10:サシェ作り
わたしが兄へとしたためた手紙鳥は、国境の魔法障壁を超えることが出来ず、手元に戻ってきた。たぶんわたしの魔力であれば障壁に穴を開けることもできたけれど、余計なことをして悪目立ちすることは避けたい。先のトンビが届いていれば問題はないはずなので、兄の状況を問うのは諦めた。
そして、特に音沙汰もないまま時間は過ぎ、風の月がやってきた。温暖な王都では冬が終わり始めるこの季節も、標高が高いフィリグランでは相変わらず冬だ。そうは言っても吹雪に見舞われる日は目に見えて減り、分厚かった雪雲の隙間から陽が射し込む日も出てきている。
国境が封鎖されて以降、帝国の内情を知る商人は街に来ていない。元々、冬は交易が少なく、夏の交易路通行止めで帝国行きの商人が減っていたため、今じゃもうほぼ帝国の話を聞かなくなっていた。兄がどうしているかは気になるが、前世で言うところの「頼りがないのは元気な証拠」だと思うことにしている。
「……ねえ待ってグレイス。それはない」
「えっ?」
「どうして黄色と黒のリボンを合わせるの……ハイトんちのおばあちゃんじゃないんだから……」
「ええっ……かわいいのに……」
「かわいくない!」
風の月、二週目。週末に控えた、ヴァイスホルン領都の冬祭りを前に、わたしはクラリッサやその双子ちゃんたちを始めとした街の子供たちと一緒になって、小さなサシェ——匂い袋を作っていた。
ヴァイスホルン周辺が、王国へ合併し辺境伯領になったことを記念して、毎年風の月に行われている冬祭り。長い冬から新しい春が来ることを願い、盛大に盛り上がるらしい。フィリグランと隣町は辺境伯領の中でも辺鄙なところにあるので、「ヴァイスバルド自治区」として自治権が認められている。領都からの行商も多く来るため、普段は皆でこぞって領都まで降りることはないけれど。冬祭りとあれば、留守役の住民を残して総出で領都へ繰り出し、希望者は出店を設け、地元住民たちと祭りを楽しむのだという。
出店を出すも出さないも自由であると聞いて、わたしがクラリッサにサシェ作りを提案した。夏に摘んだハーブを、街のお母さんたちが織ったリボンで作った小袋に詰めて作る、小さなサシェだ。中に詰めるハーブには、『森の魔女』として知られているわたしが、手にした人の幸運を祈ってある。だからこの小袋は、全国を行脚する商人や、仕事柄王都へ出張する人が多い辺境伯領でなら、道中安全のお守りくらいにはなるだろう。弱い効果に限定しておけば、気休めくらいに思ってもらえるはずだ。
クラリッサも、彼女のお母さんも、そして街のひとたちも、わたしの案に賛同してくれた。わたしたちは『フィリグラン塾生一堂』としてサシェの出店を出すことになり、幅広リボンの小袋を作ってくれたり、袋を結び止める用の細リボンを織ってくれたりと、皆たくさん協力してくれた。そうして全ての材料が揃ってから、ここのところはずっとこうして、手習いに来る子供たちと一緒に、勉強後にサシェ作りに精を出している。の、だけれど。
「もー、グレイスは好きに組み合わせちゃだめ!」
「ぐれいしゅ、めっ!」
「めっ!」
「お願いだから、こっちの、決まってるやつ作って」
以前もクラリッサに苦言を呈されたわたしのセンスは、街のひとたちにも大不評で。双子ちゃんたちにまで叱られたとあっては好きな組み合わせを貫くことはできなかった。クラリッサのお母さんが織ってくれた向日葵のような黄色のリボンに、艶やかな黒い細リボンはかわいいと思ったんだけど、ダメだったらしい。
「おーいグレイス、こっちこっち! 一緒にチビたちの様子を見てくれ」
「はーい」
わたしは大人しくテーブルを移動し、ハイトが見ていた小さい子たちの輪に加わる。小袋にハーブを詰めるのは、小さなおてての子供たちが適任だった。普段は上手く字が書けないとべそを書く子も、袋詰めなら得意だと満面の笑みだ。
わたしが祈りを込めたハーブは、森で夏に採ったラベンダーとカモミールを乾燥させておいたものだ。家の周りに山のように生えていたもので、乾燥させておけばお茶やお風呂に使えるからと摘み取ったはいいけれど。何も考えずに収穫していたらすごい量になってしまって、ひと冬では使いきれなかったのだ。キッチン床下の収納を半分占拠していたので、サシェ作りで大量に消費できてとても助かっている。
「いっぱいできるね!」
「でも、こんなにたくさん、売れるかなあ?」
「売れるさ! 俺が絶対売ってやる!」
わたしの魔力をほんのり帯びて、時折金色にきらりと煌めくハーブ。その袋詰めを手伝いながら、ハイトがそう言ってにかっと笑った。彼は、革職人さんの家生まれだけれど。ハイトが慕う彼のおじいさんは、お店を昔から担うやり手の商売人だ。小さな頃からそんなおじいさんの口上を見ているからか、ハイトはこの歳で、既にとても商売上手だ。彼らに任せておけば、きっとサシェは飛ぶように売れることだろう。
サシェはひとつ二デューイ。三つまとめ買いしてくれたら五デューイに割引きするおまけ有りだ。サシェの売上げは、わたしたちがいつも勉強場所として使っている、この公会堂を改修するための費用にしようと、街の皆で決めてある。街が村だった頃から建っている公会堂は、中央広場からすぐの場所にあって立地も良く、広さは申し分ないけれど、何せ設備が古いのだ。少なくとも皆で使っているテーブルと椅子、あとは魔石ランタンと魔石ストーブを新調したいと、子供たちから要望が出ている。快適に勉強出来るようになれば、いま以上に学習が捗ることだろう。
それに、売上げが少しでも余ったら、街にも図書館を造りたいと大人たちが話しているし、わたしも図書館は大賛成だ。初めは公会堂の片隅で、本棚ひとつからで構わない。今世、本は中々高価で、気軽に子供たちが手に取れるものではない。領都には図書館があるけれど、本の貸し借りの度に領都へ降りるのは不便で、フィリグランで利用しているひとは少ない。だからこそ、希望すればいつだって街の中でも本が読める場所というのは、とても貴重な財産になるだろう。小さい子向けに絵本や童話、大人向けにレシピ本や小説、初級魔導書なんかを揃えたら、きっと街の人たちが集う、素敵な空間になるだろう。
「楽しみだねー!」
「ねー!」
公会堂の一室。窓からステンドグラスの光が優しく射し込む温かい部屋で、住民たちが本を手にゆっくり過ごす昼下がり。想像しただけでわくわくする未来に胸を逸らせていれば、周りの子供たちも冬祭りを楽しみにしてニコニコ笑っている。この週末が楽しみだと皆で笑い合えば、午後はあっと言う間に過ぎていった。




