15:実演販売
サシェの実演販売——それは、前世のお祭りで大人気だったという和菓子屋さんの売り方から、わたしがひらめいた売り方だった。
いくらサシェの品質が良くても、遠目に見るだけではただの地味な匂い袋だ。手に取ってもらえば魔力で良さが伝わるはずだけれど、まずは手に取りたいと思ってもらえるような興味を引かねばならない。だから、店先で団子を焼いていたという和菓子屋さんの店主のように、人々の目の前で実演してみせることにしたのだ。
『森の魔女』と呼ばれるようになったわたしが、この出店のテーブルでハーブに祈りを込める。あの魔法はキラキラして結構目立つから、ちょうどよく人目を引いてくれることだろう。魔力のゆらぎで何事かと感じてくれる人もいるかもしれない。そうして注目を集めた中で、サシェを宣伝してみせれば良いのだ。同じ祈りを込めたハーブが入っています、と。
それならきっと、ただ完成品のサシェを並べておくよりずっと手に取ってもらえるだろう。人の話題に上ればこっちのもの。夢見ていた完売は無理でも、店番の子供たちが落ち込む顔をしなくて良いくらいには売れるようになる、はずだ。
「——お待たせ、グレイス!」
クラリッサと手筈を確認し終えたところで、わたしの家に余りのハーブを取りに行ってくれていたフェリーが戻ってきた。わたしは店の飾り付けに使っていたガーランドを外すと、魔法を解いて元の小袋へと形を戻す。それから、クラリッサに勧められた通り、防寒用の毛糸帽子を脱いだ。普段は魔力で操作して肩口で揃えている髪を、元の長さへと戻す。腰辺りまで伸びたそれを一度振ってから、フェリーが持ってきてくれたハーブを目の前に置いた。
「さあさあ、皆様ご注目! フィリグランの『二代目森の魔女』が、祈りを込めて幸運のサシェを作ります!」
大きく息を吸い込んだクラリッサの、良く通る透き通った声が広場を抜ける。何事かとこちらを振り向いた人々の前で、わたしはスカートの裾を摘んで淑女の礼をしてみせた。幼い頃から散々叩き込まれた作法だ、人前だからといって、今更緊張することはない。かつて培うことを強いられたものとはいえ、人目を引く挙動は心得ている。わたしに使えるものは全て使えばいい——店番をしてくれた子供たちに、笑顔を取り戻すためならば。
落ち着いて顔を上げる頃には、数多の視線がわたしへと向いていた。人好きのする微笑みを浮かべて、こちらを見やる視線全てに視線を向け返す。途端に静まり返るその場で、左手をハーブにかざしながら、わたしは息を吸い込んだ。
「——幸運を!」
短い詠唱は、グレンツェント語で紡ぐ。こちらの言葉でも、元々習得した帝国語で掛けた魔法との効果に差異がないことは、サシェ作りの初手で実験済みだ。わたしの言葉と祈りに反応した左手に、キラキラと淡い金色の光が集まり始めた。自分の魔力で髪が揺れ、長くしておいた白銀の髪がゆらゆらと舞う。ある程度光が大きくなったところで、その光の玉を撫でるように、わたしは手首を返した。手のひらに乗る光を握り込むように手を握り、そして開けば、ミモザの花のような小さな光の花が無数に咲いた。
「祈りを」
光の花をハーブに降らせるように、ゆっくりと手を降ろす。花はくるりくるりと舞いながら、ひとつまたひとつとハーブの隅々まで定着していった。その全てを見届けて魔法を終えれば、舞っていた髪もすとんと落ち着く。わたしの祈りが籠ったハーブは、フィリグランの街で見ていたのと同じように、時折キラキラ輝くようになっていた。
わたしはそれを、ガーランドを解いて戻した幅広リボンの小袋に詰める。別の細リボンで口を閉じれば、加護付きサシェの出来上がりだ。立ち上る魔力の質も、用意してきたサシェと変わらず出来ている。わたしからその小袋を受け取ったクラリッサが、その手を高く掲げた。
「いまの加護と同じ祈りを込めて作った、幸運のサシェです! ぜひ、おひとついかがですか?」
予想通り、これは効果てきめんだった。さっきまでは興味も持たなかった若い人たちや、匂い袋かと遠慮していた男性たちもが、店の前に並び始めたのだ。もちろん、本当に同じ祈りが込めてあるのかと尋ねるひとには、サシェのリボンを解いて確認してもらうことにした。
「これは……グレイス嬢、すごいね……」
売れ始めたサシェを見ながら、フリッツが感心したように褒めてくれる。けれどわたしは、髪を元に戻すことも忘れたまま、出店に戻ってきた子供たちを見ていた。
「良かった——あの子たち、笑ってくれたわ……」
出店に人が来ないことに落ち込んで、出店から街に繰り出す時には涙目だった子供たち。わたしの魔法の気配で慌てて戻って来てくれた彼らは、売れていくサシェや並ぶお客さんたちを見て、その笑顔を取り戻していた。折角の冬祭り、皆で頑張って作ったサシェが売れなかったなんて悲しい記憶で終わらせたくない。どうせなら、楽しい思い出で笑い合いたい。わたしもクラリッサもその一心だったから、あの顔が見られただけでも、やった甲斐があるというものだ。
「そっか……なら、僕も少し協力できるよ」
「えっ?」
「ちょっと待ってて」
わたしの呟きを聞いていたらしいフリッツが、そう言い残して出店を出て行った。離れた通りで宣伝でもしてくれたのだろうかと思っていれば、彼はなんと、『泉の教会』の大司教様を連れて戻ってくる。どうしてそんな偉い方をこんなところにお呼び立てしたのかと内心焦っていれば、同じように驚いた人たちが、大司教様へと自然に順番を譲っていった。自ずと人波の最前列に立った大司教様に見つめられて、わたしは「もしかしてまずかったか」と冷や汗をかく。
「お騒がせいたしまして、申し訳ございませんでした、大司教様。こちら、わたくしの加祈りを込めた匂い袋なのですが……女神様と精霊たちを古くから戴くこの街で不適切なものでしたら、今すぐ取り下げます」
「いや、いや、それは大丈夫ですよ、グレイス嬢……見事な加護だと、感心していたのです」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
微笑んでサシェを手にした大司教様に、深く頭を下げる。彼はわたしに顔を上げるように言うと、優しい眼差しで教えてくださった。
「精霊たちの『愛し仔』は、幸福と平和をもたらすと言われています。そんな君が幸運を願ってくれたものならば、私も大切に身に付けましょう」
朗らかに笑った大司教様は、サシェをみっつ、とクラリッサに告げた。呆気に取られていた彼女が我に返ってサシェを渡すと、きっちり五デューイを支払って大司教様が列を抜ける。機嫌良さそうに笑いながら踵を返した大司教様に、わたしたちは揃って頭を下げることしか出来なかった。ただひとり、彼をここに連れてきたフリッツだけは、楽しそうに笑っていたけれど。
「これで、グレイス嬢たちのサシェは大司教様のお墨付きだ。聞き付けた人たちが、ここに並びに来ると思うよ」
「大司教様を、宣伝塔になさらないでください……」
いくら親しみやすい方だとしても、教会の大司教様を宣伝目的で連れて来るなんて、普通なら有り得ない。そう思ってはいたけれど、事実、それからの売れ行きはフリッツの言う通りになった。大司教様は教会まで帰る道すがら、サシェの加護について宣伝してくださったらしく、話を聞き付けた人々が我も我もと行列を成したのだ。
「あの御方の、人と魔力を見極める力は本物だって皆知ってるし……本当はこういう賑やかな場がお好きな方だ。何より、君の善き力に出会えたのが嬉しくて、自慢して歩いてるんだと思うよ」
おかしそうに笑うフリッツに、フェリーも苦笑しながら同意する。そうは言ってもお礼しに行かなきゃならないでしょう、と焦った気持ちで、毛糸帽子を外した寒さなど完全に吹き飛んでしまっていた。




