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チートな四人組がなにやら大暴れするそうですよ?  作者: 国広 仙戯


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《反逆児は昨日を生きない》 1



「私だ、アレックス=バトライザーだ」


「そうか、君か。どうかね、調子は?」


「おかげさまで順調だ。それよりも今日は苦情を言おうと思っている」


「ほほう? 私にクレームをつけるというのか。おもしろい。どんな苦情だね?」


「何故、天使が我が国にいる? これはどういうことだ?」


「なんだ、そのことかね。つまらん。つけるならもっと愉快なクレームにしたまえ」


「苦情に愉快も不愉快もない。答えろ、何故、天使が派遣されている」


「待ちたまえ。その前に、その質問の根拠を聞こう。何をもって天使が派遣されていると?」


「グランツとスイートスの件はどうせ耳に入っているのだろう? その際、グランツの監視カメラに『天裁の剣紋』入りの服を着た子供が映っていた。二人組の、紛れもない天使だ。違うとはいわさんぞ」


「違うな。全然違う。そいつらは天使ではない」


「シラを切るつもりか!」


「待て待て、落ち着きたまえ傭兵元帥。誤解だ。シラを切るつもりなど一切ない。私は、奴らが天使ではない、と言っているだけだ。ちなみにその二人は私の部下でな。どうやらミスを犯してしまったようだ。こうもあっさり正体を見破られてしまうとは。律儀にうちの制服を着ていくこともなかろうに。いや、面倒くさがったのかもしれんが。……おや、そういえば奴らには私服を与えていなかったかな?」


「……つまり貴様の手先ということか」


「その通り。察しがいいな、閣下?」


「どういうことだ。私に『オリハルコン』の所在と利用法を教えたのは貴様だろう。何が目的かは知らんが、互いの利害は一致していたのではないのか? だから私にカーネルを殺す方法を授けたのではないのか?」


「もちろんだ。我々は同志だよ、アレックス=バトライザー元帥。カーネルも天帝も輪廻歴史の守護者だ。一方、我々はその輪廻歴史の破壊を目論む不届き者だ。輪廻歴史にはカーネルが殺されたという出来事は記されていない。君が新兵器を開発させたという記述もない。だから君がカーネルを殺すことには全面的に賛成しているよ?」


「ならば何故邪魔をする! 貴様の部下はグランツとスイートスのみならず、私まで手にかけようとしたのだぞ! 貴様ならもう知っているはずだ、私の元帥府が破壊されたことを!」


「ああ、そのことか。それはおそらく、君にも責任があるはずだ。私の読みが正しければな」


「何だと? どういうことだ?」


「窮鼠は猫をも噛むということだ。大方、巫桜院蜜姫と名乗るアンドロイドから必要な物を取り出したら、そのまま破壊せずに放置しておいたのだろう?」


「……何故そんなことがわかる」


「ふふ、君はさっきから何故何故ばかりだな。それ以外に言葉を知らないのかね? まあいい。これはトリビアだがな、アトレイユタイプはその機構上、存在するだけで星体の調和を乱すのだ。おそらくそのせいもあって私の部下が加減を間違えたのだろう。まったくもって君とその部下達にはご愁傷様だ」


「……私を裏切るつもりか?」


「裏切る? とんでもない! いつから私が君の味方になったというのだね?」


「! 貴様……!」


「勘違いはよしてもらおう、傭兵元帥。私も、私の部下も、常に自分だけの味方だ。君もそうだろう? 言わせてもらうが、君こそ私を利用するだけのつもりだったくせに、今更義理人情を語ったところで説得力は皆無だ。そうは思わないかね?」


「……ふっ。なるほど、そういうことか。全てお見通しだったということか」


「それだけ君の底が浅いと言うことさ、アレックス=バトライザー。だがまあ、がんばりたまえ。私は私のやりたいようにするし、君も君のやりたいようにやればいい。全ては互いの器量次第じゃないか。他人に頼りすぎてはいけないよ?」


「ふん、まったくもって同感だな。私が甘かったようだ。貴様のような輩を信じていたとはな」


「君は君の道を往きたまえ。その力が強ければ、多少の邪魔など屁ではないだろう。無論、私はそれを利用させてもらうつもりだが」


「できるものならやってみろ。逆にその手を食いちぎられても文句はいわさん」


「望むところ、というものだ。とにかく君は一刻も早く、新兵器を完成させた方が良い。手前味噌だが、私の部下は優秀だぞ? なにせいつ私の寝首をかくかわからんほどだ。おつむがよく回るから、事と次第によっては遠慮無く私の敵に回るだろうよ。素敵な話だと思わないかね?」


「正直な話、貴様の考え方は理解に苦しむ。だが、おもしろいな。不思議なことに貴様を敵に回して高揚している自分がいる」


「そうだろうとも。そうでなくてはいけない。君はこの私を敵と見なしたのだからな」


「最後に聞いておきたいことがある」


「何だね? 遠慮無く聞くとよかろう。君の望む回答を出来るかどうかわからないが」


「目的は何だ? 一体何がしたい? 私がそちらの貴族に扮したアトレイユタイプを奪い、カーネルを殺して、それで貴様にどんなメリットがあるというのだ?」


「それは確か、君と私が初めてコンタクトをとった時にも出た質問だったな。あの時の答えはもう忘れてしまったかな?」


「……あれは本気で言っていたのか?」


「もちろんだ。何度でも言おう。私はおもしろいことが大好きだ。今のこの世界は非常につまらん。だから壊す。ただそれだけのことだ」


「はっきり言うが、心底理解に苦しむ。だが、なるほど。納得はしよう。貴様は輪廻歴史を断つというのだな」


「つまりはそういうことだ。ああ、一応警告しておく。そちらにいる私の部下だが、出来れば正面切って衝突しない方が良い。おそらく君の新兵器でも勝てないだろうからな」


「ふざけるな。アレはカーネルすら倒す。貴様の部下どころか、パンゲルニアすら目ではないのだ。勝てない相手などいるものか」


「残念ながら否定しよう。私の部下は天使でもなければ真っ当な人間でもない」


「では何だというのだ」


「怪物だ」


「……もういい。私も暇ではない。これ以上は付き合い切れん」


「おや? 切られてしまったか? もしもし? もしもし? 本当に本当のことだぞ? 奴らに余計な刺激を与えたらそれこそ〝大爆発〟するぞ? ……惜しい、聞こえていないか。まあいい。がんばりたまえ。私は君を応援しているぞ。それが例え、無駄な努力だと知っていようともな」




「もうとっくに切れていますよ、機関長」


 無感情な電子音を漏らす通信機に話しかけ続けていた聖子へ、細村は呆れを通り越して疲労に満ちているような声をかけた。彼はこの数時間で十数年も老け込んでしまったかのような錯覚を得ていた。無理もない。この短時間に、彼の内的宇宙は何度も根底から覆されているのだから。


 細村は溜息混じりに、かすれた声を吐き出す。


「黒幕があなただったとは、夢にも思いませんでした」


「言っただろう? 計画はすでに発動していた、と。全ては私の布石、私の思い通りだ。誰もが私の掌の上で踊っているにすぎんのさ」


 通信機を置いてソファーに戻ってきた聖子は、得意げに笑っている。今回の任務に昂達四人をあてるため、わざと無能を振る舞うよう指示していたこと。それだけではなく、その任務の対象である事件を引き起こすきっかけを作ったのも彼女だという。にわかには信じがたいが、現実はどうしようもなく細村の前にあった。


 どこから情報を入手したのか、彼女はバトライザーのカーネルに対する復讐心を知っていて、それを利用したのだ。〝カーネルを倒す方法がある、それにはまず巫桜院蜜姫という名のアンドロイドを誘拐しろ〟とそそのかして。


「それにしても、一体どこで巫桜院家のご息女がアンドロイドだということを、しかもアトレイユタイプだということをご存じになったのですか?」


 並の方法で掴める情報ではない。何かしらのコネがなくては知り得ない事実のはずだ。それをこの機関長は持っているのだろうか。


 しかし細村の質問に、聖子は真面目に答えなかった。


「そいつは企業秘密だ。例え君でも知らない方が良いということもある。覚えておきたまえ」


 冗談口で誤魔化したようにも聞こえるが、このような場合、もう細村が何をどうしようともこの件について聖子が口を割ることはないだろう。これまでの付き合いの中で、細村はそれを知悉していた。だからすぐにその質問を諦め、別の問いを口にする。


「では何故、龍佐翁はアトレイユタイプを実の娘として公表したのでしょうか? 何か意図が?」


 これを聖子は、はっ、と鼻で笑った。


「意図? そんなものあると思うのかね?」


「機関長はないとお考えなのですか?」


「無論、考えるまでもないだろう。単純明快な話だ。龍佐翁には長く子供が出来なかった。出来る予定もなかった。だが、二三宗家ともなれば世間体もある。形だけでも世継ぎがいるという体裁を整えなければならない。その旨を天帝に相談する。結果、端から見ているだけでは人間と区別のつかない娘を下賜される。それだけの話だ。簡単なカラクリだろう?」


 確かにカラクリは簡単である。だが、今の話には重大な事実が含まれていた。


「では、天帝は、破棄されたはずのアトレイユタイプを製造する技術を持っているのですか……?」


 驚愕を隠せない様子の細村に、聖子はつまらなさそうに鼻息をつく。


「細村。君の思考回路は少しばかり形が悪い上、硬すぎる。型にはまった考え方をせず、少しは枠を越えた見方をしてみるといいだろう。そうすれば驚きに値する点がいくつもあることに気付くはずだ。例えば、天帝が大昔に捨てられた技術を持っていたことに驚くのではなく、未だにアトレイユタイプの製造技術が完全に破棄されていなかった事に驚く、とかな」


 どちらにせよ大事であることに違いはない。由々しき事実だ。不意に細村は自分の足が小刻みに震えていることに気付いた。気が動転しているためか、膝が完全に笑っていた。


「持っているから与えた。それはとても自然なことだ。不思議なことではなかろう?」


 そういう問題ではない、という気持ちが細村の声を大きくした。


「しかし、アトレイユタイプは全世界的に禁止されています! それを破れば世界中を敵に回すことになりかね」


「そんなことはあり得ないのだよ、ホサ村」


 怒鳴ったわけでもなく、どすを利かせたわけでもない。それなのに聖子の声は静かに強く、細村の口からあふれ出す言葉を押しとどめた。


「先刻も話したが、この世界には輪廻歴史というものがある。我々がまったく同じ歴史を何度も繰り返しているという、くだらない伝承がな。今のところ、これは完璧に護られているのだろう。我々は何者かの導くまま、いつかどこかであった出来事をバカ正直に再現している」


 聖子の漆黒の瞳から溢れる光は鋭く、悟性に充ち満ちている。そのはっきりとした断定口調は、まるで彼女が無謬の存在であるかのように、細村に思わせる。


「これは陰謀史観とよく似ているためそう思うかもしれんがな、れっきとした事実なのだよ。我々は導かれて──いや、操られている。掌の上で踊らされているに過ぎないのだ。わかるか?」


 わからない。何を言っているのか。何が言いたいのか。細村の理解を超える話を、彼女は展開しつつあった。その声は、まるで世界の真理を知る賢者の如く朗々と流れる。


「その『誰か』は決してこのことを公にしようとはすまい。何故なら輪廻歴史に『龍日が禁断の技術を保持していたために世界中を敵に回した』という記述がないからだ。輪廻歴史にないことは起こるべきではないと、『誰か』はそう考えているのだ」


 『誰か』とは一体誰をさすのか。細村の思考は嫌な予感のする方へ向かう。聖子が『誰か』という単語を口にする毎、細村はその声に微妙すぎる陰影を見てしまう。


「だが、それを逆手にとることも出来る。要するにその『誰か』は輪廻歴史にあること以外には何も出来ない。輪廻歴史にないことは起こせないのだ。そこに付け入る隙がある」


 付け入る隙があるということは、隙あらば容赦はしないということだ。細村は背に氷を入れられたような悪寒を感じ、戦慄する。この片桐聖子という女性は、一体何に隙を見つけ、付け入ろうとしているのか。その疑問の答えを、細村はすでに直感で気付いている。先程の通信の中で、眼前の女性が答えを述べていたのだ。


「その『誰か』とは……天帝とカーネルの事ですね?」


 それは龍日という国そのものと、O.B.Kという、ヴァイツェン軍ですら御することの出来ない化け物達のことだった。


 ──尋常じゃない。この人は狂っている。


 そう思わずにはいられない。一体どんな力と根拠をもって、そんな巨大なものに付け入ろうというのだ。スケールが違いすぎる。間違いない。絶対に負ける。殺されてしまう。勝てるわけがない。


「私が死ねと言ったら死ね。その覚悟はあるのだろう?」


「!?」


 細村の心を全て見透かしたように、聖子は問うた。細村は全身の筋肉を硬直させる。気付くと、聖子の瞳が自分を見据えていた。強い目だ。細村はその視線に射抜かれ、蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解する。針に縫いつけられたかのように、身体が動かせない。彼女の瞳から視線をはずすことができない。はずしたら、その瞬間に何かが起きてしまいそうだった。


「世界と歴史を操るような輩と事を構えるのが、そんなに怖いか? それではいかんな。もっと楽しむべきだろう。こんなことは滅多に経験できんぞ。ん?」


 怖くないはずがない。敵は圧倒的だ。そもそも自分たちは天帝に忠実であるよう、子供の頃から教育されてきた。天帝は不可侵の神である、という忠誠心が根底に根付いてしまっているのだ。それを覆すのは並大抵のことではない。


 聖子は失望したように、ふぅ、と溜息を一つ。


「私は、君が私のために命を賭ける覚悟があるというからこの話をしている。だがもし、これまで聞いた話で怖じ気づいてしまったのならしょうがない。とっとと尻尾をまいて天帝に媚を売りに行くとよかろう。無論、私は全力で阻止するが」


「……ご冗談を」


 細村は無理に唇の端を歪めて笑って見せた。そんなこと、出来るはずがない。


「私も男です。二言はありません。あなたのためなら、この命、捨ててみせます」


 細村にも意地があった。その意地にかけてもここで退くわけにはいかなかった。


 ふと細村は、小一時間ほど前の会話で感じた悪寒を思い出した。それは今、彼の全身を震えさせているものだったのだ。


 恐怖と高揚。


 それらを呼び寄せているものを言葉にすれば──『反逆』だ。


 それは、たった二文字の、しかし強烈な事実だった。


 自分の上司である片桐聖子は、この世界に反逆しようとしているのだ。


「そいつは嬉しい限りだ。だが、残念ながら私は君の想像のさらに上をいっているぞ。本当についてこれるかね?」


「ついていってみせます。何があろうとも」


 断固とした決意を乗せて、細村は言い切った。既に自分が引き返せない領域にまで来ていることを、彼は理解していた。今さら後戻りなど出来るわけがないことも。


 珍しく挑戦的な部下に、聖子も特徴のある不敵な笑みを浮かべる。


「私は知っての通り、他人の掌に乗せられるが大嫌いだ。だが他人を掌に乗せて踊らせるのは大好きだ。君は今、間違いなく私の掌の上にいるぞ?」


「それなら精々、上手に踊ってみせるだけのことです」


 その返答が気に入ったらしく、聖子の笑みが、より深いものに変化した。


「では楽しみにしているといいだろう。おそらく、今日一日は君の人生にとって忘れることの出来ない一日となるはずだ。楽しみはまだまだこれからだ。腰を抜かすなよ?」


「ご冗談を。この程度で腰を抜かしていてはあなたにはついて行けません。……お茶がなくなってしまったようなので、入れてきましょう」


「うむ」


 と聖子が頷き、三秒が経過した。


「……どうしたホサ村。ティーを入れてくれるのではなかったのかね?」


 聖子の声が意地悪っぽく響く。


「いえ……少々お待ちください」


 努めて冷静に細村は言った。だが、どうやってもそれは隠しようがなかった。さらに五秒が経過したが、それでも細村は新しい茶を入れに行くことが出来ない。ソファーから立ち上がれないのだ。


「さては、腰を抜かしたな?」


「…………」


 実に嬉しそうな聖子の声に、細村は黙ってうつむくしかなく、何も言い返せなかった。




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