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魔法学院

ドクター・ユーリのなんでも相談室

作者: 雲居瑞香

昨日投降した『夢を見る少女』と同じ世界観となりますが、そちらをお読みいただかなくても内容は理解できるかと思います。






 成原なりはら悠李ゆうり、28歳。長身痩躯で中性的な顔立ち。名前も中性的であるが、れっきとした女性である。


 彼女は魔法大学院を卒業し、政府の研究機関に所属する研究員であるが、現在、日本魔法医科大学付属病院に出向していた。


 ちなみに、彼女は『ドクター』と呼ばれるが、『医者』の意味ではなく、『博士』の意味のドクターとなる。


 医者でも看護師でも薬剤師でもない彼女は、何故か医科大学に派遣されている。その理由は彼女が持つ能力が関係しているのだが、それは今は関係ない。


 今関係があるのは、彼女の対人能力である。彼女のもとには様々な相談者が訪れる。なぜなら、彼女は話を聞いてくれるからだ。本人はあいまいに笑っているだけでアドバイスをくれるわけではないが、話すだけで楽になる、と言う人が多い。


 そして今日も、相談者たちはやってくる。






【相談・一】




「ちょっと聞いてよ、ユーリちゃん」


 ちょうど悠李が昼食のオムライスを食べようとしたところに、向かい側から声がかかった。ここは医科大学病院の職員食堂である。政府からの出向扱いである悠李も、れっきとしたこの病院の職員ということだ。ちなみに、悠李は『ユーリ』と間を伸ばして呼ばれることが多い。


「どうしたんですか、涼子さん。昼食は?」

「わたし、休憩は30分前からだもの」

「……そうですか」


 つまり、もう食べ終えているということだろう。医科大学病院も病院である。他の病院は知らないが、この病院では、医師や看護師の休憩はローテーション式である。


 つまり、悠李は先ほど休憩に入ったばかりだが、涼子は30分前から休憩に入っていたということだ。


「あなたを見かけたから話を聞いてもらおうと思って」

「……そうですか」


 悠李は気のない返事をしたのだが、涼子は勝手にしゃべり始めた。


「あのね、姑とうまくいかないのよ」

「……ほう」

「そりゃあ、わたしが悪いこともあるわよ。でも、わたしのやることすべてに文句をつけることないじゃないっ」

「……そうですね」

「旦那は旦那で『涼子のことを思って言ってくれてるんだよ』って言うし!」

「……まあ、そう言うところもあるんじゃないですかね」


 やる気がなさそうに悠李が言うと、涼子はじろっと悠李を睨んだ。


「ユーリちゃんはいいわよねぇ。姑と仲良くて」

「むしろ、今の時代に嫁姑問題が勃発している原田家に戦慄しているのですが」


 涼子のフルネームは原田はらだ涼子りょうこである。現役の看護師で、悠李より三つほど年上。一児の母で、現在、夫の両親と同居している。


 夫の母と気が合わないため、こうして悠李の所にたびたびやってきて愚痴っていく。


「でも、わたしのまわりは結構こんな感じよ? 知佳(ちか)真奈美(まなみ)も『姑うざい~』って言ってたもの」

「……そうですか。うちは旦那と私が幼馴染だったからかもしれませんね」


 面倒だったので、悠李はそう片づけた。無理に反論すると話がややこしくなってしまう。


 ちなみに、知佳も真奈美も涼子の同僚、つまり看護師である。


 それから涼子はひとしきり姑と夫について愚痴り、すっきりした表情で悠李に礼を言った。


「ありがと、聞いてくれて。ユーリちゃんはなんでも聞いてくれるからいいわよね」

「お役にたてたならよかったです。……それで、最後に一つ、いいですか?」

「うん。なぁに?」


 涼子がとびっきりの笑顔で促す。悠李はすでにお決まりとなっているセリフを言った。


「私は、心理カウンセラーではないのですが」


 涼子は、「わかってるわよ。精神科の助手でしょ」と言って仲間たちの元に戻って行った。どこから精神科の助手と言う結論が導き出されたのだろうか……。







【相談・二】




 悠李の立場は少々複雑である。もともと政府から派遣された研究員であり、医師ではないのだ。医師ではないのに病院にいるのは、やはり、彼女の仕事が心理カウンセラーに近いからなのだろう。


 性格も穏やかである悠李は、カウンセラーの素質がある。しかし、本人は研究者のつもりなので、カウンセラーと認識されるのは少々不服であった。


「よう。お疲れ、香坂こうさか


 旧姓を呼ばれて顔を上げると、先ほどまで涼子が座っていた向かい側の席に、高校時代の同級生が座っていた。彼とは今でも仲が良い。


「私のことを今でも香坂って呼ぶのは、ケイくらいだね」


 悠李は既婚者であるため、姓が変わっている。今の姓は旦那の姓で成原だが、旧姓は香坂になる。


「まあ、中学時代からの付き合いだしな。つーか、そのオムライス、うまい?」

「冷めてるから、あまりおいしくはないかな」


 そう言いながら、悠李はオムライスをスプーンですくって口に入れた。うん。やはり、温かいものよりは、おいしさが減っている気がする。少し顔をしかめた悠李に、ケイことたかしは言った。


「また相談されてたもんな、お前」

「私は心理カウンセラーじゃないんだけどね」

「まあ、お前に話したらすっきりする気持ちはわかる……と言うわけで、俺もちょっと話を聞いてほしいんだが」


 悠李は思わず敬を睨んだ。気持ちを端的に言い表せば、『ブルータス、お前もか!』である。


 それが表情に出た悠李に、敬は「まあまあ」と笑いかける。


「代わりにこれやる。相談料だ。あと、飯は食ってていいから」

「……もらっておくよ。あと、遠慮なく食べるから」

「おう。構わないから話を聞いてくれ」


 相談料としてカフェオレをもらったが、悠李は本当に遠慮なくオムライスをほおばっていた。


「お前、俺は女顔だと思うか?」


 悠李はオムライスを咀嚼(そしゃく)しながら深くうなずいた。その表情は真顔で、一ミリも変化していない。彼女は口の中のものを飲みこみ、口を開いた。


「それは否定できないね。高校時代に、私が彼氏役、君が彼女役でベストカップルコンテストに出たことは忘れていないよ」

「忘れろ! 今すぐ忘れろ!」


 高校生のころは、悠李と敬の身長はさほど変わらなかった。そのため、悪ふざけとして、文化祭に行われたベストカップルコンテストに、男女逆で出場したことがあった。


「黒歴史だ……つーか、そうするとお前も男顔じゃねぇか」

「まあ、それも否定しないけど。私とケイは顔立ちの傾向が似てるからね」


 悠李も敬も中性的な顔立ちだ。違うのは、悠李は女性だが、敬は男性であることか。


 高校生のころはともかく、すでにアラサーである2人は、さすがにパッと見で男女の判別ができるくらいにはなっている。それでも、敬はしっかり女装をすれば、まだまだ行けるだろう。ちなみに、悠李はいまだに男性に間違われることがある。


「まあそうだよな……。で、俺、彼女もいるんだよ」

「知ってるよ。文香(ふみか)ちゃんでしょ」

「ああ……なのに、誘われたんだよ」

「何に?」

「……合コン」

「いいじゃないか。行って来れば?」


 軽い調子で悠李が言うと、敬が「そうじゃねぇんだよ!」とテーブルをたたいた。その大きな音に、周囲の視線がこちらに向く。それらの視線を、悠李は愛想笑いでごまかした。


「落ち着きなよ。違うって、何が違うの」

「……女装して参加しないかって言われた……」


 さしもの悠李も飲んでいたお茶を噴きそうになり、口の中のお茶をコップに吐き戻した。汚いが、噴き出すよりはましだ。


 それでも何度か咳き込んだ。やっと呼吸を落ち着けた悠李は敬の顔を見た。


「……うん。化粧をすればいけるんじゃないかな。女の人にしては背が高すぎだけど」

「身長175センチの生物学上女のお前に言われたくねぇよ」

「じゃあ、女装して行けば? 面白いかもよ」

「お前みたいにアブノーマルじゃねぇの、俺は」

「失敬な。私はフェミニストなだけだよ」

「その思考がすでに男だっつーの!」


 敬は声を荒げたが、周囲の視線を集めたので声のトーンを落とした。


「どうすべきだと思う?」

「行きたくないなら断りなよ。何なら、私から文香ちゃんに事情を説明しておくけど」

「やめろ。あいつは絶対に面白がるから」


 何しろ男装した悠李に嬉々として抱き着いてきた敬の彼女だ。嫌がるどころか、むしろ敬の女装に喜びかねない。それは悠李も同意見だった。


「まあ、不謹慎だけど、急患でも入れば行かなくても」


 済むんじゃないの、と言おうとしたが、そこにアナウンスが入ったので耳を澄ませる。



『魔法心理科、成原先生。魔法心理科、成原先生。急患です。すぐに診療室の方にお戻りください。繰り返します……』



 悠李は食べかけのオムライスのスプーンを置いた。魔法心理科に所属する成原悠李は、これから診療室に戻らなければならないのだ。


「急患が来たのはお前の方だったな。これは片づけといてやるよ」


 ひょい、と敬が悠李のトレーを持ち上げた。ニヤニヤしているのが気にくわないが、好意に甘えることにして立ち上がる。敬に相談料としてもらったカフェオレも持ち、悠李は自分の診療室に向かった。






【相談・三】




 魔法心理科。この科はかなり特殊である。まず、心療内科の一種である。心療内科で行うことを、魔法で行うのが魔法心理科だ。


 しかも、本人は否定しているが、悠李の役割はカウンセラーに近い。その資格も持っている。


 だから、悠李は医者ではなくカウンセラーなのだ。本当の治療はできない。彼女がするのは、基本的に『患者の話を聞く』ことだ。


「もうほんとに、息子が就職できるのか不安で不安で」

「……そうですね。一度、息子さんとよく話し合った方がよろしいようですね」


 たぶん、彼女の息子は就職どころか大学も卒業できないだろうなぁ、と思いながら悠李は微笑んでそう言った。大学4年生の息子がいるお母さんの相談で、息子の就職先が決まるか憂えているらしい。こればかりは息子本人が頑張るしかないだろう。


 悠李には、感情が高ぶった相手を落ち着かせることができる精神魔法がある。しかし、この女性は不安をぶちまけてしまった後は、すっきりした顔で帰って行った。


「よう、お疲れ、成原先生」

「藤村先生。お疲れ様です」


 藤村は魔法心理科の医師である。悠李とは違い、ちゃんとした医師免許を持った医者だ。


「昼過ぎに来た患者はどうなった?」

「意識がありませんでしたが、私の魔法で無理やり起きていただきました」


 救急車で運び込まれてきたその患者は、意識不明の状態だった。呼吸もあるし、脳も働いているのに起きない状況に、担当救命医が悠李を呼んだらしい。


 悠李の魔法はかなり変わっている。人の意識の中にもぐりこみ、寝ているのならばそれを引き上げることも、不安になっているのならその不安をほぐすこともできる。


 意識のない患者を起こすことができるし、逆に健康なものを殺すこともできる危険な能力で、医療以外への使用は禁止されている。


 そのため、普段彼女がつかうのは人の意識の表面に触れて、その人が何を思っているのか読み取るくらいだ。


 どう考えても医療向けな能力のおかげで、悠李は今病院に派遣されているわけだ。


「そうかぁ。便利だよな、成原先生の能力」

「……どうですかね。結構偏見の目で見られますよ、精神感応系能力を持ってると」


 特に、人の心が読めるというのは最悪だ。何もしていないのに、「お前今、心読んだだろ!」とか濡れ衣を着せられるのである。


「む、そうか。それで、ついでに俺の話しも聞いてくれないか?」

「……はあ。まあいいですが」


 藤村医師は患者用の椅子に座り、悠李は彼にコーヒーを出した。自分も手元にマグカップを置く。


「それで、何ですか?」

「ああ。子供たちが反抗期でなぁ」


 30代後半の藤村医師は、小学生の息子と娘が1人ずつと、まだ幼稚園に通っている息子がいる。悠李は3人ともに会ったことがあった。


「久しぶりに休みで、上の息子とキャッチボールでもしようと思って声かけたら、思いっきり嫌がられたんだ……」

「……はあ」

「娘にはついに、『近寄らないで!』とまで言われた」

「……まあ、思春期の女の子なんてそんなもんですよ」


 とは言ったが、悠李には反抗期の記憶がない。母が母親らしくない人で、父が大雑把だったからだろう。兄とはよく喧嘩したが。


 ちなみに、悠李には娘がいるが、まだ2歳にもならない。反抗期にはちょっと早い。


「子供たちに嫌われたら、父親はどうすればいいんだ……!」

「……」



 嘆く藤村医師を見て、悠李はちょっと想像してみた。もしも、うちの夫が娘に嫌われたらどうするだろうか?



 駄目だ。想像できない。無表情でじっと娘を見ているところしか想像できない! 今のうちに「お前の無言の視線は怖い」と言っておくべきだろうか……。


 話がとんでしまった。藤村の話である。


「まあ、反抗期なんて照れ隠しの一種では? 子どもが反抗期で精神不安定になった母親の相談を受けたことがありますけど、結局、お子さんが母親の誕生日にサプライズプレゼントを用意していたのを知られたくなかっただけ、という話でしたし」

「お前の所にはそう言う相談も来るのか」

「その母親、精神不安定になって階段から落ちて足の骨を折っちゃって入院してたんですよ。不安そうだから相談に乗ってあげてくれと言われて」

「大変だな、お前も……。しかし、照れ隠しか」


 藤村は考え込むような表情でコーヒーを一口飲んだ。瑠依もつられるようにコーヒーを口にする。


「藤村先生のお子さんたち、悪い子たちではないようでしたし、まあ、時が解決してくれるんじゃないですかねぇ」


 結構投げやり気味に言ったのだが、藤村は「そうかもなぁ」と納得しかけている。


「藤村先生、患者さんがいらっしゃいました。成原先生は心臓血管外科の斎藤先生がお呼びです」


 看護師がやってきてそう告げたので、相談室はいったん終わりである。


「じゃあ成原先生。話を聞いてくれてありがとうな」

「ええ、まあ……それで、藤村先生」

「ん?」

「私は心理カウンセラーではないのですが」


 おなじみのセリフを言うと、藤村は「似たようなもんだろ」と笑顔で返してきた。ちょっと否定できないかもしれない。






【相談・四】




 その日最大の事件は夕刻に起こった。心臓血管外科の斎藤医師の要件を片づけた後、悠李はそのまま救命救急センターに連れて行かれた。


 そして、救命救急センターを出ると、今度は看護師の涼子に捕まった。


「ちょっとユーリちゃん。こっち」

「どうしたんですか、涼子さん」


 いいから、と涼子に引っ張られ、悠李は病院の外に出た。すると、上の方から叫び声が聞こえてきた。


「いやだぁーっ! 俺はもう死ぬんだーっ!」


 屋上で、患者服を着た若い男が叫んでいた。悠李は涼子に尋ねる。


「念のために聞きますが、何ですか、アレ」


 すると、涼子はあっさりと答えた。


「入院生活一週間目で人生に絶望した某新入社員」

「……そうですか。ちなみに、彼はなんで入院したんですか?」


 悠李は入院患者全員を把握しているわけではない。まあ、他の医師よりは多くの患者に接していると思うが、カウンセリングが必要ない患者には関わらないため、実際には知らない患者の方が多いだろう。


「確か、十二指腸潰瘍で入院していたと思う。本当は3日くらいで退院できるはずだったんだけど、なかなか良くならなくて」

「ああ、なるほど」


 何となく納得した悠李は涼子にうなずいて見せた。会社勤めのストレスから十二指腸潰瘍になり、思ったより回復が遅くて焦っているのだろう。



 それで自暴自棄になった……のだろうか。



 屋上の柵を越えた若い男は、屋上にいる医師や看護師に説得されているようだが、動く気配はない。


 悠李が思わずため息をついたとき、彼女のスマホが鳴った。発信者を確認して、電話に出る。


「もしもし。成原です」

『成原、お前、今どこだ?』

「病院の正面玄関の外から屋上を見ています」

『よし。今すぐ屋上まで上がってこい。わかったな』


 相手はそれだけ言うと、そのままぶちっと通話を切った。悠李はしばらく画面を見つめてから、スマホをポケットに戻す。


「誰から?」

「鈴川准教授です。屋上に上がって来いと」

「あー、あんたも大変ね。行ってらっしゃい」


 他人事なので、涼子はひらひらと手を振って悠李を見送った。悠李は一度病院の中に戻ると、エレベーターで屋上まで上がった。


「鈴川先生」

「成原、遅いぞ」


 40歳前後と思しきその男性は、悠李の直属の上司である。鈴川准教授といい、魔法心理科の実質的な長である。


「何とかできるか?」

「それ、私らの仕事じゃないですよね」

「いいから何とかしろ、カウンセラー」

「だから、私はカウンセラーではありません」


 仕事がカウンセラーに近いことは認めるが、あくまでも『違う』と言い張る悠李であった。カウンセラーの資格は持ってはいるが、これでカウンセラーとか言われたら、本業の人に申し訳なさすぎる。


「説得するときって何を言えばいいんですかね」


 基本的に聞く専門である悠李は尋ねた。鈴川は無責任にも「さぁなぁ」などと言っている。


 悠李は軽く鈴川を睨んだあと、青年に向かって叫んだ。


「そこの青年! 話なら私が聞いてあげるから、ちょっと思いとどまってみようか!?」


 よく通る瑠依の声に、青年は振り返った。そして、悠李の顔をまじまじと眺めて涙目になる。


「イケメンなんて滅べー!」

「!?」


 悠李はびくっとして震えた。だが、屋上に出てきていた医師や看護師は笑いをこらえて震えていた。



「イケメン……ッ」

「確かに成原は美形だよな……っ」

「完全に男として認識されてるよな……!」

「そこ、うるさいですよ」



 自分が美女と言うよりはハンサム美形であることを自覚している悠李は、背後にいる医師たちに向かって言った。


「鈴川先生。笑ってないで、どうすればいいか考えたらどうですか。どう考えても、私が説得しようとすると逆効果です」


 腹を抱えて笑いをこらえている鈴川に声をかけると、彼はやっと顔を上げた。


「じゃあ、お前の魔法で」

「私にそんな魔法はありません」


 むしろサイコキネシス系の魔術師を連れてきた方がいいだろう。無理やり柵のこちら側に引き戻せばいい。


 しかし、鈴川たちがそうしないのは、患者の気持ちを慮ってのことだと思う。……たぶん。


「まあ、ガンバレ、成原。いくら……くっ、お前がイケメンでも、お前は女だからな。いけるいける」


 鈴川が軽い口調で言った。だから、彼は悠李に何を望んでいるんだ。


 まず、誤解を解くのが面倒くさそうだ……。そう思いながら、悠李はもう一度青年に声をかける。


「イケメン滅べでも何でもいいから、話を聞くから、こっちに来なって! それに私、既婚者だから!」

「イケメンに俺の気持ちがわかるかぁぁああっ。どうせ可愛い嫁さんなんだろぉぉおおっ」


 おお、本当に男だと思われている。確かに男性だと思われることがあるが、そこまで男に見えるとは思えないのだが……。


「イケメンな旦那ならいるけどな」

「鈴川先生、そこまで言うのなら変わってくださいよ」


 悠李はちゃちゃを入れた鈴川を睨んだ。確かに夫は悠李が引くくらい美形だけれども。


 いっそ夫を呼んできてやろうか。彼なら正しくイケメンである。いるのは可愛い嫁さんじゃなくてイケメンな嫁さんだけど。


「なんか勘違いしてるみたいだけど、私は生物学上は女なんですけど!」


 屋上に沈黙が降りた。青年はまじまじと悠李の顔を見つめ、「嘘だぁーっ!」と叫んだ。屋上は爆笑に包まれる。


「ドンマイ、成原先生」

「恰好の問題かもよ。スカート履いてみれば?」

「あー、でも、男だったら彼氏にしたいわね。既婚だけど」


 集まっていた女性看護師たちが好き勝手に言ってくれた。基本的に悠李はパンツスタイルで出勤している。後ろから見ると、髪を束ねているので女性だとわかるのだが、前から見ると多少わかりづらいのは認める。


 しかし、やはりそこまで自分が男に見えるとは思えない悠李だった。


 その後、茫然としていた青年を回収し、病室に戻した。悠李は部屋の隅に縮こまった青年の話を、一時間以上にわたって聞き続けた。


 悠李が解放されたのは午後7時近くになってからだった。診療室に戻った瑠依は、留守を預かってくれていた藤村医師に礼を言った。


「藤村先生、ありがとうございます」

「ん、いやいや。大変だったなぁ」

「全くです」


 青年の話を聞いた後もいろいろな科に連れて行かれ、様々なお悩み相談を受けてきた悠李である。なんだか今日はいつもより疲れた。


 この大学病院の閉院は午後8時だ。後一時間ある。あくまで代理の藤村医師と交代した瞬間、患者が相談にやってきた。


「先生。ちょっと聞いてください」


 だから、私はカウンセラーじゃないんだって。


 真剣な表情の常連患者に、さすがの悠李もいつもの言葉を言えなかった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


こちらは、『繰り返す、その世界』の原案である『夢を見る少女』の派生版になります。主人公は成原悠李(28歳:女性)です。旧姓は香坂。

たぶん、『繰り返す、その世界』の内容をご存知の方はあまりいらっしゃらないと思いますが、悠李は『繰り返す、その世界』の『香坂悠李』。悠李の夫は『成原なりはらあおい』になります。ちなみに、高校生版ではなく、こちらが先にできました。

悠李と夫の掛け合いも書いてみたいので、そのうち書くかもしれません。


そんなわけで、短編の投稿もこれまでです。明日からは、『夜明けを告げる魔法使い』の連載を再開しようと思います。一応、連日投稿にする予定ですが、もしかしたら、隔日投稿になるかも……。

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