第一話 別れ話は、ベッドの後で。 3
中肉中背。
肩甲骨の辺りで切りそろえた、ストレートの黒髪。
大きなドングリ眼は、母親譲り。
高くもなく低くもなく、自己主張も全くない、平均的な鼻梁。
全体的に垂れかげんの顔のパーツは、父親譲り。
ベビーフェイス、といえば可愛らしいけど、仕事には今一役立たない童顔は、少し悩みの種。
中学から短大までの八年間、熱中したテニスの名残りの筋肉は、まだ健在で。 それでも、いくらかその頃より脂肪が付いて、丸みを帯びたボディラインは、 少しは『女らしく』なっているかもしれない。
単に、『太った』とも言えるけど。
あの頃は、無駄な贅肉ってなかったものなぁ……。
何をどれだけ食べても、太ることは無かったし。
あの頃は、若かった。
なんて、年寄りじみた感傷に浸っている場合じゃない。
こんな所に長居は無用。
時間は、ちょうど十一時。
幸い、まだ終電に間に合うし。
さっさと清算して、アパートに帰ろう。
急いで髪を乾かし、服装を整えて。
「うん。忘れ物ナシ、準備は万端」
部屋の中をぐるりと見回し、財布を取り出そうとバッグの中に手を入れた、次の瞬間、ギクリと、私は、ものの見事に固まった。
「あれ?」
いつもの場所に、財布がない。
どこかに、紛れてるのよね――?
背筋に流れる嫌な汗が、フリーズした脳細胞を再起動させ、ガバッとバッグの口を全開にして、中身をガサガサとかきまわす。
でも、たかだか三十センチ四方の狭いバッグの中に、財布の紛れる場所などあるわけもなく。確かに、間違いなく、そこにあるはずの財布は、なかった。
財布がなければ、ホテルの料金は払えない。イコール、家には、帰れない。そう悟った瞬間、脳天に血が上った。
「うそっ」
ど、どこかに落とした!?
部屋中を、ぐるぐる行ったり来たり。世話しなく視線をめぐらせてみるも、そう都合よく財布は見つからず。
これはやっぱり、ここ以外のどこかに落としたとしか考えられない。
何が、大人の女だ、
この、おっちょこちょいっ!
って、自分に突っ込みを入れてる場合じゃない。
お、落ち着け私!
パニクる頭をぽかりと小突き、大きく一つ深呼吸。
なんとか落ち着きを取り戻し、財布のありかを求めて、名探偵よろしく腕組みをして、記憶の中を捜しにかかる。
ホテルには、彼の車で来た。
今日は自分がホテル代を払う番だからと、コンビニに寄ってATMで現金を引き出して、そう、ちょっとした買い物をしたんだった。
キャンディと二人分の缶コーヒーと、彼に頼まれたいつもの煙草。
レジで清算して、白いビニール袋に買ったものを入れて貰って、そのまま車に戻って。あのときまで、確かに財布はあった。
「あの後、どうしたっけ?」
左手にレジ袋をさげ、右手に財布を持って、車の助手席に乗るとき邪魔だからと、レジ袋の中に財布を、ポイっと。
「……入れたよ、入れた」
そして、そのレジ袋は、後部座席に置いたまま。
そのココロは。
財布の行方は、たった今手酷く振られたばかりの、元恋人の車の中――。