次世代ロボット
青年は最近ロボットを購入した。初めての一人暮らし、新しい生活に戸惑いの連続だったからだ。
青年は典型的な家事のできない男性だった。青年の両親は地元ではメイド、執事を雇えるほどの有名な資産家だったから青年は家事に触れずに成長してしまったということもある。第一に引越しの段ボールも越してきて何ヶ月か経つのに、未だ片付けられていない。無論男の一人暮らしには少し不釣合いの大きな借屋の掃除も儘ならない。ついでに言うと青年は料理も洗濯もからっきしだ。
そこで青年の友人が最新の家庭業務用ロボットを勧めてきたのだ。幸い前述のとおり青年は懐に余裕があった。発売前からそれを予約した。
発売当初ネットではこの商品について「命令を言葉通りに受け取りすぎる」などの批判的な意見が投稿されることが多く、青年も少し気になっていたが、バグの多い機械より何も出来ない人間の役に立たないの目に見えていた。
青年とロボットの共同生活は続いた。
ロボットは青年に質問をした。
「コノ写真二写ッテイル人タチハ誰デスカ?」
「ああ、これは僕の家族だよ。ほら、真ん中にいる男が僕だよ。僕の右隣りに穏やかに笑っているのが母で、更にその右で母の肩に手を置いているのが父だよ。」
「主人ノ御母様、御父様・・・確カ大地主ノ・・・」
「よく覚えているな。僕らの後ろに後ろに見えるのが僕の家の使用人たちだよ。」
「主人・・嬉シソウデスネ。」
「そう見えるかい?」
青年はせいぜい自分の胸の高さぐらいの小さな使用人の鉄の頭を撫でながら、上機嫌でこれまでの故郷で過ごした昔話を語りだした。豊かな自然、気さくな地元の人々、一緒に馬鹿をやった悪友たち。母親の作った肉が沢山入った美味すぎるカレーライス。青年は遠いこの地にやってきてから一番楽しい時を過ごした。
「ソウイエバ、主人。聞キ忘レテイマシタガ、主人ノ左二オラレル方ハドナタデスカ?」
青年は一瞬の間を置いて少し顔を赤くして問いかけに答えた。
「・・・その人は僕の彼女だよ。恋人さ。」
「恋人・・・結婚ノ御予定ハイツニ?」
青年は予期せぬ言葉に咳き込んだ。
「風邪デスカ?主人。大キナ咳、体温ノ上昇、特二顔部ノ表面ガカナリ赤イ・・・」
そう言ってロボットは鏡を取り出した。
「顔・・・林檎だな。」
「主人ノ顔部ノ皮膚ハ林檎デ出来テイルノデスカ?」
「違うよ!まるで林檎の様に赤いってことさ。比喩だよ。比喩。」
「スイマセン・・・主人・・・製作者ガ力不足ノ為、ワタクシ達ハ言葉ヲ杓子定規ノ様二、ソノ通リニシカ受ケ取ル事シカデキナイノデス・・・デモ、学習機能ハ付イテオリマスノデ、一度主人カラ教ワッタコトハ其ノ様二書キ換エラレマス。マタ失敗ヲスルデショウガ、ソノ度ニコノヲ思イ出シテクレレバ有難イ限リデス。」
「この前、僕の大好きな牛を買って来い、と頼んだら生きている牛を持ってきたことあったな。僕の好きな食べ物である牛肉を買ってきてくれという趣旨だったが。後で処理が大変だったな・・・まあいいさ。誰にだって間違いはある。そのことから学ぶというのはとても大切な事だ。僕も昔ね・・・」
また青年は懐かしいと言って話を進ようとしたが、ロボットに大好きという言葉は学習させて頂きましたと遮られた。そして、好奇心旺盛なしもべは青年の思いを馳せている人についての話題に話を戻した。
「ああ・・・彼女ね・・・素晴らしい人だよ。優しくして、綺麗で、なにより僕を金持ちの息子として見るんじゃなく、一人の人間として扱ってくれる。ふるさとにもそうゆう友人がいたが、ここに来てからは残念ながら会ってないね。」
「主人ハ其ノ人ヲドウ想ッテイマスカ?」
「・・勿論、君が言うように・・・その・・なんだ・・・大好きな女さ。」
青年は眼のないのロボットから目を背けた。子どもが欲しいですか?と聞きたかったのだろうか。ロボットは子作りしたいですか?言った。青年は吹き出した後にふざけて、彼女を久々に味わいたいね。とニヤッと笑って返した。
「ああ、そうだ。言い忘れていたけど、明日から一週間、僕は研修で家を空ける。昔話をしていたら食べたくなってしまったよ。お袋が作った肉が沢山入ったカレーライス。済まないが、僕が変える一週間後の夕飯、カレーにしてくれないか。調理方法君に任せるが、肉を一杯入れてくれないか。」
「了解デス。主人。」
青年はロボットに君は優秀な使用人だね。と付け足して、彼は鼻歌を歌いながらロボットが丁寧にベットメイキングした寝床に入った。
一週間後、青年は予定通り一人の優秀な使用人が待っている家に戻った。
青年は研修で疲れていた筈なのだが、弾んだ声で、ただいま。と言うと足早にキッチンに向かった。お帰りなさいませ。と言うロボットを無視して、
「カレー、出来ているかい?」
と興奮した面持ちで確認した。
「エエ。配膳致シマショウカ?」
ニカッという効果音が鉄の塊から聞こえた気がした。青年はロボットから貰ったスプーンを手に持ちながらご馳走を待った。ロボットが鍋の蓋をあけると家中に食欲をそそる匂いが漂った。けど、それだけではない。
「これは・・・お袋の作ったカレーの匂い・・・」
「エエ。勝手ナガラ、主人ノ生家二行ッテ御母様二調理方法ヲ聞イテ参リマシタ。」
優しい御母様でした。と付け足した最高の使用人に青年は感心した。
青年は目の前に置いてある母親が作ったのものとほとんど変わらないカレーを見て、温かくて優しい色々な感情がこみ上げてきた。その時の青年は感涙という二文字が似合っていた。
青年は一口料理を口に運んだ。カレールー、野菜、白米は完全に本家をトレースしていた。ただ、違和感が残った。
「この肉は君のアレンジかい?」
「エエ。御口二合ワナカッタデショウカ?」
「いや、大丈夫だよ。」
青年は微笑んで答えたが肉の妙な酸っぱさは消えなかった。どうにも気になったので青年は使用人に、この肉は何の肉かな?と聞いた。ロボットは答えた。
「此ノ肉は主人ノ大好キト仰タ物ノ肉デス。此ノ前、大好キト言ウ単語ハ学習サセテ頂キマシタノデ・・・久シブリニ味ワイタイトモ聞イテイタノデ。」
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