ブラックパレード
僕はパパが嫌いだ。大好きなパパじゃないから。
僕はトラックが嫌いだ。大好きなパパを轢き殺してしまったからだ。
僕はママも嫌いだ。大好きなパパを忘れて新しいパパを作ったからだ。
本当にママが嫌いだ。いつも弟のことばかり可愛がっているからだ。
ジェイソン、アイツは一番大嫌いだ。僕をいつも虐めてくる。
パパとママは僕とジェイソンをくっつけたがる。
余計なお世話だ。誰が僕の気持ちをわかると言うのだろう?
僕はジェイソンと庭にある砂場でよく遊ばされている。
誰がこんなこと望むものか。僕は嫌な顔してみせた。
「やーい! 出来損ないのジョン! 俺様の為にお城を作ってみせろ!」
「嫌だ」
「何? 聴こえないなぁ?」
「…………」
「さぁ! とっと作りな!」
そう言ったジェイソンは泥を丸めた団子を僕に向かって投げてきた。
丸まった泥団子は僕の頬に直撃した。
怒った僕はその場にある砂を掴んでジェイソンに投げてやった。
彼は華麗にかわしたかと思うと、今度はその丸まった体で僕を襲ってきた。
僕は昔のパパによく似てひ弱な体型だけど、ジェイソンは今のパパによく似てぷっくり太った大きな体型をしている。喧嘩なんてしても結果はみえていた。
「どうだ! まいったか! 素直に俺様の城を作るのだな!」
「痛い! 痛い! 作るからもう止めて! 止めてよ!」
いつもこうやって僕がジェイソンのお城を作るハメに合う。
誰が望んでやっているものか。だけど僕には力なんてない。
ジェイソンは今のパパの息子なのだから……。
やがて僕は立派な砂のお城を造り上げる。
ジェイソンは腕を組んで指示をだすばかりだ。何もしたりしない。
そして立派な城ができた途端にこう言って、城を蹴り壊す。
「駄目だな! もっと良いものを作れ!」
破壊は一瞬だ。あっけない。
今までジェイソンの言いなりに1日中なることもあった。反抗してみせることもあった。でも何かが大きく変わることなんてなかった。
大人たちは僕たちのことなんて構ってもない。ときどき僕たちの喧嘩を見ても笑っているだけだ。それで僕たちが仲良くやっているものだと思っている。毎日お客さんを招いては“砂場で仲良く遊ぶ子供”を見世物にしている。
僕にとって窮屈な時間はこれだけじゃない。
学校に行ってもアイツと同じ教室で過ごしている。アイツは僕の事を好き勝手言って、僕はとうとうクラスのいじめられっこになった。
アイツから解放されてお部屋に戻っても「勉強しなさい」とママから言われて勉強をさせられるばかり。
TVゲーム? そんなもの知らない。アイツは友達呼んでアイツのお部屋でやっているらしいけど……
自分のお部屋のベッドで休んでいる時が1番幸せだ。それだけが天国だ。
それ以外は地獄だ。何も嬉しいことなんてあるわけがない。
食事をする時もお風呂に入る時もジェイソンとか言う奴に気を遣わなきゃいけない。どうしたって僕はソイツに無茶苦茶言われるのだから。
大人になるまで我慢すればいいのだろうか?
いつになったら大人になれるのだろうか?
今では大きなお家に住んでいるけど、僕の心は狭くなるばかりだ。
学校の成績も自信のあるお絵描きもジェイソンばかりが褒められて僕は学校でもお家でも片隅に追いやられているばかりじゃないか。
我慢なんてできるわけがなかった。
その日の朝、僕はパパの部屋に忍び込んで机の引き出しにあった物を盗んだ。いくつも持っているうちの1つだ。どうせ気づきやしない。今日は仕事に出掛けているのだから。
ママが窓越しに料理を作っている。その窓越しの別世界で僕とジェイソンの砂遊びがはじまった。ジェイソン指揮官と奴隷ジョンのお城作りとでも言いなおそうか。
立派なお城ができた。そしていつものように指揮官は一瞬でそれを破壊した。そして決まりの台詞を言って僕を見下ろす――
その筈だった。彼の顔はすっかり青ざめて僕を見ていた。
「おい? 何の真似だ? 止せ」
次の瞬間、彼は断末魔をあげた。
「やめろおおおぉぉおおぉぉおお!!」
彼の断末魔とともに僕はトリガーを引いた。彼の断末魔は銃声にかき消された。僕を苦しめ続けた魔王は呆気なく倒れてその命を閉じた。
それから僕は逃げた。拳銃を落として離したその手はずっと震えていた。気がつけば僕はその場を逃げたのだ。ママの悲鳴が聴こえる頃には僕はお家の廊下を走っていた。そしてあっという間に外へ飛び出た。
怖かった。自分のやってしまったことが怖かった。
でもその先に僕はもっと怖いものを目にする。
僕が飛び出した道路に大きなトラックがきていたのだ。
とんでもない痛みが僕の体全てを襲った。
死んだ。僕もまた呆気なく死んだのだ。
当然の報いなのだろう。僕はとり返しのつかないことをしたのだから。
でも何で僕の意識は消えてないのだろうか?
気づけばさっきまで体中を蝕んでいた激しい痛みもとれていた。
目を開ける。僕はいつの間にかどこだか知らない所で寝ていたみたいだ。
体を起こすとそこには廃墟と化した灰色の街が広がっていた。
目に見える物全てが白か黒でしかに見えない。
ああ。そうか。
僕は地獄に堕ちたのだ。無理もない。自業自得なのだ。
僕はひらひらしたボロボロの白い服を着ていた。体中が黒く塗られているが、ところどころその黒墨が剥がれ落ちてもいる。
僕はあてもなくひたすらに歩いた。方角は何となくだけど光の強い東へ。
あたりは一面散り散りに砕けた瓦礫の山々に溢れている。
場所によっては濃く白い煙を発している山もある。
不思議なことに足場となる道はどこまでも続いている。ところどころ分かれ道があったりもする。いちいちどこに進むべきか悩んでいる暇はない。僕はただ光の強い東へ東へと足を進めた。
どこまで歩いてきたのだろう。やがて僕は疲れ果てて座れる瓦礫のひとつに腰掛けた。肩を落として首を垂れる。どこに向かっているワケでもないのに何だか果てしない道のりを意味なく歩き続けているだけに思えてきた。これが地獄だと言うのか。そうだ。地獄だ。文句なんていえたものじゃないのだろう。
「あなた誰?」
顔をあげると僕と同い年ぐらいの可愛い女の子がそこに立っていた。顔の左半分が黒墨に塗られており、僕と同じくワンピースのようなボロボロの白い服を着ている。女の子なだけに僕よりかは似合っているようだ。
「僕はジョン、ジョン・ブライサム。さっき死んでここに来たヤツだよ」
「そう。私はナタリー・シモンズ。ここがどこだかわからなかったけど、そうなのね……私も死んでしまったのね」
ナタリーは一瞬沈んだ顔をしたが、すぐにその顔をあげて僕の顔を見つめて話しかけてきた。
「さっきまで顏がすごく痛かった気がするのだけど、今は全然痛くないの。実はさっき鏡を見つけてね、鏡を見たら顔の半分が真っ黒になっていて。その時から痛みがとれたの。それで気になったのだけど、ねぇ、あなた全身真っ黒じゃない?」
「そうだね。僕は何かとぶつかって……何かと……」
僕は言葉を失った。さっきまで覚えていたことが全く嘘のように頭の中からなくなった。からっぽになった。何かとぶつかって死んだのは確かだけど、その何かがもうわからなくなったのだ。
「思い出せないな。もうどうだっていいよ。死んだのだし。ははは!」
「そうね。おっかし、うふふふふっ!」
僕たちは大笑いしあった。何が可笑しいのかよくわからない。ただ嬉しかったのだと思う。一人で幽霊になるのと幽霊のお友達ができるのは全然違うことだ。
僕たちは手を繋いで再び地獄の街を歩きはじめた。ちょっと平坦な瓦礫の山を見つけて僕は指さした。そして心の中で思いたったことを自然とナタリーに言う。ナタリーは驚いた顔を僕に見せてみせた。
「瓦礫の山を登る!? 駄目よ! 危ないじゃない!」
「危ないって? 僕たちもう死んでいるじゃないか?」
「それもそうだけど……ジョンがいなくなったら、私一人になっちゃう……」
「大丈夫だよ。必ず帰ってくるから」
僕はそう約束してナタリーの頬にそっとキスした。
今さっき知り合ったばかりなのに、何故だろう。僕にとってナタリーは愛おしくて堪らない存在になっていた。彼女の為にも無事に為すべき事を成そうとした。
壊れた木々を掴んでつたっては山頂を目指す。
ときどき手や足などの体に木の破片が当たれば刺さったりすることもあったが、痛みは一瞬で消えて傷は一瞬で癒えた。そう。僕はもう人間ではないのだ。
山頂へは30分ほどで着いた。頂上から見て僕は驚くようなものを目にした。
僕たちのいる場所からちょっと離れたところで人々の群れが行進をしていたのだ。僕は急いで降りてナタリーにそれを伝えた。
「パレード!? どこにそんなものがあるの?」
「本当にあったよ! ここからじゃ見えないけど飛行船が浮いてもいたよ!」
「夢のような話ね? 私を元気つけようとして嘘ついているの?」
「そんなことしないって! 嘘じゃないよ! まだ間に合うから急ごう!」
「え! ちょっと! 本当なの!?」
僕はナタリーの手を引いてパレードの向かう先へ急いだ。最初は困った顔をしていた彼女だったけど、すぐにその瞳は輝きはじめた。
僕たちは走った。希望がそこにあると信じて。
やがて僕たちは道幅のとても広い大通りに出た。僕も彼女も息を切らしていた。
「ジョン見て! あれ!」
ナタリーの指さしたその方向。そこにパレードがあった。行進はゆっくりとこっちに向かってきていた。僕たちは先回りしてパレードの前に立ち塞がった形になったようだ。すぐに道の片隅にどけようと思ったが、僕も彼女も異様に魅せられるその光景に見惚れて呆然と立ち尽くした。
パレードの先頭では舞台の上で骸骨のコスチュームをしたロックバンドが派手な演奏を奏でている。舞台縁は白薔薇で飾られており、船首部分にはこれまた大きな骸骨のエンブレムが飾られていた。舞台の後ろには仮面をつけた無数の群衆がその歩みを進めていた。そしてバンドの頭上高くではバンドの演奏に合わせて真っ黒な飛行船が激しく揺れている。飛行船には“Black Parade”と白く雑な字で記されていた。だんだんと押し寄せてくる行進に僕たちは何一つできることはなかった。
僕たちの存在が目にとまったのだろう。
パレードの行進は止まり、ロックバンドの演奏も止まった。
『やあ坊や、お嬢ちゃん、迷子かい?』
白髪短髪のボーカルがマイクを通して僕たちに話しかけてきた。
怖気づいたナタリーはその場で尻もちをついてしゃがみ込んだ。僕は白髪の男の言葉に対して頷いてみせた。しかしそれでは見えないし、何もわからなかったのだろう。白髪のボーカリストは舞台からカッコよく飛び降りると僕たちの方へゆっくりと歩いて近寄ってきた。間近に彼を見る。髪は白髪だけどまだまだ若い風貌だ。顔立ちがキリッとしていてその瞳は何よりも綺麗だった。
「随分と酷い怪我じゃないか。どこも痛くないのか?」
「ん? 僕?」
「ああ。坊やだよ。全身が真っ黒だ。死ぬ前はとても辛い目にあっただろうに」
「ああ、やっぱり僕のことか。大丈夫。今はどこも痛くないよ。このとおりさ」
僕はふざけてポーズをとってみせた。
「ははっ、それもそうか。でも俺は何か君を讃えたい衝動に駆られているよ。あ、そうだ。今から舞台の上にあがってくれないか?」
「?」
僕はナタリーと一緒にバンドマンたちがいる舞台上にあがった。
「表彰のイントロ頼む」
白髪の男は周りの男たちにそう言うと男たちは「?」と首を傾げるも、ギターを持った男が「ジャジャーン! みたいなヤツだよ。早くしようぜ!」と言ってギターを小さく鳴らし始めた。すると今度は「お~そういうやつね!」という顔したドラムがドラムを叩きはじめ、ベースともう1人のギタリストがそれに続く。
やがて見事なファンファーレが灰色の街に鳴り響いた。
劇的な演奏の中でボーカリストは首にかけていたメダルを外して僕の首にそれをかけた。僕の首にメダルが掛ったその時にロックなファンファーレがバーンと鳴りやんだ。そして耳が痛くなるほどの大きな拍手が僕たちを祝福してくれた。
圧巻だった。僕もナタリーもただ言葉を失うばかりだった。そして僕は恥ずかしながらも照れながら涙を流してしまうのだった。「死ぬ前はとても辛い目にあっただろうに」だって? とんでもない。僕は舞台から降りる時に彼の肩から首にかけて黒く塗られた体を見て絶句した。僕は彼の優しさに感謝するばかりだ。
あれからいくつの月日が経ったのだろうか? 僕は今もナタリーと仮面を被り、手を繋いで仮面の群衆と共に歩き続けている。
僕たちはやはり太陽か何だかの光が強く射す東の方角へ向かっているようだ。今はもうその近くに来ている。あの光の中に入ったら僕たちはどうなるのだろう? みんなそんなことを話しているけど誰もそれを知る由などない。為すままに成るだけだ。
やがて光が間近に迫ってきたその時、僕は後ろから声をかけられた。
「おい、お前さん、俺のことを覚えていないか?」
僕と歳がそう変わらない感じのその男の子はかなり太っていた。僕の顔を見るなり、仮面を外してみせた。その顔の右半分は真っ黒になっていて御愁傷様た。
「言われてみればどこかで会ったような気がするな」
「何? 知り合いさん?」
「さあ、でも声をかけてくれたことは嬉しいかな? 滅多にない事だし」
「ヘヘヘ、お前さんのことはあの表彰の日からずっと追っかけていたよ」
「僕のことを? このメダルが羨ましかったのか?」
「そうじゃないよ。何ていうかあの時からみたことある顔だって思ってさ」
「?」
「それで見ていたのがすごく遠かったから、この人ごみを抜けてくのも大変でさ」
「そうまでして僕に何がしたかったのさ?」
「謝りたかったんだ」
「!」
僕はこの時にピンとくる何かがあった。彼の言葉が何故か心にじんと響いた。
「そうか。覚えてないけど、僕とお前の間に何かあって、それを謝りにわざわざ来たのなら心から歓迎する。それに僕もお前に言いたい言葉が何故か今自然と浮かんだところさ」
「!」
「こっちの方こそごめん」
「うぅ……」
太った男の子は僕の言葉を聴いて泣きだした。そして僕に抱きついてきた。
何が何だかよくわからない。でもコイツとは何でも心底理解し合える気がした。
「もう、何なのよ? 貴方達?」
「ははは。僕はジョン、こちらは恋人のナタリー。一期一会だ。名前は?」
「ジェイソン、苗字は……忘れた。ごめん」
「ははは。ここに来た人はみんなそんなものさ。よろしく。ジェイソン!」
「ああ、宜しく頼むよ。ジョン」
僕とジェイソンは固い握手を交わした。その時に何かが吹っ切れた気がした。
気がつくと灰色の街は消えて、あたり一面に眩い光が溢れた。
どうやら僕たちはこの世界の太陽の中へ入ったようだ。
「ねぇ、これから私たちどうなるのかな?」
「さあ? なるようになるさ」
「ジョン、ずっと私のそばにいてね?」
「任せろ」
僕とナタリーは初めてのキスを交わした。それをそっと微笑んで見守るジェイソンの顔を一瞬見たような気もした。この世界では余計な諍いは起きないようだ。
僕の唇に触れていた彼女の唇の感触が消える。
真っ白な世界だけが眼前に広がっていく。
パレードの最先端で演奏していたロックバンドの歌の1フレーズが僕の耳元に残り、やがて僕の意識も遠のいていった――
――生も歓喜ならば死も歓喜――
∀・)読んでいただき誠にありがとうございました!執筆にあたってマイ・ケミカル・ロマンスの「Welcome To The Black Parade」を100回ぐらい聴いた気がします(笑)すごくカッコいい歌なんでよかったら聴いてみてください♪次回作でまたお会いしましょう♪