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14:二代目の『森の魔女』

「どうにかしてみせるって、グレイス!?」


 頭から血を流して真っ青な顔で叫ぶフェリーを片手で支えたまま、わたしは左手をまっすぐに伸ばした。怪我をしたひとたちにかざすように指先を広げて、すうっと息を吸い込む。


「——ソワン」


 限界まで削りきった魔法呪文を詠唱すると、左の手のひらに光が灯る。次第に大きくなっていくそれは、土砂降りの夕方という暗さを跳ね返すような明るさだった。僻地ということもあって、大きな治癒魔法を見たことのある者は少なかったのか、がけ崩れ現場に集まる人々は目を丸くしてその光に魅入る。けれどもわたしは、そんな周囲の人々の眼差しを全く見ていなかった。


(まだ。これじゃまだ足りない!)


 もっと、もっとだ。この人たちを全員助けるためには、まだ全然足りない。逸る心のままに魔力を込めれば、わたしの手元に集まる光は光球となり、やがて金色の輝きを纏い始めた。


(皆さんを助けたい——わたしのような何者でもないただの「旅人」に優しくしてくれた、優しいひとたちだからこそ!)


 わたしの決意を帯びて、左手の痣までが光を帯びる。五枚の花弁のような痣は、柔らかな金色に輝いていた。その光に誘われたかのように、わたしの耳に密やかな声が届く。


『助けたいの?』

『助けたいのね?』

『なら、力を貸してあげる』

『私たちの愛し仔だもの』

『僕たちの愛し仔だから』


 それは、あの『森の魔女の家』で出会った精霊たちの声だった。わたしの魔力を吸い取った光球は、前世で見たバスケットボールくらいのサイズまで大きくなっている。際限なく魔力を吸う光の麓に、ひらひら飛び回る小さな人の姿が五人分視界に入った。


『さあ、願って』

『願うのよ、愛しい仔』

『あなたの望みを叶える、お手伝いをしてあげる』


 口々に言う彼らに、わたしの覚悟が決まるのは早かった。魔力なんて、いくら持っていっても構わない。だからどうか、どうか、ここにいる傷付いたひとたちをみんな助けたいの、と。そう口にした瞬間、彼らはわたしの手元に集まると、吸い出されていく魔力に触れるように頭を垂れた。

 金色に光っていた魔力が、虹のような色を帯びた。それはやさしく混ざり合い、急激に大きくなり、今やもう両手で支えてどうにか保てるサイズだ。精霊たちは光球の周囲を飛び回り、やがて光は緩やかに膨れ、花のつぼみのような形に変わる。その瞬間、ずっと吸い出され続けていた魔力の流れが止まった。頭に浮かんだ呪文を、そのまま口にする。


「——開花(フロレゾン)


 短い言葉に反応した光が、ゆっくりと花開いた。そして次の刹那、花は無数の光の粒となり、きらきら瞬きながら居合わせた人々に染み込んでいく。


「これは……」

「嘘、だろ……?」


 辺りを照らしていた光が消えた時には、もう、怪我をしたひとは誰も居なくなっていた。周囲に土砂降りの暗さが戻ってきて、分厚い雲に覆われた夕方の明るさに目が慣れてくるまで、みんな半信半疑で己を見ている。ゆっくりと身を起こしたひとたち、救助のために爪が割れるまで素手で土砂を取り除いていたひとたち、絶望に覆われていたひとたちが、それぞれ、近くの者と顔を見合わせた。信じられないという呟きすら土砂降りの音に掻き消される中、隣からは呆然とした声が届いた。


「こんな魔力……それじゃ、君は帝国のせ、」

「フェリー」


 帝国の『聖女』なのか、と。続くであろう言葉を察して、わたしは友人の名を口にした。ハッとしてこちらを見た彼の傷も、もうちゃんと治っている。額にこびり付いていた血すら雨で流れた彼の前で、わたしは人差し指を自分の口許に押し当てた。


「わたしはもう、ここで生きてくって決めたの」

「そうか……」

「グレイス! グレイスすっげーよ!! ほんとにじーちゃん助けてくれた!!」


 神妙に頷いたフェリーを横目に、雨と涙でずぶ濡れになったハイトが思い切り駆け寄ってきた。走る勢いが強すぎて受け止めきれず、わたしはその場に尻もちを着く。慌てたフェリーが、すぐハイトをわたしから引き剥がした。


「おいこらハイト! グレイスが転んでしまっただろ!」

「あっいけね! でもほんと! ほんとすっげーよグレイス! ばあちゃんが言う『森の魔女』さまみたいだった!!」


 フェリーに手を引かれ立ち直したわたしに、ハイトが屈託なく笑ってくれる。ほっとしたのも束の間。友人の笑顔を守れて良かったと思ったわたしの周囲が、突然、彼の言葉に応じるように沸いた。


「そうだよ! お嬢ちゃん、『魔女』さまだったのか!」

「二代目だ!!」

「二代目の森の魔女、万歳!!」

「万歳!!」


 居合わせたひとたちの万歳大合唱に、わたしは目を白黒させる。フィリグランの『森の魔女』が人々の拠り所として敬われているのは分かっていたけれど。でも、ただ自分の願い通りみんなを治しただけのわたしのことを、その大切な『魔女』さまになぞらえてこんなに歓迎してもらえるだなんて思っていなかった。


 それからは、ものすごく忙しくなった。

 怪我をしたひとたちがこれ以上冷えないよう、魔法で雨風を防いで街に戻ってきてみれば。わたしは号泣したクラリッサに「ありがとう」と五十回も礼を言われ、他の街の人たちからも似たような感じでお礼行列ができてしまった。

 わたしの魔法を間近で見ていたフェリーはなんと、麓にある領都の領主様のご子息だったらしく。わたしの行いを正しく伝えた彼によって、翌昼に領主さまが街までやって来た。来るついでに崩落現場を魔法できっちり直したと笑う領主さまに、わたしは直々に御礼の言葉と謝礼をいただいてしまった。

 そして領主さまは、わたしがフィリグランへの移住申請を出していることを知ると、その場で速攻許可証を発行してくださったものだから、街は更に大騒ぎ。住む家はどこにしようか盛り上がる街の人々の声は、双子ちゃんたちの「おうちならあるよ!」「まじょさまのおうちだよ!」という言葉に大賛成で、あれよあれよと『森の魔女の家』の場所に住むことが決まる。

 ならば丁度いいと腹を括って、精霊たちに二階建て小屋を戻してもらったら、精霊たちも大喜び。突然出現した家に街の人たちは驚くでもなく「魔女さまなら家のひとつやふたつ一晩で建てられるよな!」と納得してしまったから、わたしはもう笑うしかなかった。


 怒涛の半月が過ぎて、ようやく移住のあれこれが落ち着いた日。最新のバスタブを含めた水周りを集めて増築した離れから出たわたしは、自分好みに調度品や家具を揃えたリビングに戻る。やさしいパステルグリーンのカーテンを掛けた窓際のソファで、引越し祝いとしてハイトのおじいさんからいただいたふかふかのクッションに埋もれてベルンが寝ている。その向こう、窓から見える川原の方からは、街から遊びに来てくれたクラリッサたちが見えていた。


「おーい、遊びに来たぞ『森の魔女』!」

「引越しおめでとーグレイス!」

「おめでとー!」


 フェリーとクラリッサ、双子ちゃんたち、そしてハイトとヘティーの兄妹。この街に来て初めてできたわたしの「友人」が、手にお祝いの品をたくさん抱えて、思い思いに手を振ってくれている。彼らを出迎えながら、わたしは自然と満面の笑みを浮かべていた。


「いらっしゃい、みんな!」


 高山を抜けてきた爽やかな風が、わたしたちの髪を揺らす。きゃらきゃらと精霊たちが笑い声を上げ、つられた双子ちゃんたちも喜びの声を上げた。和やかな笑い声に溢れる美しい街で、わたしは今日を生きていた。念願の自由を手に入れて、好きな街の片隅に住んで、好きなものと好きなひとに囲まれて——好きなことをして、暮らしていた。

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