長官のクリンス=ガティーネは、現在の状況について伝える。それは密伝衆の行方が分からなくなったということを示していた。


「ニホンに対しては・・・どうされますか?」


 外務庁長官のシャリアード=プロイアは、誰もが目を背けたかった問題に言及する。スレフェン軍は国王の命令に依り、宣戦布告の代わりとしてロッドピースにて日本人の虐殺を敢行していた。彼の国の政府が本格的な軍事行動に乗り出す事は想像に難くない。出来れば虐殺の責任を現場指揮官であるギルバート=クロウとその部下たちに押しつけ、早期講和に移りたいが、それを許さない男が居た。


「私は降伏などせんぞ!」


 ジョーンリー4世は早期講和に動く意思が無いことを断言する。閣僚たちは王の意向に異を唱えることは出来ず、唯々沈黙するばかりであった。




首都ローディム 某所


 その頃、「密伝衆」の“四幹部”であるヒス、ルガール、キルル、そしてミャウダーの4人は、多数の部下を引き連れて“ある場所”に向かおうとしていた。彼らは今、長く暗い下り階段を下へ下へと歩いている。

 そして10分程歩いた後、彼らの前に奇妙な扉が現れた。ミャウダーがその扉の脇にある文字盤を操作すると、扉が自動的に開き、さらにその中へ通路が続く。彼らは長い廊下の上をひたすら歩き、そして2時間後、彼らの目の前に“巨大な扉”が現れたのである。


「国王はニホン人を標的にして虐殺を命じていた様です・・・さらに、敗戦に怒った国王がミャウダー様を探しております」


 地上に残していた仲間と連絡を取り合っていた部下の1人が、長距離行軍の疲れで息が上がる幹部たちに報告する。


「フッ・・・いよいよ本格的に国としてニホンに喧嘩を売ったな、所詮は文明が遅れた土人か。まあ、ニホン国に敗れたのは予定調和だ。今は放っておけと伝えろ」


 円盤の起動実験を介して日本国の実力を垣間見ていた彼らは、予想通りの展開にただ頷くばかりである。


「ソウ人の奴隷共に“暗視魔法”を掛け、魔力を搾取する為だけの“生きた電池”へと変える。容れ物の中に詰められた奴らより捧げられる魔力は、“増幅装置”によって増幅され、艦を覆う魔法防壁や熱線砲、風力発生装置へと供給される。だが・・・うっかり強力な兵器を与えて我らの邪魔をされては敵わん、土人共にはあの程度の玩具で十分さ」


 四幹部の1人であるルガールは、スレフェン艦隊を強化したからくりについて述べる。スレフェン艦隊の膨大な魔力を維持していたものとは、大ソウ帝国より献上された奴隷を“生ける動力”として搾取し、不完全な増幅装置で増やすという、余りにも非人道的な仕組みだったのだ。


「それよりもこの“箱船”・・・『ラスカント』の整備を急ごう。ニホン軍がこの地に来る前に終わらせるぞ」


「はっ!!」


 ミャウダーの命令を受けて、「密伝衆」のメンバーたちは散開していく。その後、“巨大な扉”の前には四幹部のみが残った。


「今日は記念すべき日だ。旧世界(エルメランド)・・・滅びた故郷よりこの大地に舞い降りてから1500年、ついに我らが『シャルハイド帝国』の女王・・・“ルヴァン=プロムシューノ様”がお目覚めになる時が来た」


 ミャウダーは歓喜の笑みを浮かべていた。他の3人も喜びを隠し切れない様子である。彼らが見上げる巨大な扉には、角の丸い逆三角形をベースにした紋章があしらわれていた。

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