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第2話 お気持ち表明って、効率悪くないですか?

昨夜に引き続き第二話になります。物語自体は既に全て書き終えていますので、安心して最後までお楽しみください。毎日この時間に投稿し、3日後の第五話で完結予定です。今回は主役様の一人である六条御息所がターゲットの回です。

京へ行こう、と私は思った。


理由は簡単である。年始の挨拶。形式上の訪問。そういうことにしておけば、誰も文句を言わない。都の人間は、理由より体裁を好む。


もっとも、本音はまったく別だ。


――主役様たち、近くで観測しないと、正確なデータ取れないよね。


明石は静かだ。感情の総量が少ない。噂は届くが、濃度が薄い。安全で、安定していて、居心地がいい。だからこそ、あそこは勝ち組の居場所なのだが、分析対象としては少し物足りない。


対して、京は違う。


都に近づくにつれて、空気が変わる。人の数が増え、言葉が増え、感情が増える。噂が重なり、憶測が尾ひれをつけ、誰かの不幸が娯楽として消費されている。


――本当に、面倒な世界だ。


平安時代というと、雅だの風流だの言われるが、実態はお気持ち表明の応酬である。怒りも、悲しみも、嫉妬も、全部遠回しに投げつけて、相手が察するのを待つ。その察しが足りなければ、今度は被害者ムーブに移行する。


効率が悪い。


私は移動中、そんなことばかり考えていた。恋愛が人生の中心に据えられ、感情が価値に換算され、苦しんだ分だけ「深い愛」と評価される世界。合理性が欠片もない。感情は大事だが、万能ではない。それを理解しない人間が、都には多すぎる。


だからこそ、行く価値がある。


安全圏から眺めるだけでは、壊れ方までは分からない。地雷原は、踏みに行ってこそ地雷原だ。私は衣の襟を整え、小さく息を吐いた。年始の挨拶をする顔は、ちゃんと作れている。礼儀も、教養も、和歌も、必要ならすべて揃えてある。お気持ち表明が嫌いなだけで、出来ないわけではない。


出来てしまうからこそ、嫌いなのだ。


京都の景色が視界に入る。


噂と感情が渦巻く中心地。


さて。


主役様たちは、今日も元気にお気持ちを振り回しているだろうか。私は、それを確認しに来た。


六条の御方は、私を見るなり、ほんのわずかに視線を細めた。その変化を、私は見逃さなかった。警戒だ。都において、明石の君がわざわざ姿を現す意味を、この人は正しく理解している。


それでも、拒まない。


それが六条御息所という人の、誇りでもあった。


「遠いところを」


声音は柔らかく、言葉遣いは非の打ち所がない。格式、教養、家柄。すべてが整っている。都の女主人としての自負が、立ち居振る舞いの隅々に滲んでいた。


私は深く礼をする。


「年始のご挨拶にございます。突然お邪魔いたしました」


声の調子も、間も、完璧だ。我ながら、よく出来ている。六条御息所は、少しだけ安堵したように息を吐いた。敵意はない、と判断したのだろう。そして、その判断が致命的だった。


「……都というところは、噂が早うございますでしょう」


始まりは、そんな前置きだった。続く言葉は、堰を切ったように溢れ出す。


自分は正しい。軽んじられている。誠実であろうとしただけなのに、心を踏みにじられた。愛したがゆえに、傷ついた。それでも誇りだけは失っていない――。


典型的な被害者ムーブだ。


私は、にこやかに頷いた。


「さようでございますね」


相槌は丁寧に。否定も肯定もしない。ただ、聞く。六条御息所は、それを「理解」と取り違えたらしい。同じ女同士なのだから、分かるだろう、と。愚痴くらいは、受け止めてくれるだろう、と。


――大いなる誤解である。


私はただ、聞いているだけだ。礼法を守り、言葉を選び、和やかな顔を崩さない。攻撃はしない。まだ、その段階ではない。六条御息所の誇りが、感情の上に辛うじて立っていることを、私は静かに観測していた。六条御息所は、言葉を切ったあと、静かに視線を伏せた。その沈黙に、場が息を詰める。これは、和歌が来る。女房たちも、それを察している。


「……お恥ずかしながら」


そう前置きして、六条御息所は詠んだ。


思ひやる

心のほどを

問はずとも

露こそ袖に

あまるものを


――私の想いの深さなど、問われるまでもないでしょう。

――袖を濡らす涙が、その証なのですから。


嫉妬も、誇りも、被害意識も、すべてが正統な形で織り込まれた一首だった。源氏への一途な思いを示しつつ、同時にこちらへ向けた牽制でもある。私はこれほど愛している。あなたは、軽々しく踏み込む立場ではない。


女房たちが、息を呑んだ。


「まあ……」


「なんと深い御心」


空気が、瞬時に出来上がる。これは高度な心情表現だ。重く、尊く、評価されるべき感情だ――という了解が、場を支配した。


私は、ほんの少しだけ間を置いた。考えているように見せるためだ。和歌が嫌いなわけではない。ただ、これを感情の担保として使う文化が、どうにも性に合わない。とはいえ、返さないのは無作法だし、相手の土俵を無視するのも、今は得策ではない。


私は、静かに詠んだ。


うつろへば

風のまにまに

まかす身の

行く末しらずも

憂しと思はず


――移ろうものは、風に任せてしまえばいい。

――行く先がどうなろうと、それを憂う気はありません。


女房たちの間に、微かなざわめきが走った。


「……お上手」


「澄んだお歌」


技術的には、申し分ない。言葉の選びも、リズムも、掛詞の扱いも美しい。だが――重くない。六条御息所は、じっと私を見ていた。困惑と苛立ち、その奥に、理解できないものを見た人間特有の不安が滲んでいる。


この女……感情を賭けていない。


そう、分かってしまったのだろう。六条御息所の和歌は、心そのものだった。苦しみを削り、誇りを張り、命じるように差し出した一首だ。


それに対して私は、


「私はもう安全圏なので、ご自由にどうぞ」


と、和歌として正しい形で返しただけだ。


勝ち負けではない。

優劣でもない。


ただ、賭けているものが、決定的に違う。その事実だけが、六条御息所の胸に、静かに、しかし確実に突き刺さっていた。和歌の余韻は、長くは続かなかった。六条御息所の視線が、私から離れない。困惑でも、苛立ちでもない。もっと生々しい感情――怒りだ。


「……あなた」


声が低くなる。


「なぜ、あなたのような小娘が」


場の空気が、一段冷えた。女房たちが、息を詰める。


「私が、どれほど源氏の君を想ってきたか……あなたに分かりますか」


一歩、距離が詰まる。礼儀の境界線が、明確に踏み越えられた。


「私は、長く、深く、正しく――」


正しく、という言葉に、誇りが混じる。


「誰よりも、源氏の君を愛してきたのです!」


感情が、ついに制御を失った。嫉妬と誇りと被害意識が、まとめて噴き出す。もはや姫としての言葉遣いではない。ひとりの女としての叫びだった。


私は、逃げなかった。怒りもしない。ただ、にこやかに首を傾げる。


「それ、比較対象どこです?」


六条御息所が、言葉に詰まる。私は続ける。声の調子は、変えない。


「愛の深さって、測定基準あります?」


一拍。


「“長く想ってる”って、それ、結果に結びついてます?」


殴らない。否定もしない。ただ、問いを置く。感情が、数字に変換される瞬間だった。


「私は別に、六条様のお気持ちを否定してるわけじゃないんですよ」


微笑みを崩さず、淡々と。


「ただ、それが今の状況を改善しているかどうか、確認しているだけです」


六条御息所の顔が、歪む。怒りではない。恐怖だ。


――この女は、私の感情を材料として扱っている。


誇りも、嫉妬も、愛も、すべてが“評価待ちのデータ”に落とされる。その事実に、六条御息所は初めて直面した。感情で殴り合う世界に、数値と結果を持ち込まれた。それが、どれほど残酷なことか。六条御息所は、震える息を吐いた。まだ、この時点では――自分が、完全にブチ切れていることにすら、気づいていなかった。


「ふざけるな!」


六条御息所の声が、ついに裂けた。


「あなたに、何が分かるというのです!」


誇りも、格式も、もう保たれていない。嫉妬と被害意識がむき出しになり、言葉が先に飛び出す。


「私は! 私は、これほど――!」


一歩、さらに距離が詰まる。その勢いのまま、六条御息所の袖が私の衣にかかった。


あ、来たな。


私は逃げなかった。むしろ、少しだけ前に出る。十二単が擦れ合い、重たい布が絡む。見た目は雅だが、やっていることは完全に取っ組み合いだ。


「……あの」


私は、まだ笑っていた。


「私はもう勝ち組なので」


六条御息所の手に、力が入る。


「競争してないんですよ」


布を掴み返す。力は入れない。ただ、離さない。


「源氏の君がどうであれ、私の生活は詰まないんです」


最悪の煽りだった。愛されているかどうか。選ばれているかどうか。それが人生の中心ではない、と真正面から言い切る。


「だから」


私は、にこやかに続ける。


「比べられても、困るんですよね」


六条御息所の呼吸が、乱れる。


「……そんな……そんな生き方……!」


「ええ」


私は頷いた。


「合理的ですよ?」


その瞬間、女房たちが一斉に動いた。


「御方、どうかお鎮まりを!」


「ここは都でございます!」


何人もの手が入り、十二単が引き剥がされる。布が絡まり、裾が乱れ、場は完全な修羅場だった。


第三者の視線。

 

見られている、という事実が、ようやく六条御息所を現実に引き戻す。互いに、荒く息を吐いた。もう罵倒する言葉も残っていない。言い尽くした。叫び尽くした。力も抜ける。空気が、一気に冷える。私は、乱れた衣を整えた。


泣かない。

崩れない。


感情をぶつけ合う戦いには、慣れている。現代で何度もやってきた。今回は、なおさらだ。勝つ前提で来ている。六条御息所は、視線を逸らした。その横顔に、先ほどまでの勢いはない。喧嘩は、終わった。


しばらくして、女房たちが場を整えた。乱れた衣を直し、視線を伏せ、空気を元に戻す。都ではよくあることだ。どれほどの修羅場があっても、「なかったこと」にする術だけは、皆よく心得ている。


六条御息所が、先に口を開いた。


「……先ほどは、取り乱しました」


声は落ち着いている。だが、少しだけ疲れていた。私は、すぐに応じる。


「こちらも、言葉が過ぎました」


形式的なやり取り。深くも浅くもない、ちょうどいい距離感。こうして、表向きは和解する。


 ――なかったことにする。


もっとも、女房たちは全員見ていた。十二単が絡み、声が荒れ、理性が剥がれ落ちた瞬間を。だから、これは絶対に広まる。


六条御息所は、しばらく黙っていたが、ふと視線を落とした。感情を吐き出したあとの、妙な静けさ。怒りでも悲しみでもない、冷えた余白。その中で、彼女は初めて考えてしまったのだ。


――この関係、消耗しすぎでは?


――私は、何を賭け続けているのだろう?


感情をぶつけ尽くしたことで、逆に冷静になってしまう。皮肉な話だが、人はそういうものだ。六条御息所は、その日から、源氏の君と少し距離を取るようになる。


すぐに縁を切るわけではない。だが、踏み込まない。期待しない。深追いしない。


結果として。


主役級ヒロインが、一人、戦線から脱落した。


私は屋敷を出ながら、内心で軽く拳を握る。


――あ、いい感じじゃん。


――一人減った。


――感情って、吐き出すと冷めるんだよね。


京では、すでに噂が走り始めているだろう。


「大喧嘩だったらしい」


「明石の君は、恐ろしい」


結構なことだ。


私は次の予定を思い浮かべる。まだ、主役様は何人も残っている。


内心で、ガッツポーズ。


――よし。


――一人自然脱落。


次は、誰にしようか。

あくまでも源氏物語風のギャグ小説のため、六条御息所はまだ生霊になっていませんし、この様子では多分ならないでしょう(笑)。和歌は…六条御息所風と、明石の君(中の人補正付き)風で適当に書いてるので、あまり野暮な突っ込みは無しでお願いします。


感想を書いてもらえるとうれしいです。

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