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チートな四人組がなにやら大暴れするそうですよ?  作者: 国広 仙戯


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《包囲網突破》 1



 まずやるべきことは包囲網の突破だった。


「昂君が派手にやっちゃったせいでいっぱい集まってきてますね」


「だからわざとじゃねえっつってんだろうが。いいじゃねえか、今なら遠慮することもねえ。派手にやってやらぁ」


 会話を交わしながら、瓦礫の山の隙間から出てきた二人の少年は、それぞれの手の中に如意宝珠を握り込む。自分用のものをファーブルに奪われた昂は、代用として麟の白銀色の如意宝珠を借りていた。単に色が違うだけなのだが、昂としては微妙な違和感が拭いきれない。


 派手にやる、との言葉通り遠慮はなかった。如意宝珠が立体的な回転を開始し、刹那、大人一人を飲み込めるほどの星体が生じた。幾何学的な柄を持つワイヤーフレームの球体は、生まれると同時に消え失せ、少年達に剣呑すぎる物を残していった。


 昂の手には身の丈ほどもある両刃の大剣が現れていた。まるで鉄塊である。彼の怪力があればこそ、扱える獲物だろう。


 純も負けてはいない。先刻のファーブルを見て思いついたのだろう。如意宝珠が彼に与えたのは巨大な対戦車ライフルだった。人間には過ぎる重量と反動のため、本来は車両などにとりつけて使用する物である。だが、純はそれを軽々と構えていた。その右腕には青の〝操り人形〟が輝いている。


 元帥府跡地である廃墟は、とっくに武装したヴァイツェン兵に囲まれていた。二人が知る由もないことだが、テロの犯人である昂達の正体は既にバトライザーに看破されている。天使が一騎当千の猛者なら二千の兵を当てればいい──その戦略思想の正しさを証明するかの如く、駄天使たちを囲む軍勢は軽く三万を超えていた。しかも対天使用にか、全員が重装備である。


「いやがるいやがる。ウジャウジャいやがるぜ」


「流石に多いですね。でも、これで僕達を止めようと思っているのなら舐めすぎですよね」


 どんな状況でも純の口調は軽い。昂も、へっ、と笑い、


「なら思い知らせてやりゃいい。俺たちを止められんのはあの聖子のババアぐらいなもんだ、ってな」


「聖子さんは怖いですからね。怒られないように早めに終わらせましょう」


 三万の敵に包囲された二人の科白ではなかった。


 麟と浮は、すでに瞬間移動によって姿を消している。昂と純もそれに頼れば良かったのだが、あいにく二人は生粋の戦士だった。安全よりも危険を、安寧よりも戦闘を好む気質を持つ。


 昂が大剣を振り上げ、告げる。


「行くぜ純。ついてきな!」


「はい」


 純は嬉しそうな声で頷いた。


 まずは昂が俊足を見せて駆けだした。周囲のヴァイツェン兵にどよめきが走る。彼らに、時代遅れの剣一本で突撃してくる少年を見ても驚くな、というのは酷な話だろう。


「!」


 だが彼らも素人ではない。少年の速度を見て、銃を構える手に力が篭もる。


 少年の動きはあり得ない速さだった。足音が遅れてついてきている。まるで稲妻だ。ヴァイツェン兵は瓦礫の山を駆け下りてくる少年へ一斉に銃口を向けた。


 極印〝操り人形〟は慣性を制御する。重力も突き詰めれば慣性であるため、純はそれすらも御する。そのため、どのような巨大な武器だろうと軽々と使いこなすことが出来るのだ。


 類い希なる美貌の少年は、その体格に似合わない大型兵器の引き金を、躊躇いもなく引いた。


 圧縮された星体の塊が音もなく発射される。本来ならば撃ち出された方向へ一直線にしか進めない弾丸はしかし、〝操り人形〟の糸に絡め取られ、右回りの曲線を描き始める。


 弾丸はあっさり昂を追い越し、一斉にヴァイツェン兵を薙ぎ払った。瞬く間に多くの兵士達が一発の弾丸に身体を貫かれ、そこを中心に爆ぜ、倒れていく。鉄甲弾で戦車の装甲を貫く強力なライフル。それでもって星体を撃ったのだ。千の人体を貫こうと、その威力は弱まることを知らない。


 妖精のように円を描いて飛ぶ弾丸は、徐々にその半径を広げていく。まるで死神が麦畑で鎌を手に踊っているかのようだった。麦穂のように次々と命が刈り取られていく。おもしろいほどバタバタと兵士たちが死んでいく中、場違いな抗議をあげたのは昂だ。


「ああああ! テメエ純! なに人の獲物とってやがんだ!? やりすぎだぞコラ!」


 ついてきな、と言っておいてこれである。接近用の武器と遠距離兵器のどうしようもない差であった。これに純は、あは、と笑い、


「すみません、つい。では残り半分は昂君にゆずりますね」


 この数秒で数千の命を奪った一発の銃弾は、あり得ないことに真上へと軌道を変えて飛んでいった。魔弾が空に吸い込まれ、死神の刈り取りが一時的だが終了する。


「ったく……次やったら承知しねえぞ!」


「はい」


 それはそれで楽しみだ、という顔で純は頷く。実を言うと、この二人はかつて本気で殺し合ったこともある仲だった。その時の決着は未だついていない。今は同じ上司の下にいるため手を組んではいるが、機会さえあれば雌雄を決したいと互いが思っていた。


 純は対戦車ライフルをいったん如意宝珠へ戻し、今度は二丁の拳銃を作り出した。それを手に昂とは反対方向へと走り出す。敵集団に突っ込んでいくつもりだ。


「それでは、また後で」


 その声を昂は聞いてはいなかった。彼の周囲では既に銃声が群れをなしていた。彼我の距離があと数十メートルというところまできて弾幕を張られたのだ。銃弾の嵐を避けることなどできるわけがなく、また身に降りかかる全てを叩き落とすことなど不可能だ。


 だから昂は無視した。全身で銃弾を受け止める。


「……なんだ!? なんなんだアイツは!?」


 ヴァイツェン兵の誰かが叫んだ。全身を鉛玉で撃たれても赤毛の少年は平然としていた。昂も純も、伊達や酔狂でスウェーデンボルグの制服を着用しているのではない。この制服には強力な防護結界が込められているのだ。構造としては極印に近く、星体を流すことでその効果を発揮する。無論、星体を扱う能力に長けている者が身につければ、その防御力は鋼鉄の全身鎧をも遙かに凌ぐのだ。


 今なお襲いかかる死の礫のなかで、昂はにやにやと笑っていた。唯一の変化は、服や肌に銃弾が擦過する毎、その部位から金色の光が瞬くことだ。ヴァイツェン兵からしてみれば、理解しがたい神がかった力が少年を守護しているようにしか見えない。


「俺たちゃ急ぎなんでな。遠慮も手加減もしねえぜ?」


 麟がこの場にいれば「今まで遠慮と手加減をしていたとでもいうのか」と言ったであろう。


 溶岩色の光が迸り、〝魔神の右手〟が発動する。荒々しく渦を巻く星体と、如意宝珠から生まれた大剣とが完全に同調する。


「ぁああああああっ!」


 雄叫びをあげ、少年は大剣を大上段から振り下ろした。切っ先が勢いよく地面に突き刺さる。


 刹那、怒濤のごとき衝撃波が生じた。


 大地を砕き、大気を裂き、破壊力の塊がヴァイツェン軍へ一直線に殺到した。


 轟音が物理的な力を伴って瓦礫を吹き上げ、突き進む。その一振りは指向性をもつ爆弾に等しかった。訓練を積み戦闘という行為に特化した人間達が玩具のように、枯れ葉のように吹き飛んでいく。






「派手にやっているようだな」


 頭上から響いてくる音と揺れに、麟は視線をあげて独語した。蒼穹色の視線の先には、〝バルーダー〟によって食い破られた天井の穴からのぞく青空がある。


 巫桜院蜜姫の身体とファーブルの姿を求め、改めて地下に戻ってきた麟と浮だったが案の定、影も形も見つけられなかった。だがそれは予測の範囲内だ。麟は落胆する必要を認めず、ただ右手に意識を集中させる。星体が右手の極印を走り、力を放つ。


 例え絶望的な状況でも、自分ならば手掛かりを得て何とかすることが出来る。そう麟は自負している。自分だけでどうにもならない時は、浮がいる。二人でいればどんな事でもできると信じていた。


 右手で瓦礫に触れ、辺り一帯の情報を読み込む。


 巫桜院蜜姫の身体はどこにあるのか。ここになければ、どこへ行ったのか。自分たちが逃れた後、ここで何があったのか。それらを知るために。


「……なるほど、な。ファーブル殿が持って行ったのか。何を考えているのかは知らないが、私たちを敵に回して無傷で済むとは、よもや思ってはいまい」


 腕を組み、不敵に笑う麟に、


「麟、どうする?」


 と浮が問う。麟と二人きりの際はこの無口な少年も、やや口数が多くなる。


「決まっている。彼女の行方を追い、蜜姫嬢の身体を回収しなければ。昂殿達が『星石』を取り戻しても、入れる身体が無ければ何の意味もないのだからな」


「わかった」


 短いが強い頷きに、麟は密かに安堵を得る。浮が唯一心を開くのが麟だとするならば、麟が唯一心を開くのも浮なのである。二人はスウェーデンボルグに来る前から共にいた仲だった。互いに助け合い、支え合いながら生きてきた。それは今でも変わらないし、これからも変わらないだろう。


 不意に麟は口の端に苦笑を乗せて、こう言った。


「すまないな、浮殿。いつも私に付き合わせてしまって」


 元はといえば、浮がスウェーデンボルグに在籍している理由は『そこに麟がいるから』というものだった。麟が聖子に誘われてスウェーデンボルグに入らなければ、生まれつき雲のように自由な気質を持つ浮が、組織に縛られることはなかっただろう。言い換えれば、麟の存在が浮を束縛しているとも言えるのだ。


 麟の言葉に浮は、昂や純の前では絶対見せない微笑みを浮かべた。


「気にする必要ない」


 それは麟にしか見せない表情だった。浮はもう瞳を失った盲人だが、あれば間違いなく優しい眼差しを麟に向けていたことだろう。それがわかるからこそ、麟もミラーシェードを外して浮の顔を見上げる。


 言葉はいらない。何も言わなくともこの感謝の念はきっと届くだろう。そんな気がした。


「では行こうか、浮殿。急がねばならない」


 いつものように浮の服の裾を掴み、これから向かう場所を指定する。


「わかった」


 浮が頷くと、次の瞬間、二人の姿は風に吹かれたロウソクの火のように消えた。






 敵陣の真っ直中に飛び込み、純は踊るように両腕を振った。


 二本の人差し指が連続で引き金を引く毎、ヴァイツェン兵が次々と倒れていく。昂のように派手な技こそ無いが、純は一人一人を確実に死神の元へと送っていた。


 ほとんど視線を動かすことなく駆けながら、二つの銃口を縦横無尽に閃かせる。まるで目を使わずとも全てが見えているかのような動きである。


 もちろん、その顔から笑みが消えることはない。


 横から、後ろから、死角から襲いかかるヴァイツェン兵を一瞥することもなく正確に照準し、撃ち抜く。今のように集団の中にいれば敵は同士討ちを恐れて引き金を引くことができないが、こちらはそんなしがらみとは無関係だ。例え流れ弾が昂の方へ向かおうとも、彼はきっと避けるだろうし、当たったところで死ぬとも思えない。遠慮する必要はどこにもなかった。


 まるで舞い踊るかのように、しかし機械の如く機敏な動きで腕を振り、傍にいる人間を冷酷に撃ち殺していく。


 そして遠慮する必要がないのは昂の方も同様だった。


「づぁあああああっ!」


 というよりもこの少年の場合は最初から周りを見ていない。ただ思うがまま剣を振り回し、破壊を振りまいていた。


 〝魔神の右手〟が周囲の星体を貪欲に吸い上げ、力へと変えていく。一撃一撃が爆裂し、ヴァイツェン兵達を蹴散らす。


 元帥府跡の周辺は、一方的な虐殺の場と化していた。


 龍日の天使がどれほど圧倒的で、比類のない存在であるかを見せしめているかのようだった。攻撃が通用しない分、O.B.Kよりも恐ろしい敵であるとヴァイツェン兵は思ったことだろう。


「おい純! そろそろブチ抜くぞ!」


 いい加減飽きてきたのだろう、昂が叫んだ。いくら二人が天井知らずの体力を持っていたとしても、たった二人で三万人の敵を全滅させるには時間がかかりすぎる。三万匹の蟻を踏みつぶすのにどれほどの時間が必要かと考えれば、三万の人間を殺す手間がどれほどのものか、自ずと想像出来るだろう。


「はい」


 純の返事は簡潔だった。彼の場合、自らの行為に何かを感じているのかすらも不明だ。飽きた風でもなく、かといって楽しむ風でもなく、ただ淡々と撃ち続けている。少なくとも嫌いではないことは確かだろうが。


「──ぉおおおおおおおおっ!」


 咆哮と共に、昂の周囲の星体が大剣に向かって一気に凝縮する。濃密な〝魔神の右手〟の輝きは溶岩のごとき色彩から黄金色へと変化していた。


 振り下ろす。


 その瞬間、破壊力が渦を巻き、竜巻と化した。瓦礫を巻き込みながら地面を抉り、空間を削り、全てを貫く。


 〝バルーダー〟に勝るとも劣らない一撃だった。黄金の龍が駆け抜けた軌道上の何もかもが吹き飛んでいく。多くの悲鳴が上がり、逃げ切れなかった者達が紙切れのように宙を舞った。


 数秒後には、上空から見て〇型だった包囲網に、塞ぎようのない巨大な穴が生じていた。まるで空に棲まう巨大な悪魔が爪で大地を引っ掻いたような、無惨な痕を残して。


 ブチ抜くぞ──その言葉に偽りはなかった。


「純! ついてこい!」


「はい」


 あんまりといえばあんまりな出来事に、もはやヴァイツェン兵達は戦意を失っていた。時折、散発的な抵抗としていくつか銃弾が飛んできたが、無論二人を傷つけることは叶わず、そうとわかるとすぐに止んだ。


 C型になった包囲網を疾風のように突き抜けていく二人の少年。その姿を、無力な兵士達はただ見送るしかなかったのだった。




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