ロッドピース上陸作戦 弐
11月28日 イスラフェア帝国南海岸 ロッドピース市 沖合 上空
「あまぎ」から発艦した33機のF−35Cが属する第42航空群の第3飛行隊と第4飛行隊は、超音速でロッドピースへと向かっていた。彼らの後ろを3機の早期警戒機ホークアイからなる第2警戒航空隊が飛行し、周辺空域の監視を行っていた。
(西の野蛮人共め・・・! 皆殺しにしてやる!)
第3飛行隊の隊長機を操縦する左門寺光二等海佐/中佐は、鬼の様な形相を浮かべながら操縦桿を握っていた。他のパイロットたちも同胞を嬲られた怒りを湛え、士気はこれまでに無い程に上がっていた。
「ライトニング1、マーベリック・・・発射!」
『ライトニング4・・・発射!』
『ライトニング16・・・発射!』
33機のF−35Cがマーベリックミサイルを発射する。超音速で飛行するそれらは音も無く、ロッドピース港に停泊するスレフェン艦隊へ向かって行った。
ロッドピース市 港 埠頭
終わらない惨劇によって、日本人が集められていた埠頭は深紅に染まっていた。スレフェン兵たちは日本人を夢中で嬲り、その顔は醜悪な表情を晒している。その様相は正に地獄絵図と呼ぶべきものだった。だが、彼らは破壊神が近づいていることに気付かない。F−35Cから超音速で放たれた光の槍が、スレフェンの帆走軍艦へ一斉に着弾したのだ。
ド ド ド ドガアァ・・・ン!
「・・・な、何事だ!?」
一斉に爆発していく艦隊の姿を目の当たりにして、兵士たちの間に動揺が走る。この攻撃によって30隻を超える軍艦が海の藻屑と化した。さらにその直後、第2攻撃が繰り出され、再び30隻を超える帆走軍艦が爆発する。189隻存在した第1艦隊は、一瞬でその3分の1が消滅してしまったのだ。
「・・・一体どうしたんだ?」
艦隊司令のギルバートも異様な事態に気付いて天幕の中から飛び出していた。その直後、三度艦隊が吹き飛ばされて行く。そして音を置き去りにした飛行物体の編隊が、ロッドピースの上空をとてつもない速さで通り過ぎて行った。
「ニホン軍の襲来だ! 水兵たちは直ちに迎え撃て! 竜騎兵隊は敵艦隊を迎撃せよ!」
敵の正体を瞬時に悟ったギルバートは、艦内に滞在していた海軍兵たちに指示を出す。彼らは迅速に戦闘準備へ入った。だが、上空から降下するF−35C編隊が更なる攻撃を加える。4発目のマーベリックミサイルが容赦無く彼らを襲い、合計して130隻を超える艦が瓦礫と化したのである。
「くそッ・・・艦の方は予備の“電池”も切れかけているというのに!」
イスラフェア海軍との戦闘を経て、魔力を供給する源はすでにほとんど限界に達していた。此処へ来る途中に略奪を行った「レン諸島王国」では、彼らが“電池”と呼ぶ魔力の源を現地調達することが出来たのだが、この「イスラフェア帝国」ではそれが一切出来ない。
その為、陸兵の増援と電池の供給を行う“輸送艦隊”が此方に向かう手筈になっていたのだが、それが到着するのは10日後の話であり、とてもじゃないが当てには出来ない。
「防壁はもう良い! 徴収可能な全ての魔力を“誘導熱線砲”に回せ!」
上空を舞う敵、そして此方へ来るであろう敵艦隊へ対処する為、各帆走軍艦に搭載されていた熱線砲が空、または水平線へ向けられる。上空からイスラフェア陸軍兵への攻撃を行っていた竜騎兵隊は、水平線の方へ向かって行った。
空を見れば、マーベリックミサイルを全て撃ち尽くしたF−35C編隊が機首を南の海へ向けている。母艦へと帰ろうとしていた彼らに向かって「誘導熱線砲」の砲門が向けられた。
「・・・発射!」
数多の赤い筋が空に向かって放たれる。だが、熱線は戦闘機の後方を通り過ぎて行くだけで、1発も命中しなかった。戦闘機の圧倒的な速度の前には、付け焼き刃の誘導性能など用をなさない。
・・・
強襲揚陸艦「おが」 戦闘指揮所
減速した旗艦に代わって艦隊の指揮を執るのは、「おが」に乗艦していた第8護衛隊司令の水嶋公一一等海佐/大佐である。
『奇襲攻撃成功! どうやらバリアは張られていない様です』
「良し・・・直ちに『あまぎ』へ帰還せよ!」
空対艦ミサイルによる奇襲攻撃を敢行した第42航空群の左門寺二佐から、「おが」の戦闘指揮所に入電が届く。その後、奇襲を成功させた33機のF−35Cは、母艦である「あまぎ」へ帰投した。
「ホークアイより入電、ロッドピース上空より多数の龍が接近! 此方へ向かっています」
「『たかお』より報告、SPYレーダーにて敵機の群れを捉えました」
戦闘指揮所に駐在する通信員たちが、各方面から届く報告を次々と副司令に伝えて行く。水嶋一佐はそれを余すところなく耳に入れる。
「敵の熱線砲を警戒し、最大射程で砲撃を開始する。また『たかお』は対空戦闘用意! 敵艦と敵の龍を全て落としたら、エア・クッション揚陸艇で上陸開始だ」
指揮官の命令は、直ちに各艦へ伝達された。
イージス艦「たかお」 戦闘指揮所
「臨時旗艦より入電、対空戦闘用意!」
「対空戦闘用意!」
水嶋一佐から下された命令を、艦長の石坂松雄一等海佐/大佐が復唱する。迫り来る敵を撃滅する為、各員が忙しなく動いていた。
この「たかお」を1番艦、そして「まや」を2番艦とする「たかお型ミサイル護衛艦」は、かつて8200トン型護衛艦と呼ばれ、2020年と2021年に竣工したイージス艦である。イージスシステムのベースライン9を搭載し、弾道弾迎撃ミサイルである「スタンダードミサイル3」が発射可能で、「共同交戦能力」に対応している他、「スタンダードERAM」を用いた超水平線攻撃、即ち「海軍統合火器管制-対空」に初めて対応した艦なのだ。
「SPYレーダー目標探知、前方12時の方向・広域に多数飛行物体確認、敵機かと思われる。捕捉目標数は55!」
上空の監視を行っていたSPY員が敵機の状況を報告する。
「ミサイル垂直発射システム、用意!」
VLS員の操作によって、ミサイル垂直発射システムのミサイルセルを覆う蓋が開く。その中には艦対空ミサイルである発展型シースパローが搭載されていた。たかお型ミサイル護衛艦は元々、発展型シースパローの運用を想定していなかったのだが、転移後、竜騎兵相手に高価なスタンダードミサイルを使うことを憂慮した防衛省によって、全てのイージス艦がアップデートを受け、発展型シースパローへの対応が可能となっていた。
「発展型シースパロー、発射!」
「たかお」のミサイルセルから数多の発展型シースパローが発射される。慣性航行で飛行して行くそれらは、マッハ3に迫る速さで敵に迫って行き、ミサイル射撃指揮装置による誘導を受けて、敵機に突っ込んでいった。
ロッドピース市 沖合 上空
第1艦隊竜騎兵隊長を務めるトビー=ロクサル佐官に率いられ、55騎の龍がF−35C編隊を追って南へ向かっていた。音速の壁を突破し、文字通り無音で近づく発展型シースパローに、その場に居る誰もが気づけない。
「ん?」
先頭を行くトビーは、前方の視界に黒い点々が現れたことに気づく。それは一瞬で巨大な槍と化し、回避する間も無く竜騎兵隊に襲いかかった。
ド ド ド ドン!
断続的に黒い花火が咲いた。攻撃を受けた龍と騎兵は、四散しながら海に消えて行く。無事だった龍もパニックを起こしており、兵士たちは振り落とされない様にしがみつくことで精一杯だった。
「お・・・落ち着け! 龍を宥めろ!」
先頭を駆けていたにも関わらず、幸運にも第1波攻撃の標的から免れていたトビーは、ベテランの技量で乗っていた翼龍を瞬く間に沈めると、慌てふためく部下たちに落ち着く様に告げる。だがその直後、第2波攻撃が残存の龍を襲い、トビーを含む竜騎兵隊総勢55騎は悲鳴を上げることも無く全滅したのだった。
イージス艦「たかお」 戦闘指揮所
発展型シースパローの全弾命中が確認され、SPY員がレーダーを確認する。
「第2波攻撃、命中!」
「SPYレーダーより目標消失、全敵機の撃墜を確認」
「・・・良し!」
ロッドピースの制空権奪回に成功し、艦長の石坂一佐は小さくガッツポーズをする。残す敵は沿岸に展開する敵艦と、市街地周辺に潜む揚陸兵のみとなっていた。
護衛艦「いなづま」 戦闘指揮所
遙か高空を飛ぶ「無人偵察機TACOM改」が捉えた映像は、各艦の戦闘指揮所にも届けられていた。「いなづま」艦長の常葉卓蔵二等海佐/中佐をはじめとして、戦闘指揮所の隊員たちが眺めているTACOM改の映像には、港の様子が映っていた。
この街へ派遣されていた日本人を好き勝手に嬲っていたスレフェン兵たちは、既に埠頭から居なくなっている。海岸にはF−35Cが撃ち漏らした敵艦が60隻近く残っていた。
「敵が有するという熱線を警戒し、『艦載機型TACOM改』ともリンクして・・・艦砲による最大射程射撃を行う」
敵艦から見て此方の艦影全体が見えない様に注意深く進みながら、マストの上部に設置されている対水上レーダーを用いて敵艦の捜索を行う。
「敵艦までの距離・・・18km、射程距離に入りました!」
この時、スレフェン艦隊からは水平線の向こうから顔を出した奇妙な鉄塔が見えていたことだろう。81式射撃指揮装置2型がオート・メラーラ76mm砲の標準を合わせていく。「すずつき」でも同様に、TACOM改から得た情報を合わせて艦砲の標準を調節していた。
「測的開始、発射準備完了!」
「発射!」
砲術士が引き金を引く。直後、鈍い砲撃音と共に砲弾が放たれた。TACOM改の映像から命中したことが確認される。
「初弾命中!」
砲撃を受けた敵艦は、為す術も無く崩壊していく。魔法防壁に護られていない木造船は、とてつもなく脆かった。
「連続発射用意!」
「発射!」
81式射撃指揮装置2型に管制された砲から、砲弾が次々と連続発射される。それらはロッドピースの沿岸に停泊している敵艦隊を沈めて行った。
・・・
ロッドピース市
港に並ぶ帆走軍艦が次々と沈められて行く。市街地の外縁部で戦うイスラフェア兵とスレフェン兵は、戦闘を止めて港の方を眺めていた。瞬く間に艦隊を撃滅した圧倒的な武力を目の当たりにして、彼らは呆然とした表情を浮かべている。
「あ、あぁ!!」
「やった・・・やったぞ!」
程なくして港からスレフェン艦隊が一掃される。その光景を見て、イスラフェア兵たちは拳を天高く突き上げた。その一方で、スレフェン兵たちの表情は暗い。艦隊の全滅は確実に彼らの士気を落としていた。
・・・
強襲揚陸艦「おが」 戦闘指揮所
2隻の護衛艦による長距離砲撃によって、港に残存していた60隻の敵艦が殲滅される。沿岸部を覆っていた脅威が排除されたことを確認し、副司令の水嶋一佐は次なる命令を下した。
「命中率75%と言ったところか・・・まあ、上出来だな。良し・・・上陸部隊発進」
「おが」のウェルドックと車輌甲板内には3隻のエア・クッション揚陸艇と12輌の20式水陸両用車の他、82式指揮通信車、89式装甲戦闘車、16式機動戦闘車、そして22式装輪装甲車などの各種装甲車輌が控えていた。上方の飛行甲板では、ティルトローター式垂直離着陸機のオスプレイが、他の上陸要員を乗せて発艦準備を整えている。
「今作戦の目的は、ロッドピース市内に閉じ込められた日本人の脱出であり、時間が命である。よって全部隊は18時間以内に全ての作戦行動を終了し、邦人を連れて『おが』へ撤収せよ」
指揮官の命令が伝達され、「おが」の艦尾門扉が開放される。各種装甲車や偵察用オートバイを乗せたエア・クッション揚陸艇が大海原へと漕ぎだし、12輌の20式水陸両用車がそれらに続く。飛行甲板で待機していたオスプレイも次々と発艦していく。それらは二手に分かれて沿岸部へと向かって行った。
・・・
ロッドピース市 東部の海浜
「おが」から発進した上陸部隊の内、2隻のエア・クッション揚陸艇と9輌の20式水陸両用車、そして3機のオスプレイがロッドピース市東部の海浜に上陸した。そこは3日前にスレフェンの揚陸部隊が上陸した場所と同じであり、破壊されたイスラフェアの砲列など、両軍の戦いの残渣が散乱している。
「我々は、ロッドピース市周辺に陣地を形成しているスレフェン軍のキャンプ地を攻撃し、その後、市内へ突入する」
上陸部隊の指揮を執る山田亮二等陸佐/中佐は、82式指揮通信車の中から上陸した部隊に任務内容を告げる。エア・クッション揚陸艇とオスプレイは更なる装甲車と上陸要員を上陸させる為、「おが」へと戻って行く。さらに上陸部隊を支援する為、汎用ヘリコプターのイロコイや攻撃ヘリコプターのヴァイパー、合計15機が「おが」から発艦していた。
ヘリ部隊は上陸した歩兵や各種装甲車の上空を通過し、内陸部へと飛行する。竜騎兵隊の全滅によって制空権を失ったスレフェン軍は、それを甘受するしか無かった。
都市の周辺にはスレフェンの揚陸兵が設営したキャンプ地が点在しており、この3日間、彼らは街の中心部に向かって進撃を繰り返していた。街の北部にある駐屯地のイスラフェア陸軍兵がそれを食い止めていたが、駐屯地自体は既にスレフェンの竜騎兵隊によって破壊されている。
故にロッドピースは激しい市街地戦の様相を呈しており、街の中心部には多くの日本人が取り残されていた。彼らの任務は街の東部方面を制圧しているスレフェン軍を叩きながら進軍し、街に取り残された日本人を海岸へ脱出させることにあった。此処から見て街の反対側に位置する西の海浜に上陸した部隊は“囮部隊”であり、都市の西側に陣取るスレフェン軍が東へ向かわない様に釘付けにする任務を担っている。
『攻撃開始!』
イロコイやヴァイパーが、地上の敵軍キャンプ地に機関砲の雨を降らせ、スレフェン兵を食い散らしていく。攻撃からあぶれた者たちがキャンプ地から飛び出して来た。
『・・・撃て!』
山田二佐の命令を受けて、各種装甲車輌に乗っていた陸上自衛隊員たちが機関銃の引き金を引く。さらに地面の上に並べられた迫撃砲から、多数の砲弾が放たれた。容赦ない攻撃の前に為す術無く、スレフェン兵は無力化されていった。
『敵艦の熱線は護衛艦の外壁を穿孔するほどの威力を持っている。敵歩兵も類似の新兵器を所持している可能性がある! 装甲車内の隊員は不用意に外へ出るな! これより都市中心部に向かって進軍を開始する!』
山田二佐は上陸部隊に進軍命令を下した。その後、彼が乗る82式指揮通信車を先頭に89式装甲戦闘車、20式水陸両用車、そして22式装輪装甲車からなる装甲車部隊が市街地の中へ進軍を開始する。
その周りを、偵察用オートバイに乗った機甲科隊員が駆け抜けていく。彼らの目的はただ1つ、都市に取り残された日本人を発見することである。他の隊員たちは上陸地点を死守するため、16式機動戦闘車と共に海浜に残っていた。
ロッドピース市 中心部 レイズン地区 会堂広場
わずか3日間の戦闘でほぼ廃墟と化していた街を偵察用オートバイが駆け回る。その中の1人である矢吹恵二等陸曹は、多数の市民が避難していた会堂に辿り着いていた。彼は避難所の警護を行っていたイスラフェア兵に自身の素性を伝える。
「私は日本陸軍兵卒、矢吹恵! 民間の日本人が此処に居たら教えて欲しい!」
「・・・ニホン国の兵か!」
イスラフェア兵たちは初め、見慣れない乗り物に乗って現れた緑服の男を警戒していたが、彼の素性を知ってその警戒を解いた。
「大勢の市民と共に100人近いニホン人がこの中に、それに医師の方が治療を行っている」
イスラフェア兵の1人が答える。その会堂には、日赤の医師である唐内元気を初めとして94名の日本人が避難していた。
「他に日本人が居る避難場所は無いか?」
「ああ・・・中央区画の市庁舎には、此処より多数の市民が避難している。そこにニホン人も大勢居た筈だ」
「・・・!」
ようやく日本人の避難場所を発見した矢吹二曹は、すぐさま82式指揮通信車の指揮官に報告を入れた。
「こちら第2偵察班の矢吹! 避難中の日本人を多数発見! 場所はレイズン地区の会堂! また中央区画の市庁舎にも多数の日本人が避難している!」
『ザザッ・・・了解! 直ちに装甲車を向かわせる!』
通信が切れる。それから30分後、指揮官の指示を受けた4輌の20式水陸両用車と5輌の22式装輪装甲車が、敵を蹴散らしながら会堂前広場に現れたのだった。
ロッドピース市 中央区画 市庁舎
会堂と並んで日本人の避難場所と目される「ロッドピース市庁舎」に向かって、数輌の装甲車輌が脚を急がせていた。そんな彼らの行く手を阻もうと、建物の影や屋上に潜んでいるスレフェン兵が携帯熱線砲を浴びせてくる。携帯式の熱線砲は艦載のものより威力は低いらしく、各車輌の装甲はそのダメージが内部へ伝わるのを阻んでいた。
ブオオオオッ!
ダァンダァン・・・ダァン!
銃塔に立つ隊員が潜んでいる敵に向かって機関銃やてき弾を放つ。ロッドピースの市街地に連続した発砲音が響き渡った。程なくして彼らは未だスレフェン兵の手が及ばない都市の中心街へと到達した。地図で確認した街の中央区画に向かって、一気にスピードを上げる。
およそ20分後、ついに多数の日本人が避難しているという市庁舎前に辿り着いた。門の前で市庁舎を護っていたイスラフェア兵たちは、突如現れた装甲車輌の群れに驚き、咄嗟に銃を向ける。20式水陸両用車に乗っていた3名の隊員は、後部ハッチから降車して敬礼し、自らの素性を伝えた。
「日本国陸軍尉官、里中悟と申します! 此処に多数の日本人が避難しているという情報を得て此処へ来ました」
彼の言葉を聞いたイスラフェア兵たちは顔を見合わせる。
「ええ・・・確か40名近い日本人が此処に居ますが」
イスラフェア兵の1人が口を開いた。40名前後であれば、この場にある装甲車で1度に連れ出せる人数である。
「では・・・中に入らせて頂きますよ!」
「・・・えっ、あ!」
装甲車輌から降りた隊員たちは、イスラフェア兵に制止する間も与えず、市街地と市庁舎の敷地を隔てる塀の向こうへ踏み込む。イスラフェア兵が護っていた門の向こうには庭園が広がっており、そこには万単位の人々が避難していた。市庁舎の建物は臨時の避難場所となった庭園のさらに奥に位置している。
ロッドピース市民たちは皆、突然現れた緑服の集団に驚いていた。そんな彼らを余所に、里中三尉は拡声器を用いてその場に居る日本人に呼びかける。
『我々は陸上自衛隊です、此処に居るという日本人の方は名乗りを上げてください!』
「・・・!」
自軍が駆けつけてくれたことを知った日本人たちは、ほっとした表情を浮かべながら次々と名乗りを上げた。里中三尉は散らばっていた彼らを集めさせ、その人数を確かめる。結果、合計44人の邦人がその場に居た。
『他には居ませんか!?』
聞き漏らしが無いかどうかを確かめる為、隊員たちは再び群衆に問いかけた。だが名乗りを上げる者は居らず、里中三尉はこの場に居た全ての日本人を確認したと判断する。
「貴方方は今から、我々と共に装甲車に乗って東の海浜へ向かい、この街を脱出して頂きます! 沖合には強襲揚陸艦の『おが』が控えており、皆さんの乗船を待っています!」
「この街から脱出出来るのか!」
「良かった、これで助かるぞ!」
自身の下に集まっていた邦人に対して、里中三尉は今後の予定を告げる。戦乱のロッドピースを脱出出来ることを知り、邦人たちは一様に歓喜の笑顔を浮かべた。だがその時、他のロッドピース市民たちが彼の言葉を聞いた途端に騒ぎ始める。
「ちょ・・・待ってくれ!」
「わ、私らもこの街から逃がしてくれ!」
「頼む・・・死にたくない!」
「後生だ! 金なら後で幾らでも払う!」
身の安全を求める現地民たちは、自分たちも脱出させる様に自衛隊に求めた。だが、彼ら全員を脱出させられる程の余裕など無い。里中三尉は心苦しく思いながらも、すがる様に迫って来る彼らに対して心を鬼にする。
「我々の任務は邦人の安全確保・・・残念ですが、此処に居る皆様全員を海に脱出させる程の余裕はありません。貴方方の安全確保はイスラフェア軍の担当領域であり、彼らによる救助をお待ちください」
「・・・そ、そんな!」
「増援なんか、何時までも待ってられるか!」
「金なら払うと言っている!」
冷静に突っぱねられたロッドピース市民たちは絶望し、次々と抗議の言葉を口にする。隊員たちは彼らを振り払いながら、44人の邦人を連れてそそくさと庭園から退散した。だが、救済を求める市民たちは塀の外まで付いてくる。避難所の警護を行っていたイスラフェア兵たちは、自衛隊に殺到する彼らが市庁舎の敷地内から出ない様に必死に抑え込んだ。里中らはその隙に全ての邦人を装甲車輌に乗り込ませ、彼ら自身も各車輌にサッと乗り込む。そして邦人を無事に収容した彼らは、東の海岸へとひた走るのだった。
ロッドピース市 港 埠頭
惨劇が繰り広げられた埠頭には、日本から派遣された企業員やその家族たちの骸が散乱していた。辛うじて命を取られなかった者たちも、顔から生気を失っている。そこには既にスレフェン兵の姿は無く、ただ砲撃音が空しく響き渡るだけであった。
(一体・・・どうなって?)
この埠頭には仮司令部や士官の寝床となる天幕が設営されていた。在ロッドピース副領事を務めていた水梨優奈は、放心状態から目を醒まし、隣の天幕から怒号が聞こえて来ることに気付く。彼女は自らの身体を汚い布で覆い隠すと、天幕の隙間から海の様子を覗いた。
「・・・!」
港に停泊していた帆走軍艦は全てが瓦礫と化しており、水平線上には5隻の自衛艦が展開していた。自衛隊の救援が駆けつけていたことを知り、水梨の心に希望の火が灯る。その直後、聞き慣れた音が聞こえて来た。それはオートバイの駆動音であった。
「・・・!」
水梨は布きれを身に纏ったまま、天幕の外へ飛び出した。偵察用オートバイに乗った陸上自衛隊員たちと3輌の20式水陸両用車、そして3輌の22式装輪装甲車が市街地から飛び出し、砂煙を上げながら埠頭に向かって接近していたのである。
「な、何だ・・・あれは!?」
司令部の警護の為、わずかに残っていたスレフェン兵たちが装甲車輌の接近に気付く。そして彼らは手にしていた携帯熱線砲を自衛隊に向けた。その瞬間、偵察用オートバイに乗っていた隊員たちは、サッと装甲車輌の裏に隠れる。だが、光に近い速さで発射される熱エネルギーは、回避が遅れた隊員を容赦無く襲った。しかし、装甲に護られた車輌にはダメージが通らない。
彼らは逆に機甲科隊員たちの立ち乗り射撃による反撃を受け、無力化されてしまう。その後、停車した車輌から自衛隊員たちが降りて来る。彼らはスレフェン軍の司令部となっていた天幕群に突入すると、その中に残っていた士官や音信兵、炊事兵を制圧していく。
「何だお前らは・・・ギャア!」
「助けッ・・・!」
士官も雑兵も関係無く、迅速に射殺されていく。凶弾に倒れた者の中には艦隊司令のギルバート=クロウも含まれていた。無言で引き金を引く隊員たちの目には、同胞を嬲り殺された怒りが灯っており、異常な練度と士気を発揮した彼らによって、スレフェン軍司令部は瞬く間に殲滅された。
その途中、自衛隊員の1人がうずくまっていた水梨を発見する。目を合わせた両者は互いに、様々な感情が入り交じった複雑な表情を浮かべた。
「・・・在ロッドピース副領事、水梨優奈です。貴方方を待っていました」
水梨は立ち上がると、気丈な態度を装いながら自らの素性を告げた。彼女の身分を知った隊員は咄嗟に敬礼をする。
「陸上自衛隊水陸機動団所属陸曹長、金城裕次郎です! 遅ればせながら、馳せ参じました・・・申し訳ありません!!」
金城は水梨の身なりから、彼女がどういう目に遭わされたのかを察する。救出艦隊が間に合わなかったことへの後悔から慟哭の念に駆られ、彼は声を震わせながら大粒の涙を流した。
「・・・泣かないで下さい、私は・・・我々は貴方方が助けに来て下さったことに感謝しています」
水梨は在留邦人の代表としてその総意を伝える。
「・・・すぐにこの場から退避します。車輌へ急ぎましょう!」
金城陸曹長は涙を拭うと、早急にこの場から避難する様に求める。その後、彼女は付近で待機していた20式水陸両用車に収容された。
埠頭ではそれと同様に、陸上自衛隊員たちがわずかな生存者の収容を行っていた。そのほとんどが女性であり、生気を失った生ける屍の様であった。地上を見れば惨殺された遺体が散乱している。彼らの目は“無念だ”と告げている様に思えた。
「申し訳ありませんが生存者の退避が第一故、損壊が激しい御遺体の収容は出来ません! 可能な限り御遺体の回収を行った後、発進します!」
埠頭制圧の指揮を執った神保琢馬一等陸尉/大尉が、各車輌に乗り込んだ20名の生存者たちに状況を伝える。だが、彼の言葉が聞こえているのか否か、彼女たちは虚ろな目をしたままうんともすんとも答えなかった。
その後、わずかな生存者を乗せた各車輌は、撤退の拠点である東の海浜へと全速で向かう。
東部の海浜
上陸開始から15時間後、埠頭の生存者を乗せた装甲車輌部隊が東の海浜へ辿り着いた。20式水陸両用車はそのまま海の中へ飛び込み、他の装甲車は待機していたエア・クッション揚陸艇に乗り移る。街の西側に上陸していた囮部隊も、すでに「おが」へ帰投していた。
この15時間、この海浜では上陸した日本軍を排除しようとするスレフェン軍と、自衛隊との激しい戦闘が行われ、砂浜には16式機動戦闘車や迫撃砲が放った榴弾の弾痕やスレフェン兵の遺体、そして激戦に散った自衛隊員の血痕が散乱していた。また、地上部隊の支援を行っていた15機のヘリコプターの内、3機が熱線砲の餌食となって墜落していたのである。
「全上陸部隊の撤退を確認!」
その3時間後、邦人の捜索を行っていた全ての車輌とオートバイが帰投する。上陸部隊の総指揮を執った山田二佐は、エア・クッション揚陸艇の上に停車していた82式指揮通信車から、強襲揚陸艦「おが」と旗艦「あまぎ」に報告を入れる。その後、彼らを乗せたエア・クッション揚陸艇は、母艦である「おが」へと帰って行った。
・・・
旗艦「あまぎ」 戦闘指揮所
『シナゴーグに避難していた邦人94名、収容完了しました』
『同じく市庁舎に避難していた邦人44名、収容完了しました』
『埠頭の生存者20名、収容完了しました。並びに、破損した装備を除く全車輌の帰投を確認しました』
艦隊に合流していた旗艦「あまぎ」の下へ、「おが」から報告が入る。彼らは18時間で158名の邦人を救い出すことに成功したが、その代償として数多の尊い命を失った。
「ロッドピースに在住している日本人は、総領事館職員も含めて307名。その内、埠頭で死亡が確認されたのが101名、他に死亡が確認されているのが36名、都市中心の会堂と市庁舎、及び埠頭で保護された生存者が158名、所在が確認出来なかった行方不明者が12名です。加えて殉職者が201名確認されています」
艦長の平田三郎丸一等海佐/大佐が、作戦の結果を報告する。ロッドピースに滞在していた邦人の内、そのほぼ半数に当たる149人を救い出せなかったことは、艦隊司令の中森旭海将補/少将をはじめてとして、全ての隊員たちの心に遺恨を残していた。
「・・・全艦、直ちにカナール市へ向かう。そこに滞在する日本人を収容した後、サグロア基地へ帰還する。海岸線に沿って南東へ舵を取れ」
「はっ!!」
司令の命令を受けて、各艦の機関が動き出す。任務を終えた6隻の艦隊は、もう1つの日本人在留地であるイスラフェア帝国・カナール市へ進路を取るのだった。
・・・
<ロッドピース残留邦人救出作戦 結果>
自衛隊殉職者 201名
民間人犠牲者 137名
民間人行方不明者 12名
負傷者 540名