第二話 ピンチの後の大ピンチ。 6
「さ、榊くん!?」
榊耕平。
二十五歳。
私の同期入社の同僚で、男性社員では一番仲がいい、気の置けない男友達。
『な、なんで、榊くんがここに居るの?』と、出しかけたその言葉は、一際高く上がった女のあえぎ声で、喉の奥に引っ込んでしまった。
『あ、あんっ、いやややぁんっ』
もちろん、私が上げたものじゃない。
例の、アダルトビデオだ。
付けっぱなしで寝てしまって、そのままだったことに、ようやく気付く。
最初に見たものとは違う作品らしく、今度のカップルは、SMが趣味らしかった。
赤いしめ縄で身体を縛られた女と、ロウソクを片手に黒い鞭をふるう男のカップルが、怪しげな世界を繰り広げている。
げ。
げげっ。
なんぞ、これっ!?
「あああ、あのっ、そのっ、これはねっ!」
しどろもどろで弁解を試みるけど、何をどう弁解すればいいのか分からない。
だって、この状況は誰が見ても、『二十三歳女子、ホテルの一室で、深夜のアダルトビデオ鑑賞の図』以外の、なにものでもない。
「その、誤解しないで……ほしいな……なんて。アハハハ」
「……」
ごにょごにょごにょと、尻つぼみになる私の言い訳に、榊くんは答えず、ちろり、と伺い見れば、先刻と同じ、険しい表情のまま、テレビの画面に見入っている。
「あ、あの、榊くん?」
「……」
ちょっと、キミ。
仮にも、女子を組み敷いたこの体制で、AVに見入ることはないでしょうが!
と、普段なら、文句をいう所だけど、
さすがに、この訳の分からない状況では言い出しかねた。
恐る恐るの体で、
「あの……」
と、口を開こうとしたとたん、ジロリと鋭い視線を向けられて、すくみ上がる。
な、なんで、睨むのよー。
パーツ自体は整っているだけに、これだけ至近距離で眼光鋭く睨まれると、かなり怖い。
普段はニコニコと愛想が良い彼の、その見慣れぬ表情のせいで、いつものように気安く言葉が出てこなかった。
もしかして、怒ってるの?
さんざん殴る蹴るしたから?
で、でも、それは、あの場合、不可抗力でしょうが。
第一、なんで榊くんが、ここにいるのよ!
と、言葉にすることも出来ずに、どきどき悶々としていたら、
「ふうん、市村って、意外な趣味もってんだな。いやー、新発見新発見」
と、感心したような間の抜けた声が降ってきて、肩の力がすうっと抜けてしまった。
顔にも、いつもの愛想の良い、ニコニコスマイルが浮かんでいる。
なんだ。いつもの榊くんだ。
「違う違う。そんな趣味、これっぽっちもないから!」
とりあえず、
「重いから、どいて?」
ほっとして、やっといつものように言葉が出てくる。
「ん? ああ、悪い、ほら手」
ワンアクションで、身軽にひょいと起き上がった榊くんは、スカートがめくれ上がってジタバタともがいている私の手を取り、引き起こしてくれた。
そうそう。
愛想が良くて、何気に優しくて。
これが、いつもの『榊耕平』だ。