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暖かい雨  作者: 浮世
1/2

(繋がらない記憶と、雨と、黒い犬。)

それは奇妙な目覚めだった。

目覚めというのは、

「寝る」という動作、生き物としての本能があって初めて成立する。眠りにつく瞬間だれしもが「眠い」と思って眠りにつくものだ。


その点において、僕はおかしいようだ。




現状を把握しようとして、

体を起きあがらせると

体とのどから同時に「うっ」という呻きが上がった。体のあちこちがぎしぎし軋み、ひどく重い。

当たり前だが…服は着ている。(酒の力を侮ってはいけないのだ。)

仰向けに見た空は、曇って狭い。暗い。そして酷いにおいがする。

自分の体からなのか、辺りなのかは検討つかないが。

寝起きのぼぉっとした頭ではそれくらいにしか判断できなかったが、ここがどこなのか思案しているうちに、一粒で二度おいしい結果になった。




記憶がない。

ない、というのは不適合かもしれない。「繋がって」ないというのが近しい。

幾分昔にやったゲームを再び始めて、「つづきから」を選択し、結果次どこに行けばいいのか分からない。

そもそもこの仲間たちって誰でしたっけ?そんな感覚だった。

なぜ僕はこんな裏路地に寝そべっているのか?まず第一に、ここはどこなのか?それだ。


ここはどこだ、と考えた末に、どうやらここは飲食店と飲食店の間の裏路地のようで、広がる空が狭かったのは油でぎとぎとした壁と、排気口やらがせめぎあった空だからだ。とにかく、汚い。自分が可燃ごみの袋の山にもたれていることに気付いた時はさすがにげんなりした。



そして思った。

「なんでだ?」と。

そしてまた思った。「分からない」と。



とりあえず、この汚袋の山に埋もれているのだけは勘弁ならないので、頬にへばりついものを剥がして(何かのごみだろうが、あまり追求したくない)よろりと立ち上がった。

すこし高くなった視界からそこらを見てみると、頭の中がすぅーっとした。それほど長い間、このごみ溜めに埋まっていたみたいだ。


見知らぬ路地ということに、怖じ気づきながらも前進する。結局ここはどこなんだ。きょろきょろとあたりを見回しても、ハッとするようなもの、心当たりのあるものは見当たらない。ごうんごうんと呻る室外機に咳をこぼしただけだ。


何回か角を曲がって、僕は路地をぬけだした。細心の注意を払ったはずなのに、黒いバッシュの裏にむにゅっとした何かがへばりついている感覚がしたので、僕は「何か」を黙って道路にすりつけた。後処理は蟻たちに任せることにした。


「さて、と」周りを見回してみる。推測通り、僕は飲食店の間にいたため、その店の脇にいる。空は曇っていて少なくとも暗くはないから、まぁ多分夜ではないだろう。人通りはほぼ無く、飲食店内のがちゃがちゃした音や、会話がなければとてつもなく寂しい所だと感じた。目に入るものはポリバケツだとか、やぶれたビニールだとか、兎角黙りこくった住人ばかりだったからだ。

その瞬間、ひゅうと風が通り抜けて、その住人たちがごろんごろん、がさがさと転げていった。それを目で追っていると、袖口から冷たい風が流れてくる。

瞬間、はっとした。僕の外側でいっそ煩いくらいにがなる音と、相対するこの薄暗い路地で、記憶よりも先に気付いてしまった。

もう脳内がそれで満たされてしまう。

圧倒的な、孤独感で。



道端に捨てられた赤子というのはこんな気持ちなんだろう、と思った。

ぐねぐねと路地を曲がって、放り出された先。母の愛を受けて生まれたはずの先。寒さに震え、泣き叫ぶ赤ん坊。

僕が赤ん坊ならばそうしただろうが、なにせ常識と理性が育ってしまったために、「泣く」ことも「叫ぶ」ことも選ばなかった。

ただただせりあがってくる不安と、「落ち着け」と思うほどに乱れていく呼吸と、じっとりとふきだす冷や汗が僕を焦らせる。


「っ…つめたっ」


慟哭に気を取られていた僕はその何かで我に返る。

僕の頬に何か冷たいものが降ってきた。

ひやりとしたものは頬の蒸気で温くなり、すうっと肌を滑って地面に落ちた。


雨、だ。

そう思った刹那、ぽたぽたぽたぽた。と転げるように雨が降ってくる。

ざあざあざあ。ざあざあざあ。

まるで、僕の心の小火を消火するように降り落ちてくる。髪の毛がぺたりと顔に張り付いて、狭かった空が黒く見えた。


「ここは・・・どこだろう?」

雨に冷やされ妙に冷静になった頭で辺りを見回す。

未だに雨は止みそうもない。

―行かなくちゃ。

直感的に、そう思った。


足元には路地のごみに群がる蟻と、さっき路地から見上げた景色に似た、

黒い水たまりができていた。


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