プロローグ 11
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思えば焔木と俺は全く縁もなく、俺があのとき倒れなければ、あのとき新聞を見なければ、恐らく今後一生関わることも無かっただろう。また、関わったとしても俺がクズじゃなければ、こうはならなかったはずだ。もし、彼女が俺以外の奴に出会っていれば運命は違ったかもしれない。しかし、結果として焔木は俺と出会ってしまった。
何故俺は焔木と会う前に死んでいなかったのだろう。彼女と会う前に死んでいたらこういう結末にはならなかっただろう。また、なったとしても気にも止めなかっただろう。当然だ。その場合、俺と焔木は赤の他人なんだから。
大体、人は自分に関係ない人が死んでも悲しまない、そういう風にできてる。それは俺も同じだ。では何故、たかが数時間程度話しただけの焔木が死んだことに俺はショックを受けているのだろう。
「あっ」
不意に漏れる声。しかし、その声は俺以外の者には届かない。
そういえば俺、名前を名乗ってなかったな。
それは焔木は俺の名前を知らなかったことを意味する。つまり焔木は名前も知らない俺のために死んだこととなる。
「...名前も知らない相手なんてほぼ赤の他人じゃねぇかよ」
俺以外、誰も居ない、誰も生きていない部屋に俺の声が響く。
「何でそんな奴に、そんな奴のために死んだんだよ!」
そこまで言って俺は彼女の最後の言葉を思い出した。
『私を助けてくれると嬉しいな』。確かに彼女はそう言った。
もしかして急所は外してあるのだろうか。まだ生きているのだろうか。
俺はすぐさま焔木の元へと駆け出した。びしゃびしゃと血溜まりが音を立てるが気にしない。そして焔木の元にたどり着いた俺は彼女の脈を取った━━━脈はなかった。
......何やってんだろうな。俺は。死んでるか死んでないかなんて一目見れば分かるだろ。ましてや、この血の量だぞ。死んでない可能性なんてほぼ0%じゃねぇか。
では何故焔木は俺にあんなことを言ったんだろう。新たな疑問が浮上する。だがその答えはすぐに出た。
「始めっから俺は手のひらの上で踊らされていたってことか」
俺の口から渇いた笑いが溢れる。
彼女の言葉の意味を考える必要なんてなかった。
そもそも何故彼女が死んだのか。それは俺を過去に行かせたいから。
どうやれば彼女を助けられるか。現代の技術では死者を甦らせることは不可能だ。そのため焔木を助ける方法は一つ。過去に戻ることだ。
普通、赤の他人のためにそこまでやるかよ。
気づけば俺は錠剤を口に入れていた。
俺はバカだなとつくづく思う。出会ったばかりのほぼ他人のために命の危険がある薬を飲むのだから相当なバカなのだろう。
だが、俺は借りを忘れるようなバカではない。路地裏で俺が倒れたとき、放っておけば恐らく俺は死んでいただろう。
俺は焔木に命の借りがある。命の借りは命で返すべきだ。
身体が痛む。世界が歪む。世界が黒に染まり始める。
もう、俺がこの時代に入れる時間もあまりないのだろう。
さぁ、新たな人生のスタートだ。待ってろ焔木、絶対に借りを返済してやるからな!
世界が真っ黒に染まった。