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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第2章 西方世界の危機
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ロッドピース上陸作戦 壱

11月26日 アラバンヌ帝国 首都アドラスジペ


 スレフェン艦隊敗走の知らせは、この国の首都であるアドラスジペの王宮へすぐさま届けられた。皇帝のセルジーク=アル・マスノールは、文官の報告を聞いて安堵する。


「良かった・・・やはりニホン軍は強いな」


「はい、2年前に租借地を認めたことが功を奏しましたね」


 サグロア基地がある場所は、2034年に結ばれた条約によってアラバンヌ帝国が日本の無期限租借を認めた土地であった。国内では反論も強かったが、サグロアの租借を認めたことが結果としてプラスになったことを、文官は喜んでいた。

 市街地では日本軍の勝利を祝う宴が催されている。今回の一件のお陰で、この国の国民たちが抱く日本への好感度はより一層上がっていた。その後、日本から派遣された強襲揚陸艦の「しまばら」が着港し、この国に住まう700人の日本人を日本国内まで一時的に避難させることとなった。


〜〜〜〜〜


11月28日 イスラフェア帝国南海岸 沖合


 アラバンヌ帝国がスレフェン連合王国第2艦隊の脅威を退けてから2日後、4日前にサグロア基地を出港した「邦人救出艦隊」は、ロッドピース市をようやく射程距離に捉えていた。艦隊司令を務めるのは、日本本土から派遣された第4護衛隊群司令の中森旭海将補/少将である。


「2日前に通信が途絶えた現地の領事館からの通信に依ると、ロッドピース市の内部は市街地戦の様相を呈している様だ。攻撃に先立ち『艦載機型TACOM改』を発進させよう」


 中森海将補は情報収集の為、無人偵察機の発艦を命令する。その直後、「あまぎ」の飛行甲板から1機のTACOM改が飛び立って行った。

 日本独自の無人偵察機であるTACOM改には、戦闘機から発射されて地上の基地に帰投するタイプと艦載機タイプの2種類がある。艦載機タイプは地上基地タイプとは異なり、離着陸を手動で操縦しなければならない。連続飛行時間は最大で8時間が限度であり、レーダーやレーザーの照射を行う度にどんどん短くなっていく。


「F−35Cにマーベリックミサイルを搭載し、待機させておけ! また『おが』もヴァイパ(AH-1Z)ーを飛行甲板に待機させろ!」


 司令の命令を受けて、「あまぎ」の甲板下に格納されていたF−35C戦闘機にマーベリックミ(AGM-65)サイルが装着される。因みにマーベリッ(AGM-65)クには多くのサブタイプが存在し、今回使用されたのは対艦船向けに作られたF型で、弾頭は136kgの成形炸薬弾頭になっている。これによって敵艦を覆う“魔法防壁”を突破しようという目論見だ。

 強襲揚陸艦である「おが」の甲板でも、陸上自衛隊の攻撃ヘリコプターであるヴァイパ(AH-1Z)ーが、エレベーターに乗せられて格納庫から迫り上がっている。こちらも発艦準備を整えていた。


 1時間後、TACOM改がロッドピース市へ到達する。搭載されているカメラに捉えられた映像が、戦闘指揮所(CDC)のディスプレイに映し出された。


「・・・これは」


 中森海将補は言葉が出ない。他の隊員たちも絶句していた。


・・・


<邦人救出艦隊>

司令 中森旭海将補/少将(第4護衛隊群司令)

副司令 水嶋公一一等海佐/大佐(第8護衛隊司令)


航空母艦「あまぎ」

強襲揚陸艦「おが」

補給艦「おうみ」

護衛艦「たかお」「いなづま」「すずつき」


・・・


同日 イスラフェア帝国南海岸 ロッドピース市


 邦人救出艦隊がTACOM改を発進させる2時間ほど前、スレフェン軍が上陸して2日が経過したロッドピース市では、激しい戦闘が繰り広げられていた。都市に繋がる橋や鉄道網は既に寸断されており、イスラフェア政府は陸軍の増援を送るのに時間が掛かっていた。

 首都政府では、壊滅した南部方面艦隊に代わり、イスラフェア帝国の西海岸を担当区域とする西部方面艦隊を向かわせる案も上がっていたが、スレフェンのさらなる魔の手が伸びる可能性が捨てきれない為、軍を派遣することを渋る現地の自治体と首都政府の間で揉めてしまい、ただ時間だけが過ぎていたのである。

 ロッドピースに滞在していた日本人の商人とその家族たちは、他の一般市民と共に市街地中心部の会堂(シナゴーグ)に避難しており、同都市に駐在していた日本人医師団が負傷者の治療に当たっていた。


「い、いてぇ・・・よ!」


「気をしっかり持て!」


 日本赤十字の医師である唐内元気は、負傷した患者の創を縫合している。負傷者は多く、後からどんどん増えていく。此処に避難している日本人は、この都市に滞在している全ての日本人の3割ほどであった。


「非常時とはいえ・・・異教徒をシナゴーグに入れるとは」


 会堂(シナゴーグ)の管理人である祭司は、非常事態であるとは言えども、異教徒である日本人を宗教施設に入れることを苦々しく思っていた。周りを見れば、日本人を睨みつけている市民がちらほらと居る。イスラフェア人は元々排他的な国民性を持つのだ。


「何だと・・・? 今はそんな事を言っている場合じゃないだろうが!」


 その言葉を聞いていた日本人の企業員は、この非常時においても宗教や民族の違いに固執する祭司の言動に激昂し、声を荒げた。遠き異国の地で極限状態に置かれている彼らの精神状態はすでに限界に達しており、普段なら苦笑いで見過ごせるものも癪に障ってしまう。


「止めなさい! 今は喧嘩している場合じゃない!」


 その様子を見ていた唐内は、今にも祭司に襲いかかりそうだった企業員を必死に抑えた。ただでさえ街が戦場と化しているのに、此処を追い出されてはとても敵わない。建物の外からは、イスラフェア陸軍とスレフェンの揚陸兵との戦闘によって生じる砲撃音が断続的に聞こえていた。




市街地 辺縁部


 まだスレフェン兵の手が及んでいない中心街と違い、市街地の外縁部は激しい戦闘の真っ直中だった。港の近くにあった日本国領事館は早々に破壊されてしまい、本土との連絡が取れなくなってしまっている。

 領事館から脱出したうら若き副領事の水梨優奈は、防衛駐在官である西垣颯太一等陸佐/大佐と共に、各国の領事・公使が避難しているというロッドピース市庁舎に向かっていた。総領事である松尾勇気を含め、他の領事館職員たちは戦闘に巻き込まれて既に死亡している。


「副領事、此方です!」


 西垣一佐は89式5.56mm小銃を携行しながら、水梨の先導を行う。時折、イスラフェア兵や戦闘に巻き込まれた市民の死体が転がっていた。胸の奥からこみ上げて来る底知れない不安を抑え込みながら、水梨は中心街に向かって進み続ける。


(おい! 誰か居るぞ!)


「!!」


 その時、背後から声が聞こえて来た。街の路地から出て来たスレフェン兵が、彼女らを発見したのである。そのスレフェン兵はすぐに仲間を呼び寄せる。


「・・・走って!」


 西垣一佐の言葉を合図に、水梨は一目散にその場から逃げ出した。西垣一佐も兵士が居る背後に銃口を向けながら、彼女を追う様にして走り出す。だが無情にも、2人の前に3人のスレフェン兵が立ちはだかった。彼らの手には携行式熱線砲が握られており、その砲口は水梨と西垣一佐の心臓を捉えている。


「ヘヘヘッ・・・ニホン人だな! 連合王国第1司令ギルバート様の命令だ、俺たちと一緒に来て貰うぜ!」


 スレフェン兵の1人はそう言うと、2人に手を上げる様に求めた。恐怖に震える水梨に、西垣一佐は小声で耳打ちをする。


(・・・私が彼らに向かって突っ込んだら、横の路地の中へ逃げてください)


(・・・え?)


 その直後、西垣一佐は叫び声を上げながら、3人のスレフェン兵の懐に向かって飛び込んで行った。その自暴自棄とも言うべき予期せぬ行動に驚き、スレフェン兵は堪らず怯んでしまう。


「と、止まれ!」


 スレフェン兵の1人が西垣一佐に向かって熱線を放った。だが照準が狂ってしまい、その熱線は西垣一佐の耳を削り取りながら彼の左頬を掠めて行く。


「・・・うぐっ!」


 西垣一佐は反射的に左目を閉じる。そして彼は顔面に走る激痛を押し殺し、89式5.56mm小銃の引き金を引いた。銃撃の雨を受けたスレフェン兵は為す術もなく倒れていく。


「ハァ・・・ハァ・・・!」


 西垣一佐は左頬を押さえる。何処かの動脈を傷つけてしまったのか、傷口からは鮮血が噴き出していた。意識が朦朧とする最中、彼は何処からか熱線が発射される音を聞く。


「・・・なっ!?」


 その刹那、赤い光の筋が彼の胸元を貫いた。心臓を射貫かれた西垣一佐は力無く地面の上へ倒れ込む。この時、在ロッドピース日本国総領事館付き防衛駐在官、西垣颯太一等陸佐/大佐は、スレフェン兵の狙撃を受けて殉職したのだった。




港 埠頭


 西垣一佐の手によって一時的に危機を免れた水梨だったが、彼の犠牲も空しく別のスレフェン兵に発見されてしまう。抵抗する術を持たない彼女はスレフェン兵の要求に従う他無く、彼らに連行されてある場所へと連れて来られていた。


「・・・此処は!?」


 水梨が連れて来られていたのは、貿易船が出入りする埠頭だった。そこには現在、スレフェン第1艦隊の旗艦「フィリウス・レギス・ウィスベン」をはじめとして、数隻の帆走軍艦が停泊している。

 埠頭には熱線砲を携えるスレフェン兵に囲まれる形で、多数の人々が集められていた。それは全て日本人であった。およそ120人と言ったところだろうか、このロッドピース市に住まう日本人のおよそ4割が埠頭に連行されていたのである。皆、スレフェン兵が持つ熱線砲を恐れ、顔を真っ青にしながら震えている。中には親と共にこの地へ移り住んだと思われる、年端もいかない小さな子も居た。


「ギルバート将軍、大物を捕まえました! 何でもニホン国の副領事だとか」


「副領事・・・? この女がか?」


 艦隊司令のギルバートは、兵士たちの言葉を聞いて首を傾げる。日本国内を除けば男女平等の概念が薄いこの世界において、そんな大層な役職に女性が就いているなどあり得なかったからだ。加えて、水梨が29歳と若かったことも原因の1つだろう。


「・・・ほう、美しい顔をしているじゃないか。ニホン人の女とは皆肌が綺麗なのだな」


「!?」


 ギルバートは水梨の顎を片手で掴むと、彼女の顔を物色する様にじろじろと見つめた。下卑た目で舐め回す様に見つめられ、水梨は全身に鳥肌が立つ。


「成る程・・・聡明そうな顔立ちをしている。私は賢い女が好きでね・・・国王陛下の御命令とは言え、何もせずに命を奪うのは惜しいものだ」


 ギルバートはそう言うと、水梨の顎を掴んでいた手を離し、逆の手で彼女の肩を突き飛ばした。屈強な軍人の腕力で突き飛ばされた水梨は、堪らず地面の上に倒れてしまう。ギルバートは彼女を見下ろすと、近くに立っていた部下に耳打ちをし、木箱を裏返した即興の演説台の上に立つ。


『聞け、ニホン人! 私はスレフェン連合王国第1艦隊司令、ギルバート=クロウだ』


 彼はこの世界の音響機器である“声響貝”を片手に演説を始める。増幅された彼の声が響き渡り、集められていた日本人は一斉に彼が立つ方を向いた。


『国王陛下の御命令に基づき・・・今からお前たちを“処刑”する!』


「!!?」


 ギルバートの口から告げられたのは、理不尽な処刑宣告だった。その言葉を聞いた120人の日本人は絶望に包まれる。つい1週間前まではその場に居た誰もが、故郷から遠く離れた異国の地で人生の終末を迎えるなど考えもしなかっただろう。此処には女性も幼い子供も居る。母親は自身の子を護ろうと、その小さな身体を強く抱きかかえていた。

 スレフェン兵たちはそんな彼らの感情など意に介していない。情というものを全く見せないギルバートらの姿を見て、水梨は愕然としていた。


『その前に1つ・・・死に逝くお前らに良いことを教えてやろう。貴様らの首都で野生龍の事件を起こしたのは、我々スレフェンだ!』


「!?」


 ギルバートはせめてもの慈悲として、「9月11日事件」の真相について語り始める。その言葉を聞いて水梨はさらに驚く。およそ2ヶ月半前の9月11日、日本で最も高い高層ビルであった「常盤橋セントラルタワービル・B棟」に野生の龍が突撃し、200人を超える犠牲者を出すという事件が起きた。意図されたテロか偶然の産物か、国内でも意見が分かれていたが、その真実はスレフェン王直属の魔法研究機関である「密伝衆」が独断で敢行した“魔法実験”だったのだ。


『自軍の力を過信し、自分たちだけは安全な場所に居ると思い込み、平和主義などと言う日和った思想を盲信するお前らには、良き刺激となったことだろうな』


 ギルバートは日本国を見下した発言を続ける。そして彼は、集められた日本人の中でも、若年女性が区分けされている箇所を一瞥した。


『国王陛下の御命令だ、悪く思うなよ・・・だが、大分昂ぶっている部下たちが居る様でね。どうせ死に逝く命、女共にはその前に糧となって貰おうか』


「!?」


 ギルバートの非情な言葉を聞いて、日本人たちはさらなる恐怖に襲われる。周りを見れば、刃を携えたスレフェン兵たちが目を血走らせて此方を見ている。丸腰の民間人を殺すのに熱線など要らないのだろう。


『武功への褒美だ、行け・・・!』


 ギルバートの言葉を合図に、武器も武力も持たない民間人に向かって、スレフェン兵が一斉に襲いかかる。


「キャアアア!!」


 埠頭は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。スレフェン兵たちは戦闘のストレスを発散するかの如く、デタラメに刀剣を振り回しながら男たちに次々と刃を突き立て、また女性たちを強引にねじ伏せる。


「止めなさい! 今すぐ止めさせなさい!」


 水梨は嗚咽を漏らしながらギルバートに嘆願する。だが、彼は彼女の訴えに聞く耳を持たず、邪悪な笑みを浮かべるばかりであった。居ても立ってもいられなくなった水梨は、スレフェン兵の蛮行を止めようと、半ば自暴自棄になりながら惨劇の中へ飛び込もうとする。ギルバートは目の前から走り去ろうとした彼女の腕を掴むと、彼女の顔を強引に引き寄せた。


「おっと・・・お前には役目があるだろう?」


「!?」


 水梨は目を見開き、嫌悪感を露わにする。だが、彼女の意思など知ったことではないギルバートは、抵抗する水梨を埠頭に設営されていた天幕へと連れ込んで行った。


・・・


同時刻 イスラフェア帝国南海岸沖合 旗艦「あまぎ」 戦闘指揮所(CDC)


 一連の惨劇は艦載機型TACOM改によって、邦人救出艦隊が知るところとなっていた。殺され、嬲られる日本人の姿を目の当たりにして、戦闘指揮所(CDC)の隊員たちは激情に駆られる。中森海将補は握り拳を震えさせながら、飛行甲板に待機している第42航空群に発進命令を下した。


「発艦させろ!」


 司令の命令を受けて、甲板で待機していたF−35C戦闘機が発艦を開始する。整備員がカタパルトのシャトルに前輪がセットされていることを確認し、操作員が射出スイッチを押し込む。すると、通常の戦闘機ならば損壊してしまう程の初速が加わり、F−35Cは大空へ飛び立った。

 その後も次々と連続でF−35Cが発艦され、最後に3機の早期警戒機ホークア(E-2D)イが飛び立つ。斯くして36機の航空機が発艦を終え、一路ロッドピースへと向かった。


「全機射出完了!」

「当艦、速力低下します」


 あかぎ型航空母艦は通常動力空母である為、艦載機の連続射出を行うと船の速力が大きく低下してしまう。速度が落ちた旗艦を他の5隻が追い抜いていく。


「まだ無事な日本人は大勢居る! お前たちは旗艦を置いて先に行け! 一刻も早くロッドピースへ、急げ・・・!」


『は、はいっ!!』


 艦隊司令の命令を受けて、強襲揚陸艦の「おが」、そして護衛艦の「たかお」「いなづま」「すずつき」と補給艦の「おうみ」は、全速力で惨劇のロッドピースへと向かう。

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