プロローグ 9
◇
カチカチ。静かな空間の中、キーボードを打つ音だけが響く。
察した人もいると思うが現在俺がいる場所は先程までの部屋とは違う部屋にいた。いわゆるコンピュータールームってところだ。
......俺が昔住んでた家なんてコンピュータールームどころか、自分の部屋すら無かったのになんて贅沢してやがるんだ、焔木は。
「なるほどね」
気が付けば横から焔木がコンピューターに映し出された画面を覗き込むように見ていた。
「なるほどって?」
「確かに、過去に戻るのって自分だけだからね。あなたの考えは素晴らしいと思うよ」
画面に映っていたのは七桁の数字で、焔木はこれを見て俺がやろうとしていることを見抜いたのだから称賛するべきだろう。
「......まぁな。俺の人生は常にコレが無かったせいで残念な方向に向かって行ったからな」
「けど、大丈夫なの?確か宝くじって欲しい番号が必ず手に入るとは限らないじゃなかった?」
そう。俺が調べていたのは宝くじの過去当選番号だった。
「いつの時代の話だよ。今の時代の宝くじは電子操作でどこの宝くじ売り場でも好きな番号が買えるようになっていることを忘れたのか?」
「いやはや。私は世間には疎いもので。なんせもう何年かも研究所籠りだったからね」
「宝くじの売り方が変わったのは半世紀ほど前だぞ?」
「......」
知ったかぶりはしない方がいい。きっと焔木は、そう学んだだろう。
「よし。後はこれを暗記するだけだ」
俺は手頃な額(といっても億単位)の宝くじを見つけ、その年と当選番号を脳に刻みつけた。年は十六年前の三月。俺が七歳の時だと思う。
「さぁ、さっきの部屋に戻ろう」
「あれ?もう覚えたんですか!?」
「昔から物覚えだけは良いんだよ」
「寝言は寝てから言ってください。物覚えが良かったらさっきの話の脱線は何ですか。もしかしてわざとやってました!?わざとやるにしてもやる意味が不明です。三十秒以内に千文字程度で説明してください!」
すげぇ。一息の間にそこまで言えるなんて。なんて肺活量してるんだ。ってこんなこと考えてる場合じゃないな。
「わざとやったわけないだろ」
「ならなぜ?」
間を入れず焔木が聞いてくる。
「タンスって分かるか?」
「はぁ?いきなり何の話です?」
ゴメン。かなりキツイ。何がキツイかって?女の子から『はぁ?』って言われることに決まってんだろ!
「...とりあえず分かるってことで話を進めるぞ。タンスに物をしまうよな?で、出すよな?」
「当たり前じゃん。てかそもそも、しまって出さない物なんかタンスに入れるわけないじゃん。そんな物はダストBOXにゴートゥーだよ」
「......で、だ。当たり前だが、しまって出すときには時間がかかるよな?」
「...なるほど。言いたいことが分かってきましたよ」
流石。理解が早い。
「普通の人の場合は記憶はタンス一つに収納される。タンスを開ければそこにしまった記憶を取り出すことができるってもんだ。だが、俺の場合は別なんだ。俺の場合はタンスが何十、何百と連なって置いてある。見かけも全く同じタンスがだ。そんなのどこにしまったか覚えているわけがない。だから片っ端から開けるわけだ。そのせいで物覚えは良いが答えるのは遅いってこと。分かったか?」
ついつい説明文らしく長く語ってしまったが、つまりはそういうことだ。
「...つまり記憶している量が普通の人の何十倍、何百倍もあるってこと?」
ふむ。そういう捉え方もあるのか。
「ああ」
「それでしかも瞬間的に物事を暗記できると......つまりあなたは完全暗記能力者だと。その解釈でオーケー?」
完全暗記能力者って何か中二臭いがあながち間違ってはいないので小さく頷いた。
「...ボソッ面白くなってきたじゃん...」
「ん?何か言ったか?」
「いや!何でもないよ、気にしないで。それとわざわざ説明させてゴメンね。そろそろ部屋に戻ろう!」
焔木はそう早口で言って、何が嬉しいのかスキップで部屋に戻り始めた。