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10:一方、その頃①

「どうして森であの女が見付からん! 貴様、本当に行方を知らんのか!」


 皇太子からの追放という形で、実の妹が出奔して二日。追い出した張本人が、妹の行方が分からず激昂していた。俺はあくまで義妹の言いなりという形を取っているため、焦ったように口を開いてみせる。


「も、もしかしたら……あの愚妹のことです。自分の力を過信して、交易路を通らず、山岳地帯へ向かったのでは……!?」

「初代様すら越えられなかった山だぞ? あの女が越えられるはずがなかろう」

「けれど、そうでなければ、どこかに痕跡があるはずなんです……!」


 馬鹿に合わせて馬鹿を演じるのも、そろそろ疲れてきた。早く自室に引っ込みたいものだと思いながら、当たり散らす皇太子を宥める。

 自分が衆目の面前で妹を『悪魔の森』へ追放したくせに、どうして探しているかと言えば。こいつの隣に侍る、我らが愚妹のせいだった。

 カトリーヌという名のこの義妹は、妹を利用して皇太子に取り入り婚約を横取りした野心家だ。それだけでは飽き足らず、妹がその天賦の才で得ていた『聖女』の立場すらも奪い取った。それが卑怯かつ違法な手段を用いた結果であることは明白なのだが、本人はもちろん、皇太子や我が父親、果ては現皇帝まで、関係者に揃いも揃って馬鹿しかいないため、今は不問になっている。この義妹が『聖女』で皇太子妃となった方が都合が良い連中が、この国にはごまんと居るのだ。

 で、この義妹。自身の才覚では『聖女』の仕事をこなし切れないことは分かっていたらしい。当初は妹を追放どころか処刑するつもりだった皇太子へ減刑を願い出て、自らの影武者もとい奴隷として使い倒す気満々だった。ところが、予定外に皇太子が妹を追放などしてしまったが故に計画が狂い、焦っているのだ。当人は今も俺の目の前で、皇太子に泣き付いている。他人の目があるからか、「お姉さまが魔獣に襲われて死んでしまうなんて耐えられないわ」とのたまいながら。


(あーあ。早く終わんねえかな、この茶番)


 心底めんどくさいが、これもあと数年の辛抱だと己に言い聞かせる。あの妹の存在で保っていた節があるこの国が、このまま上手くいくなど思えるはずがない。というか、上手くいくわけがない。その後を見据えているからこそ、俺だって妹の計画を利用したのだから。


 あいつが「聖女やめる、国を出る」と言い出したのは、確か『聖女』になって少し経った頃だった。初めは『聖女』の勤めはそんな泣き言を言うほどに辛いのかと思って話を聞いてみれば、そうではない。このまま皇太子の婚約者なんてものを続けたくないのだという。まあそれは分かる。こいつ昔から考えなし大馬鹿野郎だったし。

 でも、帝国人全てが信仰するサリュー教で、国を救い導くために女神から遣わされると言い伝えられる『聖女』に選ばれたからには、途中でやめることも、公務以外で国外へ出ることも不可能だ。どうやってやめるつもりなのかと問い詰めてみれば、妹は母譲りの綺麗な顔で笑ったのだった。「カトリーヌに、全部あげるわ」と。家に引き取られた瞬間から妹のものを全て奪い取ってほくそ笑むのが趣味だった義妹であれば、間違いなく皇太子の婚約者としての座も、『聖女』の立場も狙ってくるだろうと言われれば、それはそうだと頷かざるを得なかった。


『じゃ、俺もおまえの計画に乗じて、カトリーヌに有利になるよう動くよ。俺は俺で、あの愚か者が馬鹿の婚約者の方が、色々気を遣わなくて済む』

『あら。それはいつも話されている「素敵なお方」との約束にかかわるのかしら?』

『まあな。俺もあのお方も、どうあってもおまえを巻き込むことを案じていたが、おまえがいないなら何ひとつ遠慮しなくていい』


 その日以来、俺と妹は無二の共犯者となった。俺は馬鹿を演じることで皇太子たちの信頼を得ていい立ち位置を得たし、妹は上手く立ち回って、着実に国を出るための外堀を埋めていった。そして、妹の計画が実現したのが一昨日、あの建国祭のパーティだったというわけだ。

 あの晩、全ては妹の計画通り事は進んだ。妹は見事に「皇太子の婚約者」の座も『聖女』の立場も義妹に押し付けることに成功し、ついでにわずらわしいばかりの貴族の籍も、この国の戸籍まで綺麗に捨てて、追放という名目で国を出た。あいつのことだから、皇太子からの追っ手を上手く撒くように動きつつ、今頃はもう連合王国の領地でのんびりしていることだろう。そのために、隣国への通行許可証を伝手を頼って貰っておいた上、こちらの息が掛かった門番を国境に配置しておいたのだから。


「——殿下! 森奥で、グレイス・ド・ラ・グラスの魔法痕跡を発見しました!」

「テオフィル様の仰る通り、山岳地帯へ向かう方へと交易路を外れています!」


 妹の魔法痕を追っていた馬鹿直属の魔導師たちが、タイミングよく、大慌てで報告してくる。魔導師の使い魔が見付けた痕跡が途中で途切れ分からなくなっており、依然として妹の姿を見付けられないことも。それを聞いた皇太子は苛立って「はあ!?」と椅子から立ち上がったけれど、弾かれるようにソファに投げ出された義妹は真っ青になって震えていた。


「どうして……どうしてなのよ……!」


 妹が捕まらなければ、自分が『聖女』として多忙な日々を過ごさねばならない。押し付けるはずだった皇太子妃の事務仕事だって馬鹿にならない量がある。金を使って男にちやほやされるのが大好きな愚か者に、真面目な公務は耐え難い苦痛だろう。そもそもこいつには『聖女』と認められるほどの魔力も浄化の魔法もないわけで、一体いつまで周囲を騙し続けられると思っているのか。


(ボロが出るのが早けりゃ早いほどいいよ、俺たちは)


 どうにも、皇帝や宰相たちには、どっかの大臣が買収した神官たちを利用して魔力測定を偽証し、何らかの魔導具を使った上で、義妹の身体治癒魔法の力を『聖女』の力だと思い込ませたようだけれど。怪我や病気だけではなく、土地そのものを癒し、災いを鎮め豊かにするというのが、本来『聖女』が持つ浄化の力だ。肩書きを詐称し魔導具があったとて、民全てを騙し切れるものではない。馬鹿の嘘は、そう遠くない内に露呈する運命だ。


「イディ! 絶対、絶対お姉さまを探し出して! お願いだから!」

「わ、わかったよ、カティ」


 自分の保身のためには妹を見つけ出す以外にない義妹が、皇太子に縋り付いて泣く。ここは周囲と同じように、「姉を案じる聖女」の優しさに絆されて、涙するフリをしておいた。やってらんねえ。早く俺たちを追い出してくれ。


「おまえたち、カティが弱っているから休ませたい。全員下がれ」

「はっ!」

「そうだ。それからテオフィル。山岳地帯へ捜索隊を極秘派遣する。魔導騎士団の適任を見繕っておいてくれ」

「承知いたしました。では、失礼します」


 願いは通じ、やっと馬鹿の部屋を出ることを許された。ついでにひと仕事任せてもらえたのは幸運だ。騎士団の中でも一際皇太子への忠誠(ごますり)が強い奴を、ピックアップしてリストにしてやろう。『悪魔の森』の山岳地帯へと派遣することで色々考えることが増えてくれれば、こちらの有利に物事が増えるってものだ。

 騎士団員のリストを脳内で組みながら兵舎に戻り、さっさと自室に引っ込めば。どこから入ってきたのか、見慣れた鳩が一羽、机の上でたたずんでいた。


「——ウヴェルテュール」


 昔、妹と考え出した呪文を呟けば。鳩はさらりと解けて、空中に浮かぶ文字列へと早変わりした。それは、魔力で編まれた手紙。妹が無事に過ごしているという、自慢も兼ねた良い報せであった。

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