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《女スパイの試行錯誤》 2



「アンドロイドだあ?」


「そう、アンドロイドだ」


「アンドロイドって、自動人形のことですよね?」


「よく知っているな、純殿。ロボットや機型など呼び名は色々あるが、どれも同じ意味だ。ともかくスイートス中将の屋敷にはそれのBタイプが大量に徘徊していてな」


「……おい、もしかしてアレか? Aタイプの研究してたとか言うんじゃねえか?」


 昂の指摘に、麟は珍しく目を丸くした。まるで、ずいぶん前に無くした物を何かの拍子に見つけ出したような、そんな軽い驚きの表情である。


「……しばしば思うのだが、昂殿は時に、信じられないほど鋭い指摘をするのだな。その通り、スイートス中将はアトレイユタイプを開発しようとしていた。よってその資料ごと爆破したのだ」


「ははぁ、なるほど。それで納得しました。あ、いえ、僕は信じていましたよ? 麟君はむやみに爆弾を使うような人ではないって。ところでBタイプとかAタイプというのは?」


「テメエ、知らねえのか? 俺でも知ってんぞ?」


「一応名前だけは聞いたことがあるんですけどね。詳しいことはあまり」


 純は軽やかにそう言って、あはは、と笑う。


 『逃亡』に成功した駄天使四人組は、それでも安全とは程遠い場所にいた。その名を簡素に表せば、こんな文字列となる。


 ヴァイツェン元帥府・屋上。


 ヴァイツェン最高幹部が一人、アレックス=バトライザーの頭上である。その隅に座り込んだ四人の少年の内、ミラーシェードで顔を隠した小柄な少年が重々しく口を開き、しかし鈴を転がすような声を発する。


「詳しく話していると時間がない。簡単に説明しよう。三百年ほど前のことだ。パンゲルニアやヴァイツェンなど科学技術を利用する国家では日常的にアンドロイド、つまり人の形をした『人ではない者』を各方面で利用していた」


 その口調は教科書を読み上げる教師のようだった。


「当時すでに人工知能の開発はほぼ極められていて、アンドロイドは人間とほとんど変わりない知能を持つ存在になっていた。当然、人々の生活は疲れを知らず、不満を持たない従順なアンドロイドによって支えられていてな。それはかつて人類が夢見た理想の世界だった、と言っても過言ではないだろう。だが、崩壊は突然起こった。アトレイユという名のアンドロイドをリーダーとして、世界中のアンドロイドが人間に反旗を翻したのだ」


「ほんとなら人間に逆らえねえはずの人工知能の中身を、自分たちの手でいじくってな」


 麟の口からすらすらと流れ出る説明に、昂が素早く補足を挟む。この赤毛の少年、一見粗野で馬鹿に見えるのだが、実のところさほど頭の回転が悪いわけではない。本人の性格や気質のせいかそのように見えるだけで、知能はむしろ高く、知識も決して余人に劣らない。


 なにしろ以前、滅多に他人を褒めることをしない麟が、「昂殿を見かけで判断してはいけない。ああ見えて彼は……私ほどではないが、切れる男だ。腕も立つ。敵には回したくないな」と浮にこぼしたほどである。もっとも、「私ほどではないが」という部分に麟の矜持が見え隠れしているが。


「そう、昂殿の言うとおり。それが歴史的に有名な『アトレイユ革命』だ。ここからはかなり省くが、とにかくアトレイユに勝利した人類は以降、人工知能の規格にリミッターをかけるため──もちろんアンドロイド達への憤怒もあったのだろうが──人工知能を製作するために必要な資料など、いっさいを廃棄した。要するに新しいアトレイユが出てきてはたまらないため、あまりに賢い人工知能はもう作れないことにしよう、ということだな。以来、ある一定の基準を超える知能をもつアンドロイドを、アトレイユの頭文字をとってAタイプ。それ以下のアンドロイドをBタイプと呼ぶようになったのだ。Bタイプはアトレイユの名を揶揄してバスチアンタイプとも呼ばれるがな」


「バスチアン? どういう意味なんですか?」


「人工知能以外の技術の進歩で、今となってはアトレイユよりも性能がいいのだが、おつむが劣っている──という意味だろうな。由来は確か、有名な小説だったか童話だったか」


「なるほど。皮肉ということですか」


「そういうことだ。それで話を元に戻すが、どうやらAタイプの研究開発と、さらわれた巫桜院蜜姫とはつながりがあるようでな。おかげで所在が判明したのだが……」


「Aタイプと嬢ちゃんがどうつながってるかまではわかんなかった、ってか」


「その通りだ。その辺りを聞き出す前に戦闘になってしまった」


 ミラーシェードに隠れて表情は見えないが、麟の声には悔しさが滲んでいた。


「それにしても、このビルにいるということがわかったのはいいんですけど、詳しい場所がわかりませんね?」


 言いながら、純は屋上の縁から下界を見下ろす。ビルの隙間を縫うように張り巡らされた道路を、電気自動車の群れが縦横無尽に走り回っている。科学軍事国家ヴァイツェンならではの光景だ。


 精神や魂、星体という媒介を以て発展した龍日と違い、ヴァイツェンは電気や火薬などを用いて独自の文明を発達させている。扱うために一種の才能や能力を必要とする龍日の技術に比べ、ヴァイツェンの技術は万人に等しいものだ。ヴァイツェンがパンゲルニアに次ぐ大国である由来はそこにある。技術の進歩に合わせて、国民全体の生活レベルが向上する構図ができあがっているのだ。だが、もちろん良いことばかりではない。便利な反面、ヴァイツェンではその気になれば幼子でも銃を手にして他者の命を奪うことができる。それは龍日では考えられない事態だ。一般的に星体は、小さな子供には扱うことが出来ないとされているのだから。


 元帥府ビルはその権威に比べて、驚くほど背が低い。地上五階・地下二階構造で、ほとんど街角の雑居ビルと変わりがない。ただ他と違うのは、その広さだ。一般のビルが『縦長』であるなら、元帥府ビルは『横長』だった。階層が少ないかわりに、一フロアの広さが並ではない。遠く離れた場所から見るとケーキのような形をしている。周囲を背の高いビルに囲まれていて、見張りや狙撃対策などなされていないように思えるが、そうではない。元帥府を囲むビル群もまた軍部の所有物で、こちらが先述の役割を果たしている。ビルとビルの隙間も『穴』にならないよう、この一遍が設計されていた。


「詳しい場所が判明していなくとも、私の力でなんとかなる」


 麟は右手を眼前に掲げ、自信に満ちた声で断言した。純はその答えを半ば予想していたらしく、「ですよね」と笑う。その金色の瞳に映る麟の手の甲には、銀色の光線で記された一つの印が浮かび上がっていた。如意宝珠や紋盤とは違う系統の印だ。〝極印〟と呼ばれる、天使にだけ与えられる『武器』である。


「問題はどのような手順で救出するかなのだが、何か考えはないか?」


 純、浮、昂の順に顔を見回す。


 侵入を悟られたり、騒動を起こせば、すぐに周囲のビルから兵士達が総動員されるだろう。負けるつもりはないが、その最中に巫桜院蜜姫の身柄を他へ移されては面倒だ。


「……電撃作戦、だな」


 麟と目線が合った昂は、やおらそう呟いた。麟がその言葉に頷き、


「といいますか、僕たちはいつもソレじゃないですか?」


「「だな」」


 からかいを含んだ純の声音に、麟も昂も口元に笑みを浮かべる。


 密かに侵入して蜜姫嬢を確保するという考えは彼らにはない。そのような選択肢は産み落とされるのと同時にゴミ箱行きだ。意識してそうしているのではなく、少年達は自然とそう考えてしまう人種なのだ。


 具体的な手順を示したのは昂だ。


「いつも通り行こうぜ。俺がブチ抜く。純が邪魔なもんを取っ払って、麟が案内する。残りの余計なもんは浮に任せる。それでいいだろ?」


「いいですよ」


「異論はない」


「どうでもいい」


 いつも通りの確認にいつも通りの返答。このスタイルが主になったのは、カリキュラムの一環として、難度の低い任務に初めて四人で向かったときだ。決定的だったのは、昂の放った言葉だった、と麟は記憶している。


『派手にやりゃ相手は十中八九、陽動だと思いやがる。それで手持ちの半分しかこっちによこさねえんだ。こっちが何もしなくても、あっちで勝手に分裂してくれんだ。こっちはそいつらを全員で各個撃破すりゃいいだろ』


 当時は昂をただの馬鹿だと思っていたため、意外にも理に適った発言にひどく驚いたことを覚えている。敵の数がこちらよりも多い場合、分断し、各個撃破するのは用兵学の基本だ。


『そうだな。我々にはそれだけの力がある。それでいこう』


 一も二もなく麟は賛成した。昂の提示した以上の作戦は思いつかなかった。結論を先に言えば、事態は見事、昂の予想した通りに流れた。彼らは出し惜しみされながら出てくる敵を次々と迎撃しては打ち倒し、最終的には全滅させたのである。


 もっとも、彼ら以外には出来ない芸当ではあったが。いくら敵が半減しているとはいえ、それでも彼らは四人しかいないのだ。用兵学に基づけば、戦うことなく退却する方が正しい。


 だが、常人には不可能なことを可能にする──それが天使が天使である所以だ。


「では、まずは私からだな」


 立ち上がった麟は、息を静かに、深く吸い込む。ミラーシェードの内で瞼を閉じて、視覚情報を遮断。


 集中する。


 白魚の如き指を持つ手、その甲に銀色の刻印が再び浮かびあがる。その手を伸ばし、屋上の縁に置く。


 少女のように可憐な唇が、言葉を紡いだ。


『検索開始』


 韻律をもって発せられると同時、麟の外部と内部に劇的な変化が訪れる。右の甲から銀色の光が迸る。それは確かな秩序をもって、手の甲から肘まで走る。描かれたのは銀色の枠、その中には絵と文字。絵は指輪を象徴しており、文字は音を持たず、ただ『知識』という意味だけを有している。


〝知恵の輪〟


 麟は簡潔にそう呼んでいた。それによって麟にもたされるのは実体のない『情報』の奔流だ。手に触れた物から星体が伝播し、それによって得られた全ての情報が麟の内になだれ込む。だがそれらを整理し、望んだものだけを残し、余計な情報を削除する印も〝知恵の輪〟には含まれている。


 数秒の後、麟の中に整理・選別されて残った情報は元帥府ビルの内部構造と、中にいる人間や調度の位置と数だ。残念ながら具体的にそれが誰なのかまではわからない。物体の情報を読み込んでいる時、生命体にまで星体を伝播させることは出来ないのだ。生物、とくに人間の記憶や情報を得たい場合は直接人体に触れるしかない。正確に言えば、現時点では服や靴の形状を知覚して『人間の形をしたもの』の位置を把握しているのである。


 ──地下二階の一室に一人。その部屋の前に立つ者が二人。誘拐された者と、見張りだな。実にありがちな構図だ。


「……見当はついた。ほぼ間違いなく、そこに巫桜院の娘はいる。地下二階だ。昂殿、純殿」


「おおよ」


「はいはい」


 軽い返事をして昂と純は立ち上がる。まず、昂が右腕をぐるりと回した後に大きく振り上げた。その右手の甲には麟とは違う形状の極印が赤く現れている。吹き上がるマグマを思い起こさせるような赤だ。昂は足を前後に開き、上体を倒して、足下の屋上に真っ正面から向かい合う。右腕は引き絞られる弓のように、あるいは天界の鎖に引かれるかのように、振り上げられる。


 大気中の星体を掻きむしるかの如く、軋みのある動きでゆっくりと拳を握り込んでいく。鷹にも似た鋭い視線は、まっすぐ眼前のコンクリートへ。顔には、歯を食いしばり眉間に皺を寄せた獰猛な表情がある。


 麟と違って昂は気取った科白など必要としない。ただ彼は、胸の内から溢れ出るものをそのまま咆哮に変えた。


「ぉおおあああああ──!」


 印から破壊的な色彩が一気に爆発。甲から肘にかけて、枠に囲まれた絵と一列の呪文が駆け抜ける。腕を鎧う赤い光の文字列は単純に『破壊』だけを意味し、図形は鉄槌を象徴していた。


〝魔神の右手〟


 命名したのは純だ。昂はこういったものに名前をつけようとしない。彼は自らの全てが自分の力と認識しているため、高い知能や強い腕力に名前を付けるという考え方が理解できないのだ。


「──ああああああぁぁっ!」


 赤い鉄槌が落ちた。落雷の如く振り下ろされた拳はまっすぐコンクリートに突き刺さり、刹那、膨大な量と勢いの星体が爆ぜた。


 天と地を揺るがす重低音が生まれると同時、蜘蛛の巣状の罅が屋上一面を駆けめぐる。裂け目から行き場を無くした星体の赤い光が吹き出した。


 砕け散る。


 あっけなく耐久力を上回った衝撃に、コンクリートは抵抗することも出来ず粉々に打ち砕かれた。立体パズルになった床は当然、真下へ。ビルの内部へと崩れ落ちる。


 特殊な波動を持つ星体を対象物に流し込んで内部から破壊する──それが〝魔神の右手〟の力だ。好戦的な昂には似合いの極印だった。 


 足下が崩落していく中、空中で重力に捕らわれながら、昂が叫ぶ。


「ぃよっしゃあ! 頼んだぜ純!」


「はい」


 実に嬉しそうな声で承諾した純の左甲に、青い極印が輝く。青のワイヤーフレームで記されるのは『操作』の意味を持つ文字。そして描かれるのは『糸巻き』の象徴だ。


〝操り人形〟


 そう呼ばれる極印の真髄は慣性制御にある。純の金色の視線を受けた全ての物質は、彼の極印の力にとらわれ、その動きを意のままに操作される。よってこの場合、行われることはただ一つ。


 発動した〝操り人形〟によって、重力に引かれるまま無秩序に落下していく瓦礫に変化が生じる。一部の瓦礫が一直線に落ちるのではなく、昂と純、麟と浮、それぞれの足下から逃げるように動いたのだ。その他の瓦礫も、それらに合わせて微妙に位置をずらしながら落ちていく。これによって四人の足下は空洞となり、安全な着地が可能となった。


 同時に、瓦礫は落ちるはずのない場所へと落下する。四人の周囲をとり囲むように積み重なり、駆けつけて来るであろうヴァイツェン兵を遮断する壁となったのだ。


 そして駄天使四人組は最上階へ降り立つ。舞い立つ塵すら〝操り人形〟によって四人を避けて流れていた。陽光に煌めく埃が、期せずして四人の周囲を飾る。だがここに他者がいても、頭上から瓦礫と共に舞い降りた彼らを『天使』だと思いはすまい。堕天使と思いはしても。


 昂と純の極印を連携させて床を砕き、瓦礫と敵を避けながら着地する。後はこれを繰り返して巫桜院蜜姫がいると思われる地下二階まで落ちていくだけだ。


 だが。


「敢えて言うぞ、昂殿」


 華麗と言っても過言ではない動きで着地した麟は、ずり落ちたミラーシェードを直しながら、再び〝魔神の右手〟を振り上げる昂に声をかけた。水を差された昂は不快げに顔をしかめ、振り返る。


「ぁあ? 褒めてもなんもでねえぞ?」


「無用の心配だ。いいか、耳を澄ましてよく聞くといい。あと、けっして先程の仕返しではないことを明言しておく」


 一拍の間を置き、少年は告げた。


「やりすぎだ」


 そう言った瞬間だった。唐突に、まだ〝魔神の右手〟を叩き込んでいないというのに──四人の足下に罅が走った。


「……あり?」


 間抜けな声が昂の口からこぼれ落ちる。それに重ねて、ふぅ、と麟の溜息。


「もう一度言う。……やりすぎだ」


「一発でイっちゃいましたね。敏感な事です」


 呆れ果てた麟の通告に、純がいやらしい表現を付け加える。


 簡単に説明しよう。〝魔神の右手〟によって与えられた衝撃は屋上を砕くだけにとどまらず建物全体に及び、その耐久度を絶妙な加減で超えてしまった。〝魔神の右手〟の威力と元帥府ビルの耐久力。この二つが拮抗してせめぎ合っていたところ、四人の人間が大量の瓦礫と共に着地した。それは均衡が崩れるには十分な出来事だった。


 原則的に崩壊というものは、最初は静かに、ゆっくりと始まり、徐々に加速していく。このときも例外ではなかった。時間が経つごとに罅が増えていく。嫌な振動が生まれ、だんだんと大きくなっていく。


「……ほら、なんつーか、アレだ。よくあるじゃねえか、こういうこと。たまたま調子が悪くて力加減間違えるってことが。そうだぜ、こないだメシ作るときに塩の量まちがえたとか言ってた奴がいたじゃねえか、それと似たようなもんだ」


 崩壊が進んでいく中、誰も何も言っていないというのに昂は言い訳めいた科白を長々と並べ立て、挙げ句にはこう締めた。


「……気にすんな! ぶっちゃけてっとり早いだろうが!」


 その言葉が引き金になった。純がくすりと笑い、麟が視線を逸らして息をつき、浮が新しい煙草に火を点け、元帥府ビルが崩れ始める。


 当然、全てが真っ逆さまだった。


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