第二話 ご馳走と小さなトゲの話
すでに太陽は落ちきってしまい、焚火の火だけが2人の居場所を照らしている。
「うーん。うまい!」
火に照らされて闇に顔が浮かび上がる。
少女の髪は夜の闇よりもなお黒く、射干玉のごとき艶めきを燦然と放っている。
端正な顔はくしゃりと笑みを浮かべていて、彼女がまだ幼いことを感じさせた。
「今晩はかなり豪勢だよー」
そんな姉ちゃんの様子を見ていると、粗末な食事でも宮廷でふるまわれるようなごちそうに思えてくるから不思議だ。
最も今日の食事は少量ながらためていた分を全放出したから、実際に豪華なのだが。
ついさっき盗ってきたばかりの新鮮な牛乳に、先週遠征先の町の中心で発見した形崩れのチーズの欠片が2,3個。
その上、捨てられている袋の底に残っている穀類を、少しずつ集めて貯めておいたものも全投入。
鍋でぐつぐつに煮込んで、パンをスプーンに使って食べる。
この町で、というより今までの旅を含めて見ても、ここ半年で一番のごちそうのはずだ。
「前から思ってたけどテルってめっちゃ料理上手いよな!」
そういって少女は上機嫌にテルに話しかける。2人が座っているところは、大人の腰ほどまでしか残っていない、家屋の石組みの基礎部分によって、コの字状に囲われており、2人はその石組みの壁に背を預けていた。
石造りの囲いの一角には、つぎはぎのぼろと廃材で作られた雨除けがかかっている。
でも、そんな寝ると盛大に下半身がはみ出るほどのサイズしかないそれは、彼らにしてみれば、少しずつ端切れを拾い集めて作った一大財産だった。
現在は中央部分で焚火がたかれており、その上に燃えないように張られた縄にかろうじて引っかかるようにして固定された穴開きの鍋が、ぐつぐつと楽しげな音を立てていた。
ひょいと伸びてきた白い手が、鍋の底にわずかにあった残りをきれいに掬い取り口にほおりこむ。
「いやー、うまかった」
姉ちゃんは汚れた口元を手の甲で乱暴に拭って、胡坐をかいていた足を延ばした。
「ふう、すごく久しぶりにおなかいっぱい。でも、本当に貯めてたやつも全部使っちゃってよかったの?」
「まあ、もう明後日にはこの町を離れるからな」
こともなげにそう答える姉ちゃんに、一瞬してから僕は驚く。
「え?」
「警邏隊のやつらが言ってたんだけど、近々大規模な孤児狩りが行われるんだってさ。私たちがここにいることがばれたわけじゃないはずだけど、たぶん大勢軍人も来るからな。ここにとどまっていたら危険だし」
姉ちゃんがかざした手のひらに炎の影が揺れる。
半分以上が白くなった薪がガシャリと音を立てて崩れた。
孤児狩り。
それは10年ほど前から始まった災厄だ。
この国には昔から遺物というものがあった。
遺物はとても貴重なダルマコル石という宝石を使って動くはるか昔の道具のようなもので、それを参考にして現在使われている銃などは作られたらしい。
でも、ダルマコル石は莫大な権力を誇る皇帝でもおいそれとは入手できないほどの希少性を持っていたため、それを湯水のように消費する遺物を使うことはまずなかった。
しかし、20年ほど前に発見された新事実により、その状況は様相を変える。
人間の命をダルマコル石が持つ力に変化させられるようになったのだ。
結果として貴重なダルマコル石の代わりに、大量にあふれているうえに殺しても誰にも文句を言われない孤児の命が燃料として狙われるようになってしまい、今では孤児の数は前の半分以下に減ったなどという噂がまことしやかに世を回っている。
「じゃあ、・・・。」
「前から言っていたように、ここからはもう直接ラミストレイ連邦を目指す。んだけど、ここがいくら国境に近い町と言っても、ある程度は準備を整えないといけないからさ。明日旅装を整えて明後日の早朝には出発って感じかな」
僕たちは現在、逃亡兵である僕を追ってくる軍から逃げるために、国外脱出を目指している。
一年ほどかけて中央の帝都から町伝いに辺境へ、辺境へと逃げてきた僕たちは、現在ラミストレイ連邦との国境に最も近い街まで来ていた。
今までは、次の町へのルートを手に入れると、すぐに次の町に移動していたが、前回の町では僕が仕掛けた計略が見事にはまり、逃げたルートの偽造ができた、と思う。
そのおかげかはわからないが、この町に滞在している数週間の間、一度も軍に遭遇していない。
隣国に行った時用の物資を集めなければいけなかったため、ここに留まっていたというのもあるが、こんなに一つの町でゆっくりできたのは本当に久々だった。
「えー。また?僕この町結構好きなんだけどなぁ」
「つべこべ言うなら置いてくぞ」
「まあ、姉ちゃんが言うならついてくよ。たとえ火の中水の中!」
「ふん。じゃあ次の目的地は戦場な」
「・・・ちょっとそれは勘弁したいかも」
そう言ったものの、実際に姉ちゃんが戦場に行くと言うなら、僕はついていくのだろう。
きっと隣に姉ちゃんがいるところが僕のいるところで、そして僕という人間の置き場は、そこにしかないのだ。
そう、『姉ちゃん』の隣にしか。
小さな小さなトゲが喉奥に刺さったような気がした。




