表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/39

《駄天使四人組の任務遂行開始》 1



 昂はその頭を鷲掴みにして、壁に向かって思いっきりぶん投げた。


 〝ヴァイツェン〟の白い戦闘装備を身にまとった男は、まるで玩具のように宙をかっ飛び、勢いよく壁に激突する。悲鳴はあがらない。掴まれたときの勢いが激し過ぎたため、身体が宙に浮いた時点で気を失っていた。


「次ぃっ!」


 雄々しく叫び、続いて躍りかかってくる兵士に拳を繰り出す。全身の筋肉をバネのごとくしならせて打ち出された一撃は、名も無き兵士の顔に容赦なく炸裂した。交通事故レベルの衝撃を顔面で受けた兵士は、ボウリングのピンのように吹っ飛ぶ。床に転がる頃には意識も木っ端みじんになっていた。


 これで折り返し地点。三十人ほどいた警備部隊の半数が、昂一人に地に這わされるという結果が出た。残る隊員たちは昂を取り囲んでいるものの、たった今その目に焼き付けられた光景に全身を凍り付かせている。


 たった一人。十代後半と思しき、たった一人の少年に十五人も仲間達が倒された。しかも素手で。なおかつ少年は無傷のまま。驚愕以上に、戦慄が隊員たちを支配していた。


 眼前に立つ赤毛の少年には銃が通用しないのだ。銃口を向けた途端、彼はそれこそ跳弾のごとく床を跳ね、壁を蹴り、天井を飛び、一瞬にして背後へ回る。そして信じがたい怪力の一撃を兵士達に叩き込むのだ。


 世界で唯一あの『超大国パンゲルニア』に牙を剥くヴァイツェンの精鋭部隊が、今、たった一人の少年に全滅させられようとしていた。


 黒地の所々に深紅をあしらった制服らしき格好をしている少年は、自分を取り囲む白い戦闘服の群れをぐるりと睥睨すると、はっ、と笑う。


「おいおいヴァイツェンの兵隊ってのはこんなもんか? 科学軍事国家って呼ばれてるわりには歯ごたえなさ過ぎだぞ。気合い入れねえとマジでこんなガキに負けっぞテメエら?」


 右手を顔の前まで上げて、くいくい、と手招きする。


 そんなことで頭に血を上らせるような者は精鋭部隊にはいない。あからさまな挑発を無視して、隊員たちは目配せし合う。ほんの一瞬の、無言のコミュニケーション。だが彼らにはそれだけで十分だった。刹那で作戦を選び即座に意志を統一し瞬時に行動へ移す。


 三人が昂に銃口を向け、四人が天井に銃口を向け、残る者がその場から離脱しフォローに回った。誰もが防弾装備だ、同士討ちになることはない、好きに撃てる。一糸乱れぬチームワークが発動した瞬間、昂の体が弾丸のように天井へ跳ぶ。瞬きするほどの間だけをおいて銃声が三つ重なった。さらに一瞬の間を置いて四丁の銃が天井に座り込んだ昂へ発砲。


 遅い。


 昂の体は残像を残すほどの速度で弾け飛び、隊員の一人の背後へ着地している。そこへフォロー役の七人が一斉に銃口を向け、


 突然、人体のひしゃげる音が連続して響いた。


「!」


 文字にならない叫び声があがった。あげたのは昂の目の前で体を反らした隊員である。電光石火だった。昂の拳がガトリング砲のごとく隊員の背中を乱打し、爆裂に近い衝撃を与えたのだ。


 防弾装備である。それは同時に対衝撃素材であつらえた防具であることを意味する。だがそれをもってすら、これまでに十五人の隊員が一撃で気絶させられている。その殴打を畳み掛けた威力は、隊員たちの想像を絶した。


 落雷のごとき出来事に、体中の骨を砕かれた者を除く全員の心臓が、悪魔に鷲掴みにされた。


 圧倒的な力の差を見せつけられた──誰もがそう感じていた。


 重い音を立てて不幸な隊員の体が崩れ落ちると同時、残った者は総じて一つの結論を出した。目配せを交わし意志を統一して瞬時に行動へ移す。


 退却である。


 三人が発砲して昂を牽制するのを皮切りに残った十一人が走り出す。誰を優先するでもなく、昂の近くにいた三人が牽制に回り、残りを逃がしたのだ。さすがによく訓練されている、と昂は胸の中で感心する。が、


「だからって逃げるこたぁねえだろが! 諦めはやすぎんぞコラァッ!」


 その声に反応したわけではないだろう。だが、そうとしか思えないタイミングで、退却を開始した隊員たちの足が止まった。そして糸の切れた操り人形のごとく次々と倒れていく。


「……あ?」


 予想外の出来事に昂が訝しげな声を漏らした。すると、それを待っていたかのように、少年に銃口を向けていた三人の隊員もが一斉に床に転がった。一人に視線を向けると、その額で銀色の何かが光っていた。よく見るとそれはとても小さな針で、表情から察するに、眠っているのだと思われる。


 それを見てすぐに、昂は何が起きたのかを悟った。


 通路の奥に視線を送ると、やはりそこには見慣れた人物が一人。昂より頭半分は高い背丈を持つ、背中まで届く黒髪をポニーテイルに結った少年。彼が天使養成機関スウェーデンボルグにおいて屈指の美貌と女癖の持ち主であることを、昂は知っている。奴の持つ金色の瞳は邪眼の親戚に違いない、とはここにはいないメンバー・麟の言葉だ。魔神の親戚扱いされた少年は、どこで仕入れてきたのか右手に麻酔銃を握っていた。警備隊員たちを眠らせたのは間違いなく彼の仕業だった。昂は眉間に皺を寄せて、不機嫌な声を投げつける。


「純。テメエな、荷物取り戻すのに一体何分かかってんだ。おかげでこっちは十人以上も素手でぶっ倒し続ける羽目になったんだぞ」


 そう言う昂はまったくの無傷であり、説得力が無いことは当人にも自覚がある。それを知ってか、純と呼ばれた少年はにっこりと微笑んだ。それはまさしく翼を隠した天使の微笑で、この柔らかな微笑みが老若問わず多くの女性を虜にするのだ。


「まあまあ、そう怒らないでください。ただでさえ短そうな寿命がさらに縮んでしまったら、きっと機関長が踊って喜んでくれますよ?」


「そいつはそいつでかなりムカつくな。つうかテメエ俺をなだめたいのか怒らせたいのかどっちだコラ?」


「それはベッドの中で女性にだけ打ち明ける秘密ということで。はい、昂君のお荷物ですよ」


 右手の麻酔銃を適当に放り捨て、左手に持っていた物を昂に差し出す純。それは二枚のメタルプレート。一枚は赤銀色、もう一枚は青銀色に照明を照り返している。幅四センチ、長さ十二センチ、厚さ三ミリのその表面にはある特定の紋様が刻まれていた。ちょうど中央が円形にくぼみ、それを中心として全体に線が走っている。それはどこか、翼を生やしたカメレオンを抽象的に表現していた。


 昂は赤銀色のプレートを受け取り、右手に握り込みながら純に尋ねる。


「んで、結局どっちだったんだ?」


「どうやらこちらはハズレだったようです。というより女性が一人もいません。大ハズレですね」


 ため息混じりに言うその顔は本当に残念そうだった。昂はそんな純に、遠慮なく呆れの表情を見せる。同じようにため息混じりで、


「じゃあ、なんか手がかりになるような情報とかはなかったのかよ?」


「ありませんでした。どうやら中将クラスにも知らされていないようですね、この件は」


 その答えに昂は舌打ちを一つ。


「んじゃ、麟と浮の方で情報つかめてりゃいいんだけどな」


「そうですね。ちなみにここの主人もきっちり殺っておきましたので。どうも僕たちを何かに利用しようとしていたらしく、本部に連絡がいった形跡はなかったんですけどね」


「おう。しっかし、わざと騒いでとっ捕まってまで探ったってのに、収穫ねえってのは、こう……なんつうかムカつくよな。テメエせめて俺にトドメささせろよ」


 純は笑顔に明るい声で言う。


「いやぁ、なんだかあの人、ものすごく腹の立つ顔をしていたもので」


「あー、それなら仕方ねぇか。にしてもこいつら、中将の護衛にしちゃあ弱かったよなぁ」


 昂はあっさり納得して歩き出した。倒れている警備隊員をよけ、屋敷の出入り口へ向かう。純もその背を追って歩き出す。


「そうですね。一部の人はかわいそうなんで命はとらないでおきましたけど。あ、でも昂君? 殺らないといけない時はちゃんと殺らないとダメですよ?」


「わかってらあ」


 純の追う昂の背中。そこには深紅色の刺繍で描かれた紋章がある。切っ先を真下へ向けた両刃剣の柄から、大きな猛禽の翼が生えている紋様である。それは二人の国では『天裁の剣紋』と呼ばれるもので、その形は〝龍日〟の先兵たる『天使』の象徴だ。また、深紅色は『天使養成機関スウェーデンボルグ』出身であることを意味している。


 この場合、『天使』とは翼持つ使徒を意味しない。龍日の最高権力者──神を自称する神威天照帝の御使いを指す。


 『天裁の剣紋』の形は、天帝の剣を表している。切っ先が下に向いているのはそのためだ。天に切っ先を向けることは、天帝に刃を向けるという意味になる。そのため、かつては逆賊が〝切っ先を上に向けた髑髏の柄頭を持つ剣の印〟で象徴された時代もあった。また、『天裁の剣紋』の柄部分を飾る猛禽の翼は、天帝の権力を象徴している。絶対性・不死性・超越的・究極的など様々な意味を内包しているが、その全てが、天帝が神であることを示しているのだ。


 その天帝の加護を受けた剣。それがすなわち天帝の尖兵──『天使』なのである。


 そんな『天裁の剣紋』を背負った二人の少年、昂と純は龍日の天使である。ただし、最後に『見習い』という文字が付記されるが。


 ──龍日と安全保障条約を結んでいるヴァイツェンに拉致されたと思われる二三宗家の令嬢の、生存確認および救出──


 それが二人と、ここにはいないもう二人の天使見習いに与えられた任務だった。


 二三宗家の一門である巫桜院家の一人娘、名前は蜜姫。代々各宗家の長女の名には『姫』が、長男には『龍』が与えられる。現当主の龍佐は成人してすぐ妻をめとったが、長く子供ができず、蜜姫は龍佐が齢五六にして初めて授かった嫡子だった。そのためか、龍佐の蜜姫への愛情の注ぎようは二三宗家の間でも有名で、誰もが「龍佐翁にとって、蜜姫嬢は本当に蜜のように甘いものなのだろう」と微笑ましげに語るという。


 その蜜姫嬢がある日突然、行方不明になった。その事実を知った龍佐翁は衝撃のあまり病に臥し、遅れてそれを知った天帝が天使の封印を解除した。通常であれば天使の封印は緊急事態、あるいは非常事態でなければ解除されないもの──否、解除されてはいけないものである。しかし、かねてより忠臣としての信が厚かった龍佐翁のため、天帝は例外的に天使の封印を解除した。命を受けた天使達は即刻捜索を開始。情報が集められ、整理された結果、蜜姫嬢がヴァイツェンに拉致された可能性が浮上する。理由は不明だが、蜜姫嬢が白い服の男数人に囲まれているのを見た、という目撃情報があったのだ。確認が求められるのは当然のことだった。


 だがここで、天帝の例外的な命令のため、救出に派遣される天使の人選にも例外が生じた。安全保障条約を締結しているヴァイツェンに公然と天使を送り出すことは出来なかったのだ。かまわぬ、と天帝は言ったが、二三宗家中十八宗家に反対されては、神を自称する存在も強硬に我を押し通すわけにはいかなかった。


 そういった複雑な事情による選考の結果、五つある天使養成機関の一つ『スウェーデンボルグ』から四人の天使見習いが選出された。四人の名を、昂、純、麟、浮という。天使または天使見習いに名字はない。また名前すら本名ではない。全ては符号であり、天裁の刃たる天使にはそれだけで十分なのだ。それ以上は必要ない。


 他の天使養成機関である三善趣、ラウム、ピタゴラス、ペリクリーズから派遣員がいないのは、それはそれで特別な理由がある。平たく言えば機関長同士の権力抗争の一つであると、今は記しておく。わかる者にはわかる事情なのだから。


 事実、昂、純、麟、浮の四人は天使見習いどころか、スウェーデンボルグでは有名な駄天使四人組であった。よって、見習いの中から優秀な者が派遣されてないあたり、そこにはある種の『焦臭さ』がまとわりついているのは当然というより、必然だった。


 そんな焦臭さに気づいているのかいないのか、下手を打てば外交問題まで発展する任務に派遣された駄天使は、軽い口調で口を開いた。


「美人なんでしょうね」


「あ? 誰が?」


「巫桜院蜜姫嬢ですよ。あの二三宗家でも頑固で有名な巫桜院のご老体が、目に入れても痛くないほど可愛がっているそうです。知っていますか?」


「ああ、聞いたことはあるけどな。だけどな、資料にゃ顔写真はなかっただろ。不細工かもしんねえぞ?」


「まあ五六歳になってからのお子さんらしいですからね。可愛くて可愛くてしかたなくて可愛がるのもわかります。ですがこういった場合、さらわれた姫君というのは美人というのが基本なんですよ。定番ではないですか」


「知るか」


 無愛想にそう答えてから、昂はさっきから意識の表層で聞き流していた音に気付いた。毛足の長い絨毯を歩く音にすら掻き消されてしまうような、それほど小さな音。木の板に軽く針を刺すような、そんな音だった。聞き耳を立ててみると、音は背後から聞こえていた。


 振り向くと、純が拳銃を撃っていた。廊下に点々と転がっているヴァイツェンの兵士たちに向けて。どれも昂が手加減して気絶させた者ばかりだった。


 昂は足を止め、眉根を寄せた。冷たい視線を純の顔に突き刺し、睨みつける。


「……何やってんだテメエ」


「ああ、バレてしまいましたか。静かにやっていたつもりだったんですけど」


「だから、何やってんだテメエ」


 低い獰猛な声に恫喝されても、純の金色の瞳は柔和さを失わない。くすり、と笑って、


「簡単に言えばフォローです。機関長も言っていたでしょう? 僕たち見習いはお互いを補い合うこと、と。昂君はエンジンがかかるまでが甘いので、その間は僕がフォローとして関係者は皆殺しにしないといけません」


 そら恐ろしいことを優しげに言う。そのギャップに昂はやはり呆れが宙返りをする。


「……テメエな、」


 と昂が溜息混じりに注意しようとしたところ、


「事態の本質を理解しましょう。もしもの場合は、僕たちを送り出した片桐さんが死んじゃうかもしれないんですよ?」


「……!」


 口調こそ丁寧だったが、白刃のごとき舌鋒を純から突きつけられた。昂は思わず口をつぐんでしまう。見ると、それでも純は微笑みを絶やしていなかった。


 純の言っていることならば昂も理解している。しかしだからといって、即座に命を奪うことに行動が繋がるほど、容赦という言葉と無縁ではなかった。そして、自らの行いが不手際であり、その後始末を同僚が黙ってしていたことに対する嫌悪感もそう簡単には拭えない。


 短い葛藤の末、昂は舌打ちを一つ。


「癖だ。次からちゃんとすっから余計なことすんじゃねえ」


 こう言い置いて、また歩き出した。


「はい」


 と嬉しそうに頷き、純はまた引き金を引いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ