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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔族少女は全てに復讐する。

作者: 松尾 京

「このあたりにしようか」

「はい、父様」


 馬車から降りた父エリクの言葉に応え、レリアも馬車を出た。

 母ミレーヌも、レリアに手を引かれて降りる。

 家族三人、緑の美しい風景を眺めた。

 空気がおいしい、行楽日和。


 今日は父、エリク・フォーレス公爵が多忙の中作った休暇を利用し、家族でピクニックに来ている。

 送りの馬車をのぞけば、いるのは父と母と自分だけ。

 レリアにとっては、家族水入らずの珍しい機会だった。


 手近な平地でミレーヌと一緒に布を広げ、日傘や椅子を設置して準備をこなす。


「母様、椅子はここでいい?」

「ええ、レリアありがとう」

「父様は、母様の隣でいいですか?」

「ああ、構わないよ」


 ここ、ベルカ丘陵は王国にある公爵家の領地だ。

 丘陵といってもエリクの所有地であり、邸宅からは近場で、ひとけも無くくつろげる。

 家族での時間を過ごすにはうってつけの場所だった。


 ミレーヌは終始、嬉しそうな顔をしていた。

 エリクとゆっくり過ごせること自体が久しぶりなのだ。

 持ってきた籐かごを開け、鼻歌を歌っている。


「母様、それは?」

「手作りのお弁当よ」

「朝から張り切っていたのはそれだったのね」


 レリアは、ミレーヌが食事について一任して欲しいと言っていたのを思い出す。

 そのときは詳しく聞こうとしても「後のお楽しみよ」と言っていた。


「私の手作りを、エリク様に食べて頂ける機会もないですから」

「ふむ、これは楽しみだ。時間を取った甲斐があったかな」


 エリクが端正な顔に笑顔を浮かべる。

 その顔を、ミレーヌは飽きもせず見つめていた。


 フォーレス公爵家は王家の信任が厚い家柄だ。

 さらにエリク自身、三十を過ぎたばかりで容姿も若々しく……未だ貴族令嬢からは憧れの目で見られることも多い。


 実際、その魅力は評判の上だけの事ではなく――

 エリクには、他に正室がいた。

 ミレーヌは、エリクの側室に過ぎないのだ。


 だがそれも当然である。

 人間のエリクに対し、ミレーヌはうす褐色の肌にコウモリの羽を持つ――ヴァンパイア族。

 人間とは違う、「魔族」に分類される。


 国は魔族との共存を謳っているが、貴族の内側から見れば、魔族差別の実態があるのは否定できない。

 ミレーヌがエリクに嫁ぐことが出来たのは奇跡のようなものだった。


 だから、魔族差別の空気渦巻く貴族の中で、ミレーヌを側室に迎えたエリクの評判は、当時から凄いものがあったという。

 そのせいでいっそう、ミレーヌはエリクにぞっこんなのだ。

 盲目的と言える程に。


 ミレーヌははしゃいでレリアの裾をつまんだ。


「レリア、どうしよう。エリク様に楽しみと言われてしまったわ」

「よかったね、母様」

「エリク様。本当に、私やレリアと出かける機会を設けてもらって嬉しいですわ」

「そこまで言われると逆に困るよ。とにかく、レリアもしっかりと食べるといい」

「はい」


 レリアは、父と母の間に入らないように最低限の返事をした。


「……父様は食べないの?」

「少し歩いたら息が上がってしまった。運動不足だね。落ち着いたら食べるよ」


 そう、とレリアは答えた。


 レリアは、父からの愛情を、ミレーヌが言うほど感じたことはない。


 ヴァンパイアの血が色濃いレリアは、れっきとした魔族である。

 貴族の娘として幸せと言える生活はしてきた。

 だが、社交の中で、露骨な魔族差別を受けたこともある。

 そんな差別を、父が貴族の世界からなくそうと努力しているように見えたことは、あまりなかった。


 ただ、父は貴族として立派だし、自分を令嬢として育ててくれたのは事実。

 だから自分にとっては尊敬する父だった。


 何より、母と父が愛し合ってるならば、それだけでいいと思っている。

 いや――思って“いた”。


「ミレーヌもレリアも、腹いっぱい食べればいい。これが、最後の食事なのだから」


 エリクが聞いたことのない声音で言った。

 ミレーヌが不思議そうにしていると、背後の林からがさ、と音がする。

 現れたのは、屈強な騎士だった。

 剣を構え、既にその刃が届く距離にいる。

 レリアは嫌な予感、いや、もっと薄暗い運命が迫っていると直感する。


「そうですわ。貴族ごっこは今日でおしまいですわよ」


 さらに騎士の後ろに女性が三人、現れた。

 

 耳障りな笑い声を上げたのは、肌を露出させるような短いドレスを纏った二十代の令嬢。

 ジャクリーヌ・バルベル。

 バルベル伯爵家令嬢で、騎士団長の秘書。

 だがそれは名誉職のようなもので、実際は目上との社交に精を出すばかりの生活を送っている。

 また、「エリクに相応しいのは自分だ」と、普段から言ってはばからないのも有名だった。


「貴族ごっこだけじゃないわよ。夫婦ごっこもこれで終わり。だから、早く人間様から離れなさいよ、汚い魔族風情が」


 もう一人の女が嫌悪感を滲ませる。

 レリアと同年代の、華美なドレスを身に着けた金髪の少女。

 端整な顔を不愉快そうに歪める彼女は、王国第一王女のマリエッタ・ダルマス。

 魔族差別を隠しもしないことはレリアも知っている。


 ミレーヌはわけがわからないというように茫然としていた。


「エリク様。これは……? どうしてこのような方々が」

「『エリク様』ぁ? だから、もうその名前を呼ぶなと言っているのですわ」

「そうですね。所詮、偽りの婚姻なのですから」


 ジャクリーヌに続いて口を開いた三人目は、若さの残る淑女。

 国王の正室、即ち王妃のドロテー・ダルマスだった。

 こんなところに、これほどの立場の人間が集まることはあり得ない。

 だから、異常事態だというのがレリアには理解できる。


 三人は不愉快そうにしながらも、楽しげだ。


「まあ、どっちみち今日であなたたちはおしまいだからいいけど」

「おしまい? 何が……」


 ミレーヌが言ったところで、「おやりなさい」とジャクリーヌが顎をしゃくる。

 瞬間、騎士の剣がミレーヌの胸を貫いた。


「母様!!」


 レリアは叫んで駆け寄る。

 無我夢中で剣を引き抜こうと騎士に組み付くと、脳天に衝撃がはしった。

 マリエッタに顔を蹴飛ばされたのだ。


「汚い手で人間に触るのはやめて」


 レリアは倒れながら、明滅する視界でミレーヌを見る。


「母、様……」


 だが、母はもう返事を返さなかった。

 レリアは、助けを求めるようにエリクを見る。


「父様……!」

「だからもう気安く呼ぶなっての」


 マリエッタはレリアを見下ろす。


「元々、お前らごときが関わっていい人間じゃないのよ、エリクも、私たち貴族もね」

「……どういう、こと……」

「せっかくですし、最後に説明してあげましょうか」


 愉悦を浮かべるのはドロテーだ。


「エリク公爵はそもそも、汚いヴァンパイアなど、愛していないのですよ」

「じゃあ何で結婚したか、それがおわかり?」


 ジャクリーヌが続けたところでマリエッタも口を開く。


「ま、ボランティアだよね」

「それだけではありません。元々、まともな考えをもった私たちのような人間は、魔族なんて信用していないんですよ。でも表向き、魔族との共存政策をとっている以上、人民にアピールする必要があるでしょう? ――エリク公爵はその役を買って出て、そこのヴァンパイアと結婚してあげたのです」


 レリアは言葉を失った。

 愉快そうに、ドロテーは笑った。


「実際、今やエリク公爵の評判は民だけでなく王室内でも高いですから」

「結婚が……母様が……評判を上げる道具?」


 そんなわけあるかと、レリアは思った。


「少なくとも、母様と父様は実際に結婚して……それで私が生まれたのよ」


 レリア自身が知るだけでも、生まれてから十四年、父と母は実際に夫婦だった。

 その頃はジャクリーヌもマリエッタも小さかったはずだし、そんな計画で結婚が行われたとは思えない。


 だがドロテーは訳知り顔だった。


「だから、もうそろそろ終わり、ということです。約十五年、エリク公爵が耐えた時間は強い効果を生むでしょうね。エリク公爵はヴァンパイアを側室にしてあげた。十五年近くも一緒に暮らしてあげた。なのにその恩を忘れ、ミレーヌは魔族の代表として人間への反乱を企てたのですからね」


 そういう筋書きかと、レリアはやっと理解した。


 魔族が反乱したと、でっち上げる。

 それを、エリクたちは撃退する。

 信じていた妻に裏切られたエリクは魔族を倒し、悲劇のヒーローと化す。

 ミレーヌはもう死んでしまったのだから、真実など分かりっこない。

 魔族を貶め、人間を強めるための暗殺だ。


 ジャクリーヌは今でもエリクに執心しているし、マリエッタは元々差別主義者。

 ドロテーとは思惑が一致しているのだろう。


「そんなことのために、私と、母様は――」

「あら、本来ならあんたなんて生まれてすらいないんだから。今まで家族ごっこ出来ただけでも有り難いと思いなさいよ」


 マリエッタはレリアの表情を意外そうに見ていた。

 レリアは立ち上がり、三人に歩み寄ろうとする。

 だが、騎士に顔を殴られ、倒れた。

 マリエッタに顔を踏み付けられる。


「何が父様、母様だ。気持ち悪い。人間でもないやつが、貴族面してるんじゃないわよ」

「……っ」


 レリアは抵抗しようと、紫魔法の魔弾を撃った。


 全ての者が生まれつき、魔法能力についての“属性”と“素養”を持っている。

 レリアは“紫の出自”であり、紫属性の能力を覚える才がある。

 また“3の魔女”の素養があるため、能力は複数覚えられる素地があった。


 だが、成人の十五歳に届かないため能力はまだ覚えきっていない。

 現状、レリアが紫魔法しか使わないことを知っているジャクリーヌたちは、それを怖がることはなかった。


 ジャクリーヌが白い魔法の盾を出現させ、その攻撃を打ち消している。


「効きませんわよ、そんな魔法」


 ジャクリーヌは、“白の出自”だ。

 白属性に対しては、そもそも紫魔法がほとんど通じないのは常識だった。


「一丁前に人間に魔法を向けてるんじゃないわよ」


 そう言うマリエッタが、巨大な氷の刃を生み出していた。

 青魔法の攻撃だ。

 これも、紫属性には優位に運ぶ。

 ひゅう、と飛んだ刃は、レリアが伸ばしていた右腕を切り落とした。


「……ッ!」


 レリアは、激しい痛みに悶えそうになった。

 だがそれよりも、ミレーヌを失った悲しみが、全てを覆い尽くしている。


「母様……母様……」

「心配せずとも、もうすぐ母の元へ行けますよ」


 ドロテーの言葉に、レリアはそうか、と思った。

 ミレーヌが反乱を起こしたというシナリオなら、当然、自分も魔族として殺されるのだ。

 それでも最後の希望を持ってエリクに目を向けた。


「父様。本当なの……? 本当に、私と母様はそんなことのために……」


 だが、レリアは見た。

 エリクが笑みを浮かべているのを。


「当たり前だよ。俺が魔族なんかと本気で結婚すると思ったかい?」


 レリアは力が抜けた。


「血で汚れると不愉快ですわ。さっさとやってくださいな」


 ジャクリーヌが言うと、騎士が剣を振り上げた。

 抵抗しても無駄だとレリアは悟った。

 そして頭を垂れたレリアは――剣で、その首を切り落とされた。


 血が噴き出す。

 胴体が力を無くして倒れる。

 ドロテーはハンカチで鼻を押さえながらも、レリアの死体に近づいた。


「お母さま? 何をしてるの?」

「記憶消去の魔法をかけるのよ」

「記憶消去? もう死んでるのに?」

「それでもよ。厚かましく貴族になったという事実を、全て抹消してやるの」


 なるほど、とマリエッタは頷く。

 ドロテーはレリアの死体に魔法をかけた。


「貴族としてではなく。汚らわしい魔族として死ぬのよ。……運んで」


 はっ、と騎士が頷くと、レリアの死体はミレーヌの死体と一緒に、布で巻かれた。

 そうしてどこかに持ち去られ、投棄された。

 こうして暗殺は秘密裏に終わった。




 ……



 ……



 ……




 薄暗く、広大な空間がある。

 地中にある街、いや、強制労働所だ。

 土臭い地面に、石造りの建物が並んでいる。

 そこから、拘束具をつけられた魔族が連行されていく。

 そして、強制労働に従事させられている。

 そんな光景がどこまでも続いていた。


 “奴隷集積区”。

 王国地下に作られた闇の施設だ。


 その区画の下層の、その奥の奥。

 集積区の末端に、通称“死体捨て場”はある。


 ここは労働中に死んだ者や、人間の監視官に悪戯に殺された者、拷問に耐えきれなかった者が、最後にうち捨てられる場所だった。


 山のようなそれは全てが魔族の死体。

 そんな山の中で、ぴくりと動くものがあった。


 薄汚れた一人の少女だ。

 少女はうっすらと目を開けると、体を起こす。


「……」


 黒髪で、背中には小さな翼。

 年齢は十歳程度だろうか、幼さの残る少女だった。


 死体の山の中で、立ち上がり、辺りを見回す。

 少女は、この場所がどこなのか、自分が誰なのか、全てのことが分からなかった。

 そうして、わけもわからず、歩き出した。


 ふらふらと、目的もなく、歩き続ける。

 しばらく進むと、死体捨て場から抜けて、労働所の近くを通った。


 そこでは獣人など数多くの魔族が、人間に監視されながら働いていた。

 その光景を見ていると、少女自身も、人間の監視官にすぐに捕まった。


「貴様! 拘束具はどうした」

「……」


 少女が答えられないでいると、監視官は舌打ち。


「脱走者か? ……どうやったかは知らないが、ここから逃げることはできんぞ。おい、拘束具を」


 すると別の監視官が拘束具を持ってきて、少女にはめた。

 そして少女も、すぐに労働に加えさせられることになった。


 少女は理由も分からず、苦痛の中で肉体労働をした。

 逆らうと、容赦なく痛めつけられた。

 だから、体を動かさねばならなかった。


 短い休憩時間に、同じ拘束具をつけた獣人の男が話しかけてきた。


「嬢ちゃん、あんた、ここの奴隷じゃねえな」

「……。……あなたは?」

「俺はここの奴隷さ。ずっと、こうやって働かされている。惨めなもんだが」

「……そう」


 静かに答えた少女に、男は遠くに視線をやる。


「さっきの見てたぜ。脱走者、ってわけじゃないんだろう。どうやって入った」

「……わからないの」


 記憶がないことも説明すると、男はなるほど、と頷いた。


「嬢ちゃんは“死に損ない”かもな」

「死に損ない?」

「嬢ちゃんが歩いてきた場所はおそらく、死体捨て場だろう?」

「……」

「あの死体捨て場にはここだけじゃなく、外部の死体も持ち込まれる事があるらしい。で、中には、死体になる前のやつもいる。滅多にないが、嬢ちゃんもその類じゃないか」

「そう……だとしても、何も思い出せないの」

「そうか」


 小さい少女を、男は痛ましい目で見た。


「俺はクロウ。嬢ちゃんは、ヴァンパイアの娘っこだな。年齢は十歳ってとこか……自分の名も、分からないか?」

「レリア」


 自分で意識する前に、その名前が口を突いて出た。

 少女は、不意に出た言葉に、自分でも驚いた。


「それが嬢ちゃんの名か?」

「……違うかも知れない。分からないわ。でもこれだけ、覚えてるの」

「なら、レリアと呼ぶしかないな。……死体捨て場で生きてたなら、幸運、とは言える。だがここで生きることは幸運とは言えないかもな。気を強く持てよ」


 それはクロウなりの挨拶だった。

 それからレリアは、奴隷集積区で奴隷の一人として暮らすことになった。




 生活しながら、クロウに色々と教えてもらった。

 クロウは奴隷になって長いらしく、何でも知っていた。

 パンと水を、収容所のような食堂で食べながら、話す。


「奴隷集積区……。どういう場所なの、ここは」

「見たまんまさ。魔族の奴隷を集めた場所だ。監視官は全員、人間だ」


 場所は王城から遠くない地下にあるらしい。


 王国は表向き、魔族との共存政策を採っている。

 実体は裏で、こうして魔族を奴隷にしている。

 目的は労働力だけでなく、魔族の魔力だ。


「奴隷から吸い上げた魔力を武力にして、さらに魔族を弾圧してるのさ。魔族が刃向かえないのも、人間がその魔力を持っているからだ」


 監視官が強力な魔法を使って、反抗した魔族を捕らえているのが遠目に見えた。


 つまり人間が、魔族弾圧に必要な魔力を、魔族たち自身から得ている。

 魔力を奪い上げる総本山が、この奴隷集積区だという。

 肉体労働がそれほどきつくないのはそれが原因か、とレリアは思った。


 レリアたち奴隷は、朝起きて労働をしたあと、巨大な魔石と魔法陣で魔力を奪われる。

 そうなるともう意識を保てないので、あとは朝まで気絶する、という生活を送っていた。


 寝泊まりは牢屋のような場所だ。

 建物から抜け出すことも出来なくはないが、人間に発見されれば強力な魔法を使われて捕らえられるため、意味はない。

 扱いは家畜以下だ。

 制裁は容赦なく、死体捨て場でなくても、死体はそこら中に転がっている。


 人間が魔族をどのように扱っているか。

 その全てが垣間見える地獄だった。


 奴隷たちが蜂起出来ないのも、結局は魔力を奪われるからだ。

 肉体労働の時はある程度自由に動けるが、それでも監視官が数多くいるので、反乱は現実的ではないということだろう。


「……ここが魔族の末路なのね」

「小さいのに、気丈な嬢ちゃんだな。だが、その通りだよ」


 理由は分からないが、自分はここに堕ちた。

 一生、ここで過ごすしかないのだろうかとレリアは思った。


 そのとき、違う、と心の中から声が聞こえた気がした。

 忘れるな、と強く叫ぶような声が。




 その後、奴隷として暮らす間も……レリアは、何かが胸の中で訴えているような感覚をずっと持っていた。

 その正体を掴めないのだが、しかし燃えるような意思がそこに存在する事は分かる。


 自分は何なのだろう。

 レリアは、居住区に誰かが持ち込んだ、朽ちた金属を磨いただけの汚い鏡で十歳の体を見た。

 これは自分だが自分ではない。




 奴隷生活は続いた。

 区画整理、鉱石採掘、死体の掃除。

 思考する暇すら許されず。

 反抗した奴隷が殺されるのを見ながら、自身も鞭で打たれながら。

 魔力を吸われ気を失い、また朝から労働をし――


 だが自分の内の変化を感じ取り、何かが起こる予感も感じていた。

 このままでは終わらない。

 魂がそう叫んでいた。

 奴隷生活の疲労と苦痛が全てを覆い隠してしまいそうにもなった。

 だがレリアの中の火は消えなかった。


 それが起こったのは、ある朦朧とした夜だった。

 魔石に魔力を奪われると気絶するが、慣れれば意識を保てないこともない。

 魔力がないから何も出来ないのだが、こうしてただ何もない時間を過ごすことが、この頃はよくあった。


 今日は何か、自分の内面に、今までにない変化が起こりそうな予感があった。

 すると、外にぱたぱたと翼の音がした。

 誰も聞き取れないような小さな音で、寝床に入り込んでくる。


 それは一匹のコウモリだった。

 レリアは、直感でただのコウモリじゃないと分かった。


 ――これは私だ。


 薄汚れた、体が傷だらけのコウモリ。

 それに手をのばすと……レリアの体に、雷が落ちたような衝撃がはしった。

 薄く光ったコウモリは、溶け込むようにレリアの体に融合していった。


 否、元々一つだった“分裂体”が、レリアの体に帰っていくのだ。

 そう、これは、自分の力。


 ――魔法能力「分裂」。

 レリアの持つ力の一つだ。


 人間や魔族は皆、“属性”と“素養”を持って生まれる。

 “属性”は色で表現され、“素養”には多様な種類がある。

 “3の魔女”の素養を持つレリアは、成人を迎えることで三つの能力を覚えることが分かっていた。

 三つめの能力はまだ覚えていないが、既に二つの能力は使える。

 「分裂」は、紫魔法より先に覚えた、一番目の能力だった。


 “3の魔女”は、3に関する魔法を扱えるという。

 実際その通りで、この能力は、体を三匹までのコウモリに分裂させることが出来る。

 その内一体を本体として、人間の形を取らせることも可能だ。


 ただし、分裂するにつれて分裂体が持つ魔力は減り、人型を取ったときの背格好が小さくなる。

 今までのレリアは、一匹を分裂させていたから、本来の三分の二の背格好である十歳程度の少女になっていたのだ。


 今、レリアは元通りの十四歳だった。

 背も元通りで、細身でありながらも女性らしい体型の、美しいヴァンパイア。

 しかし記憶のないレリアは、何が起きたのか分からない。


 直後、体に激しい痛みを感じた。

 服をまくって見下ろすと、驚く。


 体中に、石の刃でつけたような細かい切り傷があった。


「これは……」


 隠れて明かりを起こすことくらいは出来る。

 そうして自分の傷を見下ろして、レリアは衝撃を覚えた。

 それは切り傷で出来た文字だった。



『レリア。

 忘れるな。私はレリア。

 ヴァンパイアの母ミレーヌから生まれた、誇り高きヴァンパイアの子、レリア。

 自分の名を、母の名を、忘れるな。

 そしてその名を汚そうとし、消そうとした人間を忘れるな。

 ジャクリーヌ・バルベル。マリエッタ・ダルマス。ドロテー・ダルマス。そしてエリク・フォーレスの名を。

 この文字が読めるのなら、賭けには勝っている。

 私は死ななかった。

 十四歳のレリアとして今を生きている。

 それを、刻みつけてやるのだ。全てに知らしめてやるのだ。

 ここに追いやったのは、人間だ。

 人間に、復讐をするのだ』


 瞬間、濁流のように記憶が蘇ってきた。

 優しい母の愛情。

 一途過ぎた母の愛。

 国の人間至上主義と魔族差別。

 母と自分を殺した貴族と、偽りの愛情で自分達を見下していた父。


 今あるのは、後悔だった。

 母が殺される前に自分があいつらを殺してやればよかったという、思い。

 だから今度は後悔しない。

 後悔をするのは、あいつらの方だ。


 物音に気付いてか、向かいの牢屋にいるクロウが抜け出してきていた。

 クロウも、夜間にも気絶しないでいられる数少ない魔族だった。


「どうした、嬢ちゃん……っ?」


 クロウは、レリアの体を見て、目を見開く。


「あんたは、嬢ちゃん、なのか?」

「ええ。全部、思い出したの」


 レリアは、胸に滾る思いを反芻する。


 あのとき。

 ジャクリーヌたちに殺される直前には、レリアは復讐を決意していた。

 レリアは、体を三つに切られたとき、それらを「分裂体」とした。


 少しの時間だけなら、切り落とされた状態のままで見た目を保持できる。

 それを利用し、自分の死体を偽装したのだ。


 当然、死体を三つ以上に切断されていれば、生きていられなかった。

 それは賭けだった。


 そして、死体として運ばれる最中、分裂体の内一体を、遠くへ退避させた。

 元々右腕の部分だったそのコウモリは、記憶消去魔法を完全には受けきっておらず、記憶を保持していたのだ。


 そして、ここに飛んでくる今までずっと潜伏していた。

 魔力が切れる寸前までになりながら。

 自分の体に岩で忘れてはいけないことを刻みつけて。


 自分は何をすべきなのか。

 レリアは見上げる。

 父を愛していた母はきっと愚かだった。

 それでもレリアは、あの優しすぎる母が好きだった。

 本当に愚かなのは、それを裏切った全ての人間たち。


「……」


 レリアは、この数日感じていた内面の変化が、ここでいっそう顕著になるのを自覚した。

 今日は、レリアの誕生日だったのだ。

 たった今、レリアは成人し、十五歳になった。

 そして三つめの魔法を習得する。


 ――魔法能力「吸血」。

 他人の血液から、能力を吸い取る能力だ。

 同時に三つまでしか能力は保持できないが、奪った能力は三回まで使える。

 不可能を可能にする能力。


 この能力をあの女たちは知らない。

 元より貴族の魔族差別に疑念の目を向けていたレリアは、紫魔法以外を人に見せたり教えたりしたことはなかった。


 死の間際に、「分裂」を使おうかとも思った。

 だが目の前で見られれば、分裂体共々殺されて終わりだ。

 だからあの場では力を使わず、死なないことに賭けた。

 それに勝った。


「嬢ちゃん、別人みたいだぜ。……いや、それが本当の嬢ちゃんなのか」

「ええ」

「やっぱり、奴隷じゃなかったんだな」

「そうよ。私は奴隷じゃない、でもあなたも、ここにいる魔族も皆奴隷じゃない」

「?」

「本来奴隷である魔族なんていない。だから全てが間違っている」

「……嬢ちゃん、いったい、どうするつもりだ?」

「クロウ、あなたは今のままで満足?」

「え?」

「もう虐げられるのなんて、やめにしない?」




 レリアはそれから、死体捨て場に行った。

 この周辺は人がいないし、短時間なら見つからずに行動できる。


 それからしばらく、レリアは死体の山で捜索をした。

 そしてそこに、ある朽ちた死体を見つけた。

 レリアはそのそばで、ひとしきり泣いた。

 そのあとそれを布でくるみ、あとは、死体の山で魔力が完全に消えてない個体から一人一人「吸血」していった。


 魔力さえ消えてなければ「吸血」は出来る。

 能力の吟味は、自由に出来た。


 ある夜にクロウに言った。


「クロウ、準備が出来たわ。反乱の用意をしておくように、皆に伝えて」

「ああ、わかった」




 それはある、労働時間の終わりのことだった。

 魔族が魔力を吸われるために巨大魔石の元に移動する段階だ。

 魔力の吸収は人間が作った魔法陣の上に立つ必要がある。

 それもいくつかの区画ごとにあるらしいが、少なくとも一つの区画の魔族は一カ所に集まることになっていた。


 奴隷が全員この場にいることを確認したレリアは、十歳の体でその中にいた。

 よそ見しているレリアを発見して、近くの監視官が小突く。


「早く動け、愚図が」


 レリアは監視官に振り向いた。


「ご苦労様、あなたの仕事も今日で終わりよ」

「あ? 何だと? ……何睨んでやがる」


 監視官は、持っている槍を振りかざし、レリアを刺そうとする。

 瞬間、レリアは「分裂」し、コウモリになった。


 拘束具が落ち、見張りはレリアを見失う。

 直後に、レリアは退避させていた三匹目と合わせ、分裂体全てで合体。

 十五歳の体に戻った。


 同時、見張りの首に最大限の紫魔法を打ち込む。

 魔石からの魔力で強化されているであろう監視官は、死にはしないだろう。

 だが、かすかな出血はある。

 それでレリアには充分だった。


 素早くその血を「吸血」。

 能力を奪い取る。


 この監視官はものを切ることの出来る「切断」の魔法を持っている。

 魔力が弱ければ接近戦にしか使えないが、魔力が強ければその限りではない。


 死体捨て場で手に入れた「鑑定」でそれを読み取っていたレリアは、この男に狙いをつけていた。


 レリアは一発目の「切断」で、男が身に着けている魔石の断片を切り取った。

 人間が強化されているのは、巨大魔石の切れ端である魔石を身に着けているからだ。

 巨大魔石と魔力のパスで繋がっているこの小さな魔石は、魔力を同期させた者が身に着けると無尽蔵の魔力を発揮する。

 それを手に入れたレリアは、予め用意していた能力「魔力同期」で魔石とシンクロした。


「全員、胸を突き出して」


 レリアが叫ぶ頃には、魔族たちが言うとおりにしている。

 レリアは二発目の「切断」で、その場にいる全員の拘束具を切り落とした。


「次は、しゃがんで」


 これが仕上げだ。

 魔族が全員しゃがむと同時に、最後の「切断」を行使。

 しゃがんでいないもの、つまりその場の人間だけが――

 全員、首を切り落とされた。


「見下されて、虐げられて、殺される。魔族がそんな目に遭うのは、もう終わりよ」


 レリアが宣言すると、奴隷だった魔族たちが全員、興奮の勝ちどきを上げる。

 秘密裏に奴隷集積区がレリアの手に落ちるのは間もなくのことだった。






 王国、貴族領。

 バルベル伯爵家令嬢ジャクリーヌは、庭園を散歩していた。

 金を唸るほどかけて作った庭園は楽園のようだ。


「さて、今日はどうしようかしら?」


 今日は朝からゆっくりと食事を取っていた。

 昼の予定はないので、考えなければいけない。


 王室に遊びに行くのもいいかなと思う。

 そういえばどこかの男爵家から昼食会に誘われていた気もする。

 が、男爵などという身分と付き合うつもりはない。


「そうだ。たまには騎士団にいくのもいいですわね」


 定期的に顔を出しておかないといけない。

 ジャクリーヌはまともな仕事などしないが、仮にも立場は秘書だ。

 それに騎士団長は顔も中々いいし、見に行くのも悪くはなかった。


 だが騎士団の詰め所に顔を出すと、少し不穏な雰囲気だった。

 騎士団長専用の豪奢な待機所に行くと、団長もいつになくせわしない。


「貴族らしくもない。どうされましたの」

「これは、ジャクリーヌ殿」


 団長は、あたりを見回してから近づく。

 何か内密の話があるようだ。


「どうかしましたの?」

「奴隷集積区のことです」


 ジャクリーヌは顔をしかめる。

 奴隷という汚らわしい言葉を、久しぶりに聞いた気がする。


 だが、ジャクリーヌは奴隷集積区の運営に賛成している一人だ。

 普通、奴隷の存在は令嬢レベルが知るものではないが、様々なツテを使って秘書になったこともあり、こういう事には目端が利いていた。


「奴隷集積区の区長が邸宅に戻らないというのです」

「区長というと、騎士ですわね」

「ええ」


 団長は集積区の区長とは仲がいい。

 その区長が、集積区で姿を消したというのだ。


 騎士団は普段は集積区に近寄らないようにしているから、団長もどうしたものかと対処しかねているらしい。


「勿論上には伝えますが……ジャクリーヌ殿は、何かあってはまずいですからお戻りになったほうがいいかと」

「わかりましたわ。それなら、そうします」




 ジャクリーヌは言われたとおり邸宅に戻って、不機嫌な時間を過ごした。

 椅子に座って足を投げ出す。


 楽しいことがないかとわざわざ出向いたのに、聞かされたのは奴隷の話。

 行って損した、と思っていた。

 正直、奴隷集積区で何かしらの事件が起ころうがどうでもいいのだ。


「奴隷の話を聞くくらいなら、行かなければよかったですわ。あーあ、不愉快ですこと」

「それなら、元奴隷の話はどう?」


 突如、背後から声がした。


「……誰!?」


 振り返ると、部屋の入口に、一人の少女が立っていた。

 十五歳で、黒髪にうす褐色の肌。

 そして背中から生える羽。


 ジャクリーヌはそれを見て、呆けたような顔をする。

 すぐに信じられない思いに囚われた。

 それは、自分達が殺したはずの、ヴァンパイア少女、レリアだったからだ。


「あなたは……ど、どうして……!?」


 そんなわけはない、と思う。

 レリアは確かに死んだ。

 だが、普段から憎々しい視線でレリアのことを見ていたこともあり、その容姿を間違うことはなかった。


「死んだ、はずじゃ……」

「賭けに勝ったのよ。あなたの負け」


 淡々と言うレリアに、ジャクリーヌは飲まれそうになりつつも、怒りがこみ上げる。

 恐怖はあるが、それよりも、目の前に魔族がいるという不愉快が勝った。


「魔族風情が、私の屋敷に土足で立ち入らないでくれますか、汚らわしい!」


 腕を伸ばし魔力を集中。光を放った。

 強力な白魔法である、白色の光線だ。


 レリアはそれをすんでのところで避ける。

 その間に、ジャクリーヌは再び光を手元に集めていた。


「どうやって生き残ったか知りませんけど……のこのこやってきて、私に勝てるとでも思っているのかしら?」


 ジャクリーヌは自分の言葉に段々と冷静になる。

 そして自分の優位を理解していく。


 そう、レリアは“紫の出自”。

 魔力も平凡だったはずだし、白魔法を使う自分には逆立ちしても勝てない。

 逆恨みか知らないが、愚かにも一人でやってきて、阿呆な女だ。


「そうそう、言い忘れていましたけど。無断で貴族の邸宅に侵入するのは死罪ですわよ」

「……魔族を殺すのはあなたの中では無罪?」

「……はっ、当然でしょう。魔族は悪よ。あなたは今度こそ本当に、死ぬのですわ」

「死ぬのはどちらかしら」


 レリアは静かな言葉の中に、巨大な憎しみを滲ませる。


「私は、忘れない。母を殺したあなたたちを許さない。私はもう死なない。死ぬのは、あなたたちよ」

「……そういえば、どうして記憶が……」


 ジャクリーヌは、はっとする。

 ドロテーが記憶消去魔法を使っていたのは、確かに見ていた。

 レリアは答えない。

 代わりに、ジャクリーヌの一番の琴線に触れる。


「あなたは『父様』……エリク・フォーレスと結婚したがっていたのよね」

「……それが……?」

「人を騙してのし上がるあの男には、愚かなあなたは、確かにお似合いかもね」

「エリク様を侮辱するな小娘!」


 ジャクリーヌは本気の威力で、白魔法を撃つ。

 その光が、弾けた。

 ジャクリーヌは、へ、と頓狂な声を出す。

 レリアがその攻撃を魔法で打ち消していた。


「ど、どうして、あなた紫の出自でしょ。それって、光魔法じゃ……」


 確かに、レリアが使ったのは光魔法の盾だ。

 ここに来る前に、「吸血」で調達してきていたのだ。

 光魔法を使える人間だって、探せばいくらでもいるのだ。


 白魔法は紫属性に対しては滅法強いが、光属性に対しては最弱だった。

 さらにレリアは、今も魔石を身に着けている。


「勝てもしない戦いに挑むと思う?」

「こ、この、魔族女が……があっ!?」


 レリアは光魔法の刃でジャクリーヌの手足を切り落とした。


「は、はぐ……、助け……!」

「私が言っても、あなたたちは殺すのをやめなかった」


 さらに腹に魔法を刺すと、ああッ、とジャクリーヌが血塗れになって泣き叫ぶ。


「謝る気持ちはある?」

「は……」

「母様を殺したこと。私を殺そうとしたこと。全てを騙そうとしたことを」

「謝る、謝るから……助け、て……」


 レリアは魔法能力「述懐強制」を発動した。

 これを受けたものは、短時間だけ“嘘をつけなくなる”。


「私たちに、申し訳ないという気持ちはあるの、教えて」

「あるわけないだろうが……! 魔族なんて絶滅すればいいんだ。何とかしてここを脱出したらお前を殺してやる。エリク様の家系を魔族の血で汚す化け物め!」


 ジャクリーヌははっとする。


「ち、ちが、これは……」

「あなたの気持ちは分かったわ」


 ならば、逆によかった。

 これでためらわず殺せる。

 魔法でジャクリーヌの胸を物理的に切り開くと、心臓に手をあてる。


「ぐえ……」

「終わりよ」


 レリアは紫魔法でとどめを刺した。

 心臓に直撃させれば、紫魔法でも息の根を止めることは出来た。






「お母さま、ナルコー地方って質のいい綿花が多いのねぇ」

「ええ、向こうの国では一級品だという噂のようね」


 資料を読んでいる王女マリエッタに、王妃ドロテーは頷いた。

 王城の私室。

 金糸をあしらった服を身に着けるマリエッタは、夢想するように資料を読んでいく。

 国外の名産などが記されたもので、その中には王国にはないものもたくさんある。


 それはマリエッタの楽しみの一つでもあった。

 ナルコー地方の地図を指差す。


「うん。やっぱり、ここの土地は欲しいな。それで綿を使って、綺麗な洋服をいっぱい作らせるのよ」

「それもいいわね。ナルコーは獣人族が住む未開の土地だったわね」


 そこは王国にとっては手つかずの国の地方だ。

 ドロテーはためつすがめつするようにして決める。


「では、来月の遠征で騎士に獣人を殺させて、土地を頂きましょうか」

「やった!」


 そうして、ナルコーへの侵略、という案が会議に出されることが決まった。

 これはいつものことだ。

 獣人が王国への侵攻を企てた、とでもでっち上げれば、虐殺の理由としては充分。

 民の支持を得ることも出来、土地も簡単に手に入る。

 王国が領土を広げている理由の一端だ。


 獣人も分類上、ただの魔族に過ぎない。

 魔族の命など何の価値も無いし、ドロテーにすれば、まさにいいことずくめだった。


「早速、騎士団にも知らせておきましょう」

「ありがとう、お母さま! さて、この後はどうしようかな~」


 マリエッタにとって、今日の仕事はこれで終わりだ。

 資料を投げ出して紅茶を飲む。

 少し早いが食事の時間にしようか、などと考え始めていた。


 すると、ドロテーがカーテンを開け、外を見ていた。


「お母さま、どうしたの?」

「何だか外が、変な気がしない? 静かというか」

「え?」


 マリエッタも見てみるが、そんなことを気にしたこともないので、変化が分からない。

 だがドロテーは確かに違和感を覚えていた。


「城を守っている兵士も、門番もいないわ」

「交代時間じゃないの」

「……マリエッタ、少し外を見てくるわね。何か変なの」

「それこそ、兵士にでもやらせればいいんじゃ……」


 そのためにも、まずは廊下に出なければならない。

 そして、ドロテーが扉に手をかけ、開けたところで声がした。


「異変に気付くのが遅れたようね」

「……あ、あなたは」


 ドロテーは途中で言葉を失った。

 扉を開けたところに、レリアが立っていたからだ。


「……! お前は、吸血鬼の!」


 マリエッタも気付いて立ち上がった。

 その顔は、困惑と、パニック。

 この二人にしても、確かにレリアの死を確認していたのだ。

 何故そのレリアが目の前にいるのか、意味が分からない。


「本当に私がレリアか、疑っているのね。私は本物よ。ミレーヌ母様の娘の、レリア」

「あんた、何をした! どうしてここに、城の見張りは……!」

「私がここにいることで、城の人間がどうなっているか想像できないなら、やはり愚かなのはあなたの方ね」


 マリエッタは何か恐ろしいものを感じ取って、言葉を失う。

 ドロテーはマリエッタを守るように立った。


「マリエッタ、離れなさい。この女、何かおかしいわ」


 ドロテーは強力な魔法使いでもあるためか、以前のレリアとは違うものを察知しているようだった。

 そして、レリアの記憶についても気付く。


「何かの魔法の力を使ったようね」

「気付いても、全ては遅いわ。ここに来た時点で、勝負は決まっている」

「何を――」

「人を殺すなら、殺される覚悟をもってすることね。その欠落が、頭の軽さが、死を招く」

「……ッ、うるさいんだよ、ゴミが! 王城に入ってくるな!」


 マリエッタは叫声を出して、手をのばす。

 青魔法を発現。氷の槍を飛ばしてきた。

 マリエッタは“青の出自”で、“2の魔女”の素養を持っている。

 能力の種類は少ないが、その分強力。

 才能だけで言うならば、かなりの使い手だと言える。


 だからマリエッタは既に勝ちを確信していた。

 一度殺した相手だ。

 蘇ろうが何だろうが、殺してやる。


 だが、その青魔法が、ばりん、と弾けて空間に消えた。

 え、とマリエッタは声を漏らす。


 レリアの手から緑の魔力が枝のように伸びている。

 それが、全ての青魔法を打ち消していた。


 単純な緑魔法の攻撃だ。

 ジャクリーヌの時と同じ。

 レリアは予め緑魔法を準備してきていた。

 青魔法から見れば緑属性は最悪の相性なのだ。

 組み合わせの時点で、およそ勝負は決まっている。


「み、緑魔法!? な、なんでよ……!」

「私は、謝ってもらいに来たのよ」


 レリアは一歩近づく。

 マリエッタは壁に背をつけるが、レリアはさらに一歩進む。


「せめて、母様を殺したことを、私を殺したことを……愚かな真似をしたことを。それだけ、謝って欲しいの」

「ふざけるな!」


 マリエッタは構わず青魔法を行使。

 つららをレリアの頭上から落とす。


 同時、ドロテーも、魔法を撃ってきていた。

 それは手のひら大の黒球だ。

 ドロテーは“黒の出自”で、ほとんどあらゆる属性に大して優位を持つという希少な属性の持ち主だ。


 だがレリアはそれを避けた。

 確かにドロテーは魔法使いとしては強い。

 しかし娘のマリエッタを大事にしていて、今も守るような立ち位置にいる。

 それなら弾道は読める。

 それがレリアから見れば最大の弱点だ。


 レリアは魔法の枝を伸ばしマリエッタを串刺しにした。


「マリエッタ!!」


 ドロテーは目を見開いて叫ぶ。

 そうして歯がみをしてから、マリエッタに呼びかけた。


「マリエッタ、ループを使うのよ!」

「無駄よ」


 レリアは冷静だ。

 マリエッタが二番目の能力として「ループ」を使えることは、ここで勝負を挑む前に、前もって遠目から鑑定していたから知っている。


 「ループ」は、一定時間を遡行する能力だ。

 だが、マリエッタは“2の魔女”であり、ループするのは二時間が限度だ。

 そしてレリアは、二時間前からどんな対策を取られようが負けないように、周囲を魔族で包囲しつつ、時間を開けてこの勝負に挑んできていた。


 何より、レリアがここに入り込んだときにマリエッタは驚いていた。

 それはつまり、マリエッタがまだループを使っていない証拠だ。

 それが示す事実は一つ。

 マリエッタはループする前に、レリアに殺される。


 レリアは出しっぱなしにしていた緑魔法で、マリエッタの体を数十カ所刺していく。

 仮に今、短い時間の遡行を使われても、その回数以上にマリエッタを「殺す」。

 何度ループしようとも、必ず。


「私はあなたを殺す。逃げられない、だから後悔しながら死んでいけ」

「あ、が、が……」

「最後に謝るチャンスをあげる。人を人とも思わない、魔族を虐げ、母様までも……それを、謝るチャンスを」

「誰……が……」

「そう」


 レリアはマリエッタの体をバラバラに切り刻んだ。


「マリエッタ……」


 ドロテーは絶望するようにくずおれた。

 レリアはドロテーを見下ろす。


「奴隷政策を急進させている一端は、あなたね」

「……」

「王国自体が、魔族を虐げている。それに大きく関与しているのは、あなた」

「娘の、かたきを……」


 ドロテーはレリアの言葉を聞かず、魔力を集中していた。

 レリアは、焦らない。


「先にやったのは、そっちよ」


 緑魔法の枝を動かし、ドロテーの指先を切った。


「こんなもの、痛くもないわ!」


 ドロテーは激昂し、極大の魔力の黒球を作り出していた。

 それでもレリアは、動揺をしない。


「血が出れば充分よ」

「え……?」


 レリアはドロテーの指から散った血を、吸った。

 瞬間、黒球は消滅。

 レリアが黒魔法を奪ったのだ。


 黒属性はあらゆる属性に対抗できるが、唯一、自身の属性である黒魔法には強力な耐性が存在しない。

 黒魔法を攻略する方法は、黒魔法そのものだ。


「自分が振るった刃で倒れろ」


 レリアは黒球でドロテーの腹を貫いた。

 あがあ、とドロテーは倒れ込む。


「ぐ、ぐ」

「反省する気はある?」

「……何でも、言うことを、聞くわ。王妃の権限で、望むものを恵んであげる。だから……」

「悪いけど、仇の施しなんて受けないわ」


 ドロテーは反省などしていない。

 初めから分かっていた。

 三人の中でも、ドロテーが一番魔族を嫌っている。


 だから、レリアは仲間の魔族たちを沢山、部屋に呼び込んだ。


「な、なんで、こんなに、魔族が……」

「彼らは、あなたが、あなたたちが、踏みにじってきた魔族よ。勝手に奴隷と呼んで、勝手に蔑んで、勝手に殺して。恨みは消えない。そのツケを払うのよ」


 ひゅうひゅうと息を漏らすドロテーを、レリアは冷たい目で見ている。


「最後は、あなたの一番嫌いな魔族に、踏みにじられて死ぬといいわ」


 じわじわと殺してあげて、とレリアが言う。

 魔族たちは言われたとおり、ゆっくりとドロテーに武器を向け始めた。


 ドロテーの金切り声が響く中、レリアは冷静にそれを観察していた。

 そしてドロテーの死を確認すると、最後にマリエッタの死体から「吸血」をして、部屋を出た。






 貴族領、フォーレス公爵邸。

 王国内の広い領地の中に存在するそこは、大きな庭園に囲まれた優美な邸宅だ。


 だが、現在は様変わりしている。

 魔族が包囲し、邸宅を完全に占領していた。


 ここにいるほぼ全てが魔族だが、邸宅内の一室に、一人だけ人間がいた。

 当主のエリク・フォーレスだ。

 エリクは魔族によって椅子に縛り付けられ、拘束されていた。


 全て、魔族たちがレリアの頼みを受けてやったことだった。

 エリクとて、普段なら魔族相手に後れを取ることはないはずだった。

 だがこの数が相手ではどうしようも無かった。


 拘束されたのは今さっき、夕刻前の事だ。

 邸宅内で事務仕事を行い、別の仕事のために外に出たところを、捕まった。

 ミレーヌが死に、側室がいなくなったことで、エリクもやることが多くなって……この日もそんな一日になる筈だったのだ。


「く、魔族め、俺を解放しろ!」


 部屋の中にも外にも魔族はいるが、その言葉を聞くものはない。

 よもやこのまま殺されるまい、と思うが、一抹の不安はある。


 だが、不意に、その多くの魔族が潮のように引いていった。

 何事かとエリクが見ていると、入口から一人の少女が歩いてくる。

 見慣れた姿だった。


「……レリア、なぜ」


 エリクは茫然としながら眺める。

 死んだはずの娘の姿を。


「『父様』、気分はどう」

「……レリア、なのか。本当に」

「自分の娘の顔も忘れたの?」

「い、いや――」


 エリクはつばを飲む。

 よくない状況だというのは、わかっていた。

 その顔には焦り、疑念、様々なものが湧いている。


 現状を考えてみると、魔族とレリアは組んでいるようだ。

 それでも、すぐに殺されるわけではないと踏んだ。

 殺されるなら、とっくにやられているだろう。


 だからエリクは顔を緩めた。


「久しぶりだな。レリア。まずは拘束を解いてくれないか、話したいことがたくさんあるんだ」

「……」

「それに、できればこの方たちを引かせてくれないか。こうも多くが屋敷内にいると、落ち着かない」


 魔族は、ふざけるなというようにエリクを睨む。

 だが、レリアは少し考えて、魔族を引かせることを決めた。


「いいのか、嬢ちゃん」


 そう聞くのは、獣人のクロウだ。

 レリアは頷く。


「言うとおりにするわ。『父様』と二人きりにして」


 クロウは迷ったが、エリクの拘束を解き、自由にさせた。

 そして、魔族たちと一緒に屋敷から引き返していく。


 エリクとレリアは二人になった。

 エリクは笑う。


「いや、驚いたよ。あの魔族はどうしたんだい?」


 普通に話しかけるエリクを、レリアは見上げた。


「それより、言うことがあるんじゃないの」

「……」


 エリクは考えてから、外を見た。


「そうだね。本当に誰もいないところで話したい」


 レリアは承諾し、二人で外へ行くことになった。

 レリアはエリクの言葉に逆らったことはない。

 それが今でも有効だと分かってか、エリクは嬉しそうだった。


 場所は、ベルカ丘陵。

 歩いても行ける距離なので、すぐについた。

 ひとけはない。


 その間ずっとレリアはエリクを見ていた。

 エリクの方から言葉を出して欲しかったからだ。

 だが、エリクはあたりを見回しているだけで、何も言わなかった。

 だから、自分から言うことにした。


「どうして母様を殺したの。『父様』から教えて欲しい」

「殺したのは俺じゃないよ。王妃様たちの私兵さ」


 エリクは執拗に周囲を窺っている。

 本当に誰もいないと分かると、安心したようにこちらを向く。


「でも、『父様』も共謀していた」

「そうだよ」


 エリクはもう、警戒するような表情じゃなかった。


「しょうがないだろ、魔族との結婚なんてこれ以上続けられないしな。邪魔だったのさ」

「結婚が……邪魔?」

「ああ」


 レリアは衝動的に、青魔法を発現。

 氷の刃でエリクの心臓を刺した。

 エリクは血を吐いて倒れる。


「あ……」


 それだけ言って、息絶えた。

 レリアは小さく、首を振る。

 そして、マリエッタから奪った「ループ」で時間遡行した。


 レリアが行使すると、三時間まで遡行できる。

 だからエリクに会う直前に戻ることが出来た。




 フォーレス公爵邸。

 レリアは、一度やったのと同じようにエリクを訪ねた。

 拘束されているエリクは驚いていた。

 そして、拘束を解くと喜んで、安堵したような顔をしていた。


「いいのか?」

「ええ」


 確認してくるクロウを、これも同じように遠ざけて、再びエリクと二人で丘陵へ歩いた。

 ループしたのには理由がある。

 今回もレリアから話しかけた。


「『父様』」

「なんだい?」

「母様を殺したこと、何とも思わなかったの」

「……」

「母様と出会って、母様が私を生んで、それから数えるだけでも十四年。母様は『父様』を家族だと、夫だと信じていた。私にとっても、『父様』と母様と三人、家族だと思ってた」

「それはそうだろう」


 エリクは尊大に頷いた。


「だって、そのように見えるように暮らしていたのだからね」

「母様は確かに側室でしかなかった。でも、母様は『父様』を愛していたのよ」

「しょうがないだろう。それも、国力を高めるための仕事だよ」

「仕事? ……母様と結婚したのが仕事?」

「そうさ――だからお前は邪魔なんだよ」


 エリクは“灰の出自”の能力である、灰魔法の剣を作り上げていた。

 それを、レリアに振りかぶっている。

 レリアは俯いて、魔法でエリクを殺した。

 そして、二度目のループをした。




 エリクに会う前に戻り、同じようにエリクと二人で丘陵に行った。


「母様は、『父様』との時間を家族の時間だって信じてた。少なくとも母様は『父様』といて、幸せだったのよ」


 エリクは当然だとばかりに頷いた。


「人間の俺が、魔族のミレーヌによくしてやったんだ。幸せに感じてもらわなければ困る」

「……母様は、『父様』に愛してもらっていると思っていた」

「馬鹿な勘違いだよ」


 エリクは、そう言うなりレリアに剣を向けた。

 だからレリアはエリクを殺した。

 レリアは、三度目、最後のループをした。




 エリクと二人で、丘陵を歩いている。

 レリアは絞り出すように言った。


「『父様』。私はもうループできないわ。だから『父様』に質問できるのも、言葉を聞くのも、最後のチャンスよ。だから答えてほしいの」

「レリア、君は何を言っているんだい?」

「『父様』。母様に少しでも愛は、なかったの? ほんの少しでも愛があれば、きっと母様は、それでも、幸せだったの思うの」


 こんな男を愛して、母は馬鹿だ。

 でもここでエリクが頷けば、母は絶対に、幸せだったと言うだろう。

 たとえそれが嘘だったとしても。


 でも、エリクの表情は変わらなかった。


「ミレーヌを愛したことなど、一度もない」

「……」

「魔族は、敵だ。魔族は、汚らわしい」

「……」

「だからレリア、お前も死ぬんだよ」


 エリクは魔法の剣を振り上げている。

 繰り返しても、全ては同じだった。

 レリアはそうじゃないとわずかに信じたい気持ちがあったが、エリクの本心は変わらなかった。

 けれど、それならもう、ループする必要も、これ以上言葉を聞く必要もない。


「『父様』……ううん違う、エリク・フォーレス。あなたは母様の仇よ。さようなら」


 レリアはエリクの胸に手をあて全力で紫魔法を打ち込んだ。

 体に大穴を開けられ、吹き飛ばされたエリクは息絶えた。




 レリアはそのあと、拘束していた国王を尋問し、自身でも調査を進めた。


 魔族差別は、ドロテーから発案したものも多かった。

 だが調査の末、そもそも王自身が推進している裏の国策でもあったことがわかった。

 この人間の国は、魔族を隷属させるために動いていた。


 だからレリアたち魔族は、騎士団などの戦力を皆殺しにした。

 その上で要人などは一通り捕らえ、王国を奪った。


 王国の実情を全て理解した魔族たち――その中で、クロウがレリアに聞いた。


「嬢ちゃん、これからどうする。選択権は、嬢ちゃんの手にある」


 魔族が王国を奪えたのは、レリアの働きのおかげだ。

 クロウたちは、レリアに選択をゆだねることをいとわなかった。


「こちらも軍勢がいることを利用して、人間たちに交渉を迫るという手もあるが」


 レリアは首を振った。


「交渉をしても意味ないわ。対話というなら、散々やってきた。それが踏みにじられた結果が今なのよ」

「確かに、そうだな」

「こんな国は、転覆させないと変わらない。私はもう、人間を信用しない。だから、この国は終わらせるわ」

「この国を終わらせて、どうする?」

「新しい国を作るのよ。魔族の国家を」




 ……



 ……



 ……




 柔らかな日差しが空から注いでいる。

 魔族王国領、魔族城の中庭。

 レリアは、墓にひざまずいて祈りを捧げていた。


 墓碑銘には、ミレーヌの名が記してある。

 奴隷集積区で見つけたミレーヌの遺体――それをきちんと埋葬したものだ。

 そこに花を生けて、今年で二百年。

 レリアは今日に至るまで毎日墓参りをしていた。


 二百年間、花が枯れないのは、この土壌に魔法がかかっているからだ。

 “灰の出自”だったエリクから奪った、「土壌活性」。

 膨大な魔力を使って三度、それを土に打ち込むと、ここの土壌だけが、いつまでも花を咲かせ続けるようになった。


 本当はエリクの能力など、使いたくはなかった。

 だが、それがミレーヌのために出来る唯一のことだという気がしたのだ。


 王城の廊下から、大臣がレリアを見つけて呼びかけた。


「女王様、ここにおられましたか」


 レリアは立ち上がって振り返る。


「ごめんなさい、少し長居をしてしまったわ」

「いいえ」


 そう首を振る大臣は、魔族の男だ。

 白色の毛並みが美しい、獣人。

 クロウの子孫だ。


「ただ、他の大臣たちが会議室で待っておりますので。そのことはお伝えしておこうと」

「ええ、国策を決める重要な会議だものね」


 レリアは歩き出そうとして立ち止まる。

 墓を再度見下ろして、ふと思い立った。


「ねえ」

「何でございましょう?」

「会議での案だけど。人間を解放して、共存の道を歩む方策をとりたい、と言ったら……どうなるかしら」


 大臣は顔に驚きを浮かべていた。


「そんな……。前代未聞ですぞ、そのような案は」

「そうでしょうね」

「……奴隷族を解放しても、いいことはないでしょう。歴史にあるように、また魔族の虐殺を企むだけです」

「そうかも知れないわね」


 レリアは本心からそう返した。

 でも、口にした案を、完全に取り消すつもりもない。


「女王様。急にそのようなことを仰って、どうかされたのですか?」

「……私は、充分働いたと思うの。やるべきことを、少しは出来た気がする。……だから、最後に少しだけ、親孝行がしたいの」

「親孝行、でございますか」

「ええ。人間は魔族を嫌っていたわ。でも、魔族の中には、人間のことが好きだったものもいるの。私は、その愛が広がるのを見てみたい」


 それは幻想だろう。

 でも、その幻想の中で本当に一人の人を愛した女性がいたのだ。


 もし、本当にそれがただの夢想でしかないと分かったならば、別にいい。

 今度こそ蹂躙して、人間を絶滅させてやるだけだ。

 だから、最後の最後にチャンスを与えてやる。


 それが魔族の王になったレリアの、最後の慈悲だった。


「では女王様。ひとまずは、会議へ向かいましょう」

「ええ」


 レリアは頷いた。

 そうして、母様、またね、と墓に声をかけて、城の中に戻った。



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