《巨竜が咆哮が轟く》 2
「完成を急げ、と言われてもそりゃ無理ってもんだヨ、元帥さん」
ラキ=アンドロティヌスはバトライザーの地位に臆することなく言い放った。
まだ三十代に入ったばかりの少壮の男で、バトライザーお抱えの科学者である。ぼさぼさの頭と無精髭、よれよれの白衣。およそ一般人が思い浮かべる、『だらしのない天才科学者』を鏡に映したような、わかりやすい男である。
「無理を承知で言っているのだ」
元帥府地区、北棟。元帥府を囲むビルの中でも、真北に位置する建物である。ここは緊急事態における臨時の司令部である役割と、もう一つ、バトライザーが秘密裏に編成した研究団の施設という裏面を持っている。ラキはその研究団の筆頭だった。
「そう言われてもねェ。確かにほとんど形にはなっているし、装備も可能だけれど……」
ここでは今なお、対カーネル戦用の兵器が開発されている。それは、『オリハルコン』という無限のエネルギー源を核とした、常識はずれの武器だった。その コンセプトはバトライザー本来の気質とよく合致している上、『オリハルコン』がアトレイユタイプ縁のものだとよくわかる仕様となっている。
コードネーム〝フッフール〟。
それは簡単に言ってしまえば、〝バルーダー〟を超える光学兵器であり、同時に多数のアンドロイドを意のままに操る特殊兵器である。
「肝心の『アトレイユシステム』の調整がまだ済んでいないんだヨ」
〝バルーダー〟から三十年。ヴァイツェンの技術力は日進月歩で向上し、人体のサイボーグ化の技術水準も高まっている。〝フッフール〟は内蔵式だが、それでも〝バルーダー〟よりも太く強力なレーザーを発射することが可能だった。
「かまわん。レーザーが撃てれば十分だ」
また『オリハルコン』をエネルギー源・兼AIとして使用することにより、かつてのアトレイユと同じように他のアンドロイドの制御を乗っ取り、操作するこ とができる。名を『アトレイユシステム』と言い、これを使えばまるでカーネルのごとく、不死身とまではいかないが強力なアンドロイド部隊を完璧な連携を もって戦わせることが出来る。
アトレイユシステムは開発陣が勝手に考案した機能だが、〝バルーダー〟よりも強力で連射可能なレーザーは、バトライザーが望んだものだった。カーネルを 殺したとしても、次の瞬間に新しいカーネルが現れるのならば、それさえもすぐに消してしまえばいい。もう二度と復活できないよう、全てのO.B.Kメン バーを消し去ってしまえばいい、と。
「そうかい? もったいないなァ」
『オリハルコン』をエネルギー源とする〝フッフール〟に補給は必要ない。理論上、何度でも高出力レーザーを発射することが可能だ。それをヴァイツェン最高の戦士であるバトライザーが装備すれば、敵はない。──少なくともバトライザーはそう思っている。
「アンドロティヌス、これ以上の口答えは許さん。未完成でもいい。黙ってそれを私に装備させろ」
共犯者だと思っていた龍日の片桐聖子との通信を終えてから、バトライザーは慌てることも焦ることも取り乱すこともなく、〝フッフール〟の完成を待ってい る。もう時間がないことを彼は直感で悟っていた。元帥府を破壊された元帥など、自分が初めてだ。この事実一つをとっても、もはや失脚は免れない。
「ハイハイ、今すぐにー」
今頃はアレッキノが、この扱いにくい男から元帥杖を取り上げるために奔走していることだろう。彼の器量ならば、バトライザーがいなくなった後もなんとか して龍日との仲を修復できるに違いない。ああ見えても優秀な男だ。うまくやってくれることだろう。だが、しょせんは奴も自分を理解してくれない敵だった、 とバトライザーは思う。
いや、この三十年、味方がいた試しなどなかった。いたのは敵か、敵でなければ味方でもない無理解者だけだった。そう、結局、自分の味方はセシルただ一人 だけだったのだ。その唯一無二の味方を、自分はその愚かさ故に失ってしまった。それはどこの誰のせいでもなく、どうしようもないほどの自業自得だった。
だからこそ。だからこそ、カーネルとの決着はこの手でつけなければならなかった。唯一の味方を奪った存在、カーネル。その存在を消し去る権利が、自分にはある。新兵器を自らの身体に埋め込める形にするよう指示したのは、そんな自負があったからだ。
──誰にも邪魔はさせない。誰にも先を越させはしない。カーネルを倒すのはこの俺しかいない──
もう何度目かになるかわからない誓いを、バトライザーは胸中の聖地に打ち立てる。
「しっかし、どうしたんだい、急に? カーネル戦はまだまだ先だと思っていたんだけどなァ」
バトライザーに〝フッフール〟を取り付ける作業を行いながら問うたラキへ、
「状況が変わったのだ」
バトライザーは簡潔に答える。ラキの相槌も適当だった。
「ふーん」
もともとさほどの興味もなかったのか、会話はそれだけで終了した。
〝フッフール〟の取り付け作業は短時間で済んだ。『オリハルコン』を必要とするため最初から出来るはずがないのだが、設計時から量産化を視野に入れてい たためだろう。着脱部が汎用規格になっているのだ。つまり、サイボーグであればほとんどの者がすぐに〝フッフール〟を装備できるようになっている。
両腕と背中、そこに取り付けるだけで済む。だが、現時点では最強の新兵器。
「思っていたよりもあっさりしているものだな」
「そうだネー。でも結構、改良くわえているヨ? グランツさんから送られてきた龍日の如意宝珠のデータもあるからね。よりエーテルを集めやすくなっているはずだヨ」
「そうか」
〝フッフール〟を取り付けるために脱いだ軍服を再び身に纏い、バトライザーは居住まいを正す。
「世話になったな」
「……どうしたのサ、急に改まって?」
珍しく殊勝な事を言う、と言いたげな表情をラキはした。失言だったか、とバトライザーは少し後悔する。もとより興味はないだろうが、この科学者は近くバトライザーが元帥の座から引きずり下ろされることを知らないのだ。
詳しく語る気にもならないし、別段、知らないままでいても問題はなかろう。
「気にするな」
バトライザーが遮断するように言って立ち上がったとき、突如、大音響で警報が鳴り響いた。
「アレ?」
ラキが天井を見上げ、間抜けな声をこぼす。この科学者は外の情報をほとんど得ていないのだろう。警報が鳴ったというのに慌てる風もなく、まるで緊張感がない。
「来たか。どこで情報を得たかは知らんが、随分早い。さすがはあの女狐の部下だな」
「知り合いかい?」
ラキの質問は言い得て妙だった。この時、バトライザーは乏しいユーモアのセンスを刺激され、冷笑と共にこう答えた。
「知り合いとは、違うな──言うなれば、共犯者だ」




