14:閑古鳥が鳴く出店
翌朝。まだ夜も明け切らない早いうちに起こされて、わたしは宿で同室だった街のひとたちと共に広場へ向かう。そこから自分の出店へと出向いてみれば、そこにはもう、フィリグランから降りてきたクラリッサ一家が揃っていた。
「おはよ、グレイス!」
「おはよう、クラリッサ」
「この飾りはグレイスの案なの? キラキラ光ってて、とっても素敵よ! ひと目でわたしたちのお店って分かったわ!」
手を振って挨拶すれば、店前にいたクラリッサがわたし目掛けて駆けてくる。彼女は興奮した様子で、テントを飾るのに作ったガーランドを褒めてくれた。わたしはわざと、にやりと笑う。
「あなたのお眼鏡にかなって良かったわ。わたしのセンスはおばあちゃんらしいから」
「ええそうよ。その毛糸帽子なんて、まさにうちのおばあちゃんが被ってるのと同じだもの!」
「えっ嘘、普通の帽子なのに」
「毛糸ってところがダメなのよ、グレイス」
ひとり元気なクラリッサとは対象的に、夜中に起こされたのであろう双子ちゃんたちは、噴水の縁に腰掛けたご両親それぞれの腕の中でぐっすり眠っている。わたしは彼らにも挨拶をすると、クラリッサと共に出店の品出しを進めた。
たくさん作ったサシェは、一日ひと箱分を売ると決めている。売れ残ったら次の日に回せばいいし、もしもひとつ箱が終わってしまったら、その日はそれで終了。時間が余れば、それは祭りを楽しむ時間にしようというのが、子供たちと決めたルールだ。だからまずは今日の分の箱をテーブルの下から引きずり出し、見本と値札をテーブルクロスの上に並べていく。それから在庫を出しやすい位置に置いて、お金を扱う箱を並べれば、すっかりお店の形になった。あとは見やすいところに子供たちと作った看板を置けば完成だ。
周りの出店も、順調に準備を進めている。特に食べ物を扱うお店からはとても良い香りが漂ってきて、はしたなくもお腹が音を立ててしまいそうだった。きっとこの寒空の下で食べるお祭り料理は、とてつもなく美味しいと思うだろう。
「おはよう、グレイス。クラリッサ」
「おはよう、フェリー!」
どの辺りにあるお店が美味しそうだとクラリッサと話していれば、今日も手伝いをしてくれるフェリーが眠そうな顔でやってきた。聞けば、今日を楽しみにしている婚約者さんの長い話に付き合っていたら、うっかり日付を跨ぐまで起きていてしまったのだという。
「彼女は遅い朝食を摂りに来るらしいから、まだ寝てるけど……」
欠伸を噛み殺すフェリー。そうこうしている内に空が白み始め、街は早起きの人々で早速賑わい始めた。フィリグランの街からも店番予定の子供たちが揃って、皆で看板を立てる。そうして、朝も六時半。泉の方で打ち上がった火魔法の花火を合図に、民の大歓声が上がり、ヴァイスホルン領の『冬祭り』が始まった。
「せーのっ!」
「『森の魔女』のサシェでーす!」
「匂い袋、いかがですかー!!」
あちこちで集客の掛け声が響く。わたしたちの出店も負けじと、店番の子供たちが声を張り上げた。『森の魔女』という謳い文句は効果があるのか、それとも無邪気な子供たちの声が良かったのか、店前を歩いていたひとたちが何人もこちらを振り向いてくれる。けれど、
「『森の魔女』ですって」
「夏に崖崩れの被害者を治したっていう?」
「でも、匂い袋かあ……」
振り向いてくれた人たちが、店に立ち寄ることはなかった。しゅんと肩を落とした子供たちを見て、クラリッサが励ますように頭を撫でる。
「大丈夫よ。さっきのお兄さんたちには、匂い袋が可愛すぎただけかも」
彼女の言葉に、子供たちは「うん!」と頷くと、また声を張り上げ始めた。ヴァイスホルン領でもこの間の『森の魔女』の話が伝わっているのだから、きっとサシェは売れるはずだ、と。でも、その希望はすぐに落胆へと変わった。
(うーん、まだ十数個しか売れてない……)
祭りが始まって三時間。辺りは随分明るくなって人出は更に増えている。周りの出店には人だかりが出来ている中で、わたしたちの出店の売り上げは全然、予想以下だった。袋可愛さに小さい女の子たちが買ってくれただけで、大人たちには見向きもされない。華やかな雑貨や美味しい料理、珍しい宝飾品が山のように集まる冬祭りの中で、サシェはあまりにも地味すぎだった。子供たちがあんまり悲しそうな顔をするものだから、いまはもう、わたしとクラリッサ、そして手伝いに来てくれたフェリーだけで店番をしている状態だ。
(でも、うーん。絶対、何か売り上げが変わるヒントがあるはずなのよ)
自分で言うのもなんだけど、サシェに込めた祈りはお墨付きだ。気休め程度とはいえど、お守りとしての効力には自信がある。危機回避一回分くらいの実用性の魔導具と考えれば、二デューイという価格は破格のはずだ。たしかに男性が持つには、街のお母さんたち手織りのリボンは可愛すぎたかもしれないけれど、お守りとしてなら許される範囲だろう。街のおじさんたちも、これならポケットに入れておける、と言ってくれていたし。
(考えるのよ。これが良いものだって分かれば、絶対売れるんだから。子供たちをあんな顔のまま終わらせてなるもんですか……!)
閑散としたテントの下。通り過ぎていく人混みから視線を外して、商売のヒントがないか思考を巡らせる。
出店が並ぶ街の様子は、前世で毎年通っていた、地元の商店街のお祭りに似ている。わたしは前世の伴侶に「俺の金を無駄使いするな」と言われたり、その伴侶の介護で忙しくしていて、出向いたことはなかったけれど。でも確か、毎年大行列になると評判の、有名な和菓子屋さんがあったはずだ。前世の子供が大人になってから買ってきてくれたそのお店は、どうしてそんなにも人気だったのか。
(とても、みたらしの良い香りがしていたような気がするわ。子供たちが言うには、目の前でお団子を焼いてくれるんだって——そうか!)
朧気な記憶を辿っていたわたしは、ヒントを見付けて顔を上げる。隣で退屈そうにしたいたフェリーへと振り向けば、彼はわたしの勢いにびっくりして椅子から落ちそうになっていた。慌てる彼をまっすぐ見て、わたしは問う。
「ねえフェリー。あなた、転移魔法が使えるって言ってたわよね?」
「へっ? ああうん、一応……」
「なら聞いて! クラリッサも!」
わたしは友人たちとテーブル下にしゃがみこみ、顔がくっつきそうになるくらい突き合わせる。そしていましがた思い付いたひらめきを打ち合わせれば、ふたりとも目を輝かせてくれた。
「……それなら、うん! 今からでも間に合うし、絶対楽しそう!」
「やってみる価値はあるな……グレイス、鍵を貸してくれ。俺が荷物を取ってくる」
頷いてくれたフェリーに、家の鍵を託す。彼が転移魔法を展開するために領主館へ駆け戻るのを見送ってから、わたしはクラリッサとテーブルの上の見本品を片付け始めた。ちょうどそこへ、遅れて街に出てきたらしいフリッツが通り掛かる。まるで店じまいに見えたらしいわたしたちに驚いて、彼が人混みの中駆け寄ってきてくれた。
「ど、どうしたんだい!? まさか、お客さんが……」
「いいえ、違うんですよフリッツさん。これから勝負を仕掛けるので、いま、わたしたちその準備中なんです」
ねー! と、クラリッサと笑い合う。確かに、閑古鳥が泣いている出店が見本品すらしまっていたら、もう商売を諦めたのかと思っても無理はない。でも、この案が上手くいけば閉店どころではないと胸を張って、きょとんと不思議そうな顔になったフリッツに、わたしははっきり宣言した。
「わたしたちはこれから、『森の魔女』の加護付きサシェを、実演販売するの!」
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