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テルル(新版)  作者: 丘源


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第四話 友情と掲げた拳の話

 今朝の空は昨日あんなに輝いていた星たちが幻だったかのように曇っている。

 心なしかいつも暗い顔をしているスラムの住民の顔もいつも以上に死んでいて、こっちまで憂鬱な気分になりそうだ。

 そんな曇天の路地裏の一角にて。

「おーい。そこのスヤックだかスワックだか言うやつー」

 ルルが遠くでたむろしている集団に声をかけていた。

 集団の中心にはスラッグがいて、その周りにも僕よりもさらに年齢が低い子供たちが数人たむろしている。

 もっともルルが声をかけた瞬間、大部分が蜘蛛の巣を散らしたように逃げ去り、今は2人しか残っていないが。

 その様子を見て、ルルは微妙にさみしそうな顔をしていた。

 右の眉が微妙に下がるのは残念がっているときのルルの癖だ。

 まあ、僕にしかわからないくらいの微妙な変化ではあるのだが。

「ああ゛!?俺はスラッグだ!朝っぱらから怒鳴らせるな!」

「知らん。お前の名前とか興味もない」

「うるせえ!それで何の用だよ!こっちも暇じゃねえんだ!」

 ルルの言葉を聞くなりシュバッと効果音が付きそうな速度で振り返ったスラッグは、やや及び腰ながらも果敢に言い返すも、適当にあしらわれている。

 僕たちはいつも、逃げるときに付き合いのある連中には注意喚起をしている。

 一言もなしに自分たちだけ逃げるのはいくらスラッグ相手でもさすがに気分が悪い。

「そーだそーだ!」

「暇じゃねえんだぞ!」

 2つの甲高い声がスラッグに続いた。

 スラッグといつも一緒にいる取り巻きのカークとレグだ。

 どちらも僕よりもさらに小さい。6歳くらいだろうか?

 赤髪で小さい方がカーク。大きくて茶髪の方がレグ。

 2人はスラッグの腰にしがみつきながらこちらにすごんできていた。

 ルルを恐れているのか、視線をスラッグで遮ろうとして、スラッグを右に左に振り回している。

 意外なことに振り回されているスラッグはうっとおしそうにはしているものの二人を振り払ったりはしていない。

 実はスラッグはちびっ子連中に妙な人気がある。 ちょっと短絡的なところが玉に瑕だが、腕っぷしが強く、頭の回転もけっこう速い。

 そのうえ面倒見がよく、このスラムにいるたいていのちびっ子たちはみんなスラッグに助けられたことがあるそうだ。

 ただスラッグは臆病者が一番嫌いだと公言しており、そのせいで僕とは仲が悪く、この町にいる間はしょっちゅう絡まれていた。

「うわさくらい聞いたことあるだろ。孤児狩り。軍隊が遺物を動かすための、帝都動力機構セントラルドグマの燃料に使えるガキ共をさらい集めてるんだよ」

「孤児狩りのうわさは聞いていたが、ガキを燃料にしてるのか?趣味わりいな」

「なんかミンチにして高圧電流をかけるんだとか」

「そ、そうか」

 そういって手をわきわきさせるルルを見たカークとレグは、うげーと言わんばかりの表情をしてお互いに見つめあっている。

 「ミンチ?」「ミンチ!」などというささやき声が小さく聞こえてきた。

「お前は、ひき肉の素質あるから気を付けた方がいいよ。肉パサパサそうだし」

「なるほど。確かに俺の肉はパサパサってやかましいわ!」

 と言って殴り掛かるスラッグをルルはさらりとよけて足を突き出す。

 それに見事に足を取られたスラッグはものの見事にすっころんだ。

 こけたスラッグの方には目もやらずにルルは続ける。

「まあ、パサパサは置いといても実際に軍は来るぞ」

「・・・まじか?」

「さっきから言ってるだろ。別に信じるかどうかはお前次第」

 しばらく悩んでいたスラッグは、そういったルルの顔を見て、飽きてスラッグのズボンの裾をいじくり始めたレグとカークを見て、僕たちが肩にかけているかばんを見て。

 最後に大きなため息をついた。

「はぁ。本当ならお前の忠告なんて鼻で笑ってすますところなんだが。・・・お前らが持ってるその荷物。少なくともこの町最強格のお前が逃げ出す情報だ。完全には無視できねえ」

「だったらさっさと逃げろよ。尻尾巻いてな」

「いちいち癇に障る野郎だな!まあいいぜ。俺は知り合いに知らせてから逃げる。そんであとは。・・・おい、お前名前なんて言うんだよ」

「え?」

「名前だよ。名前。お前今まで名乗ってなかっただろ。最後に教えろよ。お前ほど喧嘩が強い奴は今まで見たことねえからな。俺がお前より強くなるまで、覚えておいてやる!」

「・・・なんだそれ」

 あっけにとられたような顔をしていたルルは、その後むず痒いようなくすぐったいような顔になり、空をちらっと見上げてくすりと笑った。

「・・・ふふ。私の名前はルルだよ、ルル。テルルのルル」

「ルルか。じゃあ・・・おいルル!今度会うことがあったらそん時は、俺がお前よりも強くなってるからな!ぼこぼこにしてやる!」

 そういってルルに向かってこぶしを突き出すスラッグを見て、ルルは軽く吹き出してから手を上げ、スラッグのこぶしに自分のこぶしをゆっくりと合わせた。

「はっ。お前も随分というじゃん」

 大通りから一条の光が差し込んでいる薄暗い路地裏で、こぶしを合わせながら邪気のない笑みを浮かべるぼろを着た裸足の少年少女。

 そこがスラムの一角であることを忘れさせるほど、その光景は幻想的に見えた。

 僕はそんな2人になぞらえるようにこぶしを握り締める。

 でも、ちょっとだけ上がった僕の手は空虚に宙に浮いただけで、誰のこぶしにも行きつくわけはなかった。

 スラッグに合わせていたこぶしをおろしたルルが口を開いた。

「初めて会った時私に金的食らって無様に命乞いしてたスラッグ君?」

「ああ゛?あれマジで痛えんだぞ!?お前は女だからわからねえかもしれねえが!」

 そういって、ルルの薄い胸をふにふにとつつくスラッグ。

 僕の喉奥で奇妙な渦を巻いた声が音にならずに外へ出ていく。

「だいたいお前なんなんだよ。女ってのはもっと上品なもんだろ。言葉遣い男みてえだし。躊躇なくスカートで飛び蹴りかましてくるし、毎回きたねえスカートの中身無理やり見せられるこっちの身にもな」

「あーうん。」

ルルはうっすらと笑みを浮かべた。

「女だから、わかんねえ、わっ!」

「ぶごっ!」

 大通りから一条の光が差し込んでいる薄暗い路地裏で、天使のような笑顔を浮かべて足を振りぬいたルルと、ピンと伸ばされたその足から放たれた全力のキックのエネルギーを全て股間で受け止めて、きりもみしながら宙を舞うスラッグ。

 その光景は幻想的には、見えない。うん。

 べちゃりと地面に落ちたスラッグはもはや声を出ずに、喉笛を鳴らしながら両手を股に挟んで、死んだように横たわっている。

 たまに腰がびくっと跳ねるものの、まともな意識はなさそうだ。

 顔の穴という穴から滝のように液体を流していて、鼻も目もぐちゃぐちゃ。

 そんなスラッグの足と手を事務的にどけたルルは無表情で踵を振り上げる。

 まずいまずいまずいまずい!

「ス、ストップ!!ストップー!!!!」

 僕は間一髪のところでルルとスラッグの間に滑り込む。

「ひっ!」

 じろりとこちらを見るルルの目には光が無い。

「なに?テルも私を邪魔する気?」

「まって!もうこれ以上やったら死んじゃうから!レグとカークも泣いてるし!」

 レグとカークは自身の股間を抑え、うわごとのように何かをつぶやきながらすすり泣いている。

 もう2人とも会話は成り立たなそうだ。

 二人とも首を振りながら泣き続けているせいで、スプリンクラーみたいになっている。

「ぐえっ。」

 ギュンッと音を立てるようにルルに首根っこを掴まれた僕は横に放られ、建物の壁にしこたま頭をぶつけた。

 スラッグ、ごめん。キレた姉ちゃんは僕にもどうしようもないんだ・・・。

「ま、レグとカークに免じて一発で許してやるよ♪」

 涙でにじんだ視界の中で手も足もどけられてしまい防御の存在しないスラッグの股に、ルルの無慈悲なこぶしが突き刺さるのが見えた。

「はうっ!」

 奇声を上げたスラッグはしばらく間の不気味なほど沈黙を保ち、その後2、3度不規則に腰をびくびくさせ、ピクリとも動かなくなってしまった。



 その後レグとカークの必死の介抱によって復活したスラッグは、二人に支えられてよろめきつつも、内股でスラムの他の住人たちに孤児狩りの話を知らせに行った。

 きっと僕たちが一人一人に話しかけるよりも、スラッグが広めた方がよっぽど確実だろう。

 ルルが仕切り直すようにパンッと手を叩いた。

「さて、と。じゃあ私たちも始めるか」

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