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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第2章 西方世界の危機
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スレフェンの凶行

11月23日 ジュペリア大陸北西部 イスラフェア帝国 カナール市


 長らく鎖国政策を執っていたイスラフェア帝国は5年前、遂に「世界魔法逓信社」の支部を国内に設置することを認め、この国の国民、即ち“失われた10支族”の末裔たちは、世界の情報を気軽に手に入れることが出来る様になった。


「号外だ! 号外だよ!」


 そして今、世界魔法逓信社の号外紙をばらまく青年の声が、イスラフェア帝国のとある街を駆け巡っている。その一報は、唐突に世界を駆け抜けた。西方世界の「スレフェン連合王国」が、同じ七龍である「イスラフェア帝国」と「アラバンヌ帝国」に対して正式に宣戦布告したと言うのだ。


「ここ数年大人しいと思っていたら、馬鹿な・・・ふざけているぞ! 何かの間違いじゃないのか?」

「2つの列強を同時に相手出来る訳が無い!」

「そもそも彼の国は、今まで我が国に全く敵わなかったじゃないか。とうとうスレフェン王も気が触れたのか?」


 人々はその紙面を凝視し、思い思いの言葉を口にする。イスラフェア帝国とスレフェン連合王国は今まで幾度も小競り合いを起こしたことがあるのだが、イスラフェア帝国海軍は蒸気機関の推進力とジュペリア大陸の固有種である“銀龍”の力を以てその全てで勝利して来た。

 故に国民の多くは、今回の正式な宣戦布告についても楽観視していたのである。


・・・


内陸部 首都エスラレム 皇城「エスラレム宮殿」


 「失われた10支族」の一角である「エフライム族」出身の皇帝ヤコブ=エフライマン・モーセ/ヤコブ12世は、この国の行政府にあたる「統合行政部」の閣僚たちに召集を掛けていた。厳かな大部屋の中央に置かれた長テーブルに、皇帝以下10人の閣僚たちが着席している。


「あくまで偶発的な軍事衝突だったものが、とうとう本格的な国同士の戦となりましたね」


 外務大臣のファイゲンバルム=アシェラン・マカバイは、とうとう列強との全面戦争に突入してしまったことに辟易としていた。


「しかし、今まで我が軍に全く敵わなかった海賊共が宣戦布告とは、なりを潜めていた此処数年の間に、きっと・・・何か自信が出る様なことがあったのでしょうなぁ・・・」


 軍務大臣のアルベルト=ダナン・ガシュウィンは敵国がこの様な蛮行に出た訳を推察する。


「何らかの新兵器の開発に成功したということか?」


 アルベルトの言葉を聞いた国土大臣のシャガール=ルベナン・ヤブラームは、不安げな声を上げた。だがアルベルトは余裕のある笑みで答える。


「・・・ご安心ください、進化しているのは我々も同じこと。ニホン国より関連資料をかき集めて、艦のエンジンの開発や海軍の発展を推し進めてきました。進化した我々の力を思う存分見せてやりましょう」


 アルベルトはそう言うと不敵な笑みを浮かべた。自信に満ちあふれた軍務大臣の姿を見て、皇帝や他の閣僚たちも平常心を取り戻す。


〜〜〜〜〜


ジュペリア大陸南西部 アラバンヌ帝国 首都アドラスジペ 宮殿


 その頃、同じくスレフェン連合王国から宣戦布告を受けた「アラバンヌ帝国」でも、国の重鎮たちが一同に介して、この事態に如何に対処すべきか話しあっていた。


「今までイスラフェアと争っていたスレフェンが、此方へ兵を差し向けて来るとなると・・・悔しいですが、この国には奴らを追い返す程の力はありません」


 文官の1人が冷静な分析結果を伝える。500年前にクロスネル王国との覇権争いに破れたアラバンヌ帝国は、その後から現代まで続いたイルラ教との長きに渡る戦いの末、他の列強国と比較して明らかに国力が劣っていた。7年前の日本=クロスネルヤード戦争にてロバンス教皇の権威が失墜した為、イルラ教からの圧迫が無くなった現在は、国を立て直している真っ最中なのだ。


「では、どうすると言うのだ?」


 第31代皇帝のセルジーク=アル・マスノールは、やや不満そうな様子でその文官に尋ねる。


「・・・ニホン政府へ軍事援要請を出しましょう。サグロアに駐在している彼の国の軍勢に、首都を護って貰うのです」


「分かった・・・彼の国の大使館へすぐに使いを出せ!」


 文官の助言を受けたセルジークは、日本国大使と接触を図る様に指示を出す。数時間後、日本国大使館を介して、アラバンヌ帝国政府からの軍事支援要請が日本政府へと通達された。


〜〜〜〜〜


同日 東方世界 日本国 東京・千代田区 首相官邸


 スレフェンの突然の凶行を受けて、ここ日本でも大騒ぎになっていた。伊那波首相は急遽大臣を集め、国家安全保障会議の緊急事態大臣会合を開き、今後日本政府が取るべき行動について話し合う。


「不味いですね・・・両国には、商業活動の為に滞在していた日本人がそれぞれ700人近く滞在している。本格的な侵攻が始まる前に早く彼らを退避させないと・・・!」


 外務大臣である来栖は、邦人の保護を最優先に考えていた。転移から12年経った今、西方世界の列強であるイスラフェア帝国とアラバンヌ帝国の両国には、合わせて1400人を超える民間の日本人が滞在しているのである。


「スレフェンは関与を認めませんでしたが、最悪の場合・・・あの“円盤”が出てくる可能性があります。防衛省はアラバンヌ帝国のサグロア基地、特に同基地に駐在している“烈風”・・・航空派遣隊に対して、一先ず対空警戒を厳重にする様に通達してあります」


 そう述べるのは防衛大臣の倉場だ。「911事件」以降、スレフェン連合王国を警戒し続けて来た日本政府は、対円盤戦を想定して、スレフェンに最も近いサグロア基地に最新鋭の戦闘機を配備していたのである。


「あの円盤が出てくるとなると、現状この世界で最強の航空戦力である“銀龍”では到底敵わないな。サグロアからの報告ではどうなっていますか?」


「・・・今のところはレーダーサイトに異常無しとのことです」


 防衛大臣の倉場が答える。今のところ、アラバンヌ帝国ではまだ異常は起きていなかった。


「イスラフェア帝国からの軍事支援要求は?」


「・・・いえ、来ていません」


 首相からの質問に対して、外務大臣の来栖は首を左右に振る。イスラフェア帝国は日本国が軍事的に自国へ関与することを何処か嫌う傾向があり、彼の国から軍事支援要請が来ていない状況では、おおっぴらに出兵が出来ない。


「アラバンヌは手薄に出来ないし、イスラフェアもはっきり言って危険だ。彼の国に対しては一先ず、邦人の保護を名目としてサグロアに停泊している11隻の護衛艦の内の数隻と『おが』、そして空母『あまぎ』を派遣し、邦人の脱出を最優先に遂行させましょう」


「はいっ!」


 閣僚たちは首相の指示に対して歯切れの良い返事を返す。この日に備えて軍備が増強されていた「アラバンヌ帝国サグロア基地」には、第14護衛隊と第4護衛隊群の他、強襲揚陸艦の「おが」、航空母艦「あまぎ」、そして補給艦「おうみ」の合わせて14隻の自衛艦が停泊しており、加えて「あまぎ」に搭載される空母航空団の「第42航空群」と航空自衛隊の1個飛行隊が派遣されていた。


〜〜〜〜〜


宣戦布告通達から2時間後 西方世界 イシュラ海 レン諸島王国 沖合


 クロスネルヤード帝国の西海岸とイスラフェア帝国の南海岸に挟まれた海域である「イシュラ海」には、小さな島国が幾つか存在している。その殆どがイスラフェア帝国の被保護国なのだが、その中で最も西側に位置する「レン諸島王国」は、度々スレフェン連合王国の侵攻を受けてきた土地だ。

 その為、この国にはイスラフェア帝国から軍が派遣されており、海岸にはイスラフェア海軍の外輪船や戦列艦が並んでいる。スレフェン連合王国から宣戦されたことは、この地の駐留軍にも既に知らされており、各部署は警戒を強めていた。


「おい・・・あれは!」


 ジュペリア大陸の固有種である“銀龍”に乗って、1人の青年兵士が周辺海域の哨戒を行っていた。そして彼は任務の最中、洋上を進む大艦隊を見つける。そのマストには“地を這う龍”、“青地に白いクロス旗”、“交差する魔法の杖”、“赤と黄の縦縞模様”の4種類の国旗がそれぞれ描かれている“四分旗”と呼ばれる国旗が翻っていた。


「そんな・・・早すぎるぞ!」


 その国旗は紛れも無く、スレフェン連合王国の国旗だった。この時点では宣戦布告からまだ1刻しか経っておらず、若い竜騎兵は敵の進軍速度に驚きを隠せない。

 おまけにスレフェン海軍の船はイスラフェア帝国にとって前時代的な帆走軍艦の群れであるにも関わらず、その速度は汽走船に匹敵する程速い。イスラフェア海軍の主力である外輪船に引けを取らない速さであった。


「とにかく旗艦に連絡をせねば!」


 事態の深刻さに気付いた竜騎兵は、レン諸島王国に停泊している旗艦へ報告する為、腰に装着していた通信機に手を伸ばす。

 因みにその無線機は日本企業より購入したものであった。その他、イスラフェア帝国の各地には、日本企業に発注した無線の基地局が多数建設されている。日本国との交易開始によって、イスラフェア帝国は“信念貝が使えない”というハンデを払拭することに成功していたのだ。


「レン諸島より西北西へ35リーグ! スレフェンの艦隊を発見した!」


『・・・了解!』


 事態を知ったレン諸島王国派遣軍の司令は、ただちに全艦に向かって出撃命令を出す。


・・・


イシュラ海 レン諸島王国 港


 敵軍の接近を知った派遣軍は、出撃に向けて慌ただしく動いていた。旗艦である汽走外輪船の「ヨム・キプル」の甲板では、司令のミカエル=アシェラン・ヴァレンボイム佐官が兵士たちに忙しなく指示を出している。


「敵軍の帆走は常軌を逸して速い! 今までのスレフェンとは別モノだと考えろ!」


「はいっ!」


 哨戒竜の報告から、スレフェン海軍が進化していることを悟ったミカエルは、今までの連勝を根拠に慢心しない様、部下たちに注意を飛ばす。


「司令! 旗艦『ヨム・キプル』以下27隻、出港準備完了しました!」


「良し・・・出港だ! 機帆併用の最大船速で西北西へ向かう! 帆を張れ!」


 司令の命令を受けて、旗艦のマストに帆が下ろされる。同時に煙突から煙りが吹き出し、両舷に設置された外輪が海面を漕ぎ始める。蒸気機関と風、2つの力を得た旗艦「ヨム・キプル」は真っ黒な船体をゆっくりと動かし、他の26隻と共にスレフェン連合王国海軍が待ち構える西北西へ舵を切った。


・・・


イシュラ海 洋上 スレフェン連合王国艦隊


 数時間後、2つの艦隊は洋上にて邂逅する。スレフェン連合王国艦隊の旗艦である帆走軍艦「フィリウス・レギス・ウィスベン(ウィスベンの王子)」のメインマストからは、イスラフェア帝国海軍の艦隊が近づいてくる様子が見えていた。


「前方方向、汽走船団を発見! 各艦のメインマストに“燭台の旗”を確認、イスラフェア海軍です! 距離は約10リーグ(7km)!」


 メインマストの上から洋上の監視を行っていた水夫が、イスラフェアの汽船艦隊を発見する。ついに訪れた因縁の対決を前にして、各艦の兵士たちは気を引き締める。


「良し・・・距離が7リーグ(約5km)に入ったら『魔力熱線砲』を発射せよ!」


 艦隊司令を務めるギルバート=クロウ将官は、最初の攻撃命令を発した。直後、各艦の船体下部に設置された“動力炉”から大量の魔力が動員され、船の両舷に設置されている砲身が赤く光る。数十分後、イスラフェア帝国海軍の艦隊が新兵器の射程に入った。


「全艦攻撃開始・・・撃てッ!」


 全ての艦の両舷に設置された砲身から、一斉に赤い光が放たれた。それらは一瞬でイスラフェア帝国艦隊に到達する。




イスラフェア帝国艦隊 旗艦「ヨム・キプル」


 互いに動力を持つ2つの艦隊は、時速50kmに近い相対速度で接近している。尚、旗艦「ヨム・キプル」を初めとして、この派遣軍はイスラフェア帝国海軍の中でも旧式の艦が集められていたが、兵士たちの練度は本土の軍と同等の高さを有していた。


「間も無く艦載砲の射程内に入る。全艦、砲撃戦用意!」


 戦闘の開始に備えて、派遣軍司令のミカエル佐官は指示を出す。だがその時、スレフェン連合王国艦隊の帆走軍艦が赤い閃光を放った。


「うわっ!!」


 それらの閃光は細い光線となってイスラフェア艦隊を襲った。収束された熱線の群れは帆を焼き、船体に穴を開け、幾つかの艦は弾薬庫に着火し、大爆発を起こした。


『戦列艦『アハブ』、機帆船『ヨシャファト』『ソフリーム』轟沈!』


 3つの船は船体の真ん中から2つに裂け、あっと言う間に沈んで行く。その無残な姿を見て、ミカエルは下唇を噛んだ。


「銀龍を出せ、全てだ! 敵艦隊に向けて攻撃を行え!」


 彼の命令を受けて、各艦の竜騎格納庫の飛行口が開かれる。その中に格納されていた“銀龍”の群れが、竜騎兵に手綱を引かれて大空へと飛び立って行く。


「頼んだぞ・・・!」


 派遣軍司令のミカエルを含む兵士たちは、各艦から飛び立ち、敵艦隊へ向かって行く竜騎兵隊の勇姿を見上げる。斯くして、後に「イシュラ海戦」と呼ばれる戦いの前哨戦が始まったのだった。


〜〜〜〜〜


エザニア亜大陸 スレフェン連合王国 首都ローディム 港


 イスラフェア帝国とアラバンヌ帝国への宣戦布告によって、事実上「西方世界」の全てを敵に回したスレフェン王のジョーンリー=テュダーノヴ4世は、海軍本部のバルコニーから港に並ぶ帆走軍艦の群れを眺めていた。


「間も無く・・・イスラフェア帝国へ派遣した第1艦隊が、レン諸島王国に到着することかと思われます」


「・・・そうか」


 海軍総督であるクリグラー=ナジャールの報告を聞いたジョーンリー4世は、不敵な笑みを浮かべている。彼の眼下に広がる軍艦の群れは、「密伝衆」による改装と改造を終え、新たな力を得た「魔導船団」とでも言うべき存在なのだ。


(フフ・・・イスラフェアの“死の民”共よ、我が国の魔導の力をとくと思い知るが良い!)


 今まで散々辛酸を舐めさせられたイスラフェア帝国軍が、自国の「魔導船団」によって為す術もなく壊走する光景を思い浮かべ、ジョーンリー4世は益々その顔を歪めていく。

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