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復讐者と神様(仮)  作者: 黒兎
1/1

始まりの刻

 その少年は“平凡”だった。


 何をやらせても良い方向にも悪い方向にも尖らず、有りとあらゆることに対して平均の結果を出していた。

 良いように言えば、悪い点が一つも無い存在。悪く言えば、居ようが居まいが大して影響の無い存在。そんなものはこの世の中に掃いて捨てるほど有り触れていて、物語では姿も名前も知らない主人公を立てる友人A(モブキャラ)でしかない。

 決して主要人物として扱われることもなく、偉人や英雄として人々に唄われるわけもない。

 普通に幼少期を経て、学業に身を任せ、社会の歯車として働き、老いて朽ちる。そういった人生を過ごすことになると思っていた──────今までは。



「少年よ。君には選択肢がある。───このまま惨めに死ぬか、世界を救う為に生きるか」

 


 場所は人気の無い街の裏通り。夜ということもあり、薄暗く視界の効きにくい環境なのだが、少し先には明らかにこの世のものではない異形の存在が見受けられた。

 確実に人型ではなく、だからと言って何かの動物の形を模しているわけでもない。形容するならばスライム………だろうか。

 だが、先の言葉を発したのはその異形の存在では無い。少年と異形の存在の間に突如現れた女が発したのだ。………………しかし、人間で無いのは確かだ。人間だったらいきなり姿を現わすことなんて出来ないだろうし、何よりこんな綺麗なわけがない。文字通り、人離れした美しさを誇っていた。

 整った顔立ちに、鋭い眼付き。燃えるような紅蓮の髪は夜でもよく映えていて────


「(────って、そんな感想を並べてる場合じゃない! 一体、何がどうなってこうなった⁉︎)」


 そう思い至った少年は少し前へと思考を飛ばしていた。








―――*―――*―――









東雲(シノノメ)、少し時間良いか?」


 夕暮れ時の教室で少年は担任に呼び止められた。

 担任から「東雲」と呼ばれたところから察せるように少年の名前は「東雲」で、本名は「東雲(シノノメ) 蓮也(レンヤ)」。黒髪黒眼の高校生である。


「あ、はい」

「これを職員室まで運んでおいてくれるか?」


 担任が指差す先にあったのは、それなりの高さになるまでに積んであった課題の数々。大方、本来職員室に持って行くはずだったクラスメイトがその責務を果たさずに帰ったのか部活に行ったのだろう。

 そして、この教室にいるのは担任を除き蓮也ただ一人。となれば、蓮也が尻を拭わされることになるのは想像に難くなかった。


「………分かりました」


 現実を認識し、溜息混じりに答える蓮也。幸い、今日はこれといった用事が入っていた訳ではないので、この程度の雑務に時間を割いてもあまり問題が無かった。

 教室を後にする担任の後ろ姿を見送ってから、無人の教室で一人、帰宅の準備を進めた。

 夕暮れ時ということもあり、鮮やかな夕日が教室へと差し込む。朝日とは違ったその暖かさは人の心を繋ぎ止めるだけの魅力がある。そして、蓮也もその夕日に見入っていたが為に放課後の教室で一時間近くは一人で残っていたのだ。


「よし、これで大丈夫か」


 家で行う宿題やそれを解くために必要な参考書などを鞄に入れたことを確認した蓮也は任された課題を手に教室を出る。最後の一人ということでしっかりと施錠もした。

 職員室へと向かうべく、蓮也は廊下を歩いていたのだが、ふとその時向かい側から歩いてくる人影に足を止めた。


「生徒会長………」


 その人影は生徒会長───本名を「月白(ツキシロ) 暁音(アカネ)」という女生徒だった。

 成績優秀、運動神経抜群、品行方正に加えて凄まじいほどの美しさを兼ね備えているという非の打ち所がない彼女は今まで幾度も交際の申し込みを受けてきたそうだが、その全てを断ってきたらしい。学内でも振られた男子の数は二桁後半は下らないとまで言われてる始末だ。

 断ってきた真意が学業に専念したいからなのか、彼女自身が想いを馳せる人がいるのか………それを解き明かせる情報を蓮也は生憎持ち合わせていない。

 そんな男子からの人気が高く、多くの女子からもその高性能さ故に羨望の眼差しを向けられる彼女が───


「あら、蓮也君。こんな遅い時間まで残ってるなんて、勉強熱心ね」


 ───何より凄いのは、全校生徒の名前と顔を寸分狂わず暗記している点にある。

 各クラスで人気のあったり、衆目を集める生徒は勿論、キャラが濃過ぎる生徒の影響で埋もれがちな生徒や不登校の生徒に関してまでも暗記済みと聞く。どういう頭の出来をしていれば、そんなことが出来るのか不思議でならない。


「別に勉強してた訳じゃないですよ。単に思い耽っていただけです」

「へぇ………君が思い耽っていた、ね」


 何やら意味深そうな微笑を浮かべる暁音に蓮也は訝しむ。


「………何ですか、悪いですか?」

「別に。ただ、君もちゃんと思春期なんだなぁと思っただけ。それなら思い耽るほどの悩みがあっても不思議じゃないもの」

「俺はいつも何かで悩んでますよ。先輩みたいに悩みが無さそうな人はどうか知りませんが」

「私だって人間だもの。悩みの一つや二つはあるわよ」

「悩み、ですか………」


 正直な話、この完璧超人が抱く悩みの内容は理解出来ないだろう。凡人程度が思い悩むことを息をするかのように超えていく存在だ。きっと相当に深刻な内容なのか、それとも特殊な内容なのかは知りはしないが、そういう私的な事に他人がズカズカと踏み入るのは間違っている以上、蓮也はどうとも言えなかった。


「そういえば、先輩はもう帰りですか?」

「これが今は帰れそうにないのよね。まだ生徒会室に目を通さないとならない書類が残っているし」


 この学校の生徒会は学内でも上位の権力を有していて、各部活への予算配分や遠足などの行き先の決定なども可能である。

 そんな世間一般から見たら過剰なまでに権力の与えられた生徒会に加え、人望厚い生徒会長が組み合わされば、捌き切れないほどの数の要望が送られてきていることを想像するのは難しい話ではなかった。


「そうですか……それじゃあ、お先に失礼します」

「とても凄い先輩を手伝ってくれたりしないの?」


 明らかに揶揄ってきている台詞。こういうのを毎度のように入れてくるのも彼女らしかった。

 故に対応する方々は知っている。手にした課題を見せながら、


「俺も職員室に用事があるんで。手伝い出来なくてすみません」

「そっか……じゃあ、気をつけて。夕方とはいえ、危ないところは危ないから」

「それなら先輩も気をつけてください。多分、帰るの夜ですよね?」

「そうなるわね。お気遣いありがとう」


 そうして、蓮也と暁音は互いに他の道を歩き始めた。







―――*―――*―――






 やるべきことを済ませた蓮也は帰路に着く。

 傾いた夕日から考えて、家に着く頃はもう日を拝めないに違いない。

 蓮也は徒歩で通学しているのだが、家と学校の距離はそれなりにある。それでも公共交通機関を利用しての通学、ないし自転車通学にしないのは歩くことに抵抗が無い上に通学に割く時間が勿体ないなど思ったことがないからだ。………流石に遅刻しそうになった時は自転車くらいは使うのだが、そういう機会になること自体稀だったりする。


「………………」


 夕暮れ時ということもあり、賑わいを見せる繁華街を一人歩く。

 





 ………………今思えば、何故この時自分はこの道を選んだのだろう?






「………………?」


 ふと視線を移した先は繁華街の裏道に通ずる細道だった。

 別に何の変哲も無いその道。普段なら気にも留めないであろうそれに何故か今日だけは………


「………行ってみるか」


 ───まるで見えざる手に掴まれたように。その道へと姿を消した。


 と言っても、そこはただの道には変わりない。表通りに比べて少し暗く狭いことを除けば、何も問題の無い普通の道だ。

 そこを奥へと進み、曲がり。奥へと進み、曲がり。それを都合何回しただろうか覚えてないころに。


「うっ………!」


 とある曲がり角を曲がった瞬間、蓮也は感じた異臭に顔を顰めた。この鉄に似た臭いは………元凶を探すべく、視界を動かした先にそれは在った。

 大量の血を流して倒れる複数人の男と、そうしたであろう異形の存在。スライムみたくも見えなくもないそれは見方によっては愛着が湧きそうな見た目はしている。が、凄惨すぎるこの絵面を前には流石にそんな気にはなれない。


「なんだよ、これ……」


 この光景を見た者の大半は不快な気分になり、人によっては吐くだろう。現に蓮也も相当な嘔吐感に襲われている。

 目も背けたくなるような光景を前に、何をしなければならないのかはすぐに理解出来た。というか、これをしなければ…………


「(確実に死ぬだろ!)」


 そう思い至った蓮也は来た道を振り返り、一目散に走り逃げる。こんな場所にいたら、あの死体と同じ末路を辿ることになるのは想像に難くない。

 死力を尽くすとは正に今のことを言うのだろう。生き延びる為に全力で走るのだが………


「(なんで表通りに出ない!)」


 どれだけ走っても表通りに出ないのだ。体感的にはさっきの凄惨な現場に至る以上の時間を走った気になっているのだが、実際には走れていないのかもしれない。死が差し迫ると冷静な判断が出来ないのは本当らしかった。

 蓮也の姿を見て異形の存在は今も変わらず追いかけてくる。速度こそ大したものでないにしろ、少し怖い。明らかに人間でないのだから、その体躯から触手的な物を出してきてもおかしくないし、出されたら今の距離なんて有ってない無いようなものだ。確実に殺されて終わりだ。

 

「(くそ! くそくそくそッ! なんでこんなことに!)」


 死線が迫る焦りからか明らかに語彙力の失った呟きを内心で叫びまくる。ただの意味の無い呟きである。仮にそれを口にしていて誰かが聞いていたとしても、今の状況では答えを求めてない。寧ろ、助けを求めたい。

 走り走り、また走る。幾ら走っても変わらない風景の中、蓮也はひたすらに焦燥感に駆り立てられていた。

 いかんせん“平凡”だ。体力や運動神経に関しても例外ではない。それらは有限で、いつかは尽きる運命にある。


「(あ─────)」


 そして、その時は訪れた。

 死力の限りを尽くし、身体の中の全てを絞り出したかのような感覚。全身が悲鳴をあげ、これ以上の行動は無理だと告げている。

 この時、蓮也は悟った。───ここで死ぬんだ、と。先の死体と同じように殺されて見るも無惨な姿にされるのだ、と。

 死ぬ間際に立たされると走馬灯のような追想を見るというが、それは真実だった。蓮也は今までの人生を振り返り、こう思った。


「(今思えば、本当に無色な人生だったな……)」


 特に何かあるでもなく、ただひたすらに無為な時間を過ごしてきた人生だったのだ。過ごしてきた本人自身がそう思うのだから、他人から見れば更にそういう印象を抱きやすかったのかもしれない。

 ここまで何も凹凸の無い人生を歩んできた蓮也がこの瞬間に抱く願いは、少し考えれば誰でも想像付くものだった。


「(せめて………せめて、一回だけでも他と違う何かがあったなら、悔いなんて少なかったんだろうな………)」


 嗚呼、神様がいるなら願いを伝えたい。───他の人に無い何かが欲しい、と伝えたい。

 そんな全人類から見たらちっぽけな存在でしかないただ一人の願望を叶えてほしい。

 きっとそれを「高望み」と呼ぶのだろう。

 高々、普通の人生を送ってきただけに普通の人間が願いを神様が叶えてくれることを望む? そんなのは分不相応にも程があるし、絶対に有り得ない。


「(でも………そうだとしても、縋りたくなるんだよ………)」


 拳を握り締め、蓮也は思う。

 ここで死んでは何も残らない。何も持たなかった自分が何かを残せる訳がない。

 だが、それでは駄目なのだ。それでは───


「(───俺は何も成さずに死んで、そのまま忘れられる……そんなの……そんなのは嫌だ)」


 死が間近に迫っているが故に芽生える一つの感情。

 死にたくない。このまま死にたくない。何故ここで死なねばならない。意味不明で理不尽過ぎる。誰だこの運命を突きつけた奴は。

 

 ───と、ここまで思い至って蓮也は気付いてしまった。


「(それこそ、こんなことになった原因は……神様(・・)の所為じゃないのか?)」


 人間の欲望で形取られた偶像を“神”とするならば、その力の源は人類の欲望だ。そして、その中から僅かに掬われるそれが“奇跡”だと言うならば、眼前にいる異形の存在は正に奇跡の体現と言えるのだろう。

 本来は存在しないものが存在している。それこそ奇跡だ。

 ならば、ここでその奇跡に殺される者は一体何なのか?


 答えは単純にして明快。───神様に掬われなかったその他大勢なのだ。


 所詮、神から見れば人間なんて些末な存在に他ならない。

 人間が路傍の石を気にしないのと同じように、神だって人間を気にしない。奇跡の為に殺すことさえ厭わないだろう。


「(あー、もう……死ぬ前だからって、こんなこと考えたくなかったなぁ……)」


 神に生きることを祈るのか、こんな運命を突き付けたことを怨むのか。

 普段ならば意味の無い問答として切り捨てていたであろう二択に、死線が迫る焦りから蓮也は思考をすぐに走らせる。そして、「どうせ死ぬんだから」という理由で神が存在しているならば天罰落とされても文句も言えない言葉を叫んだ。



「神様のクソったれぇぇぇぇぇぇぇえええええええッッッ!!! なんで俺なんだよ、他の奴じゃ駄目だったのかよ! 何も残せずに死ぬこの虚しさがお前らに分かるのかッ⁉︎ 恨むし、怨むし、憾む! 絶対だ……俺に次の人生があるなら、お前らを絶対に殺す! 実在していようがしていなかろうが殺してやるッッッ!!!」



 冷静さの欠片もない激昂の叫びが虚しく響く。答える者はいない。人がいないのだから当然だ。
























 ──────と思った瞬間。




















「そうだ、少年。君の言ってることは正しい。神なんてクソったれな存在は消えてなくなるべきなんだ」



 ───凛とした声が響いた。



 蓮也の目の前にはいつの間にか、見覚えのない女が居た。

 後ろ姿しか見えないが、紅蓮の髪は闇夜によく映えている。

 服装は分かるが……明らかに現代離れした姿をしていた。豪勢な羽織りを肩に掛け、僅かな風で棚引くそれの隙間から見えたのは明らかに甲冑。現代でこんな人が街を闊歩していたら、ドン引きされるかコスプレイヤーに間違えられるかの二択だろう。

 そして、何より現代では有り得ないと思わされる最大の理由はその手に携える長槍だ。槍が銃刀法に引っかかるのかは知らないが、警察に呼び止められても文句は言えまい。


「アン、タは…………」


 死が迫るあまり、精神が狂って幻覚の類いでも見ているのかと思った蓮也だが、構わずに問う。

 が、彼女は答えずに後ろ姿から顔だけそう蓮也に向けた。

 その顔はとても綺麗に整っていて、それでいて鋭い目付きが凄くカッコ良く見えた。動物に例えるならば、狼に近い。


「………………フッ」


 …………と思ったのだが、初対面の相手に顔を見られ、鼻で笑われたのは流石に心外だった。

 彼女は蓮也の声に応えず、こう言い放った。


「少年よ。こんな理解出来ない状況の中、君には二つ選択肢がある」


 長槍を携えていない方の手の人差し指を立てて、一つ目の選択肢を開示した。


「このまま神を怨んだまま、何も成さずに惨めに死ぬか」


 そして、ピースサインを作るように中指を立てて、二つ目の選択肢を開示する。


「それとも神に復讐する為に私の手を取るか。そして、神を皆殺しにして、クソったれたちから世界を救済する」


 提示された二つの選択肢。だが、言葉として分かっていても、内容を全く理解してない蓮也は即座に答えを口にすることが出来なかった。

 だが、それでも選ぶべきなのはどちらか分かりきっていた。


 口で答えずに彼女の手を掴む蓮也。それはある意味で答えだった。


「そうか…………君ならそうすると予想していたよ。────これで契約成立だ。一先ずはあの眷属(・・)供から蹴散らすか」


 蓮也の行動に頷いた彼女は、蓮也の手を優しく離させた。

 そして、腰を低くし、長槍を構える。正に歴戦の槍兵足り得るその構えは苛烈で綺麗と言う他ない。


「私があれを全て片付ける。君は見ていると良い……あ、出来ればしておいてほしいことがあるな。それは───」


 迫り来る異形の存在に向かって駆けていく彼女はこう言い残していた。












「─────私を信じろ」














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