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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

二心同体

作者: 和心

人類は変わってしまった。

二十五世紀初頭、産まれてくる子供は全て双子になった。それも複雑なもので、片方が息絶えると、もう片方も息絶える。また、片方が喜びを感じていると、もう片方は憂いを感じる。つまり、真逆の感情を持っている。こうなってしまったのは人類の自己防衛のための進化だと学校で習ったが、実際、どうなのだろうか。

何にしても、便利なのは明らかである。



今は春。そして、今日から新学期だ。その気持ちに感慨しつつ、僕ともう一人の僕は母の焼いてくれたトーストにかぶりつく。


『本日未明、都内で二人の変死体が発見されました。警察は事件と事故の両方で捜査を進めています…』


テレビからそんなアナウンサーの声が聞こえてきた。この手のニュースはほぼ毎日聞いている。大半はその後、犯人が捕まったというニュースを聞かないため、おそらく全て自殺なのだろう。僕はそう推測している。というか、殆どの人がそう思っている。

というのも、皆がこの体質だ。気持ちを荒ぶらせれば、もう一人の自分にはそれと同じ量の負担がかかる。それがもし、充実感だとしても、もう一人には孤独感を与えてしまい互いに討ち合うということになりかねない。

つまりは、気持ちを保ち続ける、平常心で居なければいけないのだ。気持ちを荒ぶらせたらその瞬間、人生の終了なのだと散々に教えられてきた。僕は平常心を欠かない。それが長生きする唯一の方法。


時間を見る。今は八時ちょっと過ぎ。始業式は九時から。学校へ行くのに三十分かかるから、少し急いだ方が良いだろう。

「ごちそうさま」

「…ごちそうさま」

トーストを食べ切って、部屋に戻り服を着替える。

鏡の前で制服を整えて、準備を終える。寝ぼけて棒立ちになっているもう一人の僕の制服も整えて、

「行ってきます」

そう言って家を出た。



始業式が終わり、HRの時間になった。プリントが何枚も配られ、その一つ一つをファイルにはさんでいく。

今年のクラスも双子二人ともが揃っている人は僕らだけらしい。昨年もそうだった。そもそも、高校へ双子揃って入る人が少ないようだから、これは普通な事なのかもしれない。

「水晶は忘れ物無い?」

何と無く問いかける。

「ん、あぁ。というか持ち物も何も無いだろ」

「うん。まぁそうだね。筆箱ぐらいかな。それにしても今日も何か不機嫌だねぇ」

「瑠璃がいつも上機嫌すぎるだけだ」

「そうかな」

水晶が明後日の方を向く。何故か水晶は僕に対してはいつも冷たい。兄弟の性だろうか。


「ーそれでは今日はここまで。明日からは授業があるので、持ち物には気をつけてくださいね」



「無愛想だと友達出来ないよ?」

帰り道、坂を下りながら水晶に注意する。

「そんなのどうでもいい」

「素直じゃないなぁ」

やれやれと思いつつ、

「誰か話せる人は必要だよ」

と、言っておく。

「放っとけ」

「そんなんじゃ…」

「瑠璃こそ、俺に付きっ切りになるなよ」

「へ?」

思わず変な声が出た。僕が水晶に付きっ切りだって?そんなはずは…

あった。言われてみれば、確かに僕は水晶とよく一緒に居る。付きっ切りになってたのかもしれない。

「水晶が心配だからだよ。僕が兄なんだから弟は僕が見なきゃ」

「…」

水晶は舌打ちをして僕の先を歩いていった。水晶のことが気にかかる。どうして、そんなにも頑ななんだろうか。

いつか心を開いてくれると嬉しいものだ。


家に着き、部屋に戻って早速明日の準備をする。忘れ物はしない主義だ。勿論、水晶にもさせない。そのために、水晶の鞄の中も毎日確かめている。

そういえば、明日は雑巾が必要なんだっけ。

物置を探ってみるが、それらしきものは見当たらなかった。

仕方無く、使い古されたタオルをミシンで縫い合わせて作ることにした。

が、自分の部屋にはまだ使うタオルしか残っていなかった。


「水晶?使わないタオルとか無い?」

水晶の部屋のドアを開けて、聞いてみる。

「…無いな」

全く何も探す事をせず、そう答えが返ってきた。

少し頭にきて、

「ちょっとは探す努力をしてよ。水晶の為でもあるんだからさ」

と強めに言った。

水晶はその声に怯んだためか、

「はいはい…」

と、渋々服入れを漁り始めた。


数分後、水晶から数枚のタオルが届けられ、ぱぱっと二枚、雑巾を仕上げて、一枚を水晶に渡しにいく。

部屋のドアを開ける。

「水晶、雑巾机の上に置いておくから忘れないでね」

「はいはい」

そう言って、水晶の勉強机の上に雑巾を置いて、自分の部屋に戻った。

それからする事も無く、適当に宿題を済ませて、夕飯を食べて眠りについた。



次の日、起きてくると水晶がまだ起きてきていなかった。いつもなら僕と同じ時間に起きてくるはずだが、また、遅くまで読書でもしていたのだろうか。


トーストを食べ終えたところで、

「おはよう」

と、水晶がリビングに入ってきた。

「…おはよう。遅くまで読書は良くないよ」

「瑠璃が気にする事じゃないし」

「それでも今日も学校なんだからさ…」

「放っておけよ」

また水晶に冷たく言われてしまった。そんなにお節介だろうか。

リビングのドアを開けて、

「水晶の鞄の中、確かめておくよ」

と、一度振り返って言い、廊下に出た。



今日も学校では特に何も無かった。たまに水晶が居眠りしそうになっているのを気にかけるくらいだった。

学校の帰り道、

「授業中の居眠りは良くないよ」

と注意をする。

「うるさいな。俺の勝手だろ」

「そんな事言ってもね。僕の弟なんだから」

「双子なんだから結局、兄も弟も同じようなものだろ」

「あ、ちょっと待ってって!」

また先に行ってしまう水晶に追いつこうと早足で歩く。

水晶は今日も不機嫌なようだった。



その日の深夜、珍しく目が覚めてしまった。何ということもなく、ただ、眠気が覚めた。

何度も目を瞑って寝ようとするが、無くなった眠気が戻ってくるわけも無く、仕方無く体を起こす。

電気を付けて時計を見ると時間は日を跨いで三時半過ぎ。それでも寝たのは二十二時だったから六時間は睡眠がとれた。このまま起きていても多分勉強に支障をきたすことも無いだろう。

部屋を出てリビングに入り、電気をつける。

何もすることが無いため、適当にテレビを見ることにした。

ただ、今は夜中。それも中途半端に。

そのせいで、水晶のよく見ている深夜アニメというのもやっていないし、面白い番組もやっていないはずだ。

それでも何か放送されていないかと、チャンネルを次へ次へと変えていくと、ある番組に目が止まった。

ある種の討論番組だ。たまにやっているのを見る。その討論の題材は、

「擬似双子化に意味はあるのか…?」

擬似双子化…?それはどういうものなのだろうか。僕は番組を食い入るように見ていた。

そして、得られた事から僕は、

『見なければよかった』と、とてつもなく後悔した。

始めはよく意味の掴めなかった討論。

その討論の間に挟まれた説明に耳を疑った。


『人間が半世紀前に始めた擬似的な双子化。その主な理由は、感情制御を学ばせ、犯罪件数を減少させるため。

幼児期に遺伝子サンプルから同じ性格、同じ容姿をした擬似双子のデータを創り出し、それを機械に埋め込み、言わば双子に似たロボットを創り出す。

ロボット自身には自覚があり、一定周期で工場へ通い、本人そのものの成長と合わせて改造をしていく。

しかし、本人にはその双子がロボットという認識は無く、十五歳になる頃に離別させられる。

現在、これは産まれてくる幼児の九十八パーセントに行われている』


まるで、今見ている僕に宛てたかのような番組内容。信じる事が出来ない。僕に、自分がロボットだという認識は無い。ということは、水晶がそれ……嫌だ。信じたくない。しかし、思い返すと何処か思い当たる事がある…

水晶の僕への態度と反応。あれはもしかして、もう離れなければいけないから嫌われようと…?嫌ってもらった方が悲しまなくて済むから…?

色々と考えこんでしまう。信じたくないという気持ちが心を埋める。

駄目だ。気持ちの動揺は。抑えつけろ。水晶に負担をかけてしまう。抑えつけろ。抑えられろ。

僕は逃げるように部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。

ただひたすらに、水晶はロボットじゃないと、自分に言い聞かせながら。



結局言ってしまえば、その後は眠れなかった。水晶と顔を合わせるのに躊躇する。そのせいで、いつもより、部屋を出るのが遅れてしまった。

「おはよう」

「…おはよう。珍しい事もあるんだな。瑠璃が寝坊なんて」

「あはは…ちょっと昨日は寝付けなくて…」

「そうか。…ごちそうさま」

「…それじゃあ僕はいただきます」

トーストを頬張る。

大丈夫だ。水晶はあんなにも人間らしい。ロボットのはずなんて…ない。

深夜、僕に要らない情報を与えたテレビは、

『本日は○○地方にて夕暮れから長期的な雨が…』

と、いつも通りの番組をやっている。脈絡もなく、何に向ける事も出来ない、怒りが込み上げてきそうになり、冷静になろうとする。ひたすら嘘だと言い聞かせる。

水晶はロボットなんかじゃない。



今日の授業はオリエンテーションばかりだった。今年度初めての授業ばかりだから当然だろう。しかし内容は全く頭には入っていなかった。それに、今日は全く水晶と話せなかった。どうしてもあの意識が先行してしまう。

HRを終えて、学校の下駄箱に着いた時、外からかなり強い雨の音が聞こえた。

「あれ…さっき、雨降ってたっけ…」

確か、教室にいる時は雨は降ってなかったと思った時、朝の天気予報を思い出した。そういえば、雨が降ると言っていた。

傘を持ってくるのを忘れたため、職員室へ行って傘を借りて帰路についた。

瑠璃は用事で学校にまだ残るらしい。

いつぶりか分からない、一人での下校だ。

一人で帰ると今まで気づかなかった所に目がいってしまう。

その中で、一本の道を見つけた。

「こんな道あったっけ…」

大通りの横道。

いつも通っている道なのに、こんなところ見落とすだろうか。

帰る方角的には問題は無い。時間的にも問題は無い。

新しいものというのに気が向いてしまい、その道を通っていく事にした。


比較的狭い、周りは古いビルの石壁に囲まれた薄暗い道。こんなところ、通る人なんて居るだろうか。

そういえば水晶は帰りが遅くなるんだった。何か料理でも用意しておいたら喜んでくれるだろうか。そう考え付き、何を作ろうと悩む。物によっては何か買い足していかないといけない。今月のお小遣いは全部残っているし、お菓子類だったら好きなものを作れそうだ。携帯で何か手頃なものを探す。

そんな事をしながら、道の半ばまで歩いてきた所で気が付いた。

僕の足音に混じってもう一人居る…?

背後に誰かが居る…?

それに気づいたと同時に僕は走り出した。何か危機を感じた。


しかし、気付くのが遅すぎた。


すぐ真後ろに気配を感じ、後ろを振り向いた所で、頭に強い衝撃を覚え、その後、目の前が暗転した。全身から力が抜け、仰向けに倒れこむ。

目の前がひたすら瞬いて、まともに正面が見えない。吐き気を催す。意識が朦朧とする。呼吸が出来ない。

少しして、僕は頭を強く殴られたんだと理解した。

そして、しばらくして目の前が少し見えるようになり、やっと相手の正体を見る事が出来た。

「………み…ずき……?」

薄暗さのせいで表情がよく見えない。しかし、そのシルエットはよく見知った水晶のものだった。

「……どう……したの…?…みずき……」

よく見えないが水晶は強く動揺している。呼吸が荒いような気がした。抱き締めてあげないと…落ち着かせないと…

僕は両手を水晶に伸ばす。

泣く子供をあやすように…

大丈夫だよ…水晶…

「……おち…ついて……」

そう声をかける。

その声には反応せず、水晶のシルエットは右手に持っている棒状の何かを振り上げた。

「…おちついて……?」

僕は痛みを堪えて、水晶に笑いかけた。

僕は…



水晶に何かしてあげられただろうか…



瑠璃に何度も何度も鉄パイプを殴りつける。そして、瑠璃の機能が停止した事を確認してその場に膝から座り込んだ。

「……ごめん…でも、こうするしか…」

俺は昨日テレビで見てしまった。双子が…瑠璃がロボットだって…

だからだったのだろう。クラスの奴らには瑠璃の事を馬鹿にされ、教師には問題児扱いされるのは。

当然だ。言ってしまえば親離れがいつまでも出来ない子供なのだから。

他に方法はあったのかもしれない。

でも、瑠璃と生きるというのは選べなかった。というより、もうこの生活にうんざりだった。仕方の無い事だった。

動かなくなった瑠璃を抱きかかえる。

「ごめん」

俺はもう一度瑠璃に謝った。

その時、右手に何か生暖かいものを感じ、手を見る。

「……え……」

それは機械のオイルとかそんなものじゃなく、紛れも無く……だった。

それを見た目はそれを認めない。

それを伝えられた脳はそれを受け入れない。

理解が追いつかない。

って…何で俺は生きて……

何度も何度も思考し、繰り返し考え、理解しようとする。


つまり、瑠璃は…俺が壊した瑠璃は…?



ぁあぁぁ…!


「あぁあぁああぁああああああ!!!?」


俺はただただ叫んだ。絶叫した。

つまり瑠璃は本物だった。紛れも無く人間だった。勝手な思い込みだった。だけど俺も人間だ。

俺らは本物の双子だったのだった。

その事実への悲しみと怒りに手が震える。手当たり次第何かを壊したい感覚に心が蝕まれる。

その感覚に任せて、何度も何度も手当たり次第に壁を殴る。骨が折れる感覚があっても構わず何度も。

「こんな…世界なんて…!!」

いざという時のためにポケットに入れていた小型のナイフを取り出し、逆手に持ち、それを腹に振り下ろし、引き抜いた。

少しして意識が遠のき、そして、その場に倒れこむ。

何で俺らがこんな目に。

遠のく意識の中で恨む。

「……る…り……ごめ…ん…」

そう唱えながら、視界の端に映る瑠璃に指先の動かない手を伸ばした。

まるで、許しを求める子供のように。

必死に。


そして最期に俺らは手を繋ぐ事が出来たのだった……

二心同体をお読みいただきありがとうございます。

楽しんで、という言い方はおかしいですが、まぁ、楽しんでいただけたなら幸いです。

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