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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第2章 西方世界の危機
14/56

イシュラ海戦 弐

11月25日 イスラフェア帝国南海岸の沖合 イシュラ海


 アロン=シオメナン・ドレフュス将官が率いるイスラフェア帝国南部方面艦隊と、ギルバート=クロウ将官が率いるスレフェン連合王国第1艦隊が、イシュラ海で激突してから既に2時間が経過していた。旧式の帆船や戦列艦から外輪船、そして装甲巡洋艦を含めて210隻が出撃していたイスラフェア艦隊は、スレフェン艦隊231隻が有する「魔力熱線砲」と「魔法防壁」の前に、ほとんど手も足も出ず、戦闘継続が可能な艦は旗艦「ソロモン」を含めて42隻しか残っていない。

 対してスレフェン艦隊の被害は、4隻に大破・轟沈を出したのみであり、単純な見た目では17世紀の帆走軍艦と19世紀の蒸気船団との戦闘に思えるこの戦いは、17世紀が19世紀を圧倒するという展開になっていた。


「くそ・・・さすがは主力艦隊、しぶといな」


 スレフェン艦隊司令のギルバート=クロウは、敵のしぶとさに苛立っていた。


「司令! 動力炉の電池が底を突きそうです!」


 整備兵が報告をする。船を覆う魔法防壁と熱線砲の連続使用によって、膨大な魔力を供給し続けていた動力源が切れかけていたのだ。


「せめて魔法防壁を解除すれば、“電池切れ”を回避出来ます。魔力熱線砲で一気に片を付けましょう!」


「だが魔法防壁を解いてしまえば、空から此方を見下ろしているイスラフェアの銀龍にやられてしまうぞ・・・」


 海戦が行われている海域の空には、イスラフェアの艦隊から発艦した47騎の銀龍が飛び回っている。彼らは今、魔法防壁に阻まれている為、スレフェン艦隊に手も脚も出ないが、魔法防壁を解いてしまえば、たちまち襲って来るだろう。


「やむを得ない・・・試作段階だが『誘導熱線砲』を試してみよう」


「・・・分かりました!」


 ギルバートはさらなる新兵器の使用を決断する。彼の命令は信念貝を介して各艦へと伝えられた。




海戦海域 上空


 イスラフェア帝国南部方面艦隊に属する47騎の竜騎兵たちは、自軍とスレフェン艦隊との戦いを上空から眺めていた、否・・・眺めることしか出来ないでいた。度々敵艦への攻撃を試みるものの、強固な魔法防壁に阻まれ、ダメージを与えることすらままならない。しかし、此方の艦は敵が放つ熱線によって着実に沈められて行く。

 竜騎兵部隊の隊長を務めるフェレッツ=エフライマン・スロニムスキーは、一方的にやられていく自軍の姿を目の当たりにして、悔しさのあまり下唇を噛む。


「隊長、あれを!」


 その時、竜騎兵の1人が敵艦を指差した。敵艦に4発すつ取り付けられている熱線砲が、上空を向いていたのだ。それらが自分たちを狙っているものだと直感したフェレッツは、部下たちに向かって指示を出す。


「総員、回避行動を取れ!」


 スレフェンの攻撃から逃れる為、47騎の竜騎兵たちは散り散りになって飛び回り始める。その直後、スレフェン艦隊の各艦から光の束が天に向かって発射された。


「なっ!?」


 その光は空を飛び回る龍へ目がけて曲がった。そして40騎の銀龍がほぼ同時に叩き落とされたのである。フェレッツを含めて生き残った7人の竜騎兵たちは、何が起こったのか分からず、唯々呆然としていた。

 その数十秒後、第2射撃が発射される。フェレッツは断末魔を遺す間も無く、相棒の銀龍と共にこの世を去った。炎上する銀龍の死体が、次々と海の上に落ちていく。




スレフェン連合王国第1艦隊 旗艦「フィリウス・レギス・ウィスベン」


 スレフェンが今までイスラフェアに敵わなかった最大の要因である厄介な敵を葬り去ることに成功し、スレフェン艦隊は歓喜の声に包まれていた。旗艦「フィリウス・レギス・ウィスベン」で指揮を執るギルバートは、新兵器の能力を見て笑いを抑えられない。


「これは魔力を変性させた光であり、自然の光とは違う。速さは少々遅くなってしまうが、こうやって目標に向かって曲げることも出来るのさ。さて・・・魔法防壁を解除しろ、熱線砲で一気に片を付けるぞ!」


「はっ!」


 上空の脅威が排除されたことを確認し、ギルバートは船を覆う魔法防壁を解く様に指示を出す。残す敵は海の上に浮かぶ40隻の敵艦のみとなっていた。


・・・


イスラフェア帝国南部方面艦隊 旗艦「ソロモン」


 敵の更なる新兵器、そして海の藻屑と消え去った竜騎兵隊の姿を見て、イスラフェア帝国の兵士たちは大きく動揺していた。


「・・・何ということだ!」


 それは艦隊司令であるアロン=シオメナン・ドレフュスも同様であった。そして追い打ちを掛ける様に、スレフェンは次の行動へ移っていく。銀龍を迎撃する為に空を向いていた熱線砲が、再び海の上に弾道を合わせたのだ。


「敵艦再び発砲!」


 熱線砲が再び赤い光を放つ。同時に味方の艦が次々と爆発し、瓦礫をまき散らしながら沈んで行く。燃えさかる艦から飛び降りた兵士たちが、助けを求めてもがいていた。それらに加えて、アロンは熱線が発射される間隔が先程よりも狭まっていることに気付く。魔法防壁を解いた分、熱線砲に回せる魔力が増えた為だ。

 此方も砲撃を続けてはいるが、標準を合わせた場所へ確実に飛んでいく熱線とは命中率が雲泥の差ほどに離れており、唯々一方的にやられているに過ぎない。


「距離を詰めろ! そうすれば砲の命中率が上がる!」


 艦隊命令の命令を受けて、航海士が右へ舵を切る。旗艦「ソロモン」に続いて、残存の艦がスレフェン艦隊へ船首を向け、近づいていく。その時、各艦の砲兵たちはある異変に気付いた。今まで魔法防壁に阻まれていたアームストロング砲の砲弾が、スレフェンの艦に命中したのだ。


「防壁が解かれている! やはり長時間に渡って維持するのは不可能だったんだ!」


 アロンが叫ぶ。無敵かと思われていた魔法防壁が消えていたのだ。攻撃を加えることが出来るという事実によって、消沈していた兵士たちの士気が再び上昇し始める。


・・・


スレフェン連合王国第1艦隊 旗艦「フィリウス・レギス・ウィスベン」


 イスラフェアの士気が上がっていた頃、スレフェンの艦隊司令であるギルバートは少し焦っていた。偶然か否か、ちょうど魔法防壁を切ったタイミングで、イスラフェア艦隊が接近してきたからだ。


「もう一度、防壁を張り直しますか?」


「いや・・・敵はもう虫の息だ! 熱線の連射速度を上げて押し切れ!」


 ギルバートは力業で押し切ることを決める。実際ところ、魔力の余裕が無くなっていたのだ。此方も最後の力を振り絞って、熱線の連射速度を上げる。

 だが、イスラフェア艦隊は熱線の連続射撃に晒されながらも、スレフェン艦隊との距離をどんどん詰め、仕舞いには互いの距離が100mというところまで近づいてきた。砲弾と熱線による砲撃戦はノーガードの殴り合いの様な様相を呈していたのである。


「『レスパル』『バンディー』『コロッサス』大破!」

「『ナームス』『ウォーリア』『カッスル』轟沈!」


 距離を詰められたことで、スレフェン側にも続々と被害が出てくる。捨て身の覚悟を決めていたイスラフェアの兵士たちは、鬼気迫る形相で砲撃を続けた。だが、この段階で既にスレフェン側の4分の1の戦力しか残っていなかったイスラフェア艦隊に勝算は無く、徐々に追い込まれていく。


・・・


イスラフェア帝国南部方面艦隊 旗艦「ソロモン」


 海戦勃発から5時間後、ついにその時が訪れる。艦の前方に立つ艦隊司令のアロン将官は、海の上に所狭しと浮かぶ友軍の残骸を眺めていた。イスラフェア帝国南部方面艦隊で動ける艦は、旗艦「ソロモン」を除いてもう他には居ない。


「私は駄目な指揮官だな」


 文字通り壊滅してしまった自軍を目の当たりにして、アロンは自身の不甲斐なさを自嘲する。


「皇帝陛下に・・・イスラフェア帝国の国民たちに、申し訳が立たない!」


 この上無い自責の念に囚われたアロンは、激情に駆られて冷静さを失ってしまう。彼らが負ければ、帝国の主要都市であるロッドピースが危険にさらされる。故に彼らはどうしてもスレフェンの進軍を食い止めなければならなかった。だが、彼らは負けてはならない戦いに負けてしまった。護る者が居なくなったロッドピースは、間も無くスレフェンによって蹂躙されてしまうだろう。


「司令・・・私は貴方の言葉を決して忘れませんから!」


 「ソロモン」の艦長であるオスカー=シオメナン・シフ佐官は、彼の言葉を聞いて涙を流していた。生き残った船員たちも帽子を取って頭を下げる。度重なる熱線に晒され、まともな航行能力を失っていた「ソロモン」は、既にスレフェン艦隊に取り囲まれており、各艦に積まれた魔力熱線砲はその全てが「ソロモン」に標準を合わせていた。


『・・・撃てッ!』


 ギルバートの命令を受けて、魔力熱線砲に赤い光が灯る。放たれた熱線はその全てが「ソロモン」へ命中した。直後、巨大な爆音が響き渡り、イスラフェア帝国が誇った最新鋭の軍艦は海の中へと消えて行く。

 斯くして、イスラフェア帝国とスレフェン連合王国の間に勃発した「イシュラ海戦」は、海戦中に戦場を離脱した12隻の外輪船を除き、「イスラフェア帝国南部方面艦隊」の全滅という結果で幕を下ろした。


・・・


スレフェン連合王国第1艦隊 旗艦「フィリウス・レギス・ウィスベン」


「くそっ! 手こずらせおって!」


 沈み行く「ソロモン」を見つめながら、ギルバートは憤慨していた。スレフェンの方もタダでは済んでおらず、イスラフェア艦隊による捨て身の近接砲撃によって42隻が大破・轟沈し、航行不能となっていたのである。これはスレフェン連合王国政府の予想を超える被害であった。


「・・・だが、これで邪魔者はもう居ない。ロッドピースへ舵を取れ! イスラフェアの死の民共に地獄を見せてやる!」


「はっ!」


 勝利の余韻に浸る暇も無いまま、スレフェン連合王国第1艦隊の残存189隻はイスラフェア帝国の南海岸に位置する主要都市、ロッドピースへ進み始める。


「兵力は減ったが当初の予定通りに行く! 市街地の東方7km、及び西方3kmの地点に位置する海浜に二手に分かれて上陸、同時に首都エスラレムと港湾都市カナールに伸びる鉄道を破壊。橋なども崩落させ、敵の増援がロッドピースへ到達することを阻止する! ロッドピースを孤立させるんだ!」


 上陸戦に向けて、艦隊の背後に待機していた揚陸艦が前へ出る。その各艦では陸軍兵たちが上陸の時を今か今かと待っていた。


・・・


イスラフェア帝国南海岸 ロッドピース市


 南部方面艦隊壊滅の一報は、すぐにイスラフェア帝国本土へと伝えられる。海戦が起こった場所から近いロッドピース市では、市民たちが大騒ぎをしていた。


「南部方面艦隊が負けた!」

「スレフェンが攻めて来るぞ!」

「逃げろ! 内陸へ逃げるんだ!」


 市民たちはスレフェン軍が上陸してくることを恐れ、パニックになりながら逃げ惑う。男たちは荷物を肩に担ぎ、女たちは子供の手を引いて走り回っている。街の内陸にある鉄道の駅舎は、列車に乗って首都エスラレムへ逃げようとする人波でごったがえしていた。

 市民たちの暴走によって余計な被害が出るのを防ぐ為、ロッドピース市警の警官が出動し、市民の避難を誘導する。しかし数時間後、遂に彼らが恐れていた事態が起こった。


「スレフェン艦隊だ!」


 海防艦から海を見張っていた水夫が、水平線の向こうから現れた艦隊を発見する。南部方面艦隊を壊滅させたスレフェン艦隊は、一直線にロッドピースを目指していた。それらはおよそ帆船とは思えない速さで近づいて来る。敵の襲来を知った市民たちはさらなるパニックに包まれた。




ロッドピース市郊外 東の海岸


 敵の上陸に備え、ロッドピースの駐屯地に属するイスラフェア帝国陸軍の兵士たちが、砂浜に即席の陣地を築いていた。砲を構え、銃を携え、簡易なバリケードの向こうに身を隠しながら、彼らは敵が来るのを待つ。駐屯地の司令を始め、陸軍兵の全員が主力海軍の敗北を想定していなかった。故に準備は不十分であり、防御網はかなり薄い。

 そして遂に、スレフェン艦隊がロッドピースの海岸線に接岸する。浜に乗り上げた揚陸艦から、携帯式熱線砲を携えた陸軍兵たちが降りて来た。


「邪魔する者には容赦するな!」


 上陸部隊の指揮を執るヘント=ステュアート佐官の指示に従い、陸軍兵たちが携帯式熱線砲を構える。それらはセシリー=リンバスがセーレン王国で使用したのと同じものだった。だが、一撃で使用者の魔力を全て使い切ってしまうあの欠陥品とは違い、“魔力増幅装置”が装着されたそれらは人間1人が有する魔力で何発も撃つことが出来るのだ。


「うわあああ!!」


 スレフェンの兵士たちが放つ熱線が、バリケードごとイスラフェア兵を焼いていく。せめて一矢報いようと手負いのイスラフェア兵が放った銃弾が、スレフェン兵を仕留めた。だが、戦況は一方的にスレフェン有利であり、イスラフェア陸軍は内陸へと押し戻されていく。

 上空では、それまで温存されていたスレフェンの翼龍が艦から飛び上がっており、イスラフェア兵に向かって火炎放射を浴びせていた。また、一部の竜騎兵は鉄道や橋などのインフラ破壊に精を出している。これによって、ロッドピース市は短時間で外界から孤立してしまった。


・・・


スレフェン連合王国第1艦隊 旗艦「フィリウス・レギス・ウィスベン」


 砂浜の制圧を終えたところを見計らい、総指揮官であるギルバートは上陸部隊に指示を出す。それは本国に居る国王からの勅命だった。


「国王陛下のご命令だ・・・ニホン人は1カ所に集めろ」


『はっ!』


 信念貝の向こう側で、ヘントが歯切れの良い返事を返す。ロッドピースの周囲を包囲しつつあった彼らの目は、次なる目標としてロッドピースの市街地を捉えていた。信念貝の音信を切ったギルバートは、側に立っていた艦長のパーシー=ジュナイブスの方を向いた。


「・・・“切れた電池”を海の中へ捨てておけ」


「分かりました」


 直後、スレフェン艦隊に属する各艦の艦尾に設けられていた大きな門扉が開放される。そこから顔を覗かせた各艦の整備兵たちは、“大量のあるもの”を海の中へと投棄した。


 南部方面艦隊の壊滅によって、スレフェン軍に包囲される恰好となったロッドピースは、上陸したスレフェン兵とイスラフェア陸軍による市街地戦の様相を呈していく。戦場と化していく街の中には、未だ300人の日本人が取り残されていた。

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[気になる点] 3章が山場だな 無理なテコいれがキツイ そもそも航空機も含めて、人が操る限り技術の習熟は必須だろ 過去の技術をそのまま復元ならわかるけど、自力で開発は無理があり過ぎて酷い
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