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07:真夜中の報せ

 初夏の訪れを感じる収穫月。緑濃く爽やかな風が吹くその日、隣町シュプレッセとフィリグランの間を結ぶ新道、通称『魔女の道』が開通した。

 道の両端には開通を待ち構えていた市民たちが集まり、それぞれ同時刻に渡り初めが開始される。ちょうど道の中央で行き当たった両者の市民は、互いの街が近くなったことを喜び合い、共に末永く暮らしていこうと意を新たにして。やがて市民たちはフィリグランへ集まると、そこでなし崩し的にパーティーが始まったのだった。


「これで、真冬の季節風邪も怖くないぞ!」

「問題なければ、交易路にも応用できないか考えてみよう!」

「魔導師の兄ちゃんたちは凄腕だからな、きっとできるさ!」


 ふたつの街の人々と、一緒に森を拓いた領都所属の魔導師さんたちが、盃片手に盛り上がる。魔導師さんたちの腕は確かで、彼らは見様見真似ですぐに、わたしの改良した防護魔法を習得していた。きっと彼らなら、交易路に使えるような改良魔法も編み出せることだろう。考える時にはお邪魔させてもらえないか……などと考えていれば、わたしは市民たちに文字通り担ぎ上げられ、新道の立役者として歓待される羽目になる。


「『魔女』さまは、すぐにでも魔法登録しないとな!」

「そんなことより飲んでくれ飲んでくれ! シュプレッセ名物いちじくパイもこれから来ますぜ!」

「あっ、あの、お手柔らかに——!」


 そんな、飲めや歌えやの賑やかな一日から、一週間。クラリッサとへティーと約束した領都ヴァイスホルン行きを翌朝に控えて、わたしは服選びに頭を悩ませていた。

 動きやすいように、深緑色のキュロットと、七分袖のブラウスを選んだまではいい。ただ、合わせる靴が薄汚れた黒いペタンコ靴しかないのと、鞄もいつものショルダーバッグしかない。この鞄が、キュロットの色と合わないベージュ色なのだ。


「……いいや、変えちゃえ!」


 しばらく悩んだ挙句、わたしは変換魔法を掛けて鞄の色をキュロットと同じ色にした。これなら最低限、クラリッサに「おばあちゃんセンス」と言われなくて済むくらいにはなっただろう。


「ん?」


 ベッドの上に広げた夏服を片付けようと手を伸ばしたところで、ふと、窓をコツコツ叩くものに気が付いた。そちらへ視線を向けると、閉じていたはずのガラス窓をすり抜けるようにして、一羽のカラスが部屋に入ってくる。そんな不思議な芸当ができるのは、魔法の鳥だからこそだ。国境沿いの封鎖が解かれたため、容易に手紙鳥が届くようになったのだろう。


「お兄さまにしては、長い手紙ね?」


 魔法のカラス——兄からの手紙が、伸ばした手の甲に止まる。呪文を呟けば、それはするすると展開して、兄が紡いだ言葉へと変わっていった。


「あら、まあ……」


 手紙は、この間報道されていた帝国皇帝代替わりの裏事情だった。前公爵を追い出して、冬に公爵位を継いでいた兄。第三皇子が思い描いていたのだというクーデター。ふたりを中心に帝国内で成長した反皇帝派閥が長年の企みを成功させ、皇帝の後ろで(まつりごと)を牛耳っていた「西」の公爵家共々皇帝一家の追放を叶えたこと。それから、己の強欲さで身を滅ぼした義妹の顛末についてが記されている。もちろん、『聖女』となったテレーズさんも、兄たちに協力したらしい。罪の糾弾の後は、彼女が帝国各地を周り、浄化と復興の祈りを捧げて回ったことも書いてあった。


(……そう。義妹(あの子)は『消えた』の)


 わたしが神殿で会ったときには、既に義妹の魔力は変質していた。あのように変質してしまえば、遅かれ早かれ命は助からなかっただろうから、驚きはない。感慨もなければ、ざまあみろと胸がすくこともなかった。ただ、そうなるでしょうねという納得のみを残して、意地悪そうな笑顔が意識の外に消えていく。やはり、どうでもいい。わたしにとってあの連中は、最早どうでもいいもの以外の何でもなかった。

 そんなことよりも目を引いたのは、兄が慌てて書いたような少し乱れた手紙の、最後の一文だった。


「えっと……『フリードリヒ殿下と顔を出せ』って……?」


 見慣れた兄の筆跡。読み間違えではなく、「フィーがおまえに会いたがっている。俺も話しておきたいことがある。落ち着いたら改めて手紙を送るから、そのときはフリードリヒ殿下とふたりで顔を出してくれ」と書いてある。

 フリードリヒ。そう聞いて真っ先に思い浮かんだのは、あの遺跡で聞いたベルンの声。フリッツのことを呼んだ黒い猫は、確かに彼のことを「フリードリヒ・フォン・レープハフト」と呼んでいた。


(フリードリヒ……確かに、愛称として『フリッツ』と呼ばれるひとは多いけれど……)


 グレンツェント王国で、フリードリヒの名を持つひとも、フリッツの名を持つひとも結構多い。その名が初代王の名と愛称で、偉大な王への敬意を込めて同じ名を付ける親が多いからだ。この辺境フィリグランでさえ、フリードリヒは三人いて、縮めてフリッツと呼ばれている者もいる。だからいままで、フリッツの名を「そう」だと気にしたことはなかったのだけれど。


(レープハフト家、聞き覚えがあるはずだわ……)


 遺跡では余裕がなく、そのあとの出来事が強烈だったのですっかり忘れてしまっていたけれど。フリッツの名前を聞いたことがある気がすると思ったあの時の引っかかりは、決して気のせいではなかったと確信する。


 だって、わたしはその名を知っていたのだ。


 グレンツェント王国において、家名に「フォン」の前置詞が付くのは貴族の中でも一部の家だけ。そしてこの国において、「レープハフト家」の名を名乗れるのはたった一家——王に連なる者たちだけだ。


(フリードリヒ・フォン・レープハフト。聞いたことがあるはずだわ……王太子殿下に聞いたんですもの)


 もう四年ほど前になるだろうか。帝国で開かれた国際親善の夜会で、グレンツェント国王の名代として王太子殿下に会ったことがある。馬鹿皇太子の通訳代わりに隣に立たされたので、当人から直接聞いた話だ。


(ということは、フリッツは外交に出ていなかった末の王子……確か、兄君は身体が弱いと言っていた気がするのだけれど……)


 でも、こうして知り合ってからのフリッツは、特に病弱そうな感じはしなかった。最初こそ怪我と呪いで弱っていたけれど、回復してからは健康そのもの。いつ会っても、体調を崩したところは見たことがない。


(なるほど。身分を隠して動いていたのね、彼は)


 本人が名乗らなかった家名と身分。辺境伯子息の身分であるフェリーを隊長として、魔導師として働いているという境遇。本人の所作の美しさと慣れ。これだけ情報が揃えば、彼がどういうつもりで動いているのかは何となく予想が付く。元々、言動から彼が高位貴族であることは見当が付いていた。何か事情があって働いてるんだろうと思ってもいたし。だからといって彼の人となりが変わるわけではないので、そちらは何も問題ではないのだけれど。


「……なんで、お兄さまが末王子(フリードリヒ)殿下を名指ししてくるのかしら?」


 フリッツ——フリードリヒ殿下と、兄の繋がりが全く分からない。まあ、兄にはわたしの知らない繋がりがたくさんあるようだったので、分からなくて当然なのだけれど。

 そもそも、フリッツとの繋がりがあるらしいと仮定しても、どうしてわたしが彼と一緒に兄のところへ顔を出さなければならないのか。

 聞きたいことはたくさんあるけれど、どうせあの兄のことだ。わたしが手紙を送ったところで、忙しいだのなんだのと言ってはぐらかすに違いない。


(まあ、時が来ればそのうち分かるでしょう)


 分からないことを考えるより、明日、クラリッサたちと領都へ降りて何を見ようか考える方が、よっぽど建設的であると判断して、わたしは出しっぱなしの服を片付け始める。早く寝て早く起きて、食堂で朝ごはんもきっちり食べないと。そんなことを考えていれば、不可解な兄の手紙のことは、とりあえず心の片隅にしまわれたのだった。


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