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テルル(新版)  作者: 御上ナモ


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第十四話 良い天気と釣りの話

 青い空。白い雲。

 そんな言葉が格別に似合う、抜けるような蒼天を背景に1対のグラスが掲げられた。

 グラスの中に踊る翡翠の酒は、下級の貴族では滅多に飲めないほどの高価な代物だ。

「「我らが偉大な皇帝陛下に。乾杯!」」

 そう皇帝への祝辞を上げ、そのグラスを飲み干した二人の貴族は、近くに控えている給仕にそのグラスを預ける。

 男たちがいる場所は貴族専用の高級列車の内部で、窓の外には飛ぶように流れていく見事な草原が広がっていた。

 もっとも、男たちはその素晴らしい景色には興味が無いようで、窓の方を見向きもしない。

 グラスを置いたばかりの男の手は透き通るように白く、磨き上げられている。

 グラスを離した手が、列車の振動でずれた眼鏡を直した。

 まだかなりその若い貴族は向かいに座る自分よりも年上の軍人に向けて、まるで友達に話しかけるようにしゃべり始めた。

「それにしてもこの列車はなかなかだね。グレン」

 この列車の内部は完全個室性であり、格によって使用可能な席がすべて決まっている。

 男たちが現在座っているのは1両を丸ごと使用できる、最も高級な席のうちの1つだった。

「座席も、家具も、下手な貴族の屋敷よりよほど高品質だな」

 それに答えたグレンはグラスを置いた手をそのまま顎に伸ばし、白が混じり始めている見事な髭をなでた。

 その手は線の細い文官の貴族と対照的に、鍛え抜かれた重さを持っている。手のひらの厚い皮膚そこにできている幾つもの剣タコがいかにも老将軍といった様相の彼に似合っていた。

 いかめしい装いとは裏腹に自分よりだいぶ年下の貴族に呼び捨てにされたものの、気にもかけていない。

 実力主義の彼からしてみれば、目の前に座っている若い貴族は自分にため口を聞くのに十分すぎるほど優秀ということなのだろう。

 車内はグレンが評したとおり、北国から輸入された最高級の木材。

 はるか彼方、東方から運ばれてくる一枚で家が買えるほどの貴重なタイル。

 それらの代物がふんだんに使われており、非常にきらびやかな作りとなっていた。

 そんな装飾品に反して、柱や天井、床などの列車本体部分は白一色。

 一種殺風景に見えるほどに無機質で均一な物質で作られている。

 それもそのはず、彼らが遺物と呼んでいる列車本体の構造部分は、現在の技術力では加工はおろか、破壊することすら難しいのだ。

 北方大陸南西部に位置するこのハルケギニア帝国内部には、かつて存在した神代の文明の遺物があちらこちらに点在している。

 その大多数はつい最近この国に一人の天才が現れるまで、あくまでも文化財的な価値しか持ち合わせていなかった。

 しかし、天才と、とある偶発的な出来事によって、それらは産業的にも、軍事的にも非常に大きな価値を持つようになったのだ。

 だが、その大量の遺物の稼働は大きな利益をもたらすと同時に、それと同等、もしくはそれ以上に大きな犠牲を伴った。

 帝都動力機構は、国が要求するだけの大量のエネルギーを供給するのに、莫大な人間の命を欲したのだ。

 国は自分たちの手にした圧倒的な力に目がくらんでいたのでもあるし、庶民の命に欠片も価値を感じていないのでもあった。

 結果として、労働力にもなりえない孤児の使用を許可する法案が正式に交付された現在、1年とたたずに帝都内の孤児は全滅し、今もなお、その犠牲者数を加速度的に増やしている。

 そんな多大なる犠牲の上に君臨し、現在進行形でたくさんの生命力を吸い取り続けている列車は今、たった2人の貴族だけを載せて軽やかに疾走していた。

「最近、例の個体の発見情報があったらしいよ。もっとも、またもや捕獲に失敗したそうだけどね」

「今度はどこにいたんだ?」

「オルケミスだって」

「かなり辺境だな。このままいくと国境から連邦に抜けられるぞ」

「まあ、第2次カルノザ条約が使えるし大丈夫だよ。そういえばグレンは向こうに駐屯兵として遅らせる人員の選別は済んだ?」

 グレンは何を馬鹿なことをと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 胸に燦燦と輝くたくさんの勲章が彼の辣腕を物語っている。

 少し顔を相手に近づけたグレンは、脳内の地図をなぞるかようにトントンと机を叩いた。

「そんなものはもうひと月以上前に済んでいる。それにしても向こうもよくこんな条約に乗ってきたな。条約を使って向こうに置いた駐屯兵を伏兵とし、郊外で派手に暴れさせて、その混乱に乗じて一気に首都を制圧。まあ、だまし討ちのようで気は進まないが。これであの忌々しい連邦が潰せるとなれば安いものだ。その上、遺物の力があれば速やかにかつ圧倒的な兵力差をもって簡潔に済む。」

 そこまで話して一息ついた彼は芯を持った瞳を細めた。

「だからこそ、今回の電撃作戦に使用する遺物の稼働を支えるためにも、特定個体はあそこで必ず―――」

「手に入れなきゃならなかった、でしょ?あ、条約に関しては僕の手腕ってやつだよ。ほめてくれてもいいよ?」

 細身で色白の男は眼鏡の奥の目を細めて無邪気に笑う。

「まあ、向こうも舐めてるんだよ。こちらも相手国の領内に兵を置いているんだ。まさか向こうはせめて来るはずがないってね。遺物もなしにただの兵士だけでこの帝都が落とせると思うかい?お馬さんに乗ってさ!」

 そういって愉快そうに笑った彼は名門ラドス家現当主、トルク・ラルドスという名の、この国でも最上位の貴族の一人だ。

 現在、弱冠30歳にして宰相を強めている帝国きっての切れ者で、国の行政をも一手に握っている。 皇帝の信も厚く、皇帝を除くとこの国で最高の地位にいる男といっても過言ではないだろう。

 そして、孤児狩りに関する法案を通したのも、長年の敵国、連邦を食い破る策を用意し、その要の条約をその巧みな手腕で結んだのも彼だった。

 人を人とも思わぬその残虐性と、どんな手であろうとも平気に使うその酷薄さは、無邪気な笑みと、子供のような話し方に隠されて、表には表れない。

 彼は紺に染められたシルクの袖飾りを少し引っ張り、窓を軽くたたく。

「もっとも、最近は無賃乗車をする輩が増えているらしいけどね」

「ここの警備はそんなにずさんなのか?」

 そういったグレンは胸の前で組んでいた手を組み替える。

 トルクは卓上にうやうやしく置かれた、平民の1か月の生活費を優に超えるほどの超高級な焼き菓子を無造作に手に取り、しげしげと眺め始めた。

「さぁ、どうだろうね。町中の沿線部分は巡回の兵がいるけど、こんなだだっ広い平原の全範囲に兵力を割いている余裕などはないだろう?もっとも、最近警備が強化されたおかげで、幾人か組織的にやっていた業者が捕まったらしいけどね」

「例の組織まで巻き添えを食っていないか?下手に散らばると後が面倒だ。それと、特に連絡が無かったということは、アッシャーは今回も尻尾を掴ませなかったんだろう。奴らめ。いつまでも目障りな」

「組織の方は、連絡がいってるから大丈夫だよ。あと、アッシャーの方には既に刺客を放っておいた。たぶん今ごろは無様に地面に転がって、自分の価値のない人生を振り返ってるんじゃない?気勢を上げてても庶民風情にはどうせ何もできないよ」

 そういった後、興味を失ったようにトルクは、少し空いている窓からそのひどく高価な焼き菓子を無造作にほおり捨てた。

 捨てられた焼き菓子は、くるくると回りながら外に落下していく。

 すさまじいスピードで地面に落ちていく菓子は、もう幾何もたたずに地面にぶつかり、粉々になると思われた。

 その瞬間、上空から流れ星のように降りてきた釣り針が焼き菓子に絶妙なバランスで引っかかった。

 つり針に刺さった焼き菓子はスルスルと上に登っていき、糸を素手で巻き取っている少女の手の中に飛び込む。

 釣り針から焼き菓子を外した少女の手が、急にあおられた髪をうざったく背中側に払った後、その菓子を太陽にかざした。

「っしゃ、やりぃ!」

 ワクワクを抑えきれない顔をして、その菓子を品定めしている蒼黒の髪の少女を、あきれたような顔をして見ていた黒髪少年は、組んでいた胡坐を組みなおして口を開いた。

「どんな勘してるの?ここ、列車の上なんだよ?なんで釣り針なって持ってきてるかと思ったら・・・」

 2人の間をすさまじい勢いで風が通り過ぎていく。 大きくあおられた体を何とか落ち着けたルルは小言を言うテルに言い返した。

「だってもったいないだろ!」

「命の方がもったいないよ!ばれたらどうするつもりなの!?」

「捨てたはずの焼き菓子が宙に登って行った、列車の屋根を調べろ!なんていう貴族がどこにいるんだよ!」

「いるかもしれないじゃん!」

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