第九話 蒼い世界と隣りの話
僕の眼が開かれた瞬間、一気に大量の情報が流れ込んできた。
蒼だ。
視界がひどく蒼い。
世界が一瞬静止しているような気がする。
やけに兵士たちの顔がはっきり見えた。
蒼く照らされた兵の顔はそろいもそろって驚愕の表情を浮かべている。
そして掴まれた僕の腕の先に、全身から青白い輝きをほとばしらせたルルが、蒼白く発光した瞳をこちらに向けていた。
「おいルー!コース9だ!頭の回転が止まったお前なんてミミズの糞よりも価値ねえぞ!!」
僕の停止した思考をぼろ布のように引き裂いていつも通りのルルの罵声が聞こえる。
僕の手がめちゃくちゃな力で引っ張られる。
よたよたと歩を進めた僕の視界に、銃弾が、僕に向かって放たれていた銃弾がなぜか中空に静止しているのが映った。
宙から縒り合されるようにして出現した白糸がその銃弾に大量に巻き付いている。
いったい何が・・・。
そう思った瞬間一気に視界が元の色に戻った。
気付けば銃弾が僕の後方に突き刺さっていて、僕たちは兵士たちと一気に距離を離していて、僕たちは町の中心に向けて走り始めていた。
僕は不意に姉ちゃんの腕がすっとすり抜けそうなほど頼りなく感じ、グッとつかみなおす。
今、一瞬姉ちゃんが半透明になったような・・・。
ぞわりともう一度世界が揺れて一気に世界が元の色合いを取り戻した。
チュンッと高音を立てて再度中から打ち出された弾丸が地面に突き刺さる音がする。
僕の頭に針をさす様に兵士の怒号がワーンと頭に響いてきた。
兵士たちが何かを怒鳴りあっている。
「特定個体発見!全部隊は緊急招集!3341!特定個体だ!!」
僕は一時さっきのことを考えることをやめる。
とりあえずこの場から逃げないと。
『おいルー!コース9だ!』
コース9。
町の中心部から外への唯一の逃走経路。
下水路だ。
中心部にある整備用の入り口から中に入ればいいのだ。
いくら兵士でも市街地の地図はわかるがこの町の地下に蜘蛛の巣のように広がる水路の地理までは把握できていないだろう。
そのうえ、全兵士のオペラレーションに使用している各兵士の場所を割り出す遺物は地下水路内では使えないはずだ。
「こなくそぉ!こんなとこで死んでたまるかぁー!」
半分やけになって叫び声をあげた僕は、ルルを逆に引っ張る勢いで、足の回転を無理やりに上げる。
他人事のように自分の声を、ルルの声を聞きながら僕は走る。
裸足で走り続けたせいで、一歩ごとに膝に、頭に、巨大な鉄塊を打ち付けられているかのように痛みが走る。
死ぬ気で回し続けた頭にこの衝撃はきつすぎる。
一歩ごとに左の鎖骨が悲鳴を上げるように痛むし、脇腹なんかはぱっくり割れているといわれたら信じてしまいそうなほどの激痛を発している。
精も根も尽き果て、身も心もボロボロだ。
でも、それでも僕の足は止まらない。
なんで僕は忘れていたのだろう。
僕の隣にはルルがいるのだ。
ルルが隣で走っているのだ。
ここで、僕が、負けてたまるか。
もう音は聞こえない。
下水道整備用の苔むして錆びたちっぽけな扉以外目に入らない。
最初は点のようだった扉が僕の視界にどんどん、どんどん近づいてくる。
横道から兵士が飛び込んでくる。
スライディングした。
ここはさっきみたいに地面に苔があるわけでもなくあらかじめ整地しておいた道でもない。
とがった石が、地面から飛び出た何かの破片が、足に、地面に触れている手のひらに、幾条にも深くどす黒い筋を刻む。
もはや、痛みは感じなかった。
ただ、ひたすらに。動け、僕の足。
あと少しだけ。あと、もう少し。ほんの少しだけ。
―――動け!
目標の扉は突き当りの右の壁の下の方にある。
今、行き止まりに嬉々として駆け込んでいる僕たちを兵士はどんな気分で眺めているんだろう。
うれしいのだろうか。
馬鹿にしているのだろうか。
それとも、ただ無感情なのか。
最後に少しだけ回転した頭が力尽きたようにそんな妄想を脳裏に浮かべた。
それでも、僕の体は練習していた時の動きをきれいに覚えてくれていたようで。
気づけば僕は無意識のうちに視界に広がった小さな扉を開け、頭から飛び込んでいた。
数瞬の浮遊感、そして着水。
水深が結構深い上に、体に力が入らず、しこたま口に下水が入りこんでくる。
すさまじい悪臭とともに、一気に吐き気が襲い掛かってきた。
すぐ隣に落ちてきた水音の主がルルであるかを確認する間もなく、もはや限界だった僕の体は意識を手放した。




