1.Ballade for You Ⅲ
--部屋を間違えたのだわ、きっと。
なぜなら-アリシアの探している、かのピアニストの男は、豊かな黒髪。そして、盲目。
なのに目の前に佇む男は、髪の長さなど似通ってはいるものの、それはすき通るような白銀の髪で、おまけに---深い、紫色の瞳。
どこからどこまで、違うではないか。
危険だ。
彼女の中で、何かがそれを告げる。
がしかし、その紫の瞳に真っすぐに見据えられ、アリシアは目を背けることができなかった。
「ごっ、ごめんなさい、あたし...」
やっとのことで言葉を絞り出し、扉の方へ向かおうとした、その時だった。
「待て。」
男の、低く、怒気のこもった声。
アリシアは思わず、びくんと身体を震わせた。
「貴様、相手に誰だと聞いておきながら、自分はとっとと帰るつもりか。」
じりじりと、その距離を詰められる。
男の、濡れたままの髪から、ぽたり、ぽたりと雫が落ちた。
間近で見ると、思ったよりも背が高い--そして、その顔立ちは、あまりにも美しくて。
思わず、見惚れそうになる。
アリシアは、ごくりと唾を飲み込んだ。
--何を気圧されているの。あたしは第一皇女よ。こんなやつ一人どうにもできないなんて、第一皇女の名折れもいいところよ。
しかし、何やら思考を巡らせていられるのも、そこまでだった。
男の細い指が、アリシアの顎にかかる。
そのまま無理やりに上を向かされると、再び、その深い紫の双眸に射抜かれる。
心臓は、早鐘を打っていた。
「貴様の、名前は」
「アリシア・ド・レヴォワール。-この国の、第一皇女よ。」
そう言って、今度はアリシアの方から彼の目を見据えた。
...睨みつけた、と言ったほうが正しいかもしれないが。
こんなところで怖じ気づくような、あたしじゃない--。
その一心で、必死に自分自身を奮い立たせる。
「--ふん。第一皇女か。
それで?かの有名なレヴォワール帝国の第一皇女サマは、こんな夜更けにのこのこと一人で男の部屋にやって来るのか?
こりゃあ、とんだ不良娘だな。」
そう言いつつ男はアリシアから手を離し、部屋の奥へとゆっくりと歩き出す。
そして、ふと立ち止まり、ゆっくりと振り返ると、男は言った。
「--俺は、ジェイドだ。
用がないなら、とっとと出ていけ。」