“元”列強国「大ソウ帝国」
かなり短いです
10月21日 シュンギョウ大陸南西部 イナ海峡
「おが」「ましゅう」「むつ」の3隻が日本を離れてから早24日、彼らは今、「大ソウ帝国」南部の港街であるハンナンを目指して、「イナ王国」とシュンギョウ大陸の間を流れるイナ海峡を航行していた。だが、そんな彼らを予想外のアクシデントが襲っていた。
「ツイてないね、こんなところで時化るなんて!」
「おが」の航海長である金田弘文二等海佐/中佐は、荒れた海を見て恨めしそうにつぶやく。海面は大きくうねり、「おが」の甲板には何度も大波が襲いかかり、艦橋の窓にも海水が飛びかかっていた。
「おが」 戦闘指揮所
戦闘指揮所でも、大きく揺れ動く艦体に隊員たちが辟易としていた。船務長の湊川二佐は、計器に掴まりながら隊員たちに指示を出す。
「波が高くて・・・水上レーダーが上手く機能しないな」
対水上レーダーには「おが」の巨体をも浮かせる大波によるノイズが映り込み、同伴していた「むつ」と「ましゅう」が近くに居るのかどうかも良く分からなくなっていた。通信を使って互いの場所を把握しあっているが、実際に近くにいるのかどうかは全く見えない。
その時、通信員が血相を変えて報告をした。
「『むつ』との通信が途絶えました!」
「・・・おい、嘘だろ!?」
湊川二佐は顔を青ざめる。この任務に艦船の護衛として同伴していた、イージス艦の「むつ」との通信が途絶えてしまったのだ。
「水上レーダー!」
「駄目です! 探知出来ません!」
水上レーダーを監視していた電測員が必死に「むつ」を探すも、ノイズが邪魔で全く捜索出来ない。その後、嵐が過ぎ去った後も遂に「むつ」を見つけることは出来なかった。
〜〜〜〜〜
10月23日 「おが」 多目的区画
「むつ」とはぐれてしまった嵐から2日後、ついに「おが」と「ましゅう」の2隻は「シュンギョウ大陸」に辿り着いていた。2隻は今、目的の都市であるハンナンの沖合から40kmの地点に停泊している。
今後の作戦を話しあう為、「おが」の多目的区画に艦の隊員と特殊作戦群の隊員たちが集まっていた。艦長の西村一佐は両手の指を組みながら、集まった隊員たちに向かってゆっくりと口を開く。
「防衛省より命令が下った。ソウ帝国に上陸し、例の基地を破壊せよ」
「・・・!」
西村一佐は衛星通信によって、本土から伝えられた命令を口にする。その後、彼の背後にあるスクリーンには、シュンギョウ大陸の地図が映し出された。
「これが、今我々が居る大陸・・・そして標的となる基地は此処、ハンナンより211km東へ向かったところにある。この基地を破壊するのが、我々の任務だ」
破壊命令に戸惑う隊員たちに向かって、西村はさらに言葉を続ける。
「それと・・・『むつ』のことは取り敢えず忘れろ。沈んではいないと思うが、燃料に余裕が無い以上、捜索には行けない」
補給能力を持つ「ましゅう」と「おが」でも、航行に必要な燃料はギリギリの量しか積載出来なかった。故に余裕は無く、航路から外れた「むつ」の捜索は不可能だった。通信の復興も確認されておらず、本当に何処へ行ったかも分かっていない。
「20分後、作戦を開始する。上陸部隊は20式水陸両用車にて待機せよ」
「はっ!」
指揮官の命令を受けて、隊員たちはそれぞれの持ち場へと散っていく。
「おが」 ウェルドック内
数十台の73式大型トラックを詰め込める広大な空間に、1台の「20式水陸両用車」の姿がある。その中には「特殊作戦群第3中隊・島崎班」計10名が待機していた。
『ウェルドック内、注水開始!』
20式水陸両用車を発進させる為、艦尾から海水が注入される。そして十分な水が入ったところで艦尾門扉が完全に開放され、水陸両用車の視界に大海原が広がった。
『発進します!』
島崎班を乗せた20式水陸両用車はウェルドックを飛び出すと、24ノットの速力で一路陸地へと向かう。
・・・
シュンギョウ大陸 大ソウ帝国 港街ハンナン
約1時間後、20式水陸両用車が上陸したのは、大ソウ帝国の南部に位置する港街「ハンナン」の近くにある無人の砂浜だった。島崎一尉を首班とする「島崎班」のメンバー10名は、水陸両用車から下車すると、内陸へ向かう準備を進める。
班長の島崎廉悟一等陸尉/大尉は、部下が背負っていた携帯通信機で母艦である「おが」に連絡を入れる。
「間も無く日没後、行動を開始します。水陸両用車に乗って我々のコードネームは『銀色の弾丸』、無線ではそう呼んでください」
『了解、基地までは徒歩か? どれくらい掛かる?』
無線の向こうに居るのは船務長の湊川二佐だ。彼は島崎に基地と海岸の往復に掛かる時間を尋ねる。
「8日あれば十分です」
『分かった・・・では、また8日後に落ち合おう』
再会の約束をしたところで通信が切れた。因みに、人が歩く速さを時速4kmとすると、211kmを歩覇するのに約53時間、往復で106時間以上掛かる。常人ならば1日に歩ける時間は精々8時間が限度であり、そうなると14日間は掛かる計算になる。
しかし、島崎が湊川に明示した時間は8日、その半分ほどの時間で行って帰って見せると言い切った訳だ。その常人離れした体力と身体の強さこそ、特殊作戦群を特殊作戦群たらしめているものなのだろう。
「では、行くぞ」
「はいっ!!」
班長である島崎を先頭に、特殊作戦群10名は内陸へと進んで行く。既に日は西の水平線に沈み始めており、真っ赤な夕日の光がハンナンへと向かう異国の軍団を照らしていた。彼らを送り届けた20式水陸両用車は、母艦である「おが」へと帰って行った。
・・・
同日 大ソウ帝国 首都ロウケイ 皇居「九頭竜城」
特殊作戦群がハンナンの街に上陸した頃、帝国の首都であるロウケイでは、この国を治める皇帝以下、国の重鎮たちが集まっていた。彼らが集まっているのは、首都の中心部にある皇居「九頭竜城」の会議室である。
異国の特殊部隊が侵入していることなど知る由も無い彼らは、現皇帝のアイ・コウショウを中心にして、この国の現状について話し合っていた。
「今のこの国は極めて不遇な状況下に置かれている。スレフェン連合王国の戦に敗れて以降、彼の国からアヘンを押し売りされ、さらにここ数年は、毎月2000人の奴隷を献上する様に強いられているのだ」
皇帝のアイ・コウショウは、30年前の敗戦によってスレフェンの植民地に成り下がった自国の状況を憂う。他の官僚たちの顔も一様に暗い。
この「大ソウ帝国」は、近世中国と似た文化を持つ国だ。街には木造建築と瓦屋根が並び、市民たちは漢服に身を包んでいる。そして首都の中心にある「九頭竜城」はこの巨大な国の栄華を誇る様に、金箔銀箔があしらわれた絢爛な内装、幾重もの瓦が使われた屋根を持ち、そして皇帝や官僚たちは貴重な染料をふんだんに使った絹製の衣服に身を包む。
この国はかつて、西方世界で1番豊かな国と呼ばれていた。日本を除くこの世界の国々のGDPを計算すれば、恐らく今でも世界1位を獲るだろう。だが日清戦争の例が示す様に、GDPは必ずしも軍事力に比例しない。戦争に負けたこの国は今、彗星の様に現れた新鋭の列強であるスレフェンの経済圏に飲み込まれ、搾取されていたのである。
「・・・しかし、奴らはこの国から大勢の民を連れ去り、一体何をしようとしているんでしょうか?」
「分からんよ・・・奴らの考えることは分からん! それより、どうすれば奴らをこの国から追い出せるか考えるのだ!」
戦に負けた先帝の息子である皇帝アイ・コウショウは、事実上の宗主国であるスレフェンの勢力を自国から追い出すことに躍起になっていた。しかし、軍事力で圧倒的に優る彼の国を逆転出来る策など思いつく筈も無く、皇帝が求めるアイデアは一向に出てこない。
そして数時間後、この日の会議も何かを進展させることは出来ないまま終了した。
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1日前 シュンギョウ大陸より南西の海上 とある島国
「おが」と「ましゅう」が作戦を開始する日の前日、大嵐によってこれら2隻とはぐれてしまったイージス艦「むつ」は、何処かの砂浜に座礁していた。
「・・・弱ったな、無線の圏外に行ってしまった様だ。『おが』と繋がらない」
艦内の戦闘指揮所にて、艦長の三好義彦一等海佐/大佐は「おが」への連絡を取ろうと尽力していた。だが一向に連絡は付かず、彼らは完全に孤立してしまっていた。
「しかし、一体・・・此処は何処なんだ? シュンギョウ大陸か?」
三好一佐は数時間前に飛ばした無人ドローンが撮影している映像を眺める。その映像に依ると、周辺には入り組んだ海岸線が広がっており、穏やかな風景が広がっていた。内陸に目をやると少し大きな街が見える。
「いえ・・・推測ですが、この土地はシュンギョウ大陸ではありません」
JAXAが撮影した衛星写真にて、その街に見覚えがあった船務長の風田七介二等海佐/中佐は、三好の予想を否定する。となると、選択肢は他にもう一つしかない。
「え・・・じゃあ、もしや?」
「はい、恐らく此処は世界の西端『イナ王国』・・・だと思われます」
“世界の西端”に位置する厳正な鎖国国家、数百年間外海との接触を避けて来た故に、世界で最も深い謎に包まれていると言われる国「イナ王国」、「むつ」はその首都「アシワラ」の近くにある海岸に流れ着いていたのである。