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08:兄からの手紙

 フリッツたちが家を離れた翌日。初めて、兄から手紙が届いた。手紙といっても、いままでわたしが一方的に押し付けてきたのと同じ魔法の手紙だ。スズメほどの大きさしかない手紙には、


(帝国で大雪被害、ねえ……)


 基本的には温暖なはずの帝国が、今年は大雪に見舞われており、その対処のためにわたしが兄と実用化した『湯たんぽ』を、無償で他の領地に広めてよいかという伺いが記されていた。

 実家であったラ・グラス家は、帝国の北地域にある四つの領地を統括管理する広域公爵である。特に、大陸で最も北に位置するペルマフォスト領は、冬の気温が氷点下三十度にもなるため、凍傷被害が顕著だったのだ。その被害を改善すべく、わたしが前世の知識から湯たんぽを提案し、兄が改善、実用化したのが十年前。いまとなっては、北方広域領全体に普及し、冬の定番品となっている。

 今世の『湯たんぽ』は、スライムゴム製の容器に火の魔石と水の魔石をセットすることで、ちょうどよい温かさが長時間持続するものだ。抱き枕サイズからポケットに入れて持ち運べるサイズまで、大小様々なサイズがある。最も普及しているのは、前世でもよく売っていた足元を温める大きさのもの。あれがいちばん製造しやすく、かつ魔石サイズに対する温度効率も良い。他の領地に勧めるならちょうど良いだろうと思って、わたしは兄へ返事を紡ぐことにした。


(無償ってことは……たぶん、公爵様を通してないんでしょうね、お兄様……)


 我が父ながら、ラ・グラス公爵は愚かな男であることを、わたしはよく知っている。わたしと兄が発明・実用化した品々の権利を我が物顔で牛耳り、その利益を継母と義妹に注ぎ込む馬鹿者だった。皇帝からの覚えがよく朝廷で比較的優遇されていることと、領地に属する四侯爵家の人々が比較的まともであるから、広域領主としての面子が保たれていることにも気付いていない。最近では、父を通さずその息子である兄に、侯爵家からの相談事が直接来る有様だった。


(お兄様が有効活用してくれるのでしたら、わたしの置き土産などどう使っていただいても構いませんわ、と——)


 わたしが帝国に残してきたもののうち、兄に権利や権限を託してきたものは、兄の好きに使ってほしい。『湯たんぽ』以外にも、メタルゴーレム三体で五千人分の大量生産が可能な『金属毛布』も防寒の役に立つだろう。風の魔石と火の魔石であたたかな空気の層を作り、窓からの冷気を遮断する『断熱カーテン』も、この際だから広めてもらっていい。ペルマフォスト領に協力してもらって、備蓄しているコカトリスの羽毛を入れた『ハンテン』なら、気軽に着られて夜も温かいはずだ。

 そんなことをつらつら連ねていたら、返事の手紙鳥はトンビになってしまった。とにもかくにも、これだけ書いてあれば兄も適宜必要なものを必要に応じて使うことだろう。公爵様を飛ばして兄が防寒用具普及を進めたと知られれば、公爵様を蹴落とす日が早まるかもしれない。それはそれで良いことだと思って——


(でもあれ? お兄様、馬鹿の腰巾着のフリをなさるのはやめたのかしら)


 あの義妹たちを油断させるため、兄はずっと馬鹿皇太子の部下を装っていた。義妹に骨抜きにされたフリをしていれば馬鹿に取り入るのは簡単だったと、そう笑っていたはずだ。わたしの逃亡計画以外にも、兄には兄の目的があってやっていたけれど。


(心配は野暮ね。お兄様なら、ヘマはしないわ)


 昔から計算高く抜け目がなく、それでいてきちんと民と領地を愛する兄だ。次期当主としてさっさと代替わりを目論んでいた彼ならば、わたしが知らないところで勝手に上手くやるのだろう。家も国も捨てたわたしができることといえば、精々、兄の無事と活躍を祈って魔力で編んだお守りを手紙に添えるくらいのものだ。


「それじゃあ、よろしく頼むわね」


 お守りをリボンの形に変えて、手紙鳥の足元に結ぶ。寒さで少し凍っていた窓を力ずくで開ければ、小雪がちらつく中、鳥は空高く飛んで行った。


 その、数日後。


「ねえ、グレイス聞いた? グラン・ソレイユ帝国が、国境を封鎖するんですって」

「封鎖?」


 朝、いつもの食堂。街に降りてきてのんびり朝食を摂るわたしに、双子ちゃんの子守りでやったきたクラリッサがそう話しかけてきた。なんでも、彼女の家で泊まっている商人たちが、その話で持ちきりだったのだという。


「なんかね、帝国はいま、大寒波でとっても大変なんですって」

「へえ……」

「それで、国の外のひとたちまで被害に遭ったら大変だからって、一時的に鎖国することになったんだって」

「なるほどねえ……でも、王国や他の国からの支援は要らないのかしら?」

「わかんない。でも、もう山向こうの国境に魔法障壁が張られてるとは言ってた」


 大変だよねえ、とクラリッサが唸る。それから彼女は、見ず知らずのわたしの家族を心配してくれた。


「グレイスはさ、帝国の出身でしょう? 家族の人は、寒い思いをしていないかしら?」

「そうね……兄なら、きっと大丈夫だわ。頭が良い人だから」

「それなら良いけど……」


 優しいクラリッサに微笑みかけて、兄は大丈夫だと念を押す。公爵様も継母も義妹も、寒い思いはしていないだろう。あの人たちは領民の毛布を奪い取ってでも、自分たちの保身に走るだろうから。人の上に立つ人間として甚だしく失格だけれど、その図太さには感服する。

 それより、帝国が国境沿いを封鎖したことの方が気になった。兄の手紙通りであれば、大雪被害は急を要する大問題のはずだ。いくら彼が早急に防寒用具類を提供普及したとしても、昨日の今日で全ての民に行き渡るとは考えにくい。いま、国としてやらねばならないのは隣接しているグレンツェント連合王国からの物資支援要請のはずなのに、皇帝は一体何を考えて、この国境沿いを封鎖したのだろうか。


(まあ、わたしに知る由もないけれど)


 わたしはとっくに王国の民になった、ただの『グレイス』だ。もうあの国の公爵令嬢でも『聖女』でもないのだから、かの国を案じる資格はない。親しくしてくれた領地の人達は少し心配だけれど、彼らは兄が守ってくれるだろう。他の領地の人々のことが気にならないと言えば嘘になるけれど——それはもう、わたしの手の届かないものになったのだ。あとはもう、向こうの人々に、自分たちでどうにかしてもらうしかない。


「そうだ、クラリッサ。手習い教室のお揃いカバンのデザインを考えたの。一緒に見てくれる?」

「もちろん! っていうか、グレイスが考えたの?」

「そうだけど……何かしら?」

「グレイス、時々おばあちゃんみたいなセンスしてるから……結構不安で……」

「えっ、し、失礼ね!?」

「だって、そのピンクのしましまにフリルのマフラーは酷いよお〜」

「えーっ! かわいいのに!」


 帝国の話題から、クラリッサの気を逸らして笑う。センスの話はちょっと心外だったけれど、彼女はすっかりわたしが振った話題に乗ってくれた。そうしてケラケラ笑いながら、わたしはもう一度、兄に手紙を書いてみようと心に決めるのだった。

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