第十五話 敗北とオズの昔の話
時はしばし巻き戻る。
「「列車?」」
「そう、列車だよぉ」
灰一色の壁を背景に、カンテラに照らし出されたオズが首肯した。
「僕たちの商売にはいくつか選べるコースがあってね。ちょっと前までは列車を使って国の反対に逃げるってのが人気だったんだよ」
「でも、列車ってのは貴族サマしか乗れないんじゃねえのか?」
「僕も、名前だけは聞いたことはあるけど・・・」
オズは無知な子供をたしなめるように人差し指を左右に振った。
「もちろん密乗車だよ。最近までは倉庫とか、改造した機関部分のデットスペースとかに潜り込んでたんだけど、最近大規模な業者狩りに遭ってさぁ。使えなくなっちゃったんだよねぇ」
「そんときにお前も捕まればよかったのにな」
「そしたら君らもお陀仏だったでしょぉ?」
「ふん」
ルルがこれ以上オズにかみつく前に僕は口をはさむ。
「でも、その業者の一斉摘発で列車は使えなくなったんですよね?だったらどうやって僕たちが列車に乗るんですか?」
オズは我が意を得たり、とばかりに指を鳴らした。
「そ、普通の人なら入り込めなくなっちゃったぁ。合鍵を確保してた清掃員向けの入り口とか、こっそり仕込んでた隠し通路とかがつぶれてねぇ」
「・・・だったら」
「ダクトだよぉ」
オズは耳元の飾りを指ではじく。飾りがこすれあって、チャラチャラと音が鳴った。
「君たちはまだ子供で体が小さい。ルルさんはちょっとギリかもしれないけど、テル君は余裕だぁ。通風孔が通れれば直接ホームまで向かえるし、列車上での2週間分の物資もそこから君たちが運び込めばいい」
「なるほど、それなら」
「却下だ」
「・・・え?」
ルルが僕をかばうようにすっと立った。僕の顔にルルの形に影がかかる。
「いくら何でも話ができすぎだ。目的を言え。それでもまだ言わないって言うなら力ずくで吐かせてやってもいいんだぞ?」
そういって挑発するように腕を振ったルルを見たオズは、ため息をついた。
しゃらりと耳飾りが鳴る。
「あのさ、ほんとに君は話を聞かないよね。はっきり言うけどさ。この状況で俺の機嫌を損ねたら困るのは君の方だってわかる?」
「・・・普通にもしゃべれるじゃねえか。そっちの方がっ」
急に持ち上げられてルルの体が浮いた。僕の顔にルルの足がぶつかる。
「ぐっ」
もがくルルの抵抗をつゆとも感じない様子でオズは馬鹿にゆっくり腰のリボルバーを抜いた
オズは左手でルルの首を壁に押さえつけながら、銃口を突き付ける。
この状況でも崩れないオズの表情は一種狂気的に見えた。
「俺はガンマンだけど近接で14の女の子に負けるような鍛え方はしてないよ」
「ぅぅぅ!」
ルルの喉が唸る音が上で聞こえるが、声にはならない。
ルルの口から垂れた唾液が僕の頬に落ちた。
頬を伝っていくそれが、妙に熱をもっているように感じる。
僕は声を出そうとしたが、心臓が凍り付いたように固く、体がまったく動かない。
「君さ、俺に勝てないことくらい最初から分かってたでしょ?なのに何であんな態度なわけ?もうちょっと賢い立ち回り方があるでしょ。媚びを売るなり、機嫌を伺うなりさ」
オズの左手に指をねじ込んだルルが喚いた。
「うるせえ!私はルーを守らなきゃいけないんだ!目的も知れない、狙いもわからない奴をはいそうですかと信用するわけには」
どしゃり、とルルの体が僕に落ちてきた。首を抑えながらせき込んでいる。
オズは離した手を開いたり閉じたりして、自身の手を初めて見るもののように目の前にかざした。
僕は何となくルルの体を抱きしめる。
「うーん。はぁ、俺も大概に甘いなぁ」
オズはため息をついた後、独り言のようにつぶやいた。
「・・・俺にも昔年の離れた妹がいたんだよ。今生きてたら17か18とかの。年も違うし、性別も逆だけど君たちを見てると、なんとなく、ねぇ?」
オズはリボルバーを腰の後ろのホルスターにつっかけるように戻した。
「まあ、君がただ単にプライドを曲げられないだけのアホじゃなくてよかったよぉ。そんな馬鹿にいつまでも付きまとわれていたら弟君の方が迷惑だぁ。ま、そういうことで言いたかなかったけど、俺は自分のしょうもないセンチメンタルを慰めるために君たちに協力してあげてたってワケ。これで満足?」
オズの話を聞いていたルルは下を向いたままつぶやく。
「・・・それなら、最初っからそう言えば」
オズは已然として鋼鉄の仮面のように張り付いた笑みを崩さずに言う。
「よかったねぇ、俺が優しくて。これで俺が悪い人だったら、君は今ごろとうに殺されてるし、弟君もそのまま永眠だったよぉ」
「・・・だけど、お前が敵だった時のことも考えなきゃ」
「それだったら媚びでも何でも売っとけばいい。殊勝な態度だったのは最初だけだし。君がしてたのはどっちにしても敵を増やすだけの自殺行為なの。そこんとこわかってる?」
「・・・」
「君は確かに強いかもしれないけど、君程度の奴なんていくらでもいるんだよ。誰にでもそんな態度とってるとすぐに死ぬよ、君。大事な弟君を残して。まあ、弟君だけでも残せたらラッキーってなもんだけどぉ?」
「・・・るせぇ」
僕の体に乗ったままのルルの体が小刻みに震えている。
顔が押し付けられている胸元が湿っていくのを感じる。
ルルが僕の腕を痛いくらいに掴んだ。
「さて、ルルちゃんはこれでまた一つ賢くなれました」
オズは笑みを深めていった。
「ま、女の子を長々といじめる趣味があるわけでもなし。ところで、ここから二つ先の町、ニエブに列車の発着所がある。そこまでは運んであげようと思ってたんだけどぉ・・・」
と、そこで言葉を止め、腕で目元をこすっているルルを見下ろすオズ。口元にサディスティックな笑みが浮かんでいる。
「ルルちゃーん。ごめんなさいはぁ?」
「えぇ・・・」
そんな声が漏れてしまった。
さっきまでの感謝がどこかに飛んでいきそうだ。
なんというか、オズはめちゃくちゃこの状況を楽しんでいる。
さっきまでの昔話よりも、オズの趣味がこの支援の理由なんじゃないか。ルルをいじめて楽しんでないか・・・?
そんな考えが頭によぎった。
ルルは震えるこぶしを地面にたたきつけて勢いよくオズをにらんでから、地面にたたきつけんばかりに頭を下げた。
涙の残りが勢いよく地面に飛び散る。
「・・・今までナマ言ってすいませんした。お願いします」
「はい、よくできましたぁ」
それを聞いたオズは満面の笑みを浮かべてルルが下げている頭をなでる。
ルルは絶望したような顔をして、止まっていた涙を今度はまた別の理由で流し始めた。




