第二話 ピンチの後の大ピンチ。 7
榊くんがホテルに来た理由は、簡単に言うと『おケイに頼まれたから』だった。
電話では気付かなかったけど、おケイは身体の調子が悪かったみたいで、一緒にいた彼氏は、お酒を飲んでいるので、運転できず。
そこで、私と仲が良い榊くんに、『どうせ一人で暇してるんでしょ? 可愛い同僚のためだから、よろしくねー』と、白羽の矢を、立てたらしい。
まあ、おケイとも榊くんは仲が良いし、考えれば外に頼める人は思い当たらない。唯一の選択肢、と言えなくはないけど。
それを受け入れて、律儀に来てくれる辺り、やっぱり榊くんはいいヤツだ、と思う。
そして、榊くんの雰囲気がいつもと違い、不機嫌モード全開だったのには、聞けば至極真っ当な理由があった。
真夜中、寝入りばなに、電話で叩き起こされて、車でも四十分はかかる場所にあるホテルくんだりまで、『自分の口座からお金を引き出して』持ってきたら、その同僚に、押し込み強盗に間違われて、危うく後頭部殴打で大怪我するかもしれない所を、身を挺して救ったにも関わらず、暴行魔扱いされて、殴る蹴るの、暴力を振るわれた。
――からだと、指折り数えて列挙され、私としてはもう、平謝りに謝るしかない。
我ながら、呆れてしまう。
お互い、大した怪我がなかったから良いものの、下手をすれば謝ってすむ話じゃなくなるところだった。
今ほど、自分の『おっちょこちょい』な性格を、恨めしく思ったことはない。
「ほんっとに、ごめんなさい!」
コメツキバッタの化身のように、ぺこぺこと頭を下げる私に、榊くんは笑いながら、
「じゃあ、小腹が空いたから、これで何かご馳走してもらおうかな」
と、三万円入りの、白い封筒を差し出した。
借りたお金で、借りた相手におごるって言うのも、なんだか妙な気がしたけど。
それも、まあ、いいか。
変なエネルギー消費が激しかったせいか、私も、お腹が空いちゃったし。
「心を込めておごらせていただきます。って、今の時間だと、ファミレスくらいしか開いてないけど……」
「ファミレス上等。折角だから『タカラダ』に行きますか?」
そう言って、榊くんは、片方の眉を『ん?』と上げて、おどけたように口の端に笑みを刻む。
『タカラダ』とは、株式会社宝田が経営する全国チェーンのファミリーレストランで、実は、私達が勤めているのは、そこの関東支社の製品企画室という部署なのだ。
「おお、仕事熱心ですねー。榊主任は」
「ばーか。仕事なんかするかよ。あそこは、酒が飲めるだろ?」
確かに、ビールと日本酒のほかに、ワイン、その他諸々のカクテルなんかが飲めたりする、不思議なファミレスではある。
だけど、問題が一つ。
「お酒って、榊くん、車でしょ? 私が運転しても良いなら構わないけど……」
確か、榊くんの車って、四駆で、もの凄く大きいのよね。
「ええと、私、ペーパードライバーですが、それでもOK?」
の申し出は、代行を使うからと、丁重にお断りされてしまった。
そうと決まれば、善は急げ。
急いで身支度をして、私達は、部屋を後にした。
時間帯が時間帯だけに、ひそひそと、内緒話のように声を潜めて、他愛もない話に花を咲かせて。
あんなに沈んでいた気持ちが、いつの間にか浮上していて。
友達って、ホント、ありがたいって思う。
しみじみと、そんなことを感じながら階下にあるフロントに向かうべく、エレベーターホールに着いたときだった。
タイミングよく、下からエレベーターが上がってきた。
良く考えれば、こんな時間帯に何故?
と疑問に思うはずだけど、その時はそんな事などまったく気にもせず。
チン――。
と、エレベーターが止まり、スッと出て来た人影に何気なく視線を泳がせ、その姿を捉えたその刹那。
ドキリ、と、鼓動が、大きく跳ね上がった。