プロローグ 4
焔木舞。稀代の天才にしてノーベル賞三枚をとった日本科学の期待の星。
そんな彼女の過去は、けして華やかなものではなかった。
◇
「遺影?誰のだ?」
まさか、焔木以外全員のではあるまいと判断した俺は彼女に問いかけた。
「私以外全員のだよ」
しかし、返ってきた言葉は、そのまさかだった。
「ぜ、全員!?何があったんだよ!?」
声の大きさが自然と上がっていくのを感じる。
一人なら不運な事故と割りきれた。だが焔木以外の全員、つまり六人が死んだとなると不運な事故では割りきれない。それはもはや事件だ。
「まっ、あなたの人生にも色々あったみたいに私の色々あってね。...その時のことは出来ればあんまり思い出したくないんだ。だからゴメンね」
話している最中に一瞬見せた焔木の悲しそうな顔を見て俺はそりゃそうだと思った。
いくら焔木が変な性格をしているからといって彼女もまた人間だ。思い出したくないことの一つや二つはあるだろう。
しかし、心ではそう思っていても俺の中の焔木舞という存在は変わり始めていた。
「...さて!じゃあ気を取り直してさっきの話の続きといこうか!」
暫し続いた静寂の流れを切るように焔木がパンパンとソファーを叩き隣に座るように指示をする。
「そうだな」
俺も静寂はあまり好きではないので焔木の指示に素直に従うことにした。
「確か『やりたくないことをやらされて良い結果が出たとしたら嬉しいですか?』って話だったね。で、あなたは嬉しいと答えたと」
あー。そういえばそんな話をしてたな。
俺は無言でコクンと頷いた。
「貧乏から脱出するために...」
「急に話を掘り返すなよっ!?もう忘れろよ!」
「じゃあ仮にあなたが貧乏じゃなかったとしたら、それでも嬉しいと思うかな?」
「また無視かよ。...貧乏じゃなかったらか。それなら嬉しくはないかもしれないな。」
「でしょ!でしょ!嬉しくないよね!」
そう俺が答えると焔木は勢いよく俺に近づいて興奮しながら言った。
てか、近い。ホントに近い。とにかく近い。
俺は手でシッシッと追い払うポーズをするが焔木は意に介するような仕草も見せず更に接近してきた。
「あなた、何で私が笑わなかったか聞いてきたね。答えはそれなんだよ!」
目の前で焔木が何故か目を輝かせながら言った。
「は?てことはノーベル賞をとった研究は誰かに無理矢理やらされたって事か?んなバカな。だいたいそこまでお前に圧力をかけれる相手なんているのかよ」
俺が嘲笑気味にそう言うと焔木はちょっとムッとした顔で更に近づいてきた。
近いっていうか当たってる。やや童顔ぽい顔には似合わないような胸が当たってるよ焔木さん!!!
「無理矢理やらされたんだよ!それに私に圧力をかけられる相手なんて消去法を使えばすぐ出ると思うよ!」
胸をグッ、グッと当ててくる焔木さん。もはやわざとやってるとしか思えない。そうか焔木は...
「恥女だったのか......」
「どうやったら恥女が出てくるの!?私が恥女に圧力をかけられるような女に見えるって言うの!?」
想定外の反応だったのかグイッと身体を押し寄せてくる焔木。
「あっ...」
俺は押された反動に耐えきれずそのままソファーの後ろに倒れた...ソファーが小さかったためそのまま下に落下した。
ゴチン。鈍い音が響く。
痛ってぇなこのバカ!そう悪態を吐こうとした俺は目の前の光景に思わず感嘆の声を上げた。
俺がバランスを崩し落ちたということは落ちるまで圧力をかけていた焔木もバランスを崩してしまったということだ。まあ、それでも焔木が俺の上に乗しかかるようになるだけで感嘆の声を上げることはなかっただろう。
現に焔木は落ちてきた。しかし、何故か落ち方が違った。何故か焔木は俺の顔を両足で挟むように落ちてきたのだ。
結論 スカートの中が見放題ということになる。
結果 思いっきりぶん殴られた。