桜の下で、会いましょう 〜伯爵令嬢殺人事件〜
色々乗っかってます。
マリー先輩の遺体が見つかったのは、卒業式の二日後だった。
卒業式の後、行方が分からなくなり、伯爵であるマリー先輩の父上達が捜索願を出したのが、その日の夜。
翌日は国中を捜索する勢いだったけど、その甲斐もなく、次の日の朝、校務員のコゴールォさんが学園内の見回り中に、桜の下の盛土を訝しんで土を払うと、遺体が出て来たのだと言う。
死因は絞殺だけど、その前に後頭部を固い鈍器のようなもので殴られ、頭部打撲による失血の痕が見られたらしい。
頭を殴った後に首を絞めてとどめを刺すだなんて、ひどすぎる…。
―――遺体発見からおよそ一週間。僕は春休みにも関わらず、同じ図書委員だったマリー先輩と過ごした、この図書室に来ていた。
本の趣味は対極だったけど、作品について語り合ったり、読まないジャンルの良さも互いに教え合って、読書の幅を広げていった。僕達は良い読書仲間だったんだ。
マリー先輩は、このベイクァ王国の第二王子・エドガー様の婚約者だった。
エドガー様は去年卒業し、今年卒業したマリー先輩と、数日後には結婚するはずだった。
ただ、僕にはエドガー様とマリー先輩が、それほど仲良くは見えなかった。
マリー先輩は少し天然…、というか、男女分け隔てなく気さくに話しかけてくれるけど、エドガー様といる時は、話をする訳でもなく、先輩が終始はにかんでいるだけに見えた。
エドガー様は特別だ。第一王子と比べても、容姿も学業も優れていた。
学園にいた頃は生徒会長を務めていたし、女子生徒達もマリー先輩という婚約者がいるにも関わらず、ファンが大勢いた。
だからマリー先輩は、男女分け隔てなく接しているのに、女子ウケが悪い、というか、先輩をよく知らない女子達の多くの、妬みの対象になっていた。
―――そんなことを思い出していると、僕しかいない図書室に、誰かが入ってきた。
「…やあ、アーウィン。久しぶり」
! エ、エドガー様!?
「君がここに居てくれて良かった。…マリーのこと、知ってるよね?」
「は、はい…。まさか先輩が、あんなことに…」
僕は、ぎゅっ、と拳を握る。
…何でエドガー様、婚約者が死んだっていうのに、そんなに穏やかに笑ってるんだよ。
「彼女を殺した犯人、ガルシア卿が容疑者として捕らわれた、と聞いたけど」
ガルシア卿…、ガルシア先生はマリー先輩のクラスの担任だ。容姿端麗で人当たりも良かったから、いつも女子達に囲まれてたっけ。
「そうです。校務員のコゴールォさんが、先輩の遺体が発見される前の日の晩、フード付きマントを羽織った姿で校庭を歩く、ガルシア先生を見たって…」
「目撃情報だけ、なんだろう?」
「え? ええ…、そのマントに先輩の血痕が付いてたそうですよ。それに卒業式の後、先輩と最後に話をしていたのも、ガルシア先生だったとか…」
そう…、それでガルシア先生は官憲達に連れていかれたんだ。でも…、
「彼は無実を主張しているらしいね」
「…そうですね。でも他に、疑わしい人物もいないみたいだし…」
「どうだろうね。…私は、きちんと検証したいと思ってここに来たんだ。…ということで、アーウィン」
「?」
「君のことは、マリーからよく聞いていたよ。私が卒業してから、学園の中で最も信頼出来る者は、君だけだった、とね」
えぇ…、先輩、そんな風に言ってくれてたんだ。ちょっと嬉しい。
「そんな君に、協力を頼みたい。お願い出来るかな?」
「へ? 協力?」
変な声が出た。エドガー様、何を言ってるんだ?
「ああ、まずはコゴールォの所へ聞き込みに行こうと思う。一緒に行こう」
え? 聞き込み? ちょ、ちょっと、何でそんな…、
「あ、あなたは、マリー先輩と、形だけの婚約だったんじゃ…」
「? 何故、そう思うんだい?」
えぇ…、だって、一緒にいる時の様子が…。
「…人前で、はしたなく密着することを、彼女は嫌っていただけだよ。二人きりの時の私達は、とても仲が良かったんだ」
へぇ、そうなんだ。…じゃない、楽しそうだな、エドガー様。何しに来たんだ?
「いいから行くよ。君の意見も聞きたいからね」
ちょ、ちょっと! あああ!
―――僕はエドガー様に引っ張られてしまった…。
◇ ◇ ◇
「―――エ、エドガー様!?」
コゴールォさんもびっくりしてる。そりゃそうだよね。
コゴールォさんは、60歳近いベテラン校務員。学園のことは知り尽くしてる。
「ああ、もう事情聴取は終わってるだろうが、君が見たガルシア卿は、夜中に何処へ向かっていたんだい?」
「ど、何処って…、校舎の北側の方に向かって行ったから、たぶん資料室か、体育倉庫だと思います。どちらも鑑識の方達が調査済みですよ」
そう聞いたエドガー様が、何か考えてる。僕がエドガー様を見てると、コゴールォさんに話しかけられた。
「………おい、エドガー様、やっぱり…」
「え? ああ、僕には何が何だか…。図書室にいたらムリヤリ連れて来られて…」
コゴールォさんは声をひそめながら、
「何を言ってる! …エドガー様、ものすごく怒ってるだろ!」
え? 怒ってる………?
「えぇ…、あんなににこやかにしてるじゃないですか。怒ってるって…」
「お前、バカか! エドガー様のあの目をよぉく見ろ! あれが笑ってる目か!? …やっぱり、マリー嬢があんな風になっちまったから…」
そーなの? 意外だ。エドガー様に限って…。…なんて思ってたら、エドガー様が、
「…よし、アーウィン。体育倉庫へ行くよ」
「! は、はい!」
コゴールォさんの心配をよそに、僕達は体育倉庫へ向かう。
エドガー様、怒ってるのかぁ…。僕には、そうは見えないけど。
◇ ◇ ◇
「もうここは、調べられた後でしょう? 何も出てこないんじゃ…」
体育倉庫の中で、エドガー様が何やら、ガサゴソ、と探している。
………ん? あの隅っこの板壁の切れ目に、…手紙?
「…あった。やはりここは、手つかずだったな」
「それは?」
エドガー様は、紙を広げながら、
「マリーは毎年、学園の桜が咲く頃にいつも私に詩を贈ってくれていたんだよ。この場所は、私達の連絡メモ置場だったんだ」
へぇ、そうなのか…。意外と仲良かったんだな。
…桜、かぁ。確かあの桜は、遠い東国から親睦の証にって贈られたものだったよなぁ。毎年、卒業式の頃に花を咲かせて、花びらが舞い散る様子がキレイだって、特に女子達に人気だったんだ。
…でも、あの桜の下で先輩の遺体が発見されたんだ。ひどい話だよなぁ。
「―――ほら、見てごらん」
僕は少し戸惑いながら、手紙の内容をのぞかせてもらうと…、
『桜の下で、会いましょう。
今年も、来年も、その次も。
花の咲く間は短いけれど、
舞い散る花びらの中の私を、
あなたは見たいと言ったでしょう?
実は私も同じなの。
背の高いあなたの姿を、私は隣で見上げたい。
降り注ぐ花びらを、二人一緒に浴びながら。
きっと生まれ変わっても、
巡り合って、桜の下で会いましょう』
「………うわぁ、さすが、甘ったるい、というか…。マリー先輩らしいなぁ」
思わずそう言ったけど、エドガー様、何だか表情が柔らかくなった…?
「…うん、マリーはロマンチストだったからね。それより…」
うん、僕も不思議に思った。
『背の高い』の部分に、赤い丸………。これ、もしかして、血…、の、痕?
「………アーウィン」
「はい」
「この学園で、特に背の高い者、と言えば、誰を想像する?」
僕は考える。
「…そうですねぇ、ガルシア先生も背ぇ高かったけど、あとはスポーツ推薦で来てた、卒業生のグライブさんに、ハインズさん…。でも、マリー先輩と接点なんかあったかな…、あとは…」
思わずエドガー様を見る。エドガー様も背が高いんだよなぁ。羨ましい。あとは…、
「…魔籠球部顧問のニゲラ先生。女性だけど、エドガー様くらい大きいんですよね」
「ああ、ニゲラ女史か。だが、あの女は確か、卒業式の翌日に魔籠球部の強化合宿で、シーニースに行っていたはずだ。グライブとハインズも、既に各々のプロチームの宿舎に入所済みだしな」
ああ、あの二人はプロのスポーツチームからスカウトされたんだっけ。
それにしてもシーニース、かぁ。海の近くにある、王国きってのリゾート地。選抜メンバーを連れての強化合宿は毎年そこの王立ホテルで行うから、魔籠球部の皆必死で部活頑張るんだよなぁ。
「…そうなると、特に『背の高い』に意味があると思えませんね」
僕がそう言うと、エドガー様が懐から手鏡に似たような何かを取り出した。
「? …それは?」
「王家の宝物庫に保管してある『魔力探知装置』だ。魔法や魔道具を使用した痕跡があれば、これが感知してくれるはずだよ」
えぇ? そんなものがあるなんて…。………あ。
「…反応しましたね」
「うん。思ったとおりだ。隠蔽魔法と、転移装置の使用痕、かな」
「! 転移装置! そ、それって、最高レベルの国家機密道具じゃないですか! んなもん使ったら、すぐバレるでしょ!?」
「そうだね。国にある転移装置は全て管理されてる。使うには許可がいるし、国内で使えばすぐに分かる」
「えぇ…。じゃあ官憲の人達は、ガルシア先生が転移装置を使ったのを確認して捕らえたってことですよね?」
「いや…。ガルシア卿は使用していない」
は? じゃあ官憲の連中、ホントに目撃証言とマントの血だけで先生を捕まえたってこと? ザル捜査だなぁ…。
そもそも、鑑識でこの手紙すら発見出来ないって…。確かにこの国平和だけど、平和ボケし過ぎだろ。
「ガルシア卿は、生まれも育ちもここ、ベイクァ王国だ。転移装置のことも知っているし、そもそも彼は魔法は得意じゃない」
「! じゃあガルシア先生は、犯人じゃないってことですよね!?」
「そうだね。…やはりこの魔力探知装置は、開発局に量産を検討させる必要があるな」
え、エドガー様まさか、その検証のためにこんな捜査を…?
「まぁこれで、真犯人は別にいる、ってことが分かったな」
! …一瞬、ゾクッとした。…エ、エドガー様、雰囲気が変わった。
これは、僕でも分かる。エドガー様…、メチャクチャ怒ってるじゃないか!
「………さて、アーウィン」
「は、はい!」
「我が国の転移装置は、全て管理されているが、国外のものに関しては管轄外となる。我が国以外で転移装置を保持している国は…」
「えーと…、隣国のモブール公国、それからハンズァー帝国…、あと…」
「…いや、その2国だよ。そして、ハンズァー帝国に縁のある、この学園に在籍する人物、と言えば…」
え!? で、でも、その人物って…!
「気付いたようだね。それじゃアーウィン。その人物を誘き出してもらおうか」
◇ ◇ ◇
『体育倉庫で、あなたが使用した転移装置について、お聞きしたいことがあります』
そのメモを受け取った人物が、体育倉庫に向かっている。
(………何でそのことを知っている? まさか、私があの小娘を殺したことも…)
体育倉庫の扉が開けられた。
「…よく来てくれましたね。ニゲラ先生」
僕はドキドキしながら、精一杯平静を装う。ガラじゃないよ、こういうことは。
「誰だっけ、君は…。アーウィン・コーナーン、だったか? 何で私が転移装置を使ったと思ったんだ?」
「魔籠球発祥の地・ハンズァー帝国出身で、帝国官僚の弟君を持つニゲラ先生なら、転移装置の使用にも都合をつけられるだろうと思いまして」
「…フン。それで? 使ったからどうだって言うんだ? ここの荷物をホテルに運ぶために使っただけだが?」
「えーと…、先生、隠蔽魔法も使いましたよね? 魔籠球部顧問でありながら、魔法研究者としても名高い帝国きっての才女。我が校の映えある交換留学教授が、まさかこんな事件を起こすとは…」
ピクッ、とニゲラ先生の顔が引き攣る。怖い。…ちょっとエドガー様、ホントに大丈夫なんだろうな?
「………お前、それは、全部知っている、ってことか?」
え…、やっぱりそーなの?
…って! うわ! く、首が! し、絞められ…!
「…全く、余計な事に首を突っ込まなければ、死ぬこともなかったろうに! このままここでお前を殺し、…そうだな、お前は行方不明になってもらおうか!」
な、何ぃ!?
◇ ◇ ◇
―――あの日、咲き誇る桜の下で、ガルシア卿との談笑を終えたあの小娘は、体育倉庫のそばにいた私の姿を見つけ、
「…あ! ニゲラ先生! …先生にも、お世話になりました!」
ペコリ、と挨拶をするマリー嬢。相変わらずふわふわと、いかにも女の子、という可愛らしい風体。…私には無いものばかり、この少女は持っている。
「ああ、そういえば君はこのあと結婚するんだったな。おめでとう」
そう言うとマリー嬢は、私のそばに来て、
「………先生も、頑張ってくださいね」
…!? コイツ、何を言って…!
「ガルシア先生とのこと、私、応援してますから」
フフッ、と含んだ笑みで、まるで嘲笑うように…。
…そこからは、私もよく覚えていない。衝動的にマリー嬢の口を塞ぎ、取り押さえ、体育倉庫に連れ込み、そこにあった鉄アレイで彼女の頭を…。
「………そう! 合宿、メッチャ楽しみー!」
―――マズイ! 魔籠球部の部員連中か!? 今ここに来られる訳には…。とりあえず、一旦外に出て、
「あ、あれ!? ニゲラ先生!」
「ああ、倉庫に何か、取りに来たのか?」
「はい、合宿に持っていくはずの道具を…」
「それなら私が運んでおくよ。君達はまず、自分達の支度をしないとだろう?」
「わぁ! ありがとうございます! 先生!」
―――ふぅ、さて。それじゃあここを隠蔽し、この転移装置で私の実家の部屋へ―――
◇ ◇ ◇
「―――あの娘は、ガルシアと一緒に私を馬鹿にしていたんだ! だから、ガルシアにも罪を着せてやった! あの夜、あの校務員が見たガルシアは、私だよ!」
そ、そんな…! あああ…、苦しい! 死んじゃうよぉ!
…しかし、犯人ってやっぱり、人を殺す時に全部話しちゃうんだなぁ…、って思ってる場合じゃない! は、早く、助け…、
「そこまでだよ、ニゲラ女史」
「!? お前は…」
エ、エドガー様…、やっと来たぁ…。
「全部聞かせてもらったからね。さあ、皆、この女を捕らえろ!」
うわ、憲兵達がこんなに…。助かったぁ…。
「ご苦労さま、アーウィン」
僕は、ケホッ、と咳をしながら、
「…マジで、死ぬかと思いましたよ」
「うん。死ななくて良かった」
あ…。…うん、そうか。マリー先輩、死んじゃってるもんな。
「…でもこれで、仇は打てましたかね」
「………」
あれ? エドガー様、何か考えてるのかな。…あ。
「エドガー様、何処へ?」
「もちろん帰るよ。君も帰って休むといい」
…行っちゃった。まぁいいや。僕も寮に帰ろう。
◇ ◇ ◇
―――あれから15年かぁ。今年も学園では、桜がきれいに咲いてる。
僕はあの翌年、無事学園を卒業して、今は王立庁で文官をしている。
エドガー様とは時々会う。
あの人、僕が王立庁に入ったばかりの頃は、何か事件があるとすぐ僕を付き合わせてたけど、僕が結婚したくらいから、少し控えてくれてる。一応気を遣ってくれてるのかな。
…息子も生まれ、僕はまぁ平々凡々と勤めてるけど、肝心のエドガー様は、結婚しないんだよなぁ。
先日、第一王子が王位を継いで、エドガー様は宰相として兄上を支えている。
そんな訳で、今日もお勤めに出かける。通勤途中で、学園の近くを通るんだけど…、
―――おお、やっぱりきれいだなぁ。ちょうど満開…、………ん? あれは…。
「あれ、エドガー様? 珍しいですね」
「やぁ、久しぶりだね、コーナーン卿」
エドガー様も珍しいけど、エドガー様と一緒にいるその女の子は…。
「ああ、彼女は今年の学園の新入生だよ。そして、私の婚約者だ」
え!? こ、婚約!?
「彼女…、サーニャが学園を卒業したら、結婚するんだよ」
それはそれは…。でも、
「どういう心境の変化なんですか?」
「実はね、サーニャから贈られた手紙があってね」
そう言ってエドガー様は、懐から一枚の紙を取り出して、見せてくれたけど…、
「! こ、これって…」
そこには15年前に見た、マリー先輩が書いたあの詩が書いてあった。
僕が驚いていると、エドガー様は手紙をまた懐にしまって、
「…まぁ、あとは想像に任せるよ。ほら、急がないと遅れるよ」
あ! 本当だ! 遅刻はマズイ!
すれ違いざま、サーニャ嬢が僕に声をかけた。
「…じゃあね、アーウィン」
…え? あの娘、僕の名前、知ってたのか? いや、でも、まさか…。
『―――きっと生まれ変わっても、
巡り合って、桜の下で会いましょう』
………ウソだろ? でも、急ぐ僕の耳に、春風に乗ってエドガー様の声が聞こえた。
「…おかえり、マリー」
去年の春の公式企画、なろう新入生だった豆月は知らなくて参加出来ませんでした。
今年の春の公式企画、『春の推理』が来るのかなぁ、と思ってたら、…まさかの『全ジャンル』!
おーい(;´Д`)
でもちょっと悔しいので、推理っぽいものを書こうと思ったけど、リアルの法整備なんか知るわけない。
で、異世界に飛ばしてみたけど、せいぜい『っぽい』程度のモノしか書けなくてorz
これで『文芸・推理』とか図々しいなぁ、とジャンル・イセコイに。いやほら、どことなく恋愛モノっしょ?
…まぁでも何ていうか。
エドガーとかコーナーンとか小五郎とか、米花王国とか半沢帝国とか色々やらかしてるんで、とりあえず青山◯昌先生に全力で泣きながら謝罪しようと思います。
『ずびばぜんでじだ〜!!!』
…クレームは勘弁(/_;)
〜追記〜
大丈夫そうなので、異世界恋愛→文芸推理に変更しました(*´ω`*)