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暗号庁

 エフ氏は公務員である。その中でも官僚という部類だ。だが、少し他の官僚よりも注目が集まる。新しく出来た暗号庁という部署に勤めている人間であり、またのそこの職員たちの長であったからだ。


 近年国内では、学力の低下を危惧する声が目立った。国民が積極的に耳を傾けたのは自称教育学者や自称教育ジャーナリストの意見。専門家が提案したものは様々だ。その中でも人気があったのはゲーム感覚で脳を鍛えられると言う文句がつくカテゴリで、さらに、それの中で最も世間に定着したものは暗号だった。

 

 次第に暗号は小さな子供向けのものから中高年用のボケ対策のものまで人気を博した。その存在感は人々の中で増す一方だった。

 暗号を解く能力は一種のステータスになり、ある程度以上の階級の人物は暗号解読を出来ないとこう言われる。「なんて教養のない人だ。恥ずかしい。」と。

 

 やがて国の機関でも教育の一環として暗号製作するようになったが、その業務がかなり大きくなったため、そのうち行政は暗号庁なるものを設置する法案を議会に提出。

 税金の無駄だと反対意見を挙げられたが、議会も世論も我が国の教育のためと、この政策を推した。結果、法案は可決し、エフ氏は新しくできた部署の最高責任者である長官として任命されることになったのである。


 暗号庁は業務開始から質のいい暗号を量産し、国民からかなりの評価を得た。エフ氏もその職員たちも皆頭が良く優秀な人材であったので、当然といえば当然だった。

 

 この成功は当時の内閣支持率上昇の要因の一つだと報道するメディアも現れた。エフ氏を始めとする暗号庁の職員たちの待遇もうなぎのぼり。予算も創立からかなり増額した。


 がしかし、良質な暗号を作成していた職員たちは一種のスランプに陥った。無理も無い。毎日毎日たくさんの暗号を作っていればネタも無くなる。

 また、民衆全体の知的パズルに関心が高まったので、定番と言えるものは時代遅れだと非難され、簡単なものは自分たちを馬鹿にしているのかと叩かれる。庁内は閉塞感に包まれ、暗号という単語さえ彼らには耳障りになり、ノイローゼ気味になる職員も出てきた。そんな状況を打開するため、エフ氏のもとには職員たちがいろいろな提案を投げかけてくるのだ。


 シャツを汗で濡らした職員がエフ氏に申し出た。

 ――――庁内は暑く、集中できません。冷房機具を最新のものにしてください。

 他の職員もこの意見に賛成したので、エフ氏は庁内の空調設備を全て一新した。


 眼鏡を掛けた職員がエフ氏に言った。

 ――――暗号庁に置かれている暗号を製作するためのコンピューターは時代遅れの機種で、仕事のスピードが落ちます。変えてください。

 エフ氏は自分たちのもお願いします。と主張する職員たちの声を聞いて庁の全部の最新のものに買い換えた。


 腰痛持ちの職員はエフ氏に提案した。

 ――――腰に優しい椅子を用意してくれれば仕事の能率は上がります。

 エフ氏はこの提案にうなづくと他の職員も椅子を変えてくれと言った。エフ氏は予算から職員全員分の椅子を購入した。


 少し太った職員がチラシを持ってエフ氏のもとへ行き、こう頼んだ。

 ――――頭を四六時中働かせているので、糖分が足りません。この洋菓子店のケーキを食べて栄養補給すれば頭も回復します。

 この意見には洋菓子でなく和菓子の方がいいとか、甘いものは苦手だ。と言う声があったので、不公平がないように職員一人につき一日三千円支給することで決着がついた。


 遅刻が目立つ職員がエフ氏に要求した。

 ――――あの大天才のアインシュタインは一日平均睡眠時間は十時間と言われています。同じ過酷な頭脳労働する私たちも十時間睡眠できるように勤務時間を短縮すべきです。

 この要求に対しては、人間は本来日が落ちたら基本的に活動しない生物だった。よって残業もまた悪である。と誰かが持論を展開した。以降、勤務時間は朝十一時から昼三時までになる。


 テレビ番組で温泉を紹介するシーンを見ながら職員はエフ氏に話しかけた。

 ――――健康に良い影響を与える温泉に入れば、その効果が頭にもあらわれ、私たちの活動もはかどるはずです。職員全員で温泉を視察しましょう。

 

 ――――反対です。

 と発言があった。

 ――――そんなんじゃ足りないかもしれない。色々な所に入らなければ意味が無いだろう。

 とその職員は付け足した。

 職員たちは一理あるな。と納得した。エフ氏は各地の温泉街の旅館に予約を入れた。


 世界地図を眺めていた職員は呟いた。

 ――――ヨーロッパで暗号のネタを探そう。

 ある職員は立ち上がった。

 ――――ネタを探すなら古くから文明が栄えて、歴史ある中国に行くべきだ。

 いや、と言って違う職員は熱弁した。

 ――――暗号を考えるなら、マヤ文明やインカ文明などの謎が多い文化が栄えたアメリカ大陸に行くべきだ。神秘的な場所に行けば暗号のヒントも掴めるだろう。

 ――――謎が多く、神秘的な場所といえばエジプトも捨てがたい。

 アメリカ大陸を強く提案する隣でアラブ諸国をある女性職員は推した。

 職員たちは各々の暗号をネタを探す場所を口々に言った。

 うるさいぞ。とエフ氏は彼らを咎めた。そして、こう言い放った。

 ――――全部行けばいいじゃないか。

 満場一致でエフ氏の案は歓迎された。


 余りにも予算を使い込む暗号庁に疑問の声が上がり始めた。段々と追求は厳しくなり、ついにエフ氏のもとに政治家が注意をしに来た。

 「君たちは何のために予算を使っておるのかね?」

 「嫌ですね。先生。我々の活動のためにお金を使っているのです。何もやましいことはありません。」

 「君たちの作る暗号の数は明らかに減少傾向にある。職務怠慢じゃないかね?」

 「心外です。我々は日々努力しております。」

 「嘘も大概にしたまえ。暗号の解法もワンパターンで単純。大人用の暗号さえ小学生の半分が正解するという体たらくだそうだが?」

 まあ、儂はあんなくだらない暗号を手づまったことはないがね。と低い声が庁内に響き渡る。

 「いえ、それには実は深い理由がありまして・・・」

 「なんだね!!ふざけた理由だったら許さん。君を含め暗号庁の職員全員を罷免(ひめん)する権限がこちらにはあるのだぞ!!」

 「先生。落ち着いてください。ついに完成したのですよ。」

 「何が?」

 

 「暗号に決まっているじゃないですか。」

 

 エフ氏は目の前で次期首相とも取り沙汰される政治家が顔を真っ赤にしているのにニタニタと表情を崩さない。すると職員たちが集まり政治家に一枚の紙切れを手渡した。

 「何だねこれは。」

 「先生。私は二度も同じことを言いたくありません。例の暗号です。」

 渡された紙には文字も記号も確認できず、また、規則的な図形でもない。強いて言えば、ただのぐちゃぐちゃに書き殴られた落書きに見える。

 「先生。これが我々の予算を惜しまず使ったことで完成した最高難易度の暗号です。」

 「ああ、君らが国民の血税をつぎ込んで、設備を一新したり、海外へ旅行した成果はあったかね。」

 「勿論ですとも。どれか一つが欠けたらこれは作れませんでしたよ。我々の汗と涙と努力の結晶です。解けなかった暗号は無いと豪語した先生には造作も無いと思いますが・・・」

 老人を囲んで役人たちはニヤニヤしていた。

 「例えばですよ先生。この暗号を先生が解けないと国民が耳にしたら・・・そして、性的である野党が暗号を解読したら・・・」

 「薄汚い真似を!!」

 「例えばの話ですよ。仮定です。」


 老人はワナワナと震え始めた。少し間を置いて呟いた。解答を教えてくれないか。と。

 

 エフ氏は笑いを噛み殺してそっと一言。


 ――――我々の活動に今後一切口出ししなければ、思い出すかもしれません。

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