プロローグ 12
◇
「━━━赤羽、赤羽」
どこからか懐かしい声がする。これは女性の声か。
それより赤羽?赤羽って誰だっけ。随分前に聞いたことがある名前だがここ最近は聞いてないため忘れてしまった。
「なに寝ぼけてるの!赤羽、起きなさい!」
何者かに体を揺さぶられる。そこでようやく俺の脳は覚醒した。うっすらと目を開ける。
「...あ、れ?......母さん?」
そこには死んだはずの母さんがいた。
◇
赤羽。それは名詞であり俺の名前である。久しく呼ばれることが無かったため正直忘れていたが。
まぁ、そんなことはどうでもいい。いったい何がどうなっているんだ。
俺は記憶を辿る。
そうか。そういえば俺は薬を飲んだのだったな。
こうして無事に過去に戻っていることを確認すると焔木を疑っていたのが恥ずかしく思える。焔木の理論は間違っていなかったのだ。
だが、腑に落ちないことがある。
何で俺は赤ん坊じゃないんだ?いや、別に焔木に赤ん坊まで戻ると聞いていた訳ではないが一般に二度目の人生と聞くと赤ん坊の頃から始めるイメージが俺の中にはある。
ていうか、今は何年だ。
額に脂汗が浮かぶ。俺はてっきり先程も言った通り赤ん坊からやり直すと思っていたもんだから宝くじの当選番号は一つしか覚えていない。しかも、その宝くじは俺が七歳の時、2207年に当選するものだ。つまり、今の年が宝くじ当選発表以降の年だったらチェックメイト。何のために過去に戻ったか分からなくなる。
「━━━赤羽聞いてるの!赤羽!」
母さんに耳元で怒鳴られ、俺の思考は強制終了させられた。
なんだよ。うるせぇな。黙ってろ。
と、頭に思い浮かぶ暴言を無視して俺は母さんに今の年を聞くことにした。
「母さん、今って何年だっけ?」
「さっきもだけどいつから母さんに呼び方が変わったの?」
しまったぁぁあ!つい癖で...っていうか俺、癖になるほど母さんって呼んだことない気がするし、それどころか母さんって読んだことすらない気がするのだが。なんで『母さん』って呼んだんだろ?わかんないな。
まぁ、とにもかくにもこれでは話が進まないので俺は昔の記憶を辿り昔のように呼ぶことにした。
「ママ。今って何年の何月?」
カァーッと顔が赤くなる。ママなんて二十三の、しかも男がいう台詞じゃねぇぞ。俺を羞恥で殺したいのか過去の俺!
「また寝ぼけてるの?2207年の二月でしょ。全く、珍しく早起きしたいからって昨日言ってたから早く起こしてあげたのに。こんなに寝ぼけるのだったらこれからはもう起こさないからね」
その言葉を聞いて俺はホッと安心が生まれるともに焦りも生まれた。
まずい。もうすぐ宝くじの販売期間が終わる。昔の宝くじのことは知らないがここ最近では当選の一ヶ月前には販売が終了するようになっている。確か当選発表が三月二十八日だったため二月二十八日までが販売期間のはずだ。
「因みに今って何日だっけ」
「二十八日よ」
「五百円よこせっ!早く!今すぐ!」
「な......よく分からないけど、はい」
母さんは暫し絶句していたが、やがて皮財布を開き硬貨を一枚渡してくれた。
「あざっす!」
俺は硬貨を握りしめると一直線に玄関を抜けて外に飛び出した。
パジャマ&裸足だが、そんなのを気にしている暇はない。急がなければまじで詰みだ。
俺は昔の地形を思い出しながら、宝くじ売り場へと風を切り駆けていった。