幸運な男
男は年甲斐もなく公園でブランコを漕いでいた。童心に帰りたかったという気持ちもあったかもしれないが、やることが分からなくて途方にくれているといったほうがより的確だろう。
会社を50を手前に不景気だからという実に分かりやすい理由で、先日クビになった矢先だった。住んでいたアパートは何者かによって放火され、結果全焼。犯人に復讐したい気持ちでいっぱいだったが、そんなもの何の利益にもならない。
だからと言って、何も始められない。この世知辛い世の中のどこに学歴なんて無いに等しい男を雇ってくれるだろうか。
男はため息をつきながら、取りあえずハーローワークへ向かって歩き出した。道中、馬鹿みたいに笑っている顔が男にとってはとてつもなく憎い。
どうやらわざわざ出向いた甲斐はなかったようだ。受付の職員の男の経歴を聞いたときの論外だ。と言いたいばかりの顔が容易に想像できる。
肩を落として男は歩く。あてになる親戚や友人はいない。やはり、公園でしのぐしか無いのか。いや、一日ぐらいはどこかに一泊できるか・・・
そう思って、財布を確認しようと思ったが、手応えが全くない。
神にすがるような気持ちでポケットと言うポケットをまさぐったが、ついに見つからなかった。どこで落としたか、また、スられたかとんと見当がつかない。その時、足元で嫌な感覚がした。案の定の犬の糞を踏んでいた。必死で地面にガリガリと落とそうしているが完全には落ちないだろう。
そんな哀れな男を助けようとする人間はおらず、あろうことか男の情けない姿に笑いを堪えるものもいる。男の目から涙が落ちる前に、男の寂しい頭の上に水滴が落ちてきた。今夜は公園で濡れ鼠にならなくてはいけないのか。いや、俺はきっと明るい場所に出られない暗い場所で汚く這い回って生きる溝鼠。
自分を嘲る男の肩に他人の肩がぶつかった。男は逃げようとしたが、強い力で腕を掴まれ、振り返ってみると、いかつい顔。謝罪をしろと凄まれる。男はその場で深々とお辞儀を何回もしながら、すいません。すいません。と繰り返すばかりだ。ぶつかった野郎は男が金を持っていないとわかると、男の顔につばを吐いて行ってしまった。
その様子を見ていたのだろうか。若い立派なスーツを着こなす眼鏡を掛けた青年が話しかけてきた。
「もしかして、あなた今、職がないのでは?」
ずいぶん失礼な質問だったが、男はうなずいた。
「では、私の仕事の代行をやってくれませんか。無論、給料はあなたの取り分もありますよ。」
そう言ってこれくらいで。と言う青年が提示した金額は一日どころではなく、一ヶ月くらい余裕で暮らせそうな額。男は二つ返事で了解した。
「肝心の仕事内容ですが、こちらの箱を持って、この街の広場に出て欲しいのです。その広場の特徴ですか。そうですね・・・そうそう。今首相が街頭演説をやっているところですよ。割と近い場所にあるでしょう。そこで人を待って欲しいのです。その人が来たらその箱を渡してください。」
時間にルーズな方なのでいつ来るかわかりませんが。と青年は付け足してその場からさろうとしたが、思い出したように戻ってきて、
「大変重要な任務ですのでよろしくお願いしますよ。成功した暁には我が社の寮の一部屋を貸して上げますよ。」
まさに願ったり叶ったりだった。男は青年の出した手をぎゅっと握ってこれ以上無いくらいの礼の言葉を並べた。
なんて良い人なんだろう。この世の中も捨てたもんじゃないな。そして、俺はなんという幸運の持ち主なのだろう。男はそう思って微笑んだ。
先程の青年は公衆電話に入り、電話番号をプッシュした。
「ああ、少し計画変更だ。あの箱を何も知らないオッサンに渡した。・・・いや、問題はない。そいつは絶対やり遂げる。生活に困っていたからな。こっちが金を出すといったら見事に釣れたよ。・・・別にいいだろう。一人増えたって。・・・我々革命軍の英雄として後世、祀り上げらるんだ。光栄なことだろう。・・・しかし、夢にも思わないだろうな。あの箱の中身が首相やその側近、それに群がるクズ共を吹っ飛ばす時限爆弾だなんて・・・」
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