アドラスジペ防衛戦 弐
F−3も情報が少なくて、扱い辛いですね。現実ではコンセプトから練り直しらしいですが、この作品では従来掲げられていたi3ファイターのコンセプトをそのまま採用しました。
サグロア基地艦隊 旗艦「いせ」 艦橋
F−3戦闘機の飛来に先立ち、各艦の艦対艦ミサイル発射準備が整う。艦隊司令の仲代一佐は発射命令を下した。
「各艦、艦対艦ミサイル発射!」
直後、それぞれの艦に2基ずつ搭載されている艦対艦ミサイル4連装発射筒から、ハープーンミサイル及び90式艦対艦誘導弾、合計56発が発射された。
音速に迫る速さで海面スレスレを飛ぶ艦対艦ミサイルの群れは、慣性航行の後に終末誘導に入る。そして目標に命中する直前、低空飛行から飛び上がったミサイルは、帆走軍艦が展開する魔法防壁に突き刺さり、軍艦の真上で爆発を起こした。爆発による爆炎とミサイルの破片の雨が、まるで曳火射撃の様に艦の甲板に降り注ぎ、スレフェン軍の兵士たちを襲う。
「全弾命中!」
放たれた護国の槍は56隻の敵艦を葬り去る。スレフェン艦隊はすでに半分以上が沈没していた。後方を行く艦は未だに機雷に引っかかっており、断続的に起こる巨大な水柱が次々と艦を吹き飛ばしている。
・・・
スレフェン連合王国第2艦隊 旗艦「ヴィクトリア」
「龍を飛ばせ! 上陸まで温存するつもりだったが・・・船ごと沈められては敵わん!」
指揮官であるウィルソンの命令を受けて、各艦の格納庫に仕舞われていた“翼龍”が次々と飛び上がって行く。それらの様子は護衛艦の対空レーダー、及びサグロア基地のレーダーサイトにばっちり捉えられていた。
「上陸に備え、海浜の敵戦力へ攻撃を加えよ!」
信念貝を通じて司令の命令を伝えられ、竜騎兵部隊はタリリスクへと向かう。
・・・
サグロア基地 飛行場
此処「サグロア砂漠飛行場」はF−3戦闘機、通称「烈風」が配備されている唯一の海外拠点である。砂が舞う砂漠の真ん中に20機の機体が並んでいた。
第6世代と銘打って日英共同開発が進み、テラルスで完成した「F−3」は、シリコン・カーバイド繊維やメタマテリアル、プラズマテレビ用電磁シールドを機体の素材に用いることで高いステルス性能を持ち、高出力のレーダーによるカウンター・ステルス能力を備えている。これによって、大多数の徒党を組んで襲来するこの世界の“竜騎兵”をより遠距離から、且つ正確に発見・捕捉することが可能となった。
程なくして20機のF−3が滑走路から飛び立つ。上空を舞う幾つかのF−3戦闘機の翼には、ミサイルでも爆弾でも無い“あるもの”が搭載されている。
「TACOM改、発射!」
ミサイルの様に発射されたそれは、日本国が独自開発した無人偵察機「TACOM改」である。前型機であるTACOMは2012年に1度使用承認されたものの2016年に退役していたのだが、F−3の開発開始と共に研究が再開されており、数多の改良や機能追加を経てF−3の就役と同時に再就役していたのである。
かつてはF−15J/DJ戦闘機から発射されるのみだったが、改修によってF−3からも発射出来る様になっている。発射後は自動運転で基地の滑走路へ帰還することが出来、外部からの操縦を必要としない。
10機のTACOM改は戦闘機部隊の前方を先行し、敵艦隊の方へ飛行する。それらからもレーダーが放出されており、各無人機が得たデータはF−3全機によって共有される。TACOM改のレーダーはタリリスクへ向かおうとする航空戦力の姿を捉えていた。アラバンヌ軍には龍を飛行させない様に通達していた為、それらが敵であることは明白である。
「データリンク完了、エルボー1、発射!」
「エルボー2、発射!」
「エルボー3、発射!」
パイロットによるロックオンの過程を経ずに、中距離空対空ミサイルのスパローが発射される。パイロットたちの視界外から発射されたそれらのミサイルは、前方を行くTACOM改から目標に照射されているレーダーの反射波を捉えることで、目標へ誘導される。
「これが・・・“クラウド・シューティング”!」
戦闘機や無人機、早期警戒管制機、早期警戒機など、上空を飛ぶ全ての友軍機とネットワークを構築し、その中からセンサーとウェポンのリソースを最適に活用する。かつて防衛省が第6世代戦闘機のコンセプトとして発案した新たな攻撃手段である「クラウド・シューティング」が、このテラルスで初陣を飾った。
・・・
タリリスク沖合 上空
発射されたスパローの群れは、タリリスクの街に向かうスレフェンの竜騎兵部隊を襲う。音速を超えて空を飛ぶそれらに対して、スレフェンの竜騎兵たちは何も対処することが出来ない。
「・・・ん?」
竜騎兵の1人が視界に入った何かに気付く。だが既に手遅れだった。その刹那、10発の汚い花火が空に咲く。攻撃を受けた龍と兵士は皆、生物としての形を残していなかった。
「な、何だ!?」
突如爆発した仲間たちを目の当たりにして、他の竜騎兵たちは酷く狼狽する。だが、すぐに第2波攻撃が展開され、再び10騎の龍がゴミへと変わった。その後も第3波、第4波とミサイル攻撃が繰り出され、艦から飛び立った40騎の龍は瞬く間に海の藻屑と消えたのである。
・・・
サグロア基地艦隊 旗艦「いせ」 戦闘指揮所
空対空攻撃を終えた第305飛行隊から、旗艦「いせ」に通信が入る。
『空対空ミサイル、弾切れです』
「承知した、対艦攻撃に以降せよ」
『ザザッ・・・了解!』
基地司令である仲代一佐の指示を受けて、20機のF−3は次の攻撃へ移行する。F−2戦闘機の後継機として開発されたそれらは、F−2に並ぶ対艦攻撃能力を有しており、それと同様に重量がかさむ空対艦ミサイルを4発搭載することが出来る。
「対空レーダーに反応無し、敵機全機撃滅!」
各艦に搭載されているレーダーによって、上空の脅威が排除されたことが確認される。
「F−3による対艦攻撃後、艦砲攻撃へ再度移行する」
敵に最後の追撃を加える為、7隻の護衛艦は再び艦首を前へ向けた。
大陸沿岸部 上空
敵の航空戦力を排し、残す敵は海の上を行く艦隊のみとなった。外見は17世紀の帆走軍艦であるにも関わらず、誘導性能を持つ熱線砲を有し、艦砲射撃をある程度跳ね返すバリアを展開するスレフェン艦隊は、テラルスで対峙してきたものの中で、間違い無く最強の艦隊である。
すでに護衛艦数隻が熱線砲による被害を受けており、侮れる相手では無いことは明白だ。サグロア基地としても、最早出し惜しみする余裕は無い。飛行隊の隊長機を駆る小渕利光二等空佐/中佐は、80式空対艦誘導弾を引っ提げている各機に向かって指示を出す。
「在庫処分だ、遠慮は要らん! 各機、全誘導弾を発射せよ!」
『了解!』
小渕二佐が命令を発した直後、20発の80式空対艦誘導弾が一斉に発射された。低空を亜音速で飛ぶそれらは慣性航法で飛行し、目標となるスレフェン艦隊の下へ飛び込んで行く。
・・・
スレフェン連合王国第2艦隊 旗艦「ヴィクトリア」
海戦の開始から1時間半後、スレフェン連合王国第2艦隊は未だ混乱の最中にあった。機雷に引っかかる艦は後を絶たず、水平線の向こうに消えた筈の敵艦隊からは巨大な空飛ぶ槍による攻撃を受け、取り敢えず上空へ避難させた竜騎部隊は良く分からない内に撃墜されてしまった。
敵艦隊はわずか8隻であり、何とか此方の熱線砲が十分な効果を発揮する距離まで近づくことが出来れば勝機はあるものの、水平線の向こうに居られては攻撃をすることすら出来ない。
「・・・くそっ、卑怯者め! このまま負けてたまるか!」
司令のウィルソンは水平線の向こうに身を隠した敵艦隊、そして見えない場所からの攻撃に終始する日本軍に苛立ち、怒りを覚えていた。だが、232隻居た筈の第2艦隊は既にその3分の1にまで減っており、当初の目的だった上陸作戦を遂行することは出来ない状況に陥っていた。
冷静さを失う指揮官に対して、旗艦の艦長であるヴラウン=セカール佐官が注進する。
「ウィルソン将軍、ここは一先ず本国へ撤退し、体勢を立て直してから再攻撃に臨むべきです! 敵も相当数の兵器や弾薬を消費している筈、加えて敵の本国は世界の彼方・・・彼らが軍備を立て直すには相当な時間が掛かると思われます。本国の位置が圧倒的に近い我が国の方が、補給という面では断然有利であることは確実! 次は確実に勝てます!」
「う・・・うむ」
部下の忠告を受けたウィルソンは、艦隊の進退に悩み始める。その時、海上を見張っていた水夫が新たな攻撃を発見した。
『司令部へ報告、水平線から再び空飛ぶ槍が接近!』
「・・・な!?」
ウィルソンは狼狽する。だが、発見した時にはもう遅かった。20発の80式空対艦誘導弾は低空飛行のまま目標と定めた艦の船体へと突っ込み、魔法防壁をぶち破って爆風と破片をまき散らし、スレフェンの軍艦を破壊する。
『また来ます!』
「!?」
直後、水夫が第2波攻撃を発見する。休む間もなく繰り出される空対艦誘導弾は、20隻の軍艦を再び海の藻屑に変えた。
「誘導魔力熱線砲用意! 敵の空飛ぶ槍に向かって発射せよ!」
80式空対艦誘導弾を迎撃する為、ウィルソンは誘導魔力熱線砲の使用を指示する。その直後、第3波攻撃が水平線の彼方から現れた。
「・・・発射!」
亜音速で接近する80式空対艦誘導弾に向かって、誘導熱線が発射される。だが、発射スイッチを押してから実際に熱線が放出されるまでのわずかなタイムラグ、そして誘導性能がそもそも低いことが祟り、全ての熱線が80式空対艦誘導弾の上を飛んで行き、海面へと着弾した。
敵の攻撃を潜り抜けた20発の誘導弾は、そのままスレフェン艦隊に突入する。そして20隻の軍艦が三度海の藻屑と消えた。80式空対艦誘導弾による攻撃で60隻の艦が葬り去られ、残す艦は30隻弱にまで減っていたのである。
「・・・た、退却だ!」
最早これ以上の戦闘は不可能だと悟ったウィルソンは、ヴラウンの諫言通りに撤退することを決意する。彼の命令はただちに全艦へと通達され、生き残った艦は一斉に反転を開始した。
・・・
サグロア基地艦隊 旗艦「いせ」 戦闘指揮所
F−3の空対艦誘導弾が打ち止めになった為、8隻の護衛艦は再びスレフェン艦隊の方へ前進する。その時、対水上レーダーを監視していた電測員が敵艦隊の変化に気付いた。
「・・・スレフェン艦隊、撤退していきます!」
「・・・何?」
仲代一佐は驚きの声を上げる。レーダーには沖へと向かうスレフェン艦隊の姿が映っていた。
「追撃したいのは山々だが・・・」
彼は顎に手を当てながら、追撃の可否について悩む。スレフェン艦隊は降伏の意思を見せていない、ならば敵をなるべく減らす為に追撃を行うのが望ましい。だが艦砲射撃を行う為には、此方も敵の熱線砲の射程に入らなければならない。
「・・・良し、追撃を行う! 全艦前進!」
仲代一佐は追撃することを決意する。サグロア基地艦隊8隻は、背を向ける敵艦隊に向かって前進を始めた。
・・・
スレフェン連合王国第2艦隊 旗艦「ヴィクトリア」
機雷と対艦ミサイル攻撃によって、ほぼ壊滅状態に陥ったスレフェン連合王国第2艦隊は、スレフェンへ帰る為に全速で北に進路を取っていた。
「敵艦隊、追走してきます!」
メインマストの上に立つ水夫が、追跡して来るサグロア基地艦隊を発見する。戦意を喪失した彼らに対して、日本軍が攻撃の手を緩めることは無かったのだ。
「熱線砲を使いますか?」
旗艦の艦長であるヴラウンが熱線砲の使用を打診する。だがウィルソンは首を左右に振った。
「いい、構うな! 魔力を全て風力発生装置に充てろ! 全速力で離脱するんだ!」
彼は逃げ切ることを最優先にする。船内に設置されている“動力炉”にて徴収され、魔力増幅装置によって増幅された魔力が、艦尾に取り付けられている“風力発生装置”に伝達されていく。人工的な強風を得た各艦の帆はパンパンに膨らみ、船はマストの強度の限界まで速度が上昇する。
しかし、彼らは重要なことを失念していた。引き返すということは、機雷原を再び通過しなければならないということである。前方を行く艦から順に、まだ作動していなかった機雷の水中線に触れてしまう。
「揚陸艦『プロウ』、フリゲート艦『クリストファー』撃沈!」
「砲艦『リシュリュー』撃沈!」
彼らに機雷を避ける術は無く、生き残った艦は次々と運悪く撃沈していく。だが、旗艦「ヴィクトリア」を含む数隻の艦は幸運にも機雷原の往復に成功し、その先の海へと逃れて行った。
・・・
サグロア基地艦隊 旗艦「いせ」 艦橋
無謀にも機雷原に突入し、自滅していく敵艦隊の姿は、旗艦「いせ」の艦橋からも見えていた。操舵を担当する航海長の奈倉勝二等海佐/中佐は、機雷原の先へ逃れていく敵艦の姿を双眼鏡で覗きながら、悔しそうな表情を浮かべる。
「ちっ・・・運の良い奴らだ」
海にはまだ300発近い66式機雷が不発のまま残っている。その為、機雷の敷設範囲を抜けた敵艦を追走することは出来なかった。それは司令である仲代一佐も十分に分かっており、程なくして全艦に追撃中止命令が伝達される。
「・・・」
奈倉二佐はスレフェン艦隊の残骸が浮かぶ海を眺める。生き残ったわずかな敵艦が、魔法の力を最大限に使って水平線の向こうへ逃げて行った。戦闘に参加したF−3戦闘機や無人偵察機TACOM改も、既に基地へ帰投している。
斯くして、スレフェン連合王国による宣戦布告から3日後に勃発した「アドラスジペ防衛戦」は、スレフェン連合王国第2艦隊が旗艦を含む2隻の軍艦を残して全滅し、サグロア基地に駐在していた自衛隊/日本軍の大勝に終わったのである。スレフェン艦隊が発射した熱線砲によって、今回の戦いに参加した8隻の護衛艦のうち、5隻が何らかの損傷を被ってしまったが、結果としてタリリスクの街は護られ、アラバンヌ帝国の安全は保たれたのだった。