基地をつぶせ!
10月27日 大ソウ帝国 港街ハンナンより211km東
特殊作戦群がシュンギョウ大陸に上陸してから4日後、島崎班は強行軍の末に目的地へ到着しようとしていた。過酷な山林地帯を抜けた先に存在する無人の平野に、それは現れた。
「あれが・・・円盤の基地か」
班長の島崎一尉は山林に潜みながら、双眼鏡を覗き込んでターゲットを確認する。数ヶ月前にJAXAが衛星写真で捉えた円盤の基地がそこには広がっていた。建造物の構造は大ソウ帝国の文化とは明らかにかけ離れた姿をしており、この国が建設したものでは無いことを暗示している。
「周辺には人影がありませんね・・・寂れているようですし、すでに廃棄されているのでは?」
班員の1人が言った通り、基地には一切の人影が見えず、円盤の姿も無かった。
「どちらにせよ、我々は言われた任務をこなすだけだ。さあ・・・行くぞ!」
「はいっ!」
どんな状況であろうが、彼らのやることは変わらない。班長である島崎一尉に率いられた10名の特殊作戦群は、茂みの中から立ち上がると、廃棄された円盤基地へと歩みを進めた。
数十分後、彼らは基地を取り囲む柵を乗り越え、その敷地内へと侵入する。人が居なくなってから1ヶ月は経っているらしく、円盤の駐機場だった場所には草が生え放題になっていた。
「無人なら最早遠慮することはあるまい。手分けして爆薬を仕掛けよう。1時間後、またこの場所に集合だ」
「はい!」
班長の号令の直後、10名の隊員たちは無人の基地内に散っていく。
その後、彼らは衛星写真から目星を付けた場所に、プラスチック爆薬を仕掛けていった。誰にも邪魔されることの無い作業は滞り無く進む。建物の面積はそこまで広くなく、彼らが持参した爆薬で十分に破壊が可能であった。
そして島崎一尉は基地の南棟の1階へ赴いていた。建物を支える柱の1つに穴を開け、その穴に起爆装置を差し込んだプラスチック爆薬を詰め込む。だがその時、彼は床の上に散乱する“ある資料”を見つけていた。
「これは・・・?」
島崎はその資料を拾い上げる。それには九十九里浜沖に襲来した円盤の写真が付いていた。その周りには文章が書いてある。見たことの無い文字で書かれている為、読むことは出来ない。
「あの円盤に関する資料か!」
その内容の重要性を悟った島崎は、散らばっていた資料を拾い集める。それは恐らく、円盤の研究資料とでも言うべきものだった。だが、それには円盤以外のものを収めた写真も貼り付けられていたのである。
「何だ・・・これは? まるでSF映画のデザイン案じゃないか」
それには古いSF洋画に出てくる様な兵器の数々が掲載されていた。彼は怪訝な表情を浮かべながら頁をめくり続ける。そして最後の頁には写真では無く、九十九里浜の円盤とは違う円盤らしき物が描かれていた。
「ん・・・?」
島崎はその頁を注視する。だがその時、トランシーバーに部下からの通信が入って来た。
『班長、総員爆薬の設置を完了しました!』
「ああ、分かった。俺も今すぐ戻る」
部下からの報告を受け取った島崎は、拾った資料と共に集合場所へと急いだ。
その後、基地の外にて再度集合した10名は、それぞれが爆薬を仕掛けた場所から引っ張ってきた導爆線を起爆装置へと繋ぐ。班長である島崎は全隊員が集合していることを確認すると、起爆装置のスイッチを押し込んだ。
ド ド ドカアァン!!
仕掛けられたプラスチック爆薬が同時多発的に爆発し、基地を構成する建造物を瞬く間に破壊する。斯くして、日本政府から伝えられた基地の破壊という命令は難なく遂行された。
「長居は無用だ、帰るぞ」
爆破され、炎上、崩壊する円盤基地の様子を見届けた島崎一尉は、そそくさと逃げる様に基地の敷地内から退出した。
「久しぶりの海外任務にしては、骨のない仕事でしたね」
班員の1人が愚痴に似た言葉を口にする。煙を上げる円盤の基地を背に、10名の戦士たちは森の中へと消えて行った。
〜〜〜〜〜
10月31日 シュンギョウ大陸より30kmの沖合
基地の破壊から4日後、特殊作戦群・島崎班の10名は予告通り8日間で海岸へと帰還した。砂浜へ迎えに来ていた20式水陸両用車に乗り込み、水平線の先に待つ「おが」の艦内へと戻っていく。そしてウェルドックへ入場した彼らを、「おが」艦長の西村彰治一佐が出迎えた。
「ごくろうさま、無事で帰って来られて何よりだ」
「・・・いえ」
西村一佐は任務を終えた特殊作戦群の面々を労う言葉を掛ける。島崎は謙遜の意を込めた笑みを浮かべる。だがそれとは対照的に、彼らの顔には多大な疲労の色が出ていた。
「今夜はゆっくり休んでくれ。だがその前に、君たちには伝えておかなければならないことがある」
「・・・?」
疑問符を頭上に浮かべる島崎らに対して、西村一佐は衛星通信を介して防衛省より送られて来た伝言を伝える。
「防衛省より更なる追加命令が下った。『西の列強・スレフェン連合王国に潜入せよ』」
「え!」
島崎は驚嘆の声を上げた。彼の部下たちも目を見開いて驚いている。敵基地の爆破任務を終えた矢先に、更なる潜入指令が下されたのだ。驚く彼らに対して、西村一佐は言葉を続ける。
「スレフェンの首都ローディムの近くまでは早くて6日、それまで英気を養って欲しい。それと君らにはもう1つ伝えておくことがある。諸君らがシュンギョウ大陸に出ていた昨日、『むつ』が帰還したんだ」
「・・・! それは良かった!」
彼の言葉を聞いて島崎たちは安堵する。10日前の嵐で「おが」「ましゅう」と離れ、行方不明になっていたイージス艦の「むつ」は、島崎たちの留守中に本隊である彼らと合流することに成功していたのだ。
「そしてこちらが、『むつ』が漂着していた『イナ王国』より乗艦した・・・」
「・・・!?」
西村一佐はそう言うと、自身の背後に立っていた人物を指し示す。西村の後ろから現れたその男は黒の装束を身に纏い、両手には籠手と手甲を装着しており、頭には何故か赤いバンダナを巻き付けていた。例えるならば、ゲームやアニメに描かれる時代劇に出て来そうな派手な忍者、そういった見た目をしている。
「イナ王国ヒタカミ家“犬陣忍”、アサカベ・ナガハチロウ・ヨシフミと申します。他人よりはハチロウと呼ばれる故、その様に呼んで頂けると有り難い」
「は、はぁ・・・?」
「イナ王国」、それは“世界の西端”に位置する鎖国国家の名である。その国の民が、何故こんなところに居るのか分からず、島崎は気の抜けた返事をしてしまう。お互いの顔合わせが終わったところで、再び西村一佐が口を開いた。
「実は・・・『むつ』はイナ王国に漂着していてね、彼の国はスレフェン、というよりあの円盤を作り上げた“文明”に深い関わりを持っている可能性が有るのだ。故に彼の国の王より彼が派遣されて来た。という訳で・・・ローディムへの潜入は彼と共に行って貰う」
「・・・な!?」
島崎は驚嘆の声を上げた。彼の部下たちも露骨に心配そうな表情を浮かべている。
「これでも王家に仕える隠密の1人です。足手纏いにはなりません。何よりスレフェンの首都ローディムは“魔法の都”・・・1人は魔法に詳しい者が居て損は無いでしょう?」
ナガハチロウが属する「犬陣忍」という組織は、イナの王家であるヒタカミ家直属の隠密集団の名称だった。そして彼は魔法の技術者でもある。スレフェン連合王国は魔法研究を国家発展の主軸とする国であり、確かに1人は魔法に詳しい人物が居るのが望ましいだろう。
「・・・分かりました、宜しくお願いします、ハチロウ。私のことは“柊”と呼んでください」
「此方こそ・・・ヒイラギさん」
自己紹介を終えた島崎とナガハチロウは、互いに握手を交わす。新たな協力者を得た「おが」「ましゅう」「むつ」の3隻は、次なる目的地であるスレフェン連合王国の首都ローディムへと舵を進めた。
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東方世界 日本国 首都東京 首相官邸
首相官邸の総理執務室に3人の男が居る。首相の伊那波孝徳と官房長官の宮島龍雄、そして防衛大臣の倉場健剛は、極西世界から送られて来た任務完了の報告を聞いて安堵していた。
「・・・取り敢えず、これで直近の脅威は排除出来ましたね」
首相の伊那波は、更なる円盤の襲来を防止したことを喜ぶ。
「ですが、現地からの報告によると、基地そのものは既に廃棄された後だった様です」
防衛大臣の倉場は、依然として予断を許さない状況であることを注進した。
「・・・それに外務省の報告によると、スレフェン政府はあの円盤や野生龍との関連を全面的に否定した様ですし、これで事態はまた振り出しですね」
官房長官の宮島は、謎しか残らなかった現在の状況を憂慮していた。真実を明らかにすると宣言しておきながら、未だ国民に対して何も発表することが出来無い現状は、国民の不安や不信感をさらに焚きつけてしまうだろう。
「取り敢えず・・・彼らが動き出すのを待ちましょう。彼らが対外進出を国是とする侵略国家で、911事件がその前触れならば、彼らは必ず近いうちに行動を起こす」
伊那波は来るべき時を待つことを決める。どちらかと言えば消極的と言えるその発言に、倉場と宮島の2人は漠然とした不安を抱いた。
だが「その時」はいきなり訪れた。事態が動き出すのは約1ヶ月後、11月23日のことである。西方世界の最大の危機となるその事件は、否応無しに日本国を巻き込む。
第2章「西方世界の危機」、間章「イナ王国の冒険」に続きます。