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チートな四人組がなにやら大暴れするそうですよ?  作者: 国広 仙戯


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《機関長の期待と二匹の天使》 4



「アレは何だ……!?」


 窓の向こうに見える【ソレ】を見た麟は、我知らず声を上げていた。


 突然の地震に飛び起き、慌てて窓に張り付いて見たものは、あまりにも常識外れだった。


 【ソレ】は異形だった。


 龍日でも随一の頭脳と知識の持ち主と自負する麟から見ても、それは理解しがたいものだった。


 寝起きの頭だからだろうか、と片手で頭を叩く。夢だろうか、ともう片方の手で頬をつねる。


 どちらも適度に痛くて目が覚めた。だが幻でも夢でもなかった。


「……浮殿、私が眠っている間に一体何があったというのだ」


 背後の巨漢に問いかけながら、麟は現状の把握に努めた。


 彼が今見ている方角には、ちょうど元帥府地区がある。元帥府本体に引き続き、その北に位置する建物が消えているのがわかった。おそらく先程の地震はそれが原因だろう。誰の仕業かというと、あの二人しか麟には思いつかない。


「…………」


 麟の質問に、浮は答えなかった。


「──浮殿?」


 珍しい、と言うよりも、おかしい。浮はいつでも麟の声には答えてくれる。そうでない時は決まって隠し事をしているときだ。未来を視ることのできる彼は、その項目に関してはいつも沈黙を貫く。


 振り返ると長身の少年は、一歩離れた場所に黙然と立っていた。


「……浮殿にはコレが視えていたのか?」


 麟が質問を変えると、今度は返事があった。


「そうだ」


「では、【アレ】が何かも知っているのか?」


「知っている」


 小さく頷く浮。


 麟は浮を責めるつもりはなかった。彼はいつでも自分のことを想ってくれている。そのことを熟知しているからだ。浮は麟の不利益になるようなことはしない し、隠し事をするのもその優しさの表れなのだ。もしこの事態を予め知っていたら、麟はおちおちと眠ることが出来なかっただろう。麟の疲労を気遣っての秘匿 だったのである。責められるはずがない。


 麟は再び窓へ視線を移す。


 目を覚まして窓に張り付いた瞬間、金のような銀のような激しい閃光が天へ昇っていくのを麟は見た。それは以前見た〝バルーダー〟の光とよく似ていたが、規模が段違いだった。


 それだけでも十分驚愕に値するというのに、さらに続きがあった。


 天に昇る巨大な光の柱を喰らうかのように、その足下から赤と青の光がせめぎ合いながら現れたのだ。


 光の柱は瞬く間に半分を赤、もう半分を青の輝きに浸食される。二色の光は互いにぶつかり合いながら、競争するように光柱を上り詰めていった。


 出し抜けに凄まじい音が響いて、空が割れた。原因不明の衝撃波で雲の群れが全て吹き飛ばされたのである。


 そして現れたのは、異形、と称するしかない代物だった。


 【ソレ】は実に形容しがたい存在だった。


 この目にしておきながら、麟は未だに信じられない。


「……立体映像ではないのか?」


 などと自分でも信じていないことを浮に問う。当然だが浮の答えは決まっていた。


「違う」


 立体映像でもない。幻でも夢でもない。


「……現実、ということか」


 呟くと、麟は眉間に皺を寄せた。


 ヴァイツェンの元帥府、その上空に現れた二体の異形へ向けて蒼穹色の瞳から真剣な視線を射込む。


 まず簡潔に言い表すなら、異形、怪物、化け物、悪魔などといった単語が出てくる。


 麟のこれまでの人生において、一度も目の当たりにしたことのない姿形をしていた。なおかつ、彼の持ちうる全ての知識を総動員させても、理解に苦しむものだった。


 一方は、炎と金属片の塊。


 もう一方は、漆黒の昆虫。


 まず特筆すべきはその巨大さだった。


 元帥府地区と麟達のいるホテルとの間には結構な距離があるはずだが、それでもくっきりとその姿を視認できる。


 そこからしてもうおかしい。異常だ。炎に包まれた金属片の塊が浮いているのもおかしければ、あんなに大きな昆虫が存在するというのはいっそ冗談の域である。


 炎と金属片はさらに詳しく言えば、どことなくシルエットが全身鎧を着用した人間に見えなくもない。だが勿論あんな巨大な人間はいないだろうし、いたとし ても紅蓮の炎に包まれていてはとても生きていられないだろう。細かい金属片──と言っても確実に人間よりも大きいだろうが──の一つ一つが部品となり、重 武装の騎士にも似た輪郭を形作っているのだ。そしてその全体を、まるで質量を持っているかのように見える重厚な火炎が包み込んでいる。


 金属片同士の間には細かな隙間がいくつもあり、鎧の中が空洞であることが見て取れる。まるで、そう、あれは、騎士の形をした金属のパズルに火が点いているというよりも──


「存在感を持つ炎を、鎧が閉じこめようとしているかのような……」


 それでも抑えきれなかった炎が隙間から溢れ出て、全身を覆っているように見えるのではないか。鎧が炎を纏っているのではなく、その逆で。


 炎が鎧を着ているのでは。


 その姿を陳腐な言葉で表現すれば、こうなるだろう。


「ほとんど、漫画やテレビに出てきそうなロボットだな……」


 歪な金属片が集まって剣や盾らしき形をとっているのも、その印象に拍車をかける。兜とおぼしき部分から二本の角らしきものが生えているように見えるのは、もはや洒落としか思えなかった。


 もう一方の昆虫も、負けじと常識外れだ。


 黒光りする甲殻は立派なものだが、その姿形はグロテスクを通り越して滑稽とも言える。


 甲殻の塊をいくつも数珠繋ぎにした百足のような体に、でたらめに生えた何十本もの手足。大小無数、左右非対称に広がる羽根。それらは常に伸縮を繰り返していて、硬そうに見える甲殻の表面からいきなり飛び出したかと思うと、そのすぐ傍で逆に引っ込んでいくものもある。


 液体金属で出来た昆虫、というイメージを麟は抱いた。今は昆虫の形をしているが、もしかするとどんな姿にも変幻自在なのかもしれない。


 当たり前だが麟の知識にあるどの昆虫にも当てはまらない。あるいは多種多様な昆虫たちを集めて融合させれば、あのような姿になるのかもしれない。頭部も また一呼吸ごとにその形を変えているが、カブトムシのような角が生えてきたかと思えば、次の瞬間にはクワガタムシに似た形状をとる。厳密に言えば、特徴的 には昆虫にも甲殻類にも属さない、まったく新しい生物だった。


「見た目の割には、宙にいるというのに羽根を全く使用していないな……」


 常に形状を変化し続けてはいるが、その実まったく動いていなかった。だと言うのに空中にくっついたように浮かんでいる。


 さて、どこからどう突っ込むべきか──などと学者肌の麟が考えた時だった。


 視界の端に妙なものをとらえて、彼は親友の異変に気付く。


「浮殿?」


 視線を転じ、そして目を見開く。


 異常は浮の右手にあった。


 彼の極印が静かに発動していたのだ。


 黒い光とでも形容すべきか。闇そのものと言うべきか。影を幾重にも重なればこうなるであろう黒い線が、右手の甲に紋様を描いている。


 極印〝魔術師〟。


 麟が命名したそれは、普段の浮にはまったく必要のないものだった。何故ならその能力は『他者との意思疎通』であるからだ。この〝魔術師〟を使えば、言語 体系の全く異なる文化に属する者、また人間でない生物全般と意思の疎通をはかることが出来る。だが、普段から他者とのコミュニケーションに消極的な浮だ。 しかもその気になればテレパスがある。はっきり言って無用の長物だったのだ。


 しかしそれが今、発動している。


 どういうことか。


「……どうしたのだ、浮殿。貴殿がそれを使うのは珍しいが──」


 一体どうして、と続けようとしたが、それより早く、


「勝手に動いた」


 浮のその言葉に、麟は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「勝手に?」


 有り得ない、という言葉を麟は飲み込む。そう、考えられない話だ。アクセルを踏まなければ車が走らないように、極印も所有者から星体の供給を受けなければ発動しない。鉄則と言うよりも、これは当たり前の話だ。


 だが、浮が嘘を言うはずがない。ならばどういうことなのか。それを考えるのが麟のいつもの役目だ。


 浮は麟に心を開き、他の者に対するときよりも口数を増やす。優しく気遣ってくれる。だが、さほど多くは語らないのだ。特に未来や運命に関すること、そして普通ならば知るはずのない事柄は。


 ただ麟が推測し、問いかけたことに対してはちゃんと答えを返してくれる。正解か間違いかのどちらかをはっきり教えてくれるのだ。


「もしや……あの〝炎の騎士〟と〝昆虫〟に関連があるのだろうか?」


 浮は、こくり、と頷く。


 その肯定を受けて、さらに麟は考える。


 とすると、あの空に屹立する二体の異形は、極印を介して浮と連動していることになる。極印と関係有るもの、それは一体何だろうか。


 それは他でもない、極印だ。


「──まさか」


 天啓のように閃いた可能性。それを思いついた麟は慄然とした。脳天に雷が落ちたような衝撃があった。


 記号による安易な連想だ。極印と連動するのもまた極印。では、あの二体の異形は龍日の天使と関係があることになる。


 そして元帥府地区にいるであろう、二人の戦友を思う。


 単純な話であり、安直な思いつきだ。


 しかしそれしか考えられない。


 結び付きはまるで説明できない。一体何の意味があるのかもわからない。本当に関係があったとしても、相当に無茶苦茶な話だ。尋常ではなく、非常識もいいところだ。


 ただ、有り得ない話ではない、というだけで。


 麟はしばし、それを吟味する。他の可能性がないかどうかも検討する。浮に確認すれば早いだろうが、突拍子もなさ過ぎてその気になれない。


 だが頭のどこかで、合理的ではないな、と感じている自分がいた。浮に確認することを恐れている、と認めるのは麟の矜持が許さなかった。根拠のない事を言うのは嫌だからだ、と言い訳じみたことを考える。


 多分、その予測を信じたくない、と思っているのだろう。それを否定する材料が欲しい、とも。


「──行こう、浮殿。おそらく、あそこに行けば何かわかるはずだ」


 昂殿と純殿にテレパスでそう伝えてくれ、と言いかけて、やめた。


 答えを出すのをまだ保留にしておきたかったのだ。


 麟の言葉に浮が頷く。麟は手を伸ばして、浮の制服の袖を掴んだ。


 後になって、私は思考停止の愚を犯していた、と後悔するのはやはり後の話だった。




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