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04:敗北

「では、テレーズさん。あなたの病の状態を確認させてもらってもいいかしら。あと……」

「この魔導具ですよね。もちろんです、グレイスさん」


 フリッツたちが魔導師団で借りている宿へ返ったあと。わたしはテレーズさんの体調を見るため、彼女の横に膝を付いた。テレーズさんは慌てたけれど、そのまま横になっていてもらうようお願いし、片手を握る。


「これから、わたしの魔力をあなたに流します。もし不快に思われたり、痛いとか熱いとか気持ち悪いとか、そういう不調があったら遠慮なく教えてくださいね」

「は、はい。わかりました」


 テレーズさんが頷いて、少し緊張気味に目を閉じた。それを合図に、わたしは自分の魔力を細く長く薄く伸ばして彼女の身体を調べていく。

 酷く栄養が足りない時期が長かったのだろう。骨が異常に脆く、密度が若い人のそれではない。保護されてからは改善傾向にあるようだけれど、飢餓状態にあったせいで、内臓もすべからくボロボロだ。テレーズさんが小柄なのも、成長に必要な栄養が足りなかった結果だと考えられる。手入れはされているが、爪も髪も艶やかとは程遠い。


(でも何……これは……)


 身体にわたしの魔力が満ちて、深淵、魂の御許に辿り着く。包むように触れたそれは、けれども、わたしがいままで見たことのないくらい歪んでいた。


(恐ろしく摩耗している……酷く無理をしたんだわ……)


 帝国の『聖女』であった頃に学んだ教えの中に、無理な魔法行使の後遺症について記されていた書物があった。それによれば、本人が望んでいない魔法を無理矢理使い続けると、魂が摩耗して傷付き、魔力が変質してしまうのだという。魔力変質が進行し過ぎると、魔力が暴発するか、廃人になって死ぬか。いずれにせよ、幸せな未来は待っていない。そして、一度傷付いた魂は、元には戻らないのだと書かれていた。


(でも、テレーズさんはまだこうして生きている……でもこれ……何か別の魔力がある……?)


 学んだものと違う現状に、内心首を傾げながら探りを深めていく。妙に引っかかる魔力。不完全ながら傷を埋めるように隙間に入り込んでいる魔力を追って、更に神経を研ぎ澄ませた。


「……あ、」


 テレーズさんの魔力とは違う、別の魔力を辿った先。そこにあったのは、彼女の首に巻きついまま取ることができないのだという魔力封じの魔導具だった。

 魔導具自体の仕組みは難しくない。魂を縛るという意味では暗示魔法と似たような仕組みだ。かなり高度な術式が組まれてはいるけれど、わたしの魔力なら、余裕を持っても数日あれば破棄することができる。

 でも、そうじゃない。外れない、外せないのではない。いま、これを外すことはできない。そう悟って、わたしは歯噛みする。


(魂の修復なんて、聞いたことがなくってよ……!)


 虐げられた日々の中で、歪んで傷付いてしまったテレーズさんの魂。本来であればそれが原因で死に至るところを、魔力を封じるために魂に伸びた魔導具の魔力が一部補っていることにより、彼女は辛うじて生き延びている。ゆえに、魔導具を外すためには魂を癒し修復せねばならないけれど——その手段が、分からない。


(でもどうにかしなければ……彼女の身体をいくら治したところで、魂の傷に由来する虚弱体質のせいですぐに命を落としてしまう……)


 現在この世界において、魔力を封じる手段はいくつかある。

 一番簡単で最も用いられているものは、魔法無効化の魔法を対象者に掛けることだ。帝都の神殿や帝国各地にある教会の聖職者レベルであれば誰でも使える魔法で、その人物の魔力を「魔法」という形で体外に発露出来なくなるだけ。そのため体内を巡る魔力には影響がなく、無効化魔法を解けば後遺症などが残ることもない。

 重大犯罪囚や死刑囚にのみ科せられる手段が、『魔力消し』と呼ばれる秘薬を飲ませるもの。こちらはその名の通り魔力そのものを消してしまう恐ろしい薬で、一度消し去ってしまった魔力はもう二度と戻らないと言われている。正確には、『聖女』を通して女神様の赦しを得ることができれば魔力が戻ると言い伝えられているけれど、それを確かめた者は帝国建国以来誰もいなかった。

 ちなみに、わたしは『聖女』になってすぐの頃に、あの馬鹿皇太子にこれを盛られたことがある。わたしの目にはどす黒い渦を巻く魔力が見えるため、大事には至らなかったが——馬鹿が秘薬をどこで手に入れたのかは今でも謎のままだ。まあ、どうせわたしがいると都合が悪い役人に頼んだのでしょうけど、わたしが当人たちに答えを聞いたことはない。

 他にも、騎士たちが魔法抜きの腕っ節だけで己の力試しをする時に用いる魔力遮断の指輪や、相手に「自分は魔法を使えない」と思い込ませる暗示など、細々した手段がある。

 けれど、『魔力封じの魔導具』は、帝国では製造禁止になって久しい品だ。少なくとも、この三百年ほど新規の魔導具が作られた記録はない。禁止されてすぐの頃には密造もあったらしいが、ことごとく摘発され、首謀者や加担者が一族郎党処刑されてからは検挙されていない。

 なぜなら、『魔力封じの魔導具』はその効果に対して、比較的簡単に製造できるからだ。帝国や連合王国が成立するより以前、まだそれぞれの地域が群雄割拠する小国だった時代には、魔導具で誰かを奴隷にし、違法労働や強制従軍させるといった問題が頻発していた。二大大国が建国したあとも続いていたこれらの問題を憂い、厳しく取り締まったのが六代目の帝国皇帝と四代目の連合王国国王。彼らは協定を結び、双方国内の遺跡を発掘して『魔力封じの魔導具』を残さず破壊したという記録が残されている。


(古さからして、両国建国以前の品物に違いないのだけれど……どうして、こんなものが……)


 考えられるとすれば、後年になってどこかの遺跡から掘り起こされた遺物というところだけれど。でも先の協定は現在もなお有効であり、それによりこの魔導具は所持も使用も禁じられている。禁を破ったものは死刑という厳しい罰もある。そんなものを使用したというのだから、テレーズさんを虐待したという『誰か』は余程の権力者か、それに連なる人間なのだろう。


「あの……グレイスさん。どうかなさったのでしょうか……」


 不安そうに声を上げたテレーズさんに、わたしは慌てて魔力を止めて目を開ける。どうやら眉間に皺が寄っていたようで、すぐに取れないしかめっ面がテレーズさんの深い茶色の瞳に反射していた。


「いえ。テレーズさんのお身体の方は、わたしの治癒魔法で良くなっていくことと思います。ただ、この魔導具を外すのが思いのほか難しくて……」


 ただでさえ見知らぬところにきて不安だったろうに、悪いことをしてしまった。そう思いながら、これ以上不安にさせないよう注意して事実を告げる。魔導具をすぐに外せないことを謝れば、彼女はむしろ手間を掛けることを謝ってくれた。

 虐待の後遺症は酷いけれど、肉体的に急を要する命の問題はない。一ヶ月あれば、彼女の身体は健康を取り戻すだろう。これは間違いない。わたしの治癒魔法であれば、無理なく彼女を治すことが出来る。


(問題は……)


 テレーズさんの首に巻き付く、枷のような魔導具へ視線を向けた。すぐどころか、いまのわたしではこれを安全に外す方法が、まるで思い浮かばない。肉体を治したところで、こちらの問題をどうにかしなければ意味はないのに。

 『聖女』だ『魔女』だと呼ばれようとも、わたしは万能なんかではないただの人間だ。想定していたよりもずっとずっと難解な試練を前に、わたしは最初から敗北してしまったかのような悔しさで拳を握り締めることしかできなかった。

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