プロローグ 1
「......くそぉ............クリスマスだっていうのに......なんで...なんで...」
「誰も食べ残しを棄ててないんだぁああああっ!!」
西暦2223年十二月二十五日。この日、一人の男の叫びが空しく路地裏に響いた。
◇
「フツー、クリスマスだったら弁当の食べ残しの一つや二つあるものだろうか!?何でねぇんだよ!」
路地裏のゴミ箱を漁りながら悪態をつく俺。
周囲の目は冷たく突き刺さっているがそんなものは俺にとってもどうでもよかった。理由は単純。それほどまでに腹がへって仕方がないのだ。
かれこれ、もう三日は食事にありつけていなかった。この前まで一日に一回ペースで食べ残しを見つけられたのだが何故か最近は見つけられない場合が多くなった。
「チッ......ん?」
いくらゴミ箱を漁っても食べ残しが出てきそうにないので諦めて違うゴミ箱に向かおうとした俺は一枚の新聞を手に取った。
「珍しいな。今日の新聞かよ...」
ゴミ箱を漁っている過程で新聞はよく見かけるのだが、その日の新聞を見かけるのは珍しいことだった。
俺はゴミ箱に腰を掛け新聞を読み始めた。
世間のことを知るのもホームレスにとっては重要な事だ。
例えば何年か前に起こった殺人ウイルス事件。この事件は、ある一定の地域で謎のウイルスがばらまかれその地域に入ったものは、感染してしまうといった驚異の事件だった。感染者は一時間後に発熱、二時間後に痙攣、三時間後には死亡といったハイスピードで人生を終える。またそのウイルスは見たこともないようなものだったため対抗薬が作れず結果その地域に住んでいた住民ともに十万人死亡者が出た、最早伝説級の事件なのである。
当時この事件『宇宙からの侵略者が地球を征服するために攻撃を仕掛けた』『地球からの逆襲』『世界が終わる前触れ』といった噂が飛び交じり、警察は誰がウイルスをばらまいたのか調査に出たが結局犯人は不明。事件は未解決のまま幕を閉じた。
と、極端な例だが、どこで何が起こったかを知っているだけで死ぬことを回避することができるのである。
ましてや家無し金無し仕事無しの俺にとって情報とは入手困難なために新聞を読まないという手はなかった。もっとも、All無しの俺にとって死ぬことに恐れはなかったのだが、むしろ今よりはマシじゃないかと考えるほどだったのだが。
ではなぜ死なないのかって?無論生きる希望があるからだ。
それは何かって?無論......内緒である。
新聞の見出しは一人の美しい女性が賞を持っている姿が納められていた。いや、美しいというより可憐の方がこの人には合うかもしれない、そんな感じの人だった。
「発明家、焔木舞がノーベル賞三枚目の快挙......か。スゲーじゃねぇか!」
独り言を呟き、更には褒め称えてしまった俺。
(しっかし、何でこの人は笑ってないんだ?)
その写真の彼女は笑顔から反対の失望した顔をしていた。
(嬉しくないのか?いや、何か理由があるのか?............まぁ、俺には関係ないか)
ついつい深く考えてしまうという悪い癖を強引に結論付け、新聞をめくった━━━といっても一枚しかないため正式な表現は『めくった』というより『裏返した』が正しいだろう。
「!?」
パサッ。
手から新聞が離れ重力によって下に、ヒラヒラと空を舞いながら落ちた。
しかし、俺は再度拾い直すことはなかった。
落ちた新聞。そこに載っていたのはたった一文の言葉と写真だった。
『銀扇湊引退』
「ぎゃあぁぁぁあっ!?」
その五文字で彼は生きる希望を失った。
ドサリ。悲痛の叫びによって既に限界だった力を使い果たしてしまった彼はゴミ箱から前に落ち、気を失った。
◇
銀扇湊。二十三歳。女性。赤みがかった茶髪が印象的なアイドルだ。
これだけの紹介だと普通のアイドルに見えるかもしれない。
しかし日本......いや、この世界において彼女を知らないものは皆無に等しいだろう。
世界でも稀に見ないトップクラスの容姿に16才でハーバード大学を卒業という学力、プロの選手にも劣らない身体能力、そして才能。
また、アイドルとしても彼女の歌は聴く人すべての心を安らげてくれ、彼女の踊りは見た人すべてを虜にするという。
ゆえに至高のアイドル。
ゆえに世界の歌舞姫。
俺が彼女を初めて知ったのは彼女が二十歳の時。同い年だというのに世界を自由に飛び回り歌を唄い続ける彼女は俺にとっては憧れであり、生きる希望になった。彼女の歌の虜になるのにも、さして時間はかからなかった。
◇
容姿端麗、スポーツ万能の俺が言うのも何だけど俺の人生は過酷だったと思う。
俺が人間は平等?そんなことは違う、と初めて思ったのは小学二年の頃だった。
俺は比較的若い両親の間で生まれた。詳しくは聞いてないが駆け落ちだったのではないかと思う。そのためか祖父にも祖母にも会ったことはなかった。
まぁ、当時の俺はそれが普通だと思っていたのだが。
家はそこまで裕福ではなくむしろ貧乏だったのだがそこに幸せ以外のものはなかった。小さなアパートの一室ながらも、そこには確かに幸せがあった。
状況が変わったのは俺が小学三年生に上がって少し経ってからだった。
母親が死んだ。死因は殺人。犯人は不明。...犯人はとっくに捕まっているため詳しく調べたら犯人は分かるのだろうが、母親を殺した犯人には...さほど感心がなかった。重要なのは母親が死んだこと。それだけだった。
その日からだ。父親がおかしくなったのは。父親は母親が死んだ悲しみから逃れるためか宗教に入った。そして、俺をかまってはくれなくなった。
幸せだった生活は崩れ始めた。
状況が更に悪化したのは小学六年の頃だった。
仕事をやめ宗教にどっぷり嵌まり込んでいた父親が遂に家賃を払えなくなりアパートを追い出されたのだ。
俺は父親に連れられて見知らぬ土地に連れ
ていかれた。そこは父親の両親が住んでいる家だった。父親がインターホンを押すとドタドタと中から音が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。中からは二人の老人が出てきた。すぐに祖父、祖母だとわかった。
俺は初めて会った祖父、祖母に緊張を隠せなかったが、そんな俺の心境に気づいてか祖父と祖母は俺をギュッと抱き締めてくれた。
嬉しかった。
それからは幸せな毎日が続いた。父親は相変わらず宗教に嵌まっていたが俺は特に気にも掛けなかった。
中三の冬だった。
俺は推薦で高校入学が既に決まっていた。高校に入るには金がかかるため本当は働きたかったが祖父、祖母が反対して高校生活における必要な金を用意してくれた。
絶対成績を上げて良い会社に入って恩返しをしてやる!俺はそう固く決意した。
中学の卒業式、卒業証書を一刻も早く祖父、祖母に見せようと一足早く帰った俺は絶望した。
リビングには三人の死体があった。
祖父と祖母、そして父親のものだった。
祖父と祖母は身体中を何かで刺されていたのか全身に刺し傷があった。
父親はその二人の遺体を眺めるように宙吊りになっていた。
俺はまた幸せをなくした。
高校には当然行けなかった。
◇
「は?ここはどこだ?」
辺り一面真っ黒な部屋を見て俺は思わず呟いた。
俺は先ほどまでの記憶を辿ったがゴミ箱から落ちるまでの記憶しか思い出せない。
(ここまで、無意識のうちに歩いてきたとか?......いや、ここはどうみても屋内だからそんなことはありえないだろ)
次々と推測をするも、どれも非現実的過ぎてありえない。
「まさか......」
ここで俺は昔呼んだ小説を思い出した。
小説のジャンルは異世界転生もので死んだ少年が神によって他の世界に行くというものだった。
「あれは......実話だったのか」
一人呆然と立ち尽くしていると突如ガチャンとドアが開いた。
「おっ!目覚めましたか~」
開いたドアから漏れる光に俺が思わず目を閉じると同時に素っ頓狂な女の声が聞こえた。おそらく神の声であろう。
俺は5秒ほど目を瞑って目蓋の裏から入り込む光に目を慣れさせたところで目を開いた。
そしてすぐさま神の足下で土下座をした。
「神よ!どうか俺を生まれ変わらせてください」
初めてやったとは思えないほどの華麗な土下座を決めた俺は神の言葉を待った。
「あの、何か誤解してるようだから言うけど。私、人間だよ?」
「え?」
ほぼ条件反射とも言える速度で顔を上げた俺はその顔を見て驚愕しその名を呟いた。
淡いクリーム色の長い髪。服装こそ流行りのシャツにスカートと私服感がバリバリだったが間違えるはずがない。
「焔木舞......」